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題名 いつでも一緒
登場人物 アルファーンズ ミトゥ
投稿者 霧牙
投稿日時 2005/3/24 3:55:43


 年中行事とも言えるアルファーンズとミトゥの今度の喧嘩は、旅路も終わりに差し掛かる頃に起こった。

 何となくミラルゴへ向けて旅立ち、そのままムディールまで足を運び、そして岐路の途中で立ち寄ったミード。ミードに到着してもうすぐ二週間になるだろうか。いつもならすでに旅立っていてもいい頃だった。
 だが、二人はまだミードにいた。

 雄大な湖が生み出す自然が足を引きとめているのだろうか、はたまた別の理由か、二人はこのミードで怠惰でのんきな毎日を送っていた。定宿にしている「銀の水鏡亭」のマスターやおかみさん、一人娘とも親しくなった。二人からすれば、この宿の家族構成は流星の集い亭と同じだから、より親しみやすかったのだろうか。さらに幾人かの町人も慣れたもので、漁へ行くとき子守を頼んでくるものもいる。
 そして、喧嘩はそんな怠惰なミードライフを満喫している最中に起こった。
 アルファーンズが、元冒険者の老人セルド宅を訪れたのは喧嘩した日の前日だった。日をまたぐ前に帰るつもりだったはずが、セルド老の話は弾みに弾み、ついには若かりし頃に集めて回ったといういくつかの魔法の品のコレクションまで披露し始めた。
 そうなるとそろそろ帰りたいと思っていたアルファーンズも気が変わってくる。なるほど、腕利きの冒険者グループの一員だっただけに、そのコレクションはなかなかのものだった。魔力はさほどではないが、造形が美しい広刃剣。素早さをあげるという、白い石で出来た指輪。そして一番宝だというのが、最後の冒険で手に入れたという古ぼけた壷。
 アルファーンズの知識を持ってしてもわらかなったそれは、どうということはない、骨董品的価値のあるだけの、ただの壷だった。だが、その壷に詰まっているものには誰にでも手に入れられるものではない、大切なもの。即ち、冒険者としての思い出だと語ったセルド老の顔はとても清清しかった。それだけでも長い間話に付き合った甲斐があったというものだ。
 アルファーンズはすでに朝が明けようとしているころにセルド宅を出て、宿に帰った。
 部屋に戻ると、二つあるベッドのうちひとつでミトゥが眠りこけていた。ちなみに相部屋の理由は、そのほうが安上がりだということで、旅をするうちに暗黙の了解となったのだ。
 寝巻きのボタンがはずれたミトゥは、毛布を蹴っ飛ばし枕を抱きしめ、よだれを垂らして幸せそうな笑顔を浮かべていた。きっと何か美味しいものでも食べている夢を見ているのだろう。アルファーンズはひとしきりその様子を見て爆笑した。
 そのことで目を覚ましたミトゥにより、枕攻撃を受け、デリカシーがないだのなんだのと口撃されたのだが――今回の喧嘩、それが原因ではなかった。
 そのあと、朝食を食べて、夕方近くまで寝ていたことが、今思えば間違いだったのだ。

