|
続きを投稿する
|
MENU
|
HOME
|
題名
帰還
登場人物
ルギー フォスター
投稿者
松川彰
投稿日時
2005/4/24 21:14:22
──517年4の月。エレミア。
ルギーこと、ルギエル・ペリドットがエレミアにある『砂の檻』亭に投宿してからひと月が経とうとしていた。赤茶けた砂岩で造られたこの建物は、脆そうにも見えるが意外とそうでもないらしい。おそらくは、要所要所に補強がなされているのだろう。
ここ、『砂の檻』亭は、1階が酒と食事を供する場所、2階が宿というごく一般的な作りをしている。だが、俗に言う冒険者の店ではない。そういった店に泊まれば、滞在している間も幾つかの小さな仕事なら請け負えたかもしれないが、ルギーには仕事をするつもりはなかった。最初はただ食事をするつもりで立ち寄った店内は、外壁だけではなく宿の内部までも砂岩で造られており、砂岩の柔らかさを活かして装飾的な彫り込みがされていた。西国風のその装飾は、ルギーに故郷を思い出させた。芸術の都、ベルダインを。
(ずるずると半月……いや、もうすぐひと月か)
オランを発ったのはいつだったか、と考える。オランを発って、生まれ故郷へと向かった。エレミアを通り、ザインを通り。そうして、あの海沿いの街へ帰ろうとした。だが、それは果たせなかった。
通ろうとしたザインが内戦のまっただ中だったのだ。もちろん、自分は単なる冒険者であって、気楽に一人旅をしているだけだからと言えば、多少手続きに時間はかかるかもしれないが、国境を越えることは可能だったろう。
けれど、ふと気持ちが萎えてしまった。
そうまでして帰って……あの街に何が残っているというのか。
そう思いつつも、ザインの手前で引き返してきて、オランにも戻らずにエレミアで無為な日々を過ごしている。しかも泊まっている宿は、ベルダインを思い起こさせる装飾だ。
(矛盾してるなぁ……)
昼食を口に運びつつ、ルギーは小さく息をついた。
「こんにちはぁ。小麦粉持ってきましたぁ」
店の厨房の奥で、張りのある声が聞こえる。まだ少年のようだ。
「ああ、ご苦労さん。昼飯は食ったのかい、セイル? まだなら食ってきな。残りものでよけりゃな。そら、おまえの好きなルギーも今、昼飯食ってるところだ」
店主が裏口へと応対に出、ややあって1人の少年を連れて戻ってきた。少年──セイルがカウンターのルギーを見つけ、口元をほころばせる。
「ルギーさん、今、お昼ご飯ですか?」
セイルの古ぼけた服には、ところどころ小麦の殻がついている。セイルは、この近くにある粉挽き小屋で働いていた。そこで挽いた小麦を得意先の店々に配達する仕事をしている。その駄賃代わりにといって、店主は時々セイルに残り物と称する食事を食べさせていた。ルギーとセイルが初めて出会ったのも、そうしてセイルがカウンターの隅でシチューを食べていた時だ。隣り合った席で、なんとなく世間話をし、そのなかでルギーが図らずも披露した幾つかの知識にセイルは目を輝かせた。以来、ルギーを見つけるとセイルは話をせがむようになった。
「ああ、セイルはもう配達終わりか?」
セイルのために椅子をひいてやりながら、ルギーが笑いかける。
「ええ。ここのお店が最後です。ルギーさん、こないだの話の続き、聞かせてくださいよ。ほら、遺跡に潜ったっていう話。えぇと……バジ……バリ……?」
「バジリスク。それが出るっていう噂の遺跡だったんだけどさ。実際潜ってみたら、バジリスクの形をした石像があってな……」
ルギーの話を、少年は目を輝かせて聞いている。紅潮した頬は、まだ幼さの残る顔立ちをより一層幼く見せていた。10才という年齢の割には利発な印象を与える少年だが、冒険者の話に興奮する様は年相応に見える。
「……いいなぁ。いつか僕もそんな風に冒険してみたい」
話を聞き終え、セイルが羨ましげに息を吐き出す。
「セイルは冒険者志望なんだっけ? 俺が言う台詞じゃないが、あまりお勧め出来る仕事じゃないけどなぁ」
「いえ。冒険者志望というよりも……えぇと……」
「なんだよ、恥ずかしがるなよ」
「……あの、魔術師、に……なりたいんです」
カウンターの隅でセイルは俯いて、小さな声でそう伝えた。
「…………魔術師?」
その言葉に、ルギーの背筋を何かが伝う。──怯え。怒り。憎しみ。恐れ。嫌悪感。
「どうかしましたか? ……やっぱり、おかしいかな。僕が魔術師になりたいだなんて」
呟かれた言葉で、ルギーは我に返る。慌てて首を振った。
「そんなことないさ。セイルは賢いからな。向いてるかもしれないぞ」
「……僕がうんと小さい頃に亡くなった父さんが、冒険者だったんです。魔術師でした。父さんの蔵書や、幾つか持っていた品物はもう全部売り払っちゃったけど。2年前、母さんが死ぬ前に言ってたんです。僕をオランの学院に入れるのが夢だったって。今は、叔父のところでお世話になっているけれど……叔父の知り合いに、私塾を開いている先生がいるんです。もう少し大きくなったら、そこに通わせてくれるって叔父が。オランに行くのはお金がかかるけれど……僕、今も、いろんなところで雑用とかさせてもらってお金を貯めてるんです」
両親を亡くしていることは、以前にも聞いていた。だが、セイルが今語った言葉は、ルギーの心の深いところにある棘を揺さぶる。
だから、とセイルは続けた。
「だから僕は、いつかオランの学院に入って、立派な魔術師になりたいんです」
