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題名 螺旋の道
登場人物 アル
投稿者 U-1
投稿日時 2004/12/03 2:26:57



 多分、ボクは調子に乗っていたんだと思う。

 冒険者になって、初めての仕事。
 街中で魔物と化した新米冒険者が暴れ回る事件。
 ボクは、生き残った。

 冒険者になって、初めてパーティを募った仕事。
 エレミアへの二月にも及ぶ長旅と向こうでの調査。
 ボクは、やり遂げた。

 だから、ボクは調子に乗っていたんだと思う。
 自分も一端の冒険者なんだと。

 そこには、いつでも仲間が居たことを。
 恩を授けてくれていたことを。
 それを軽々しく考えすぎていたんだろう。

 そして同じ過ちを犯してしまった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 敵は、ゆっくりと迫って来た。
 自信に満ちているかのような足取り。
 殺気を宿した双眸。
 そして冷たく煌めく凶刃。

 野盗……それも隊商を狙うような大がかりな野盗ではない。
 一人歩きの行商人を狙うような奴だ。凶器を見せつけ金品を脅し取る類の流れ者である。
 それでもアルの足は震え始めていた。

「…………」

 無言の圧力がアルから冷静さを奪っていく。
 判るのは、相手が人を殺す事など、なんとも思っていないという事。
 そして、自分が早計だったのだという事。
 出された凶器に屈しない様を見せれば、手強いと諦めるかもしれない。
 そんな考えで抜いた小剣。
 だが、それが相手を本気にさせてしまった。

「ひえぇぇぇ」

 街道で道連れになった行商人がアルの背後で情けない声を上げる。
 敵と対峙しているアルには、声を出すことすらできないというのに。

 一対一。他に敵は居ない。敵もアルだけを見ている。だから、行商人を庇う必要もない。
 いつもの訓練と同じはずだった。

 相手の太刀筋をしっかりと見る事。
 無理な攻撃を仕掛けない事。

 それさえ、守れれば生き残れるはずだと自分を奮い立たせる。
 だが、上手くはいかない。

 大ぶりとはいえ相手の得物はナイフである。間合い的には随分と有利なはずだった。
 おまけに敵は足幅を広くとり前傾している。速度で翻弄するのではなく、全力で突いてくる姿勢だ。
 その動きは直線的だろうし、急所さえ外せば鎧が致命傷を防いでくれる。そのはずだった。
 後は攻撃をしかけた相手の動きが止まるのを待てば良い。
 伸びきった腕と足は頭上から振り下ろされるアルの一撃を避ける事はできないのだから。
 だが、そう洞察する冷静さがアルには残っていなかった。

 喉が酷く渇いていた。
 ヒリヒリと渇き、唾を飲み下すことさえ出来ない。
 そもそも唾など湧いて来ないのだが……。
 体内でサラマンダーが暴れ回っているかのようだった。
 うるさいほどに鳴り響く鼓動。粗くなっていくだけの呼吸。
 もたらされる高揚感は興奮のせいなのか、それとも麻痺した恐怖のせいか……。
 内部の渇きとは裏腹に体表には、じっとりと嫌な汗が浮かんでいる。

 本気の立ち合い。訓練とは異なる実戦。
 守ってくれる仲間も支えてくれる友人も居ない戦い。
 自分の手で敵を殺さなければ、自分が殺されるであろう状況。
 直面した危機に思考はパニックを起こしかけていた。
 おそらく、あと数瞬も対峙が続いていたなら、その緊張にアルの精神は狂気を呼び込んでいただろう。
 少なくともアルの感じていた空気は、それほど張り詰めていた。
 だが、敵の行動がアルの思考と時間を制止させた。

「うわぁぁぁ!」

 迫り来る凶刃。そして、それに連なる敵の姿。
 それは視界の全てを埋め尽くすかのような質量を持って感じられた。
 殺意が山かと見紛うばかりに敵を大きく見せているのだ。

(避けなければ)

 恐怖に叫び声を発しながら思った。
 思いはしたし、そう動いたつもりだった。
 だが、力の入り過ぎた体は思考を裏切り、縺れる足は言うことを聞かない。

『ドスッ』

 鈍い音。
 鈍い痛み。
 痛みは、すぐに鋭利な刺激と熱を持ってアルの腹部を嘖んだ。

「あぁ…ぁ…うぅ……」

 苦痛の呻きが漏れる。
 致命傷というほど深い傷ではない。
 薄いとは言え革鎧の上からである。その切っ先は重要な臓器を寸断してはいないだろう。
 それでも、その痛みはアルの経験したどんな物をも凌いでいた。
 硬直した体は、ナイフが引き抜かれる衝撃で再度痙攣し、そのまま弛緩する。

