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題名 遠き旅路の貴方達へ 今 私はオランにいます
登場人物 ネリー、リーバカッセ(父)、ネッサ(母)
投稿者 うゆま
投稿日時 2004/12/03 2:23:03


「うー、冷たい!」

 秋の風と言うには、些か冷たい十一の月のはじめ頃。
 赤のカチューシャでとめてある少し長めに伸びた茶色い髪が風になびく。
 ちょっと今の時期には薄い旅装で後悔する私。

 ほぼ二月ぶりにオランの都に戻ってきた。
 遠くより、王城エイトサークル城と、それよりも高い魔術師ギルドの三角塔が見えてくる。
 街をすっぽりと囲む、巨大な城壁と西門も見える。
 そして、ここからでも、オランの賑わいが聞こえてきそうな感覚を覚えるのは、気のせいだろうか?
 思わず、そんな感慨にふけていると。

「久しぶりですね」

 一番先を歩く竪琴を持つ、賢者であり吟遊詩人である、アルさんが嬉しそうに言う。
 彼は、師事する魔術師を始めとする依頼としてエレミアまでの荷物の配送を頼まれた。
 それの護衛のような形で同行する事になったのが私達である。

「へへ、エレミアも良かったが、オランがやっぱ一番だな」

 大きい体で背中に大剣を担ぐ男の戦士、リディことリディアスが笑いながら言う。
 オランに入ったら一番に酒を飲んで宴だと、今からもう、オランの銘酒を指折り数え始めている。

「しかし、エレミアの方が秋でも気候が暖かかったですからね・・・まずは、冬仕度が一番先です」

 同じ戦士でも、剣士という方がしっくりくる青年、アスリーフがそう答える。
 思わぬ反撃に、リディもそれもそうかと苦笑する。

 そんな光景に私はくすくすと笑う。
 そして、今来た道と先の道を見て、少し昔を思い出す。
 私が旅立つまでの事を。



 私はネリー。
 西方生まれで、根っからの旅人で吟遊詩人。
 そして、盗賊でもある、人間の今年で十九歳になった女の子。

 私が生まれ、おぎゃぁと産声をあげたのは西方のロマール領内、ファンに通じる街道沿いにあったマーファの小さな教会。

 父の名はリーバカッセ、詩人にして逞しき巨躯の元傭兵。
 母の名はネッサ、詩人にして商家の三人姉妹の次女。

 そんな両親。
 元は”十人の子供達”(テン・チルドレン)を巡る芸人一座で働いていた詩人。
 共に仕事しているうちに何時の間にやら母から惚れたと結婚、それを機に、二人だけで独立したと言う。
 其の時、仲間からは「美人泥棒」「歌姫強奪」「美声略奪」と罵られたとか、どうとか・・・
 まぁ、これは両親のノロケ話(しかも父の話)なので嘘は半分以上だと絶対に確信している。
 母は父が体に似合わぬ情けなさで独り身にするには怖くて危なっかしいから放って置けなかったからと言う。
 まぁ、どっちがどこまで本当かは知らない。

 で、小さな教会で簡素ながらも祝福を受けて、そのまま旅が故郷と家、歌で学習を両親から一日中されたものだ。
 そんな私は玩具がわりに簡単な打楽器を与えられて喜んでいたとか。

 で。

『いいか、ネリー。詩人は歌で人々に夢や希望を与える大切な役目を担うんだ』

 大柄な父は詩人としては美化や脚色された幻想的な歌を好んだ。
 それこそ、人々の心の拠り所とする神話や伝説など中心に、私へ夢見る事の大切さと伝承の知識などを教えてくれた。

『いい、ネリー?詩人は、自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じた事実を皆に知らせるのが役目』

 長身の母は詩人として実体験に基づいた現実的な真実の歌を好んだ。
 それこそ、自分で知った事を一番に、嘘偽り無く、力強い想いをのせた歌で、ものの真実と虚偽、それに伴う痛みを知れと教えてくれた。

 丸っきりと言う訳ではないが、両極端に遠からずな夫婦。
 ただ、”歌は心”という理念は一緒らしくて、何かことあることに口を揃えて言う、何だか変な両親だ。
 そんな二人の教育の元、旅の中ですくすくと丈夫に育ってきた。
 五歳にもなると、簡単な打楽器から弦の数の少ないリュートを持たされ、音階の練習からそのうちちょっとした演奏を夜中までし込まれる。
 十歳には、両親の演奏の合間に、それなりの幼さを武器にして簡単な演奏でおひねりを頂いて喜んで、結局親に徴収されたり。
 
 で、この頃、詩人として必要になるだろうと東方語を習い、同時に初めて呪歌を習った。
 しかも、目の前に安物の陶器のカップや小壷を並べて。
 丁度、次の街へと旅の途中の草原で、父が昼食の準備をしているのを尻目に。

「ネリー、いい?貴方がこれから吟遊詩人として、初めて呪歌を教えるわ」

 母が真剣な眼差しで、同じように真剣な目でちょこんと座った私にそう言った。

「はいっ!」

 元気良く笑顔で私は答え、それに母は一度笑顔、そして再び真剣な眼差しで言う。

「歌の素晴らしさを知るには、破壊する怖さも持つことを知りなさい」

 手に竪琴を抱え、かき鳴らして、いつもとは違う、何か力を持つ旋律を奏で始めた。
 同時に、今まで聞いたことの無いような、刃の様に鋭く、そして空気を叩くような高い高音域の、聞き慣れない不可思議な歌。
 だが、思っていたほど不思議と耳には強く来ない。
 むしろ、目の前に並ぶ陶器に、その声と音に影響されて、小さく微動し始める。
 かたかたと、最初は微動しただけ・・・と思った直後。

 ぴしぴし ぴし か ぱりん

 確か、そんな音をたてて、陶器の表面に割れ目が走り、一瞬にして砕けた。
 驚き、目を丸くする私に呪歌を止めた母は言った。

「今のが”高音振動”。数ある呪歌の中にして、小さき”破壊”の力を秘める呪歌」

 言葉の無い私を余所に母は続ける。

「この呪歌はね、人や動物などには害は殆ど無い。でも、今のように、陶器や硝子など、振動に弱いものをあっさりと破壊する」

 それに、続ける様に、昼食の準備をしていた父が言う。

「歌の怖さを具現化するとしたら、今のが良い例だ。同時に・・・」

 苦笑いの顔で、父が指で後ろの状況を指差す。

「折角盛付けた昼ご飯を駄目にするという事実も」

「あ・・・」

 大きい陶器の皿に盛付けた料理が、皿が砕かれて、下にひいた布の上に盛大に広がっていた。

「教えるなら飯の準備時以外か、教える旨を俺に教えてくれ」

「ごめんね、アンタ」

 苦笑する母と父。
 そんな二人と、駄目になった料理を見て、思わず大笑いしたのは私だったりする。

 確かに、歌は怖さも持っていると・・・特殊な例としてだけど、こうやって私は呪歌を初めて覚える事になった。

 それから五年、私は十五歳を迎えた。
 両親が言うには”駆出し程度”には吟遊詩人が板についてきた頃。
 ようやく、実力で何とか、演奏して少ないながらもおひねりを頂けるようになった。
 そして、自分の楽器としてリュートを持った。
 次の呪歌を習うのもそろそろ許されるぐらいに、基本もしっかりとしてきた・・・そんな時に。

「そう、オラン。その名だけでも、耳にしたことはあるだろう?」

 たまたま同じ詩人として交流した、森妖精(エルフ)の冒険者から東の話を聞いたのだ。
 東へ自由人(パルマー)の街道を十週間以上歩くと存在するその地の名。
 大陸、いや世界一の国家都市であろうオランの存在を。
 様々な人々が集い、賢者の国、冒険者の国として名を馳せるオラン。
 同時に今まで巡った、西方には無い雰囲気を持った、東の国々の事も。

 名も名乗らず去っていった詩人の話は、私の心にひとつの揺らぎをもたらした。
 揺らぎはやがて小さな振るえとなり、振るえは確かな鼓動に。
 そして鼓動は強く心を動かし・・・ある思いを芽生え始めさせていた。