 夜。寝苦しいとは言いがたい、静かな夜だったのだが、アルファーンズは不意に目を覚ました。季節はもうすっかり春で、別に寒いから眠れないというわけでもない。単純な話、昼間に寝すぎただけだった。きっとこのことをミトゥに言えば、子供かお前は、と一笑されただろう。
 布団から抜け出し、外を見る。月の位置から、そんなに夜遅くでもない――夕飯のときに深酒してしまったので、さっさと寝たのだ――きっと下の酒場へ行けばまだ茶のいっぱいくらいは出してくれるだろう。
 そう思い、上着を掴んだところで異変に気づいた。隣のベッドに、ミトゥがいなかったのだ。ベッドは、昼間に宿の一人娘がメイキングしてくれたまま、使われた痕跡はない。まだ下にいるのだろうか?
 首をかしげ、上着を羽織って階下に降りるアルファーンズ。だが、予想に反して、下の酒場は閑散としたものだった。この宿は、湖に近い代わりに街の中心部から離れているため、飲み客は一部の固定客を除けばわずかなものだった。その二、三人の客の中に、ミトゥの顔はない。
「マスター、ミトゥしらね?」
「ん? さっき二階に上がったかと思えば、すぐに降りてきたぞ」
 カウンターにいた客の相手をしていた宿の店主に聞くと、そう答えが返ってきた。
「降りてきて、なんかこそこそしながら外でてったけど」
「こそこそ? どこ行くか聞いてねーの?」
「聞いたら、なんかはぐらかしてたなぁ。まぁお前さんらなら、変なことはせんだろうと思ってそれ以上聞かなかった」
 こそこそとどこへいったのだろうか。その返答にアルファーンズは首をかしげた。そういえば、ミトゥは昼もどこかへ一人で出かけていた。それと関係あるのだろうか。
「・・・そーいや、寝言でウルなんちゃらって言ってたが・・・・・・」
 まさか変なヤツに引っかかったんではあるまいか。
 そう結論したアルファーンズは、どたばたと二階へ戻っていく。店主と客が不思議そうにその背中に視線を向けた。かと思えば、すぐにまたどたばたと降りてくる。上着の上にマントを羽織り、荷物の中から引っ張り出してきたのだろう、ランタンを手に下げている。
「ちょっと行ってくる!」
 言うが早いが、ばたんと扉を開けて外へ飛び出していった。
「どうでもいいけど、閉める前には帰って来いよ・・・」


 知り尽くしているとはいえないミード。探すといっても場所は限られている。まずは広場あたりに行ってみようと、宿から湖沿いの道をひた走っていると、不意に水音が聞こえた。風で波打っている音ではない。第一、今は波立つほどの風も吹いていない。
 湖からのその音は、断続的に続いている。この静かな夜に、妙に異質なものに聞こえるその音。不思議に思い、アルファーンズは道の脇の茂みを突っ切り、湖に出てみた。
「・・・・・・んなっ」
 思わず硬直する。
「ふんふんふん〜♪ ふふん〜♪」
 月の光に照らし出され、水浴びをする少女の姿がそこにあった。褐色の肌に水がまとわりつき、銀の髪の先端から雫が垂れて水面に波紋を生む。両手ですくった水が零れ落ち、月の光を反射する。
 思いもよらない少女――ミトゥの一糸纏わぬその姿に思わず硬直し、釘付けられた。そして、目が合った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 水音が止み、夜の静寂が戻る。
「・・・・・・」
「・・・・・・や、やぁ」
「・・・・・・何がやぁ、だこのドスケベー!」
 静寂を破るような大声で怒鳴り、慌てて水に浸かって下半身を隠し、左手で胸元を隠して、空いた右手で湖底に転がっていた石を掴み、アルファーンズに向けて投擲するミトゥ。
「いやまて違うゴカ・・・・・・うがっ!」
 一瞬にして行った動作の割りには、狙いは正確でアルファーンズの額に石は命中した。石自体の質量がそれほどでもなかったのが幸いしたか、額が割れることはなかった。それでも痛みは相当のものらしく、真っ赤になった額を抑えて悶え転げるアルファーンズ。
「うぐぐぐ・・・・・・」
「スケベ! 変態! アホ! さっさとどっか行けよ!」
 ミトゥの罵詈雑言はとどまるところを知らない。
「・・・つー。いってーな! 誰がそんな片手で隠しきれるような、見ても面白くないもん覗きに来るか! ・・・・・・んごばっ!」
 第二投目。抉りこむように頬に直撃する石。
「サイテー! デリカシーなしっ、さっさとそこどけっ! 着替えられないだろー! ちっさい癖に邪魔!」
「んだと、ちっさいのはカンケーねーだろ!」
 思わず拳を振り上げ、怒鳴り返す。
「あーっ! 触るなー!」
 何を言っているかよくわからなかった。しかし、よくよく見れば、足元に自分のではないランタンと、たたまれた服が置いてあった。そして、振り上げた手には、気づかず握ってしまったのだろう、ミトゥの下着があった。
「こんの・・・・・・ドヘンタイー!」
「うお・・・・・・っ! あがっ!」
 怒りと羞恥で真っ赤に染まったミトゥの鬼の形相。握ったいたものをほうりだし、慌てて逃げ出したが――最後に投げられた、石ではすまない小さな岩レベルの弾丸が、アルファーンズの逃げる背中に直撃した。