きっぱりとそう言って、そして少しだけ恥ずかしそうに頬を染めるセイル。
午後の仕事があるからと席を立った少年を見送り、ルギーはやるせない思いにとらわれていた。
ベルダインでの記憶が蘇る。
ルギーには8才違いの兄がいた。ベルダインにある学院に通い、将来有望な魔術師と言われていた。若いながらも才があると、同輩からも師からも羨まれていたという。その兄が、魔術の実験の失敗によって命を落としたのは、ルギーが9才の時だった。
それまで全てが兄中心だった家族の何かが、それでずれた。目に見える形で最初に崩壊したのは、兄を溺愛していた母の精神だった。我が子を喪って、悲嘆に暮れる母親が立ち直るのには1年の歳月を要した。
1年経って、母親は哀しみを克服したかに見えた。表面上は。ルギーが兄と酷似した面立ちをしていたことも、悲劇の要因だったろう。母親は、ルギーをファト、と呼んだ。ルギエルではなく、兄のファトランと。父親は、それで妻の精神が少しでも落ち着くならと、ルギーに言い含めた。我慢してやれ、と。
ふざけるな、と思う。
出来ることなら、兄とそっくりのこの銀色の髪を黒く染めてしまいたかった。この蒼い瞳も。母に兄を思い出させる全てのものをかなぐり捨ててしまいたかった。
だが、10才の子供に親を捨てられるわけもない。
そうして母親は、10才になったルギーに、学院入学の話を持ってきた。あなたの夢だったでしょう、と語るその瞳はルギーを見つめてはいない。在りし日のファトランを見つめているだけだ。
魔術を学ぶことはしなかったが、結局は親の勧めに従って、ルギーはベルダインの学院に入学した。魔術師ではなく、賢者の道に。だがそれも、賢者になろうと思ってのことではない。ちょうどその頃に吟遊詩人の女性に出会い、そこで歌というものに魅せられたからだ。歌うために、詩を理解するために、古代の伝承を深く知るために。そして表面上ルギーが学院へと通うことで、母親の精神も安定したかに見えた。
それが崩れたのは、ルギーが17才の時だ。
歌の師──メリエルと共に、旅に出ようとしていた。ベルダインを出るために学院も辞めた。それまでに拙いながらも剣も習い覚えた。それが、母の知るところとなった。
その後に起こった事件は、悲劇としかいいようがない。師の命は絶たれ、母は投獄された。
ルギーは自分を責めて、そうして、逃げるようにしてオランへ来た。オランを目的としたわけではない。出来るだけ遠くへ逃げたいと思うあまりに、オランまで辿り着いてしまっただけだ。
そうして、オランでルギーは1人の魔術師と出会う。死んだ兄を良く知る男だった。その魔術師が、兄の死の真相をルギーに告げた。実験の失敗ではなく、1人の魔術師の身勝手な思いによって、兄は命を落としたと知らされた。
ならば、とルギーは思った。
ならば、全ての原因はその魔術師ではないか。
兄さえ死ななければ母は狂うこともなかった。メリエルが死ぬこともなかった。
兄さえ。
ファトランさえ生きていてくれたなら、自分は母にルギエルと呼んでもらえた。
そんな境遇へと自分を追いやった魔術師が憎かった。それまでも、魔術師と聞くだけで兄を思い出した。そしてそれは自分を決してルギエルとは呼ばなかった母の狂気をも思い出させた。
遠く逃げてきたはずのオランで、唐突に告げられた真相は、魔術師への憎しみを倍増させた。
(魔術師なんか……大嫌いだ)
──それをセイルに告げることなど出来はしないけれど。
昼食を終え、やや心許なくなってきた路銀をどうにかするために、小さな仕事でも探しに行こうかとルギーが腰を上げた時。
『砂の檻』亭の入り口に人影が見えた。
「えぇと……ここですかねぇ」
看板を眺めているらしい。冒険者のようでもあり、そうでないようでもあり。中途半端な旅装をした青年だった。
「冒険者の店を探してるなら、ここは違うぜ?」
奥で夕食の仕込みをしているらしく一向に出てこない店主の代わりに、ルギーが声をかける。
「ああ、冒険者の店を探してるわけではなくて…………あれ?」
青年の声が、やや訝しげな響きを帯びる。
「…………どうかしたか?」
同じく訝しげに聞き返すルギーの位置からは逆光のため、青年の顔は今ひとつはっきりしない。シルエットだけである。
「ルギーさん?」
「……は?」
「ああ、ルギーさんじゃないですか! いやぁ、お久しぶりです。僕ですよ」
その声に聞き覚えは……と記憶を探るよりも先に、人影が近づいてきた。ルギーにもはっきりとその顔が見える。
「げっっ!? フォスターっ!?」
「……げ、ですか。久しぶりに会ったというのに、第一声が『げ』ですか。……ヴェーナーよ、今ここで我らを巡り合わせたものが、運命という名のあなたの指先だとしたら、私は一体ここで何を為すべきなのでしょうか」
虚空へ向けてわざとらしく印を切って見せているのは、オランでの知己だった。名をフォスターという。芸術の神ヴェーナーの神官にして、そして……魔術師。
「なんでてめぇがこんなとこにいるんだよ!」
「こんなとこ、とは失礼でしょう。僕にではなく、こちらのご店主に。ルギーさん、以前にも何度か言わせて頂いたと思うのですが、そういう正直さというのは得てして敵をつくりやすいものですよ。嘘も方便というではないですか。世辞も時には必要です」
「……おまえのそれも、微妙にフォローになってないぞ」
脱力感を覚えて、立ち上がりかけていた腰を再び椅子へと戻す。
その隣にフォスターも腰を下ろした。
「僕がこちらのお店に来たのは、待ち合わせのためですよ。妹の仕事にくっついてエレミアまで来たんです。僕もこちらに少々知り合いがいましてね。それで、妹が待ち合わせ先に指定したのがこちらのお店というわけで。ルギーさんのようにのんべんだらりと自堕落な日々を貪るために来たわけじゃありません。……あ、ご店主、この……えぇと、ルビサの唐揚げというものをください。あとパンと紅茶を」
淡々と事情を告げ、メニューから昼食を注文するフォスター。
「うるせぇ。俺がいつ、のんべんだらりと自堕落な日々を送ってたっていうんだよ。確かにここ最近は仕事もしてないし、そのおかげで手持ちが心許なくなってきてるけど!」
「あ、やっぱり。いえね、冒険者の店じゃないところで、ルギーさんがご店主の代わりに最初に返事をしてくださったでしょう? だとしたら、ここが定宿なんだなぁと思いまして。仕事をする気なら、冒険者の店に寝泊まりするだろうになぁ、なんて……ええ、かまをかけてみたんですよ。当たりましたねぇ」
「だからおまえは嫌いなんだ! っていうか、なんで俺の隣に座ってる!? ああもう! だから魔術師なんてものは嫌いなんだ!」
ばん、と勢い余ってカウンターを殴ったルギーの手が痺れる。
「聞き飽きましたよ、それ」
さらりとフォスターが返す。
ルギーとフォスターが出会ったのは、3年前のオランだ。互いの共通の友人を通して、知り合った。そして、その友人たちとパーティを組み、遺跡へと挑んだ。セイルに話して聞かせていたものも、その経験からのものが多い。
その遺跡へと行く道中、そして遺跡の中でまで。フォスターとルギーが繰り広げる舌戦は、陰険漫才と周囲から呼ばれていた。
「……ルビサの唐揚げ、美味いか?」
運ばれてきた昼食を味わっていたフォスターに、ルギーがふと尋ねる。
「ええ。弾力があって、あっさりとしているのにジューシィで。スパイスも適度に利いていますねぇ。ルビサというのは、こちらで獲れる白身魚か何かですか?」
「まぁ、おまえが白身魚だと思うならそう思っておけばいい。どっちにしろ、美味いんだろ? まぁ、俺の味覚には合わないけど」
「……材料は何ですか?」
「当ててみせろよ。魔術師さんなら、知識分野もお得意だろ?」
首を傾げつつ、よりゆっくりと味わい始めたフォスターに、正解が告げられた。カウンターの中の店主から。
「ああ。蛇だよ、それ。砂漠で獲れんだ」
「…………蛇、ですか」
口中のものを飲み下したままの状態で、フォスターがぼそりと応じる。それを見て、ルギーが悪戯っぽく笑った。
「どうしたよ。美味いんだろ? もっと食えよ」
「ええ、そうですね。いただきます」
強がる風もなく、さらりと頷いてフォスターは食事を続ける。
「…………嫌がらねえの?」
「いやぁ、蛇を食べたのは5回目くらいですが、ルビサは今までの中でもかなり上位にきますねぇ。以前食べたものは、もっとぼそぼそしていて、味気なかったものです。ご主人、これは臭みを抜くためにはどんな作業を?」
これだから魔術師は、と。その言葉をルギーは飲み込んだ。
フォスターが食事を終える頃、そのフォスターに当てて使いが来た。
使いが持ってきた羊皮紙をざっと読み、フォスターは溜息をつく。
「……妹が、仕事が長引くみたいだから、あと2日ほど待ってくれと。ご主人、こちらの宿はお部屋空いてますか? 僕は大部屋とか相部屋でも構わないんですが」
「ああ、ルギーの部屋が4人用の大部屋でね。でもそいつ1人しか泊まってねぇ。空いてるよ。他の部屋はあいにく埋まってるがね」
店主の返事を聞いて、フォスターがルギーをじっと見つめる。見つめられたルギーが目を逸らす。
「おまえと相部屋なんてごめんだ」
「今更じゃないですか。パダでも相部屋だったわけですし」
「その経験があるから余計に嫌なんだよ」
「……僕、エレミアの知り合いから古い楽譜を借りて持ってきてるんですけど。……そうですか。ルギーさんはそんなものに興味なんかなかったですね。エレミアでは著名な詩人だった、“朝焼けの”ガーヴィスの楽譜なんですけどねぇ。いや、残念です。それじゃ僕は別の店に宿を」
フォスターが言い終える前に、ルギーはフォスターの服の袖を掴んでいた。ベルダインの学院で7年間を費やした辛い勉強も、歌のためという目標で乗り切ったルギーだ。フォスターのその話を聞いて、無視出来るはずもない。
そして、ルギーがこの手でフォスターに丸め込まれるのも初めてではなかった。
*****************************
事件が起こったのはその翌日だった。
昨日は結局、フォスターの持ち込んだ楽譜を挟んで、2人は延々と話し込んでしまった。芸術神ヴェーナーの神官でもあるフォスターと、人前で歌うことはあまりないが、愛用のライアーを手放さないルギーとが楽譜を挟めば、話は尽きない。そしてその時だけは、陰険漫才ではなくなる。
夜の更けるまでそうしていたために、2人が目を覚ましたのはそろそろ昼も過ぎようかという頃合いだった。
「寝坊してしまいましたね。僕としたことが……まぁ研究や実験にとりかかれば、昼も夜も関係なく生活しているわけですが、旅先ではせめて規則正しい生活をしようと心がけていたはずなのに」