 ある日、街道沿いの小屋での夕食の後で。

「私、東へ・・・一人で旅に出たい」

 急に両親に、夕食の御馳走様に付け加えたという感覚で。
 両親は、最初、私が何を言ったのか分から無かったらしい。
 少し間を置いて、ようやく聞いてきた。

 父は自分の楽器、リュートを手入れしながら。

「あー、もう古くなったか?それはもうちょっとしてから買ってあげるから」

 母は自分の服のほつれを縫いながら。

「んー、ちょっとねぇ、まだ季節は夏だから薄手で・・・」

 思わず突っ伏す私。
 真剣な私の決意は、いきなり勘違いの答えで返されたのである。

 ひとまず、もう一度決意を伝える。
 絶対何か反対されると思った。
 だから、ぎゅっと目を瞑った。

 ところが、両親から出た言葉は違った。

「やっぱり、お前も根っからの旅人で、詩人なんだな」

「そして、素晴らしい私達の子供なんだね」

 父は残念そうだが満足な顔で、母は悲しげながら誇らしげに呟いた。

「いいの?」

 私は驚きながらも聞いた。
 普段強気な母が、優しい声で答える。

「いいよ。でも、本当は・・・ネリーは年頃の娘だから、手放したくない。願わくば、ネリーの幸せを見届けてから・・・と思ってたけど」

 父が母の横に来て肩を抱きながら、精一杯の笑顔で言葉を繋ぐ。

「だが、旅がお前の願いで、吟遊詩人として決意したのなら、反対はせんよ。そう育てたから、可愛い一人娘を手放す様で残念だ、が・・・俺は嬉しいぞ!」

 二人が私に、最高の笑顔を見せて、決意を認めてくれた。

「その・・・ありがとう、母さん!父さん!」

 二人に飛びつく。
 二人が私を受けとめる。
 嬉しくてたまらなかった。

「だけど、決意したのなら、絶対にやめちゃいけないよ?」

 母が強い瞳で私を見て言う。

「うん!」

「辛い事も痛い事もある。信じられない事もある。でも、其の時は思い出すんだ。今まで教えてきた事を、詩人なら歌はやめない、諦めない。そして一番大事な」

「”歌は心”!」

 母と私が、肝心なところを同時に言って笑う。
 ありゃりゃと、父は拍子抜けだが、遅れて大きく笑った。
 家族の笑いはやがて、歌となった。
 旅路で一人になろうとも、歌えば元気になれる、おまじないに似た歌。
 私に優しさと強さを願う、両親の即興の歌。

 誇れる我らが子よ 今決意せし可愛い我らが子よ

 我らは願う その決意がおまえの 大事な夢ならば 叶えよと

 我らは願う その夢がおまえに 幸をもたらす事を

 道は別れども 歩む時間(とき)は 同じだから

 遠き旅路の果てに おまえの幸せが あるならば

 辿る先は遠きけれども いつも我らは家族 心は共にありき

 誇れる我らが子よ 今決意せし最愛の我らが子よ

 我らは願う おまえの無事と幸せ おまえの歌を伝え聞く事を

 我らは願う いつかまた会える 時間(とき)があると信じて・・・


 嬉しくて、涙が出た。
 父も母も涙が出た。
 でも笑顔だ。

 そして、次の呪歌にして欲しいと、両親は私に聞かせてくれた。

「まだ、本格的には覚えられないだろう。だが、旅路の先々で様々な詩人と交流するだろう」

 父はリュートをかき鳴らしながら言う。
 優しいながら父の体格と似て逞しい確かな旋律。

「だから、絶対に覚えて欲しい。歌の怖さを知ったお前だから」

 母は一度、深呼吸をして、静かに歌い始める。
 徐々に繊細な歌声が力強く、やがて私の身の中へと染み込んでゆく。
 すると体と心に懐かしさと優しき温もりを与え、同時に何事にも負けない意思を与えてくれる。
 父と母が、まるで私の中にいてくれるように。

 その呪歌の名は、”抵抗活力活性化”(レジスタンス)。
 生きている者の生命と精神に働きかける呪歌。
 父が一番に覚えたという呪歌だという。
 赤子の頃、病気で熱を出して危なかった私に一晩。
 喉が枯れるまで、リュートを弾く指が血に染まるまで歌って聞かせたという。
 まさか、そんなところで。

(そっか、懐かしいと思ったのは・・・)

 ちなみに、両親の願い通りに、それを覚えたのはオランへの旅路の途中のこと。

 其の夜、慌しく旅立ちは早いほうが良いと、両親は必死に旅の仕度をしてくれた。
 何故か途中から、自分たちの好みで喧嘩になりかけていたけれど。

 次の日。
 早朝ロマールに到着して、不足している荷物やらを買い揃えた。
 特に護身用にと新品で質の良い軽くて扱いやすい針のような短剣をわざわざ買ってもらった。
 父が心配して、もっと良い装備を整えようと買物する。
 が、その父の襟首を掴み母は余計な荷物は持たせすぎるんじゃないとその買物を止める。
 流石に背中の革袋に入り切らないぐらいの保存食やら水袋やら何やらは勘弁して欲しかったので、ありがたかった。

 結局、予定以上に時間を経過させて、本当の別れは夕方になってしまった。
 父は夜になると危ないから、明日にしようと言うが、母は決意を鈍らせちゃ駄目だからと父に怒る。
 でも、強きに振舞う母の目は父の意見に同意したがっていた。

 心の何処かで、やっぱり別れたくない。
 旅人だからこそ、別れが辛い事を何度も体験しているから。
 でも、私の決意が揺らぐ事を許さないと、心を必死に抑えている。

「ありがとう。でも、決めたから、もう行くね」

 精一杯に、涙を堪えて、頑張って、笑顔で、しっかりと言う。
 そして、踵を返しロマールの東の門へと歩き出す。
 せめて、両親から私が見えなくなるところまで、涙を見せないように。

「ネリー!!」

 母が叫んだ。
 振りかえると、母は涙を零していた。
 手を私に向けようとする。

「・・・お、かあさん・・・」

 駄目。
 其の母の手に、すがりつきたい衝動を必死に止める。
 涙も堪えて、笑顔で手を振らなきゃ・・・

「ネッサ、駄目だ」

 父が母を名で呼び、逞しい手で母の其の手を握る。

「リーバカッセ・・・」

 母も父を名で呼んだ。
 もう片方の手で、母を抱き寄せる。
 驚くほど父の顔は、どんな御伽噺で出てきた英雄よりも、精悍で逞しい勇者のようだった。
 そして、父は私に、はちきれんばかりに、笑顔を見せる。

「おとうさん・・・」

 父は無言で強く頷いて、手を大きく振る。
 母も続いて、涙ながらに、いつもの強い母に戻って手を振った。

 私は応えるように笑顔で思いきり、元気良く、手を短く振って、そのまま街道を走り出した。
 もう、涙堪える自信が無かったから。

 夕陽を背に、両親が、ロマールの街が。
 徐々に小さくなっていく。

(いってきます!おかあさん、おとうさん!)

 涙を流しながら、それでもなお、笑顔のまま、日が沈むちょっと前まで、我武者羅にひた走っていた。



 ま、そこから今夜の宿はどうしようと思ったのは秘密だけれど。



 オランに到着し、西門で一通りの手続きを経て、ようやく私達は街に入ることができた。
 勿論、どこに行くかは・・・いつもの”きままに”亭!

 アルさんが一番に、元気よく扉を開けて大きく一声。

「ただいま帰りました!」

 店内の店員さん、お客さん達がビックリしてこちらを見る。
 苦笑しつつ、アスリーフさんが店内に入り店員に軽く注文し、リディが其れに続いてカウンターへどかっと座る。
 其の隣へ私が座って、アルさんが店内の知人に早速あれこれ聞かれたりからかわれたりと、早速忙しい。
 そんな様子を見て、カウンターについた皆が笑う。

「さ、無事に帰還したお祝いだ!」

 リディが一番美味いという火酒をジョッキに注いで貰い、乾杯の準備を終えている。
 私はワインを注文して、アスリーフさんはエールを、遅れてアルさんがティントゥースを杯にして。

「乾杯!」

 其の日の夜は、随分と騒がしかった。
 でも、私は、ちょっと前の思い出で感傷に浸り、そして遠くの両親へと心を馳せていた。
 あの日、別れた両親を思い浮かべて。
 もし、今すぐ歌で思いを伝えられるならば。
 まず、これを一番最初の歌詞にしようと思う。
 オランへ旅立ち、遠くの故郷に残した人を思う旅人の為の歌にもなるように。

 遠き旅路の貴方達へ 今 私はオランにいます ・・・と。

 516年 11の月 3日 オランにて By ネリー


■ あとがき ■

登場人物
ネリー、リーバカッセ(父)、ネッサ(母)、名を告げずに去った詩人の森妖精、リディアス、アル、アスリーフ、ついでにきままに亭にいる店員さんとお客さん(笑)

勝手にキャラ使いましてすいません〜。
ネリーにはEPとしてちゃんと生立ちを書いてなかったので思い切ってあげちゃいました。
なんだか呪歌とかで独自で勝手な解釈していますが、大目に見てくださいませ(==;

ちなみ、ネリーの名前の由来は両親の頭文字からというのは新たに捏造した新事実(え


この作品の感想をお寄せください
松川さんの感想 (2004/12/03 2:24:15)[2]

んむ。カワイイです。
ほのぼのとした、それでいて強さを感じさせてくれるEPですねー。
無理矢理その日に旅立つってのが、結構ツボ。
さんの感想 (2004/12/03 2:23:55)[1]

いいご両親ですなぁ。「今夜の宿はどうしよう」には笑わせてもらいましたが(笑)
今後もご活躍なさって下さい。
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