 翌朝。起きると、隣のベッドにミトゥの荷物がなかった。
「ああ。しばらく別行動取ります、って朝出てったよ。まだミードにはいるつもりらしかったけど」
 階下に下りて店主に聞くと、そう返事がかえってきた。
「チッ・・・・・・」
 ぶすっとして、朝食を受け取る。今日のメニューは、新鮮な野菜を使ったサンドイッチだった。
「何か喧嘩したのー? 昨日の夜も、ヒドイ怪我して帰ってきたし」
 逃げ帰ってきたアルファーンズを手当てした、店の娘が問いかける。手当てといっても、言うほど酷くはなかったので、冷やしたタオルで額と頬と背中を冷やしてもらっただけだが。
「別に。なんでもねーよ」
 ぶすっとした表情のまま、ぱくぱくとあっという間にサンドイッチを平らげるアルファーンズ。
「その分じゃ、ちょっと仕事を頼もうと思ったんだが無理か」
 アルファーンズの様子を窺っていた店主が肩をすくめて苦笑する。
「仕事?」
「ああ。メニュー見て、何か思わなかったか?」
「メニュー?」
 そういわれてみれば、ミードに着てから今までの間、三食のうち必ず一食、多いときで三食とも魚料理が出ていた。それなのに、ここ二日は魚料理が一食も出ていない。もっとも、他の店で食べたときもあったのだが。
「魚がねーな。獲れなくなったのか?」
「そう思ってくれて違いはないな。うちの場合、穴場の釣り場で釣ってくるんだがな・・・・・・どうやら、その近所に何かが住み着いたらしい」
 店主の話を要約するとこういうことらしい。
 専業漁師ではないので、漁の道具を持っていない店主は、穴場の釣りスポットで朝釣りをしてきて、メニューを賄っているらしい。だが、この最近、その釣りスポットの付近で妙な生き物が住み着いた形跡があったらしく、釣りをしたくてもしにいけない状況なのだそうだ。
 現に今朝、姿を見ることは出来なかったが、大きな何かがうごめく音と気配を察ちたらしく逃げ出してきたという。
「それで、その何かの退治ってことか?」
「そういうことだ。もちろん、お前さんたちは冒険者だから、それなりの報酬を払うつもりだったが。お前さん一人じゃあ、やっぱ無理か?」
 店主の問いかけに、しばし瞑目して考える。水辺にいる魔物で、かつ淡水、陸上でも適応できるものをピックアップしていく。なおかつ、他の漁師たちが騒いでないことを考えると、巣を作ってその近くで主に行動するものだろう。アルファーンズの知っている限りでの最悪のケース、スキュラは除外された。あの魔物の場合、手当たり次第に人を殺すだろうからという理由だ。気配を感じさせるところまで人に接近されて、逃がすはずもない。
 大体の見当はついた。
「鰐か蛙だな。たぶん」
 どちらも、やってやれない相手ではない。ミトゥと二人でなら、安心して戦える相手ではあるのだが・・・・・・あれだけされて今更、頭を下げる気にはなれなかった。
「いいよ、俺一人で行ってくるから」
「しかし・・・」
「大丈夫だって。ダメだったら逃げてくるから。これでも判断力と逃げ足には自信ある」
 こうして、アルファーンズは釣り場に住み着いた嫌なもの退治を引き受けることになった。


 ちょうど、太陽が真上に差し掛かる頃。アルファーンズは釣り場があるという、湖岸からボートで少し進んだ先の小島に上陸した。動きやすいローブの下にはいつもどおり鎖帷子を着込み、腰から小剣を下げ、背中に盾を背負い、白い柄の槍を持ってきている。槍は愛用の短槍とムディールで新たに購入した長槍と、どちらを持ってこようか散々悩んだ結果、一人だから打撃力に欠けるという理由で、いざとなれば両手でも使える方を持ってきていた。それに、見かけの割りに軽いのも単独行動向きだった。
 湖岸で昼食に持たされたサンドイッチを齧りながら、軽くあたりを見渡してみる。
 小さいながら、完全な孤島。鳥や昆虫は多数住んでいそうだが、動物が住むには若干小さいだろうから、もしいるとすれば泳げる獣だろう。小さい森、というか雑木林もある。釣り場は、湖岸からすぐのところらしいが、巣がその近くとは限らない。野伏の技がないアルファーンズに分かるのは、大体これくらいだった。
「ま・・・・・・水生生物の巣なんだ。そんな雑木林の中にはないだろ・・・・・・」
 そう呟いたところで、そういえば蛇も泳げたっけ、と思い出したが、ひとまずは島の周りを歩いてみることにした。
「よし、行くぞ・・・・・・って、いないんだっけか」
 槍で肩をトントンと叩き振り返ったところで、いつもは横か後ろについている相棒の姿がないことを思い出す。
「ま、一人なら一人で出来るまでのことをするだけだっ。ヤバくても一人なら逃げる判断もつけやすいし」
 わざわざ声に出して、拳を打ち付けほんのちょっと抱いてしまった空虚感を払拭する。
 改めて歩き出す。無言で湖岸を進むと、しばらくは平坦な道のりが続き、やがて教えられた釣り場へとついた。なるほど、そのまま放りだして逃げたらしい、釣竿と道具箱が放置されている。帰りに拾っていけばいいだろうと、とりあえずは釣竿を放っておき、あたりを調べる。やはり、素人目では、店主のものであろう足跡ですら、曖昧にしか分からない。
「・・・・・・ま、近くに巣はない様だな」
 念のため、釣り場に立ったときちょうど背後になる茂みの向こうも見てみたが、雑木林が続いているだけで変わった様子はなかった。
 もしアルファーンズが少しでも野伏の技を持っていたとしたら、大きさの違う足跡や、茂みを掻き分けたような跡を見つけられたのかもしれなかった。

 そしてしばらく探索を続けた結果、その洞窟を見つけ出した。小さな川のようになって、湖岸から水が流れ込んでいる。水生生物が住処にするにはするにはちょうどよさそうなところだ。
「うーん・・・・・・狭いところに殴りこみに行くのは、やっぱ危険だよな。ランタンも必要だろうし・・・・・・」
 ランタンは持ってきたが、それでは片手がふさがってしまう。いつもなら、片手の空くミトゥに明かりを任せているところだが、一人ではそうもいなかい。盾も槍の両手持ちも出来なくなるのは、なるだけ避けたいところだ。
 どうするべきか、思案していると、不意に嫌な気配がした。思わず湖面へ視線を走らせる。水生生物ならばそこから来ると思ったからだ。だが、その気配は後ろ、つまり茂みの中から襲い掛かってきた。
「てやああああ!」
 がさっと茂みから飛び出してきたそれは、剣を大上段から振り下ろしてきた。
 ガキッ、と耳障りな音を立てて、その刃を槍の柄で受け止めた。ムディールの武器商人が売り文句にしていただけあって、軽い割りには頑丈な柄だった。何でもこの白い柄は、海に住む巨大な獣の堅い骨を削りだして作ったそうだが、真偽は分からない。だが、刃を受け止めたくらいであるから、その頑丈さだけは確かなことだ。
「なにぃ!?」
 刃を受け止めたアルファーンズは、思わず素っ頓狂な声を上げていた。刃というより、その持ち主に驚いたのだろう。
「ミトゥ!?」
「あれ・・・・・・アルファ!?」
 振り下ろした本人、ミトゥも驚きに目を見開いていた。慌てて剣をどかす。
「な、なんでお前がこんなとこにいんだよ! つーか、何で俺が斬られにゃいかん!?」
 傷ひとつ入らなかった柄をなでて、そのことに関心しながらも思わず声を張り上げるアルファーンズ。
「な、なんでって・・・・・・漁師のおじさんに、湖の小島の近くに妙なバケモノが泳いでたから、退治してくれないかって依頼されて・・・」
 どうやらアルファーンズが依頼を受けたと同時刻ごろに、ミトゥも別のところで依頼を受けていたようだった。
「それで、この巣を見つけたから。そのバケモノが戻ってきたら不意打ちしようと思って隠れてたんだけど・・・・・・その、間違えちゃった。つい、張り切っちゃって、ろくに確認しないまま・・・」
 えへ、と誤魔化すように笑い、すぐにばつの悪そうな表情になる。
「そ、そういうアルファこそなんで!」
「俺だって似たようなもんだよ! ったく、まさか依頼がダブってるなんて思わなかったぞ・・・・・・」
 二人が互いに大声を上げていると、それを聞き取ったのだろうか。そして二人を餌と認識したのだろうか。
 湖から、それは這い上がってきた。

「げ! で、でっかい!」
「当たり前だ! あいつは巨大蛙だ、そのまんまだろーが! てゆーかまさか正体何かも見当付けないで来たのか!?」
 その問いかけに目をそらし、剣を構えるミトゥ。どうやら図星らしい。
 そういうアルファーンズも、見当は付けていたものの、出来れば蛇か鰐だったほうがいいと思っていた。長い舌に締め付けられたら、一人ではどうにかするのは難しかったからだ。だが、ミトゥと合流できたことは不幸中の幸いだった。
「チャ・ザ様ありがとう、帰って気が向いたら祈ってやる!」
 そう言って、槍と盾を構える。巨大蛙はやる気満々で、巨体を揺らしながらこちらに向かって飛び跳ねてくる。
「舌に巻かれるなよ、食われる! ミトゥ、気ぃ引け!」
「わかった!」
 戦いが始まれば、たとえ喧嘩していたとしても、その連携はなかなかのものだった。基本的に、ミトゥは軽い身のこなしで避けて戦う戦士。アルファーンズは、鎖帷子と盾の防御力を生かした耐えて戦う戦士。巨大蛙のように、舌を巻きつけた相手を締め付けたり、丸呑みにしたりする敵を相手にする場合は、避けれるミトゥが気をそらしたほうが効果的だった。
 鞭のように伸びてくる下を、軽く身をひねってかわすミトゥ。
「うらぁ! 食らえっ」
 その隙に側面へ回りこんだアルファーンズが、槍を突き出す。しかし、思いのほか浅かった。ぶよぶよした蛙の皮膚を貫くことは出来ない。舌をかわし、お返しとばかりに切りかかったミトゥの剣もはじかれている。
「うわっ・・・・・・! 剣は効きにくいよ、この皮膚!」
「ちょっと気合入れて突くぞ! お前、避けることに専念しとけ!」
 アルファーンズは盾を放り投げ、両手で槍を握り締める。ミトゥが巨大蛙の舌を剣でいなしている隙に、十分な距離をとる。
 巨大蛙の舌が空ぶった隙に、ここぞとばかりに今度は全力で突撃する。
「どらあああああ!」
 速度と体重をかけた一撃。今度は、そのぶよぶよした皮膚を貫くことが出来た。体液を撒き散らし、まさに蛙がつぶれたような声を上げる巨大蛙。
「よっし、いい手ごたえ! ・・・うわ!?」
 体液を撒き散らしながら、巨大蛙は怒ったようにうなり声を上げ、舌を伸ばしてくる。アルファーンズは全力で行った突撃のせいで、バランスを崩している。
「危ないっ!」
 ドン、とミトゥに突き飛ばされ、ごろごろと地面を転がる。
「・・・あっ!」
「おいミトゥ! くそ!」
 身代わりになったミトゥの足に、しっかりと舌が巻きついていた。あっという間に、ずるずると大口を開けた巨大蛙のほうへ引きずられる。
「このっ、この!」
 ミトゥは手にした広刃剣を捨て、代わりに小剣を引き抜き舌を切りつける。だが、皮膚に負けず劣らずの弾力性を誇る舌は、なかなか切れない。大きく開いた口はもうすぐそこだった。
「・・・間に合わな・・・っ!」
 アルファーンズがようやく起き上がり腰の小剣を抜き放ったときには、すでに遅かった。ばくん、と口が閉じられた。ミトゥが口の中に消える。
「お、おいマジか!?」
 巨大蛙は、それで満足したのかくるりと方向を変え、湖に逃げ込もうとしている。逃げられたら最後だ。
 アルファーンズは再び槍を両手で握る。
「このクソ蛙! 逃がすかよぉぉっ!」
 逃げる蛙に追いすがり、極力ミトゥが収まっているだろう腹を避けるようにして、全力で槍を突き出した。


 巨大蛙はアルファーンズの槍に貫かれ、絶命していた。急いで腹を小剣で切り裂き、ミトゥを引きずりだす。
「おいミトゥ! 生きてるか、しっかりしろ!」
 薄目を開けたミトゥを揺さぶり、頬を軽く叩くアルファーンズ。ぐったりしているが、まだ息も意識もあるようだ。
「・・・・・・う・・・・・・もっと、考えてやってよ・・・・・・」
 開口一番、小さく文句を呟く。
「な、なんだよ・・・まさかどっか槍で怪我したとか!?」
 先ほどの一撃は、自分で思っていたよりもかなり蛙に大打撃を与えることに成功した。ちょうど跳ね上がった蛙の脳天のど真ん中を貫いたのだ。ひょっとして、勢い余って体内のミトゥにまで刃を当ててしまったのだろうか。
「違うよ・・・・・・怪我はしてないけど・・・・・・髪の毛」
 そういって、少し笑って見せる。槍は体を避けることが出来たが、ミトゥの髪の先端を少し持っていってしまったらしい。斬られた、というよりも千切れた銀色の髪が若干だが散らばっている。
「なんだ、そんだけか・・・・・・あ、いや悪い。痛かった、よな」
「うん、痛かった・・・。それに髪は女の命なんだぞ」
 再び笑おうとするが、顔をしかめる。頬に火傷の跡がある。さらに、鎧のベルトは溶けて千切れかかっていて、服にもところどころに小さな穴が開いている。胃酸にやられたのだろう。
「ちょっと黙ってろ。・・・・・・この程度なら、すぐよくなるだろ・・・・・・っても、顔も女の命か?」
 アルファーンズが軽く具合を見る。そんなに酷くはない様子で、しばらく水で冷やせば痛みは取れるだろう。神殿に寄進して《癒し》の奇跡をかけてもらえば、跡も残ることはなさそうだ。
「うん」
 また笑おうとして、アルファーンズにとめられる。むしろ、顔より鎧や服のほうがダメージが大きかった。
「鎧、買い換えなきゃダメだね」
「マスターに言ってみろ。危険手当くらいだしてくれるだろ。それで新調す・・・・・・あ」
 ついに限界がきたらしく、皮鎧のベルトがちぎれて胸当てが外れる。同時に、服も肩口から胸元にかけてぼろっと破れてしまった。
「あ、わ、わり」
「・・・・・・エッチ」
 喧嘩した原因を思い出し、慌てて目を背けるアルファーンズ。だが、今回は疲労のためなのか、さほど大声を上げずに頬を染めて胸元を隠すミトゥ。アルファーンズは自分のつけていたマントをはずし、ミトゥにかけてやる。
「お、俺マスターが忘れてった釣竿とって来るから。お前、しばらく休んでろ」
 何故か落ち着かなくなって、アルファーンズは立ち上がった。
「うん」
 ミトゥがマントをきちんと羽織りなおし、その場に座り込んだのを確認して釣具が放置されていた場所へ走る。
「・・・・・・なんか、あんだけしおらしいと調子狂うぞ・・・なんか可愛げあるし」
 ぼそりと呟き、アルファーンズは顔が赤くなるのを誤魔化すように走った。

 釣具を手に戻ってくると、ミトゥはずいぶん落ち着いたようだった。
「よし・・・・・・そろそろ戻るけど、立てるか?」
 アルファーンズの肩を借りてミトゥは立ち上がる。が、すぐにへたり込んでしまった。
「腰抜けた?」
「違わい!」
 やはり調子が戻ってきらしく、いつものように怒鳴って、強烈な肘を入れる。
「足、痛い」
「どれ?」
 軽く触診すると、かなり腫れ上がっている。どうやら、蛙の舌にしこたま強力に締め付けられて、さらに引きずられたときに負傷したらしい。もしかしたら骨が折れているかもしれない。
「しばらく歩けんかもな。しゃーねー、宿まで背負ってやるよ」
「・・・・・・荷物いっぱいじゃん。ボク、槍背負ってる背中になんかおぶさりたくないよ」
 ミトゥの視線がアルファーンズの背中に注がれる。冒険用の道具をつめた背負い袋には、先ほど回収した釣具も詰め込んである。さらに、盾と槍を背負っている。
「ええい、ならこーすりゃいいだろ」
 しばしの逡巡の後、アルファーンズはミトゥを抱きあげた。いわゆる、お姫様抱っこ状態だ。
「ひあっ、ちょ、ちょっと。恥ずかしいじゃん!」
「うるせー、背中は満員だ。それに誰が見てるわけでもねーよ」
「ボクが恥ずかしいよ!」
「足痛いんだろ、我慢しろ! 行くぞ!」
「うー・・・・・・」
 不承不承ながら、ミトゥはアルファーンズに抱えられておとなしくなった。
 しばし無言で、ざくざくと湖岸沿いを進む。
「ねぇ重くない?」
「重いぞ」
 ガス。拳がめり込む。
「なんだよ、正直にいっただけじゃん」
「そーゆーときは嘘でもそんなことないよって言えよ!」
 そしてそれきり、話題が見つからずまた無言になる。しばらくそのまま進んで、またミトゥが口を開いた。
「ねぇ」
「何だ?」
「その・・・・・・昨日、ごめんね。心配してきてくれたんだよね?」
「あ、ああ・・・・・・まーな。こっちこそ悪かったな、まさか水浴びしてるとは思わなかったし」
 視線を逸らすアルファーンズ。
「いいよ。寝てたからって黙って行っちゃったし。びっくりしたとはいえ、石投げちゃったし・・・・・・」
 ぼそぼそと小声になっていくミトゥ。
「あ、そーいえば石当たったとこ大丈夫だった?」
 ふと思い出したように、ミトゥがアルファーンズの前髪を掻き上げる。石が直撃したそこは、一晩経ってもまだ赤く腫れていた。
「うわ腫れてる・・・・・・」
 ぐいっと傷に顔を近づけるミトゥ。抱き上げている体勢だから、かなり近い位置まで顔が迫る。思わず顔が赤くなりそうになるアルファーンズ。
「いや、大丈夫だって。これくらい、魔物に殴られるよかマシだ」
「でもだって・・・・・・ほら、よく見せて」
「いいって、ちょっとおとなしくしてろ・・・!」
 慌てて頭を振ってミトゥの手をどかすが、それでもしつこく手と顔を近づけてくるミトゥ。
「うわっ・・・・・・!」
「おろ?」
 そんなことをやってるものだから、アルファーンズが足を滑らした。体が傾き、湖の水面が迫る。
 ばしゃあーん!
 激しい水音を立てて、アルファーンズは頭から湖に突っ込んだ。抱えていたミトゥ諸共に。ぽたぽたと雫をたらし、しばし呆然とする二人。
「・・・なんで落ちるんだよー!」
 先に大声を張り上げたのはミトゥだった。その場にへたり込んだまま、ぐいぐいとアルファーンズの首を絞める。
「んが! お前がいいってゆーのに手ぇ伸ばすからだろー! 怪我人はおとなしく抱えられてろ!」
「なにおー! せっかく人が心配してやったのに、なんだよその言い方はっ!」
「うるせー! こっちのセリフだ! 蛙なんかに飲み込まれやがって、どんだけ心配したと思ってやがる!」
「蛙に捕まったのは君をかばったからだろー! 君がもっとしっかりボクを守ってくれるぐらいだったら何の問題もなかったんだよっ!」
「てんめー、黙って聞いてりゃ・・・・・・。いつも俺がどんだけお前のこと気にかけてっと思ってやがんだ、この爆走アロー娘め!」
「なにそれ、それじゃあボクが足引っ張ってるだけみたいじゃないか! 大体最近、無駄な知識ばっか詰め込んでるからヒヨワになるんだよ、もっと紛いなりにも戦士ならカッコいいとこ見せてみなよ、このもやしっ子!」
 ぎゃーぎゃーと、湖に浸かったまま激しい口論を続ける二人。お互い普段は思っていても口に出せないことまで喋っているのだが、どちらも勢いのあまり、その真意に気付いていない。それが滑稽だが、微笑ましかった。
「あっ、もうお日様があんな沈んでる! こんなことしてないで早く帰ろーよ!」
「む・・・・・・ちょっとお子様相手にムキになりすぎたようだ。早く帰ろう」
 水浸しの荷物を持ち上げ、立ち上がるアルファーンズ。
「へん! よく言うよ。君みたいな偉そうで生意気なチビの相棒やってくれるのなんてボクくらいだからね! 大事にしてよね!」
 言い返し、抱っこ、と言わんばかりに両手を突き出す。
「ったくわがままなチビっ子だぜまったく! お前の相手してくれるヤツこそ、俺だけだろーよ!」
 さっきまで重いなどと文句を言っていたわりに、軽々とミトゥを抱き上げ、改めて歩き出す。実際、水を吸って重くなっているはずなのに、不思議とその体は軽く感じた。
「ほーら、さっさと歩くー!」
 ミトゥがどんどんとアルファーンズを叩いてせかす。そして、きゅっとその服を掴み、不意に笑い出した。
「あーもー、まったくうるせーなー!」
 アルファーンズも同じように、笑い出し、湖から這い上がってボートを止めた湖岸を目指す。
 何度喧嘩しても、やっぱりこいつと一緒にいたい。一緒が一番、安心できる。一緒が一番、充実している。一緒が一番、楽しい。そして何より、一緒が一番、幸せだった。
 改めてそんな気持ちを確かめあった、春の日。


■ あとがき ■

 せっかく旅に出したんだから、EPの一本は書きたいなぁと思って執筆。若干のお色気要素も含み、どうにか完成。
 こいつら旅の間に進展するのかなぁ? 微妙ー、などと言い合っておりましたが、とりあえずナチュラルに相部屋にするくらいは進展した模様。
 でもまぁ、喧嘩は年中行事ですがね。


この作品の感想をお寄せください
琴美さんの感想 (2005/3/23 15:06:35)[1]

なんというか、相変わらず微笑ましいですね。
恋愛云々よりも、純粋に二人の絆の深まりがみていて好ましいと思います。
まあ、某友人キャラは今頃二人の道中を想像してもう一人の友人とはしゃいでいることでしょう(笑)お帰りをお待ちしています。
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