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題名 我道神官(後編)
登場人物 キャナル
投稿者 カムイ・鈴
投稿日時 2005/2/20 21:52:13


ベッドの中で体内全ての水分を使ったのか。そう勘違いする位、私の涙は多く、長かった。
そしてそれを終えた私が向かう先は一つだった。
ベッドから少し離れた窓際に眠っているアップルを起こさない様に、ゆっくりと静かに部屋を出て行く。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


私は人を殺したと言うあの青年を殺したく無いのだ。
同じファリス神官が聞けば異端じみた考えだと笑うだろう。
殺された人達の家族が聞けば、大声を上げて私を罵る事だろう。
私とてその青年が救い様の無い狂人ならば、人を殺す事に快感を覚える愚者だと言うなら、殺す事を躊躇したりはしない。

その青年は、何故人を殺すに至ってしまったのだろうか。
仕事が無く、人を殺して金を奪うしかなかったのだろうか。
それとも、殺した人々に何か恨みでも持っていたのだろうか。
どんな理由があるにせよ、人を殺すという行為は正しい事とは言えないのではないか。
そう…相手が例え殺人者であろうとも、相手の事も良く知らずに殺すという行為は正しい事とは言えないのではないか。
少なくとも、私にファリス様の存在を教えてくれたあの人はそう私に語ってくれた。
だから私は彼に聞く。

「何故人を殺したの?」

……と。

私は青年が、シーザさんの肉を裂いたその刃物で斬りかかって来るかと思った。
しかし彼は私の身体を見回すだけで、何の行動も起こそうとしない。
森が暗く、表情を読む事は出来ないが私を傷付け様という気は感じられなかった。
風で森がざわめく音にかき消されてしまうのではないか。
そう不安にさせる程小さな呟きが彼の唇から漏れた。

「…俺を殺しに来たのか?」

「質問に答えて。何故人を殺したの?」

その質問で私の意図を察してくれたのか。彼が私へ歩を進める。
近くで彼の顔を見れば、まだ若い十代半ば程の青年だった。
こんな少年とも取れる彼が何故人を殺したのだろうか。
せめて、救い様のある理由であって欲しいと、自分でも良く分からない事を
ファリス様に願う。

「俺は自分の両親を殺したんだ」

余りにも不意で、余りにも常識から外れたその言葉。
私は理解するのに数秒を要した。その時の私の表情はどれ程滑稽だったか。
言葉より先に叫びそうになる。青年の言葉は私に憤りを感じさせるには十分過ぎた。
オーファンに暮らす二人の両親を私が殺す。それと同じ事をこの青年は言うのだ。

「何を…何を言っているのか分かってるの!?」

「分からないから殺したんだ」

噛み合わない言葉が返って来た。分からない? 何が分からないと言うのだ。
どんな疑問を持って自分の産みの親を殺したと言うのだ。

「…何で両親を殺したのか分からないんだ」

「…? どういう事…?」

「…俺は、両親を殺したって事実しか知らないんだ」

彼は両親を殺すより前の記憶が無くなってしまっていたのだ。
気が付けば、目の前に見知らぬ男女の死体が転がっており、手には
その男女を染め上げている赤い水と同じ水を滴らせた刃物を持っていた。
自分が一体何をしたのか訳も分からず、彼は牢屋に放り込まれた。
そして…逃げ出して来たと言うのだ。

「何の為に?」

「殺すという行為を理解する為に」

自分は悪い事をした覚えは無い。確かに彼は人を、両親を殺した。
だが思考はそれを覚えていないのだ。自分は何も悪い事をしていないのに、
罰せられなければならない矛盾。彼はそれが耐えられなかったのだ。
だから…人を殺すという行為がどれ程悪い事なのか、それを知りたくて
彼は人を殺し続けたのだと言う。
一人、二人、三人殺しても分からなかった。そして四人目を殺す筈だった。

「結局、殺すという行為の意味は分かった?」

彼はハッキリと首を横に振った。

「でも…凄く悪い事だっていうのは分かった。アンタ達に見付かって、アンタ達に殺されるって思った時…俺、凄く怖かった。殺すって言うのは、相手にあんな怖い思いをさせる、凄く悪い事なんだ」

彼の目は涙ぐんでいた。
私はこの青年を殺さない事にした。
彼は殺すという行為の意味は理解出来なかったけど、悪いという事は理解出来た。
悪いという事に気付けたのなら、彼は改心する事が可能だ。
彼は私よりも若い。時間は沢山ある。

「俺…殺されるのか? そうだよな。殺すって悪い事を沢山して来た。殺されて当然だ」

「殺されて当然…? そんな言葉、私は無いと思うけど。どんな罪を犯したにせよ、死ぬのが当たり前なんて状況は無いわよ。死ぬより生きるのが良い事は当たり前なのよ。そりゃ、中には救い様の無い人も居るけどね。ラッキーな事に貴方は救い様のある人なのよ」

彼の顔が明るくなったのが分かった。私も自然と明るい表情になっていただろう。
殺さずに済んだのだ。殺さなければならないと思っていた相手を殺さずに済んだのだ。
こんな喜ばしい事が他にあろうか。

「キャナル!?」

シーザさんの声が私の背後から聞こえる。振り返れば声の主がそこに居た。
プライドの高い彼の事だ。自分が取り逃した犯人を放っては置けない、と
急いで神殿から森に出て来たのであろうが。その必要は無くなった。

「シーザさん。大丈夫よ。この青年はもうーーーー」

殺さなくて良い。
そう嬉々として叫ぼうとした私の身体を、冷たくて熱い何かが突き刺した。
それはナイフだった。それはシーザさんを刺したナイフだった。
そのナイフの持ち主は彼だった。彼が私を刺したのだ。何故?
だって…彼はさっきまで自分の行為を悔やんで、泣いてーーー

彼は目元に涙を浮かべ、笑っていた。
アレは他人を嘲っている笑いだ。他人の行動が可笑しくて可笑しくて、
涙まで浮かべて泣いているのだ。その対象は私だ。

「別にアンタに嘘はついてない。俺は両親を殺したし、その記憶も無い。
殺すってのがどういう事が理解してないし、アンタ達に襲われて怖いとも思った。
殺す事が悪い事だってのも分かる。まあ、そんなの俺には関係無いけどな。
簡単に金を手に入れるにはこれが一番なんだよ」

余りにも私の顔が驚愕で可笑しな顔にでもなっていたからだろう。
笑いながら、彼はそんな事を勝手にペラペラと説明する。
だが私は彼の述べる言葉をこれっぽっちも理解しようとしない。
ただ、悔しくて仕方無かった。
折角、折角殺さずに済んだ筈なのに…彼はシーザさんに殺される。
彼がこの場を去るのが見えた。逃げても無駄。初老とは言え、シーザさんは
神官戦士としてもかなり優れている。貴方如きでは逃げ切れない。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


意外にもシーザさんは犯人を追う事より、私の治癒を優先した。

「私とて、助けられる命があるのに放って置く様な真似はしたくない。奴の事は心配するな。別働隊が向かっている」

私は彼の顔をまともに見れなかった。恥ずかし過ぎた。二度も命を救われて、勝手に犯人に近付いて、彼の性格を勘違いするし、私の格好寝巻きのままだし、とにかくもう穴があったら入りたい状態だった。

「…私、犯人にも事情があるって思ったんです。
犯人の事を何も知らずに、いきなり殺すのは良くないって思ったんです。
でも、これで分かりました。私の考えは間違いで、正しいのはーーーー」

「私はお前の考えは好かん。神殿でも貴様の様な考え方の奴はいない。
だが、ファリス様はお前という人間を選んだ。それはお前の考えが
何処かで必要とされるからだ」

私の傷の治癒が終わり、私はゆっくりと立ち上がってシーザさんの目を見る。
この人は、今とても大事な話しをしていると思ったからだ。
聞き逃したら、絶対に後悔する事を言っている。

「今回の事で貴様の行動は裏目に出た。だが、次の機会には
それが良い方向へ転ぶかもしれない。私や神殿の連中では逆だ。
今回の件では良いが、違う件では間違った事をするかもしれない。
貴様は神殿に居るべき存在ではない。神殿に居ては貴様のその考え方が
私達と同じに染まってしまう。神殿を出るんだ、キャナル。
お前は自分のやり方で自分の考えを貫けば良い」

やはり、彼は私の事は好きではないらしい。
言葉には優しさの欠片も無かった。突き放す様な感じさえある。
しかし、それで良い。結局、彼等と私では食い違うだけなのだ。
彼は自分の考えを押し付けるのではなく、私の好きにしろ、と言ってくれたのだ。
それが…嫌いな相手からの言葉でも嬉しかった。

「そうだな。一つ謝って置こう。
貴様の事を異端神官と呼んだが、あれは間違いだ。
貴様は変わっていても神官には違いない。貴様は貴様の正義を持っているのだからな。
だから、貴様は『我道神官』と名乗れ」

…少しゴツイ響きの二つ名だと思った。でも、不快感は無かった。
正直言って私にピッタリだと思ったからだ。
私はこの人は好きにはなれないけど、そのネーミングセンスだけは
好きになれそうだと思った。

翌朝、私は神殿を出た。
私の道を突き進む為にはあの建物は狭過ぎる。
『我道神官』は今日も自分の道を突き進む。その道が何処まで続いて、
一体どんな正義に繋がっているのかは分からないけど…。


■ あとがき ■

後編書くの遅過ぎですな。
どうでしょうか? 『異端神官』はマズイだろうって事で
二つ名を『我道神官』に変える事になったエピソード。
キャナルの事をより良く知って貰えれば幸いです。


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まつかわ。さんの感想 (2005/4/21 2:33:21)[1]

読むのが遅れてごめんなさい。
ただ二つ名を変えるだけじゃなくて、変えるなりの理由もつけてくれたという、その事実だけでもすごく嬉しいです。
そして、キャナルなりの正義が、少しわかったような気がします。
これからもキャナルを見つめていたい気にさせられました。
だからもっと出てこいよ!(笑)
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