(嫌だ)

 小剣を取り落とし、傷口を庇うように前のめりに倒れ込みながら、そう思った。

(死にたくない)

 それが思考のすべてとなった。
 いや、本能として呼び覚まされたと言うべきか……。

(こんな所で死んでたまるか)

 何も成し遂げず。
 何の恩返しも果たさず。

(守られてたから)

 だから生き残って来られた。
 そんなのは、まっぴらだ。

 勇気でも闘志でもなく。
 悔しさがアルを駆り立てる。
 不甲斐ない自分に対する怒りが現実の時間にアルを呼び戻す。

 再び迫る凶刃を避けることが出来たのは、地面に倒れ込んでいたからだ。
 敵が横たわったアルを狙う為に持ち手を変える……その猶予がアルを生かした。
 泥臭く地面を転がりながら、自分の血で汚れた手に街道の砂を握る。

(お前なんかに!)

 名も知らぬチンピラ風情に殺されてやるほど、自分の矜持は安っぽくないんだと。
 このまま無抵抗に最期を迎えるほどお人好しではないんだと。
 そう心の中で叫びながら片膝立ちになる。

「このっ!」

 アルに右側面を取られた野盗は、逆手のままナイフを振り回す。
 刃が自らの肘に向かっている握りだ。
 アルの体を狙った横薙ぎは、辛うじて左腕を捉えるに終わってしまう。
 左上腕部。丁度、鎧から露出した部分。
 斬り裂かれた傷は、腹部の重い痛みと違い、アルの動きを止めることはない。
 むしろ今度の傷は痛みより怒りをアルにもたらした。

(お前なんかに!!)

 ナイフの軌跡を追うような血の流れ。
 その空中の血流をさらに伸ばすように体を振る。
 全身のバネを使って右手の砂を男の顔面に投げつけたのだ。

「うわぁっ!?」

 強烈な目つぶしである。
 まともに食らった敵は怯んで踏鞴を踏む。

「うおぉぉ!」

 アルは雄叫びとともに敵に体当たりを仕掛けていた。
 目つぶしが当たったからではない。
 当たろうが、当たるまいが、今のアルには関係ないのだ。
 先刻までは極度の緊張と恐怖がアルから冷静な判断力を奪っていた。
 だが、今のアルは、頭に上った血のために“冷静な”どころか判断力自体を奪われているのだ。
 精霊使いが居たらヒューリーを感じたであろう事は疑いない。

 もろともに倒れ込んだ敵に馬乗りになって拳を振るう。
 吟遊詩人として指を保護するという考えは一瞬だとてアルを躊躇させる事はない。
 賢者としての知識が正確な急所を狙わせる事もない。

 ただ、在るが侭に殴る。
 骨だろうが肉だろうがお構いなしに殴る。
 今、この瞬間の優位を覆されたら終わりとばかりに顔面を殴り続ける。
 左の太股にナイフを突き立てられるまでアルは殴り続けた。

 側面から突き立てられた。
 その刃全体がアルの足に埋没している。
 骨まで達しているだろう。
 敵が剔る先で『ゴリッ』と耳障りな音がする気になる……そんな感触。
 蹂躙される肉の悲鳴と流れ出す大量の血がアルに恐怖を思い出させる。

「ぐわぁぁあ」

 叫びながら敵から離れる。
 悶絶するようにのたうち回る。

(痛い! 嫌だ! 痛いよ! 嫌だ、死にたくない! 死にたくないよ!)



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 アルの目に空が戻ってきた時。
 アルの肌が風を感じ直した時。

 アルの耳に鳥の囀りが届いた。
 そして男の断末魔も共に……。

 知覚を取り戻した時。
 アルは横たわり、天に向け小剣を突き立てていた。
 その小剣に男が串刺しになり、自分の顔のすぐ脇に男の顔が在った。
 その口から血を流し、その瞳を白濁させ、男は事切れていた。

 事実の知覚。

 認識ではなく、単に知覚した。
 理解は及ばなかった。

 だが、その手は憶えている。
 転がった先で当たった小剣の柄の感触。
 掴み直し、今も掲げているその剣が伝えた感触。
 硬直した両手が確かに憶えているのだ。
 最初に感じたのが『プツッ』という張り詰めた何かを突き破る感触だった事を。
 徐々に刃が受ける抵抗は増し、それと比例するように重い感触が伝わって来た事を。
 皮膚を裂き、肉の中を突き進む感触。
 男のナイフが腹部に二つ目の穴を穿っているにも関わらず、その痛み以上に鮮明な感触。
 その命を断ち斬った感触。

(ボクが殺した……)

 自覚とともに嘔吐感をもよおす。
 小剣も、そこに串刺しになったままの男の遺骸も投げ出し、アルは吐いた。
 吐きながら痛みに咽せ、それでもなお迫りあがってくる胃液に眉を顰める。
 目には涙が浮かんだ。
 痛いから泣いているのか。
 饐えた胃液に泣かされているのか。
 視界の端に在る遺骸とそれが示す事実に涙しているのか。
 それすら判らない。
 目からは止めどなく涙が流れ、鼻水と吐瀉物で口の周りも汚れている。
 顔中グシャグシャにしながらアルは考えていた。

(無我夢中だった)
 ……僕ガ殺シタ……
(身を守る為だ)
 ……僕ガ殺シタ……
(ボクが殺されていたかもしれないんだ)
 ……僕ガ殺シタ……
(野盗なんだ。悪人なんだ)
 ……僕ガ殺シタ……
(ボクが殺した)



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 連れ立っていた行商人が街道警備の巡視隊を呼んでくれたらしい。
 ボクは血を流しすぎて意識を失っていた。
 だから詰め所で目を覚ますまでにどんな事があったのか、伝え聞いた以上の事は知らない。
 酷く臭う薬草を貼られ、包帯で彼方此方縛られた状態で目覚めたのだ。

 深い傷もあったから神官に奇跡を頼んだ事。
 それでも二日間昏倒していたため行商人は先に向かった事。
 奇跡の見返りとして神官に支払った寄進は野盗討伐の報奨金と相殺だという事。
 もう二三日は安静にしていた方が良いから、その間に事情聴取をするという事。
 それらの話をぼんやりと聞いていた。

「やれやれ、心ここにあらずって感じだなぁ」

 説明してくれた巡視がぼやきながら部屋を出て行ったのをなんとなく憶えている。
 彼は知らないから仕方ない。
 ボクが初めて人を殺めたんだって事を。

「はっ、お笑いだな、アル。それで一端の冒険者のつもりだったのか?」

 一人になった部屋で、そう声に出してみた。自嘲気味に言って、それで泣けてきた。
 人を殺してしまった事。その事実にこんなに衝撃を受けるなんて。
 こんなんで、どうやったらラゼックの依頼を受けられるって言うんだ?
 お前は、初めて組む人間と対等な冒険者として仕事をするつもりだったんだろ?
 店の斡旋で来た連中にエマで渡りをつけて。

 馬鹿じゃないのか。
 これまでの偶然と仲間の恩を自分の実力だとでも思ったのか。
 そんな目で何を見て行くって言うんだ。
 父さんに言われた通り甘い夢を見てるままか。
 そんな思い込みで何を成し遂げるって言うんだ。
 実力を誤認して、自分を過信して、勝手に先走って、一人で傷ついて……。
 何にも変わってないじゃないか。
 冒険者どころか、庇護されて半人前な駄目な自分のままじゃないか。
 そんな自分が心底嫌になったから冒険者を志したんだろ。

「だったら、泣いてる場合じゃないだろ」

 自分を試すように呟く。
 声には涙の残滓が嫌になるほど多かったけど、それでも続ける。

「人を殺めた。その事実は消えないんだ」

 まだ、心に痛みを感じるけど、そう声に出してみる。
 目を覆い、頭を振り乱して泣き叫びそうになる衝動を辛うじて押さえ込みながら。

「自分で生きていくんだろ」

 だったら逃げるな。
 この罪悪感も背負って、なお前を向いて生きろ。
 浮つかず、しっかりと大地に足をつけて生きていくんだ。

「でなければ、何のために生き残ったんだ。そうだろ、アル?」

 そう自分に言い聞かせる。
 
 『自分で生きていく』それは、冒険者になる時にも言い聞かせた言葉。

 多分、ボクは調子に乗っていたんだと思う。

 冒険者になって、初めての仕事。
 街中で魔物と化した新米冒険者が暴れ回る事件。
 ボクは、生き残った。

 冒険者になって、初めてパーティを募った仕事。
 エレミアへの二月にも及ぶ長旅と向こうでの調査。
 ボクは、やり遂げた。

 だから、ボクは調子に乗っていたんだと思う。
 自分も一端の冒険者なんだと。

 そこには、いつでも仲間が居たことを。
 恩を授けてくれていたことを。
 それを軽々しく考え過ぎていたんだろう。

 そして同じ過ちを犯してしまった。

 でも……。

「ごめん……ラゼック」

 自分の浅はかさに苦い思いを抱きながら、今のままでは彼の役に立つこと出来ないと自覚する。
 だから、エマ行きは中止するつもりだった。
 彼に恩を返すのは、別の機会にするしかないだろう。
 ボクの実力は今のところ、その程度なんだから。
 それを再認識できる機会をくれた事で、彼への恩は増えたけど、いつか必ず返しに行こう。
 今よりもっと技量を磨き、今よりもっと精神を鍛え、胸を張って冒険者だと名乗れるその日に。

 ボクは人を殺めた。

 決して軽々しく考えられない事実。一生消えることのない烙印。
 ここで変わらなければ、ボクは一生、ボクの嫌いなボクのままだ。
 だから、悔やんだり、自分を軽蔑したり、何かに逃避するのはもう止めるんだ。
 過ちを犯さない人間になれるなんて思わない。それはきっと、夢想だから。
 もう甘い夢を見るのは終わりにする。そう殺してしまった男に誓う。
 これからは彼の分まで、しっかりと現実を生きていくために。

 その為にも立ち止まってはいけないんだ。
 例え、同じ様な過ちを繰り返してしまう事があったとしても、堂々巡りじゃなく、それを糧にしてでも前に進む。
 そうできる道が必ず在るはずだから。





この作品の感想をお寄せください
うゆまさんの感想 (2004/12/03 2:30:15)[8]

冒険者として、いつしかは通る”苦悩”の道。
そこをどのような形であれ、通過したアル氏。
その経験が彼にどのような成長を与えたか。
そして、心にどう残ったか。
これから先にどのように影響するのか。
また一つ、注目する点が増えてしまいました。

最後に・・・やはり、U-1さん、アナタはEP職人です(笑)
枝鳩さんの感想 (2004/12/03 2:29:55)[7]

戦いの最中や後での様々な感覚や感情、思考が最後の決意へ向かう様子は考えさせられるものがありました。
経験をまた一つ積んだアルが、一人前の冒険者だと自ら胸を張れる日が来るのを楽しみにしています。
Ken-Kさんの感想 (2004/12/03 2:29:21)[6]

戦うことの恐さを初めて経験し、受け止めていく過程がとてもわかりやすく、アルというキャラクターのこれからを期待させる内容でした。
この戦いの後、アルの佇まいは一変したことでしょう。まさに冒険者としての一歩を踏み出した彼の今後がとても楽しみです。
MASASHIGEさんの感想 (2004/12/03 2:29:03)[5]

震えるぞハート!燃え尽きるほどヒート!
いいなぁ、いいなぁ。
アルに会いたくなりました。
小町小町さんの感想 (2004/12/03 2:28:41)[4]

「弱さ」を表現することで、逆にアルの中に芽生え始めた「強さ」が認識出来る、素敵なEPだと思います。
アルの成長を見守りたくなる……と書くとちょっと不遜な気もしますが、本当にアルを心から応援したくなりました。
彼のこれからの成長と、歩んでいく道がとても楽しみです。
ほっしーさんの感想 (2004/12/03 2:28:23)[3]

言いたい事がハッキリしており、読み易いEPでした。
人一人を殺める事、殺めた事。それと向き合うアルに親近感が持てましたね。
今後のキャラチャやEPなど、U-1さんの活動に期待させて頂きます。
琴美さんの感想 (2004/12/03 2:28:06)[2]

無責任な言葉だけれど、やはりアルに「がんばれ!」と
エールを送りたくなるEPですね。
生への渇望。アル氏は今また新たな力を得たのだと確信します。
彼が重ねていく経験を糧にして紡ぐ、深い詩を聞ける日を楽しみにしています。
松川さんの感想 (2004/12/03 2:27:50)[1]

「がんばれ!」と、モニタの前で拳を握りたくなるEPでした(笑)。
自キャラが「どのくらい強いか」を書くのは簡単です(こっ恥ずかしいけど)。
でも敢えてそこで「弱さ」を書いたところに、アルPLとしての決意を感じました。
これから、血を舐めて泥を舐めて、一歩ずつ成長していくであろう姿が楽しみに感じます。
がんばれー。
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