昨夜の余韻に浸っていたルギーの耳に、研究、実験といった単語が飛び込んでくる。もそもそと着替えながら、ルギーは軽い自己嫌悪にとらわれる。
(……まただ。結局俺はフォスターに丸め込まれるのか? だいたい、こいつだって魔術師じゃねえか。そりゃ、こいつは一緒に遺跡にも潜ったわけだし、もう慣れてるというか何というか……けど……こいつもやっぱり魔術師だ)
「おや、どうしたんですか。ルギーさん、朝に弱かったですか?」
「なんでもねえよ。……飯食いに行ってくる」
「僕も行きます。置いていかないでくださいよ」
2人が1階へと向かう階段に差し掛かった時、階下から話し声が聞こえてきた。いや、話し声などという穏やかなものではない。言い争う声だ。テーブルや椅子のがたつく音も聞こえてくる。
2人は一瞬顔を見合わせ、無言で階下へと急いだ。
「僕じゃありませんっ!」
「君以外に誰がいるって言うんだ? 残念ながら証拠もここにあるだろう」
「そろそろ衛視が来るんじゃないか? おとなしく……」
「待ってください! 僕は何も……っ!」
階段を下りてきた2人を待ちかまえていたのは、困惑顔の店主だった。そして目の前には、涙目で必死に抗議しているセイル。抗議してる相手は、セイルよりもやや年長の少年2人だ。成人したてだろうと思われる年齢と、小綺麗な身なり。それは2人に共通した特徴だ。エレミアにある魔術師ギルドの生徒か、それとも私塾にでも通っているのか……ルギーがそう推測したのは、少年のうち片方が魔道書と思われる本を抱えていたからだ。
ルギーとフォスターに、店主が手早く事の次第を教えてくれた。
──見慣れない少年2人が入ってきたのは昼少し前だという。少年達が昼食を注文し、それを食べている間に、いつものようにセイルがやってきた。そしていつものように、カウンターの隅で店主から食事を分けてもらっていた。
セイルが食事を終えて手洗いに立った時、少年のうち片方も同じように手洗いに立った。何事もなく2人とも戻ってきたが、セイルが午後の仕事に向かおうかと席を立った時に、少年達が突然叫んだのだという。「魔道書を盗まれた」と。そして、犯人はそこの子供に違いない、と。
当然、店主は彼らを宥め、それぞれの主張を聞いた。
セイルは何も盗んでなどいないと言う。
少年達──エミリオとルカと名乗った──は、手洗いで一緒になった際に盗んだのだろうという。実際、その魔道書は、セイルが配達のために外に停めておいた荷車の中から見つかったらしい。
そうして今に至る。
「荷車の中の小麦に紛らわせて隠そうとしたんだろう?」
そう問いつめるエミリオに、セイルは首を振って抗弁した。
「盗んでないです! 荷車に載せておいた、小麦を入れる箱はちゃんと鍵をかけていたし……」
「鍵のかかっていたはずの箱の中から見つかったのだから、すなわち犯人は君ということじゃないか」
エミリオが問いつめる間、ルカは魔道書を大事に胸に抱え、セイルを見つめていた。にやにやと嘲るような笑みを浮かべている。
昼食時とあって、店の客も少なくはない。何事かと衆目が集まる。大人たちに見つめられ、少年たちに問いつめられ、セイルは涙を浮かべて歯を食いしばっている。
涙と鼻水でくぐもった声で、それでもきっぱりと言い切る。
「僕は何も盗んでなんかいません!」
事の次第を理解し、ルギーは一歩進み出た。
「セイル。俺はおまえを信じるよ」
「ルギーさん!」
「君たちも、他に犯人の心当たりはないのか? 魔道書から目を離したのは、手洗いに行った時だけか?」
ルギーの問いに、少年達は当たり前だというように頷いてみせた。実際、魔道書というものは高価なものだ。剥き出しで持ち歩いていれば盗んでくれと言っているようなものだろう。剥き出しではなく、布製の鞄に入れて持っていたが、手洗いで用を足す際には邪魔になるので、傍にあった台に鞄を載せておいたのだという。そして、その場ですれ違ったのはセイルだけだと。
「それにさ、俺たち知ってるんですよ。そこの子供が、魔道書を欲しがっていること」
エミリオと名乗った少年がそう告げる。
それは確かにそうだろうとルギーも思う。魔術師になりたいと願うセイルであれば、魔道書は喉から手が出るほど欲しいものであっても不思議はない。
「嘘だ! そりゃ……そりゃ、その本はいつか手に入れたいと思うけど、盗んだりなんかしない!」
「でも、荷車の箱は鍵がかかっていたんだろう? そしてその鍵を持っているのは君だけじゃないか」
セイルを指さしてみせるエミリオの手を、フォスターが見つめていた。
そのフォスターを見て、ルギーが思い付く。
「そうだ、フォスター。嘘を見破る魔法があるって聞いたことあるんだけど」
「ありますよ」
「それだよ! 嘘かどうかをこの場で見破れば、セイルの無実は証明出来る」
「僕は使えませんけれど」
「…………は?」
「“嘘感知”はとても高度な魔法です。導師級の魔術師でなければとても無理ですね」
「……なんだよ、それ!」
八つ当たり気味に舌打ちをしながら、ルギーは先刻、起床時にも感じていた自己嫌悪をより一層感じることとなった。
(何やってんだ、俺。魔術師なんか、と言いつつ、魔法に頼ろうとするなんて)
その心の声が聞こえたわけでもないだろうが、フォスターがそれに応えるようにして頷く。
「まぁ……冒険者ならそういう思考回路になりますよね。こちらのお客さんたちは皆さん、一般の方々のようですから、そういったことは思い付かなかったようですが。名の知れた冒険者の店に行けば、導師級の魔術師を見つけることも可能でしょう。ですが…………」
「……なんだよ。どの店に行けばいい。『蠍の瞳』亭か、それとも『跳ねる馬』亭か」
ルギーが口にしたのは、エレミアでも腕利きの冒険者が集まると有名な店の名前だ。
だが、フォスターは首を振った。そして、ルギーに確認するように問いかけた。
「ルギーさんは、あのセイルという少年を信じてるんですね?」
「ああ。あいつとはこの店で何度も話した。嘘をつくような子じゃないし、頭のいい子だと思う。真面目に将来を考えている。こんなくだらないことで道を見失うような子じゃない」
「そう……ですか」
ふむ、とフォスターが息をつく。
魔術師の誇りのひとつとして常に持ち歩いている杖で、とんとんと自分の肩を軽く叩く。
「衛視さんはまだかなぁ。誰か、呼んできていただけませんか? ここに泥棒がいるんですから、早く捕まえてもらわないと」
魔道書を胸に抱えたルカが誰にともなくそう言う。
野次馬になっている客達は、誰も動こうとはしない。だが、セイルを疑っているのは明らかだ。
鍵のかかった箱の中にあった、という事実。それが彼らにとっては動かし難い事実なのだ。
<万物の根源たるマナよ、不可視なるその力を明らかにせよ……>
ルギーの耳にフォスターの囁くような詠唱が響く。上位古代語で紡がれたその呪文の意味はわからない。
「……おい。何の呪文だよ」
「本当は、こんな街の中で呪文を使うのはどうかと思うんですが……こういう場合だからしょうがないとお許しいただきましょう。ルギーさん、犯人見つけましたよ」
「は?」
きょとんとした顔のルギーを残し、フォスターはエミリオとルカの前に進み出た。
「あなたたち……よほど家が裕福なんでしょうねぇ。その指輪、魔法の発動体ですね。そしてどうやら、第一階梯の魔法はある程度使えるようですね。でも、魔術を覚える時に、師から学びませんでしたか? 街の中では使ってはいけないと。ましてや、“鍵解除”の魔法など」
穏やかとも言えるフォスターの言葉に、少年2人が顔色を失う。
鍵解除、と聞いて他の野次馬たちもそれにあらためて思い至ったらしい。口々に納得したような声を上げ、三々五々散っていく。
「え。おい。どういうことだよ、フォスター」
「わかりませんか? 手洗いに立った時に、ついでに裏口にまわって荷車に載っている箱の鍵を魔法で開けたんです。そして魔道書を放り込む。わずかな時間さえあれば出来る行為ですよ。実物は見ていませんが、配達に使う程度の箱の鍵であれば、魔法で開けるのはそう難しいことじゃありません。痕跡も残りませんしね」
「ああ……なるほど」
言われてルギーは納得した。“嘘感知”などよりよほど単純な魔法だ。“嘘感知”を思い付いた自分が何故それに思い至らなかったのかと、冷静さを失っていたことを悔やむ。
「さっき僕が呟いたのは、“魔力感知”の呪文です。それで、あの少年の指輪が反応していたのを知って、自分の推測を確認したんです」
さて、と、フォスターは少年達に向き直った。
「魔術の使い道というものを、あなたたちはもう一度考える必要があるようですね。魔術というのは、不自然な力です。自然をねじ曲げる要素すら持つ。その力を手にするからには、使う人間に人並み以上の倫理観が要求されるのですよ? その力は人を陥れるためや、傷つけるためにあるんじゃありません。人を助けるために、仲間を守るためにあるんじゃないんですか?」
フォスターの穏やかな声を聞きながら、ルギーは、でも、と思う。
(でも、そうじゃない魔術師だっている。人を陥れるために。人を傷つけるために。そしてその命を奪うために魔術という手段を使う奴らが。そんな奴らのせいで、兄貴は死んだ。メリエルも)
店の主人が、少年達に彼らの師の名前を聞いている。事を荒立てるつもりはないが、フォスターから忠告されたのだ。いくらまだ少年とはいえ、未成年ではなく、そして古代語魔法という力を身につけている人間なのだから、それなりの責任を問われねばならないだろう、と。
少年達が口にした師の名前で、彼らの動機が明らかになった。
彼らの師は、セイルの叔父の知人だったのだ。セイルの叔父を通して、その魔術師はセイルとも何度か会っている。そして彼は、セイルのことを将来有望だと見た。最初は戯れに、魔術師を夢見る少年に下位古代語の初級の本を貸したに過ぎない。だが、セイルは目を見張るほどの速度でそれを吸収していった。
態度も真面目で、覚えも早く、将来有望である少年をいつか弟子にしたいとその魔術師は考えた。そして、自分が開いている私塾の生徒にもその話をした。君たちも彼を見習いなさい、と。
それが幾度も重なり、少年達は次第にセイルに嫉妬するようになった。決して、自分たちが悪いのではなく、セイルという未だ見ぬ少年が師に言葉巧みに取り入ったのだろうと思った。
幾ら将来有望とはいえ、まだ下位古代語の初級をやっと覚え始めたくらいじゃないか、と。既に第一階梯の魔法の幾つかを習得している自分たちが、その少年に劣るなどあってはならないと。
──妬み。嫉み。羨望を遙かに超えて歪む心。
その気持ちは誰にでもわかる。わかりすぎて、だからこそ眉を顰めざるを得ない。
(そうして、妬む奴らに力があれば……。力と、そして機会があれば。ほんのささいなきっかけで、悲劇の幕は開いてしまう。あの時のように)
「ルギーさん? どうかしましたか?」
問いかけてくるフォスターも。……その手には力の象徴たる魔術師の杖がある。
「……魔術師なんか」
「……は?」
「魔術師なんか、大っ嫌いだっ!」
伸ばされたフォスターの手を振り払い、ルギーは2階へと駆け上がった。
*****************************
部屋の扉を勢いよく閉め、その扉に背中を預ける。
数年前、オランで聞かされた兄の死の真相。それにかかわったもう1人の魔術師の顔が脳裏に浮かぶ。シムズという名前のその魔術師は、オランの街で出会ったルギーにこう聞いてきたのだ。ファトランの弟か、と。
口先だけで否定しても顔立ちがそれを肯定してしまう。それほどに似た兄弟だった。
シムズは、ルギーに兄の死の背景にあったものを教えた。
シムズはファトランの後輩であったこと。優秀なファトランを越えたくて越えたくて……けれど越えられなくて。
最初は憧れた。そして次に羨んだ。それが妬みへと変わり、やがて憎しみへと姿を変えるのに、さほどの時間は要さなかっただろう。
ファトランに及ばないものの、シムズにも力はある。それを使っていっそ、と。何度もそう思ったという。
機会さえあれば、シムズはいつか果たしたかもしれない。けれど、その“機会”はシムズではない者に訪れた。息子を溺愛するシムズの父親だ。
我が息子が精神を歪ませるほどに憎く思う相手と、実験室で2人きりになる。そこで殺したとて、事が露見しないはずはない。だが、その父親にとってはそんなことはどうでもよかった。邪魔さえ入らなければそれでいいと思った。
そうすれば、息子はもっと上に行けるのだと思った。何十年もかけて、ようやく導師になれるかどうかという程度までしか達することの出来なかった自分に比べ、息子は優秀だった。その息子よりも優秀なこのファトランさえいなければ、ベルダインの学院での名誉は全て息子に与えられると信じた。
その晩のうちに、シムズの父親は捕縛された。衛視にではない。魔術師ギルドに。
魔術師同士の争い、そして魔術を使った殺人。それを衛視に突き出すほど魔術師ギルドはおおらかではない。内々に処理し、ファトランの家には、実験での事故と報告された。家族は誰1人それを疑わなかった。まだ幼かったルギーもそれを信じて兄の死に涙を流した。
シムズの妬み。その父親の浅はかで間違った愛情。
それがなければ、ファトランはまだ生きていただろうと、ルギーは思う。そして、兄が生きていたならば、母が狂うこともなく、ルギーの師であるメリエルも命を落とすことはなかった。
そして今日の事件も、ルギーにとっては、出来の悪い再現に見えた。自分よりも優秀な人間を妬み、それを陥れるために魔術という手段を選ぶ『魔術師』たち。
「魔術師、魔術師、魔術師! あんな子供さえ、魔術を手に入れればああやって人を傷つけるじゃないか。ちくしょう……っ! 魔術師なんか!」
背後にある扉に拳を叩きつける。
本当は、魔術だけとは限らない。どんなものであれ、誰かが誰かの才能を妬み、そしてそれが憎しみに変われば。古代語魔法に限らず、剣でも精霊魔法でも、神の奇跡ですら、他人を傷つけることが出来る。そんなことはルギーとて百も承知だ。だがそれは、魔術師への憎しみを振り払う要因にはなり得ない。
扉の外に足音が聞こえた。すぐにフォスターだとわかった。フォスターの足音には、今ひとつ身軽さが足りないと、こんな時なのにふとそう考えて頬が緩みかける。不器用で出不精で、1日中書庫に引き籠もっているほうが幸せだとさえ言ってのける男だ。冒険者としては間違いなく運動不足の部類に入るだろう。
「ルギーさん? そこは僕の部屋でもあるんですから……入ってもいいですか?」
ルギーが背にした扉には内鍵がかけてある。ルギーがそれを開けない限りはフォスターは中へは入れない。
「……嫌だね。俺の部屋でもあるんだ。しかも先に俺が泊まってた」
「何を子供みたいなことを……。セイルくんがね、信じてくれてありがとう、って言ってましたよ」
「…………」
「とりあえず、ですね。入ってもいいですか」
「ダメだと言ったろう? あっち行けよ。魔術師なんか大嫌いだ」
子供じみている。それは自分でもわかっていた。
声の反響で、ルギーが扉のすぐ内側にいることはわかったのだろう。フォスターがつく溜息がルギーの耳にも届いた。
そしてその扉に、とん、と重さが加わる。扉の外側で、フォスターも同じように、扉に背中を預けたのだ。
「……ルギーさん。以前に一緒に遺跡に行ったことがありましたね。レックスですよ。覚えてます?」
「忘れたよ、そんなもん」
「あの時も、ルギーさんは僕と、もう1人……ライカさんに、そうやって敵意を剥き出しにしてましたね。……事情をね、聞こうかと思ったこともあるんです。でも、ああ嫌われていちゃ、事情を聞くどころじゃないなぁなんてね。ねぇ、ルギーさん。もしも聞いたら答えてくれますか? どうして魔術師が嫌いなのか」
話そうか、と。
一瞬そう思った。
が、やめた。
以前──フォスターが話しているその遺跡に行く少し前のことだ。同行する友人にそれを聞かれた。兄の死の真相はともかくとして、幾つかの事実はその友人に伝えた。
ルギーは、それを話したことを少しだけ後悔したのだ。その友人にわかってもらえなかったからではない。わかってもらえたからだ。愛する者を喪って精神のバランスを崩した肉親によって、違う名前で呼ばれたという過去を、その友人も持っていたから。
「……言わねえよ。言ったって、わからない奴にはわからないし、わかる奴には逆に痛い思いまでさせちまう」
「ふむ……それは確かに道理ですね。いや、見直しましたよ、ルギーさん」
「…………てめ、喧嘩売ってんのか?」
「まぁそれはともかくとして」
「否定しろよ!」
「ですから、それはともかくとして。……どうでしょう。入れてもらえませんかねぇ。いい年した男2人が、扉を挟んで背中合わせなんてあまり良い絵面とは言えないと思うんですよ」
「入りたきゃ無理矢理にでも入ってみせろよ。俺は開けねぇ」
「だって鍵がかかってるじゃありませんか」
扉の向こうからは、相変わらず少しとぼけた声が返ってくる。
「さっきのガキにも出来たことだろ。お得意の魔法ってやつで、ちょちょいと開けりゃ済むことじゃねえか」
「いやですよ、そんなの」
「……なんでだよ。まさか、疲れるからとか?」
そういえば、と思い出す。フォスターは以前、冬の山に出掛ける仕事を『寒いから嫌です』とたった一言で断ったという。面倒くさがりというか、なんというか……とルギーが呆れながら、どう言い返してやろうかと考えている時。
「ルギーさんから開けてくれないと意味がないじゃないですか」
「……は?」
「僕はルギーさんに開けてくださいとお願いしてるんです。それを聞き入れてもらうのが第一希望なのに、無理矢理開けてしまうなんて出来るわけないでしょう? 僕はね、ルギーさん。さっきの少年たちにも同じようなこと言ってましたけど……そんな目的に魔法は使いませんよ。ルギーさんの事情というのも、おそらく僕には実感としてはわからない。だから聞かないでおくことにします。まぁ、無理矢理扉を開けるのも、そして無理矢理事情を聞き出すのも、面倒だからと言えばそうなんですけどね」
くすり、と笑う声が聞こえた。
その笑い声に誘われるように、ルギーの頬もゆるむ。
「……なんだよ、それ」
魔術師は嫌いだ、と思う。大嫌いだと思う。
けれど。
「なぁ、フォスター。……ひとつ聞いていいか?」
互いに扉を挟んで背中合わせになったまま、ルギーが口を開く。
「ええ、なんでしょう。まぁ質問に答えるのは、出来ればこういう体勢じゃないほうがいいと思うんですが」
「うるせぇ。まだ開けねぇぞ」
「はいはい。で? なんでしょうか?」
「さっきのさ……セイルが嘘をついてる可能性もあったよな。おまえにとっては、誰もみんな初対面だ。セイルが箱の鍵を持っていたのなら、普通に考えればセイルが犯人でもおかしくないだろう?」
「ええ、そうですね。それなら魔術が介在する余地もありません。ごく普通に可能ですね」
穏やかな声で、フォスターが同意を示す。
ルギーは、以前からセイルと馴染みでもあり、彼のことを信じていた。そんなことで道を踏み誤るような少年ではないと思っていた。だが、初対面でそれを看破出来るほど、観察する時間はなかったろうとも思う。
「じゃあ、なんでだよ」
「セイルくんを信じたことが不満ですか?」
「不満じゃねえよ。結果的に解決はしたけど……なんでおまえがセイルを信じてやれたのかと思って」
「えぇと……言わなきゃ駄目ですか?」
少しだけ迷うような空気が漂った。
「それを教えてくれたらこの扉開けてやる」
「ああ……ええと……どうしましょうか。意外と恥ずかしい答えなんですよね」
「さっさと言え」
「ルギーさんが……彼を信じてたからです」
迷うように囁かれた言葉が、扉越しに伝わってくる。
「……え?」
「ルギーさんはセイルくんを信じていたでしょう? 僕はセイルくんを信じたわけじゃないんですよ。初対面ですしね。だから僕は、あの場で一番信じられるルギーさんを信じただけなんです。……これでいいですか? 開けてくださいよ」
ずるり、とルギーの背中が扉にそってずり落ちる。ぺたりと床に座り込み、そして扉に寄りかかったまま、ルギーは小さく呟いた。
「ああ……そっか。……単純」
「ルギーさん? 開けてくれないんですか?」
*****************************
夕食は、フォスターが気に入ったらしいルビサの唐揚げだった。他にもサボテンの料理があると聞き、フォスターは早速それを注文している。
「おまえ……ゲテモノ好き?」
さすがに少々うんざりしたように尋ねるルギーに、フォスターが不本意そうに眉を曇らせる。
「失礼な。味覚への探求心ですよ。不味いものを喜んで食べてるわけでもないし、グロテスクなものを好んでいるわけでもありません。それに本当のゲテモノ好きというのなら、例えば肉食ミミズのペーストを使ったスープとか、ナメクジの塩辛とか、ハタテ芋虫の丸焼きとか、サンショウウオのマリネとかを好んで食べるものでしょう。サンショウウオのマリネは意外とあっさりとして良い味だったことは否定しませんけどね。まぁ……他は、味はともかく、やはり見た目がよろしくないです。食というのは見た目に因るところも多いのだと最近は結論づけています」
「って、食ったのかよ!」
だん、とエールのマグをテーブルに叩きつけるルギー。さすがにこの店ではそういったものは出ないとわかってはいるが、フォスターが並べ立てた料理を考えるのは、あまり気持ちのいい想像ではない。
「探求のためには、人の踏み込まない道に敢えて踏み込む勇気が必要なのです。まぁ、扉越しに、絶対開けるもんかと2時間も粘るような方では、そういった趣の深さは理解出来ないかもしれませんが」
サボテンのステーキに舌鼓を打ちながら、フォスターがさりげなく言う。
「腹が減らなきゃもう少しくらい粘ってやったのにな」
「子供レベルですよ、それ」
「おまえだって、開けてくれの一点張りで2時間付き合ったじゃねえか。同レベルだよ」
「僕はほら、なんていうんですか? 我が侭な子供を見守る親のような?」
「語尾上がりで聞くな!」
エールのお代わりを注文し、ついでにフォスターの皿からサボテンのステーキを失敬する。
こうして、一緒に食事をしていると、以前に一緒に遺跡に行った時のことを思い出す。あの時は、パダへと向かう道中のほうは陰険きわまりないものだった。魔術師への嫌悪感を剥き出しにしていた自分と、それを受けて意地になっていたフォスターとで。
けれど、パダで数日を一緒に過ごし、そしてレックスの遺跡へと挑み。
その帰り道は、今日のようなものだったなと思い出す。
(フォスターがこんな調子だから……っつーか、なんかこいつだと魔術師らしくないっていうか……いや、魔術師らしくはあるんだけど……名誉欲とか、妬みとか……なんかそんなモンとは無縁のような……)
──あなたを信じたのだ、と言われた気恥ずかしさが蘇ってくる。
そしてその一言で、フォスターを受け容れる気になった自分の単純さが少しばかり恨めしくもある。
それでも、思ってしまうのだ。
フォスターならば、自分の嫌いな魔術師と同じではないだろうと。彼ならその力を、他人を傷つけるためには使わないだろうと。
魔術師なんか大嫌いだと、そう思う気持ちは今も消えない。けれど、今目の前に座っているこの男だけは別にしてやってもいいかもしれないとも思う。
「ルギーさん。僕、明日には仕事を終える妹と一緒にオランに戻りますけど……ルギーさんはどうするんです?」
他に何か興味深い食べ物はないかと、メニューを睨み付けながら、フォスターが尋ねる。
「いや、まだ決めてないけど。本当は、西をまわる予定だったんだけどな。ザインが内乱で……んで、まぁ面倒になって戻ってきて。その先を決めかねていたところ」
「一緒にオランに戻りませんか? 妹と2人旅というのも飽きましたし。3人のほうがきっと楽しいですよ」
もともと、ここに居着く理由もない。路銀が少し心許ないとはいえ、それはこれから西を周るなら、の話である。エレミアからオランに行くくらいの旅程ならばそれは十分に間に合うと思えた。
ルギーにはフォスターの申し出を断る理由は見あたらなかった。
「……妹って可愛い?」
「妹ですか? えぇと……当年とって21才。小柄で細身で、少し目元がキツイ感じはありますが、僕に似ず、我が妹ながらなかなかだとは思います」
ルギーも、健康な若い男性である。その言葉に心が躍らないわけもない。
「俺が来月で25だから……うん、なかなかぴったりだよな。しょうがないなぁ。おまえと一緒に行ってやるか」
そうと決まれば、とルギーはあわただしく食事を終える。無為に過ごした1ヶ月の間に、荷物をずいぶんと広げてしまっている。それをまとめなくてはならない。
*****************************
ルギーが2階で荷物をまとめている頃、フォスターはゆっくりと食後のお茶を楽しんでいた。
「ご店主……。ルギーさんのような男性に、妹の性格はその目元よりももっとキツくて、しかも超気まぐれ、今回の仕事はあまり気に入ってなかったようだから帰り道にはさぞかし手が付けられないだろう、なんて……言わないほうがいいですよね?」
フォスターの手元のマグに、2杯目の茶を注ぎながら店主が黙って頷く。
「ああ……ルギーさんの反応がちょっと楽しみですよね。確かにね、妹は美人だと思います。言い寄る男も多いようですし。けど、言い寄ってくる男を平手打ちで追い返すことも少なくはないわけで。いや、オランまでの楽しみが出来ましたよ。それに、ルギーさんが居れば、僕への被害も激減すると思うんですよね。僕も、ルギーさんがいればストレス解消できますし」
窓からの星空を見上げ、フォスターはのんびりと呟いた。
「やぁ、明日は晴れそうですね」
*****************************
(筆者注:ルギーPL氏執筆のルギーの過去EPは、
このへん
にあります)
■ あとがき ■
勝手に書きました。
文句があったらベルサイユに……じゃなかった、修正を要する点がありましたら、松川までご連絡クダサイ。
この作品の感想をお寄せください
高迫
さんの感想
(2005/4/24 23:34:42)[1]
魔術師嫌いの奴を書いて頂きありがとうございます。吹っ切る事が出来ない思いと、それでも、すべてを毛嫌いするのではなく受け入れていこうという心境の変化、これをきっかけにもう少しマシに…なるかなぁ?(ぉぃ)
そして、フォスターは別にしてあげてもいいけど、それはけして本人に言わないと思いました、だって丸め込まれているようでむかつくから(爆)
きっと帰りは、ファスターの妹さんに平手を食らって頬に紅葉型の後を付けつつ帰ってるんだろうなぁと想像しつつ、感謝とコールをさせていただきます。ありがとうございました。
名前
感想
パスワード(英数6桁以内)
記事番号:
パスワード:
パスワード: