|
続きを投稿する
|
MENU
|
HOME
|
題名
我道神官(前編)
登場人物
キャナル
投稿者
カムイ・鈴
投稿日時
2004/12/30 18:28:42
血が私の両目を横切り中空に舞った。
私は一瞬、それが自分の物である様に思ったが、すぐに違う事に気付いた。
私を庇った男性の胸から飛び出した物だ。
男性は私の前に立ち、一人の人間と対峙している。その人間の得物は
男性の血によって紅い輝きを放っていた。
数秒の沈黙が過ぎ、得物を持った人間は私達に背を向けて逃げ出した。
その奥には黒々と広がる樹海があった。
それを追わんとする私だったが、男性の胸の傷を見て立ち止まる。
「シーザさん…!」
「私は良い! 奴を追え!」
傷口を押さえ、怒鳴り散らす様に彼は言った。
だが、私は傷口を押さえる彼の手を退かし、癒しの奇跡を起こす。
彼は私の行動に絶句し、怒りの感情をむき出しにして叫んだ。
「何をしている!? 早く奴を追え!
見失ってしまうぞ!? 貴様……自分が何をしているか分かっているのか!?」
「喋らないで下さい!」
私の言葉を聞き入れてはくれず、シーザさんは何度も私の行動を否定し、叫ぶ。
力づくで私の身体を押し退けようともしたが、私は揺るがない。
彼の傷を癒し終えるまでは、私は彼から離れるつもりは無かった。
やがて傷を癒し終えた私に彼が放ったのは、平手打ちであった。
「貴様! 私は奴を追えと言った筈だ! 何故追わなかった!?」
「……シーザさん……もう日が沈みます。
暗くなっては探索のしようもありませんし……
シーザさんの傷も完治したかどうか分かりかねます。一度神殿に戻りましょう…」
一応、私の言い分は正しかったと言う事だろう。
彼は吐き捨てる様に舌打ちをし、夜風を受けてざわめく森とは逆の、
神殿の方へと歩き出した。
風に吹かれてもそこだけじんとした熱を帯びる頬を押さえ、私も後に続いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……私の声は聞こえた筈だな? キャナル……」
椅子に深く腰掛け、直立している私を品定めする様に見回しながら彼は言った。
私はそれにいちいち声に出す事も無いだろうと、頷く事で肯定した。
「そうか。ならば何故追わなかった?」
「貴方の傷が深く、命に関わると判断したからです」
聞かれる事は予想していた。間を置かずに私は答えた。
その態度が気に障ったのか、答えが不満だったのかは不明だが、
彼は机を拳で強く叩く。明らかに機嫌は宜しくない。
「分かっているのか? 貴様の逃した相手は人を殺しているのだぞ!?
三人だ! あの男は森と我が神殿を鋏む街道を通った人間を見境無く
三人殺しているんだ! それを貴様は逃がしたのだぞ!」
「予想外の妖魔の襲来でシーザさんは奇跡を起こす力を消耗していました。
あの状況で私があの男を追った場合、シーザさんの出血量を見た限り、
大変危険な状況と判断して、シーザさんの治療を優先しました」
彼、シーザさんはこの神殿での私の教師であった。
まだファリス様の声を聞けて日の浅い私は、至らない所が多々ある。
むしろ、私は他の神官と何故か考え方が異端じみていた。
そこで、彼が教師役となり私にファリス神官の何たるかを、教えてくれているのだ。
四日前程だろうか。街道を利用する旅人や商人が殺された。連続して三人。
秩序を重んじるファリス神官が見過ごせる事件ではなかった。
街道近くの森に住む青年が、四人目となる筈であった若い女性を襲った際に、
神官の一人に目撃されたのが昨日であった。
そして今日、私と彼でその青年を処罰……即ち殺す筈であった。
「……貴様が何を考えているか私には判らん……
あの男をッ放って置いたら罪の無い一般人の被害者が増える一方だ。
何故、みすみす逃す様な真似をした?」
「先程その理由は述べた筈です」
「私は奴を追えと言ったんだ!
私が死にそうだったから助けた? 私は助けを求めた覚えは無い!
貴様は私の命を救った満足感で良いご身分だろうがな! 私はとんだ大恥だよ!
殺人犯を取り逃し、傷を負って逃げ帰って来たと思われる!
私を犠牲にして奴を殺してくれた方がよっぽど名誉だったよ!」
私はこの人が嫌いだった。
この人は自己犠牲こそ秩序と平和を産む、と唱える。その賛同者も少なく無い。
自分の身を犠牲にし、相手を助ける。それがファリス様のお考えだと言い放つ。
その考えが嫌いだった。
それではまるで、ファリス様が私達信者を殺す為にお声をかけて下さる様に聞こえる。
仮にファリス様がそうお考えなら、私みたいな思考の持ち主に声をかける訳が無い。
「……確かに、あの男を逃がせば新たな犠牲者が増える可能性はあります。
ですが、その可能性は低いんじゃないでしょうか?
姿を見られてる訳ですし、わざわざ捕まえて下さい、と目撃された場所でもある
街道に出て来る事も無いんじゃないでしょうし…
だから……シーザさんを放って置けば必ず死んでいました。
あの男のせいで被害者が増える可能性は低い訳で…」
そこまで言うと、彼は再び握り拳で机を叩く。
その目は怒りもやはりあるが、新しく呆れの感情も見えていた。
「……判断力に欠ける。若い。そしてとんだ甘ちゃんだ貴様は。
貴様は私に死んで欲しくないではなく、目の前で人が死ぬのが怖いんだろう!?
この世の中人が死ぬ事なんざ日常茶飯事だ! それにいちいち囚われるな!
各地で冒険者紛いの事をして来たらしいが……どうせ危険も死も何も無い、
未熟な貴様におあつらえ向きの事ばかりだったのだろう!?」
だからこの人は嫌いだ。
怖い? 私は純粋に嫌いであれ、私に色々と教えようとしてくれた
教師役の初老の男性の死ぬ姿を見たくなかっただけだ。
それを……甘いだのと言われては腹が立つ。
そして……私の冒険者としての日々を愚弄されては、黙る事は不可能だった。
「囚われてなんかいないわ! 私は人が死ぬのを幾度と無く見て来た!
戦友を目の前で殺された! 親友を手にかけた事もある!
その経験を未熟の一言で片付けて貰ってたまるものですか!
私は甘い考えなんて持っていない! これは私の信念なのよ!
私は甘くない! 私は死なんて恐れてない! 私は……」
「その場に居て友人を死なせて置いて未熟でないと言うつもりか!?」
その言葉に、私は何も言い返せなかった。
彼に何と言われようと自分の考えを貫き通す自信があった。
彼に何と言われようと自分は未熟で無いと言い切れるつもりだった。
だが、その言葉で……私は火の消えた様に沈黙してしまった。
代わりに涙が溢れて来た。悔しさか、情けなさか。理由は知らない。
声だけは漏らすまいと、下唇を噛み、私はこの部屋を出て行く事にした。
「貴様の様な異端児はここには必要無い!
そんな甘い考えを持つならマーファにでも付くが良い!」
去り際に放たれた挑発に、私は反射的に返していた。
「貴方が私を庇ったのは……自己犠牲から!?
私を庇わず奴を殺していればこんな事にはならなかったのよ!
異端な神官が一人死んだだけで済んだのよ! 甘い考えは貴方も同じじゃない!」
壊してやろうという位の力でドアを開き、閉める。
後は自分の宿舎に戻るだけだった。夜も更けていたので、
幸い、知人に泣き顔を見られる事は無かった。
ベッドに潜り込んですすり泣く私を、アップルが不思議そうに見つめていた。
この作品の感想をお寄せください
名前
感想
パスワード(英数6桁以内)
記事番号:
パスワード:
パスワード: