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題名
『今更』への精算
登場人物
ミトゥ アルファーンズ
投稿者
高迫
投稿日時
2005/6/09 22:37:11
穏やかに降り注ぐ初夏の日差しの中、オラン市中にあるマーファ神殿では結婚の儀が執り行われていた。結婚の守護神ともされるマーファの御前にて愛を誓い合った男女は、礼拝堂から日差しの中へと足を進める。
礼拝堂の扉前には、彼らを祝う友人知人たちが集い、彼らのために人垣による通路を作り上げている。その通路を結婚した2人が通り抜け、人々からは祝福の言葉とともに、シフラの花が投げかけられる。
オランでよく見られるこの花は、ただ白いだけの面白みのない花と思われがちだが、5弁の純白の花びらが形作る小さな星のような形は、なるほどこういった祝いで降らせるにはうってつけの花だ。
「これさ、小さいから普段見過ごしがちだけど、ほんとはかわいい花だよねっ」
手のひらに幾つか載せたシフラの花を見ながら、ミトゥはそう言った。
「これ、確か食えるんじゃなかったっけ」
ミトゥの手にある花をつつきながら、色気のないことを言ってのけたのはアルファーンズ。
今日は2人の共通の知人の結婚式なのだ。
人垣で作られた通路を抜け、日差し以上に降り注ぐ白い花を髪にたくさんつけたままの花嫁と花婿は、通路の先に待っている馬車に乗り込もうとしている。
馬車の前で立ち止まり、祝いに集った人々へ感謝の言葉を述べる花嫁と花婿。
「綺麗だよねリュシーさん。旦那さんって、賢者の学院で知り合ったんだっけ?」
隣にいる相棒に問いかけるミトゥ。
「ああ、主なデート先は学院の中庭だったらしい。あの旦那ってのが、世間知らずの学者でな。もっと色気のあるとこ連れてってやれっつーの」
「花を見て食えるとか食えないって話題をするアルファに、色気を語る資格があんの?」
自分を棚に上げる相棒を、思わずじとーっと見て呟く。なんの事やら、と言いたげにそっぽを向いた様子に、ミトゥ思わず溜息が出た。
挨拶を終えた花婿の隣で、花嫁は幸せそうに微笑んで上品なお辞儀をした。そして、人垣に背中を向け、手に持ったブーケを人垣へと向けて投げる。
そのブーケを受け取ったのは、ミトゥやアルファーンズの知らない若い女性だった。
「あっ………ちぇー。いいなぁ、あのブーケを受け取ると次に結婚出来るっていう言い伝えがあるんだよね」
冗談交じりにそう言ったミトゥに、アルファーンズが意外そうな顔を向ける。
「へぇ、おまえそういうの信じてんだ。らしくねー……ひょっとして、結婚…したい…とか?」
「らしくなくて悪かったねっ!そりゃボクだって女の子だもん。やっぱり憧れはあるよー」
「女の子っておまえ……結婚式にまで、愛用の剣持ってきて入り口で神官に預かられたような奴がどのツラ下げて女の子なワケ?」
「ねぇアルファ?ボク最近鍛えててさ、素手でも結構いけるって知ってたかな、試す?」
「ゴメンナサイ。ミトゥちゃんは女の子です。ハイ」
そんないつものやりとりは幸せな新婚夫婦には届いていない。もう一度幸せそうな笑みと共に優雅な礼をして、2人は馬車に乗り込んでいった。
それを見送り、集った人々から拍手と歓声が巻き起こる。口々に2人の幸せな様子を冷やかし、花嫁の美しさを褒め称え、そして2人の幸せを願うのだ。
「……なぁミトゥ。その……さっき言ってた…」
「んーなぁに?聞こえない」
「いや、さっき言ってた……結婚…したい…とかさ、憧れるとかさ」
「あ、うんそれね、それがどうかしたの?」
「……いや、えーと、具体的な相手とか思い浮かべてるのかなー、なんて」
「……なにそれ?」
「いや、だから……うん、例えばの話っつーの?」
「…………はぁ?……一体何期待してんの?」
アルファーンズがぼそぼそと呟いた言葉に、ミトゥはあくまで真顔で返した。
「あ、そうそうボクこれからちょっと用事。エクスさんっていうかっこいい戦士さんがいてねー。手合わせしてもらう約束なんだ。アルファは邪魔しないでよね?んじゃ、行ってくるー」
三々五々散り始めた祝い客に紛れるように、ミトゥは駆け足で神殿の門へと向かった。つい先刻、式が始まる前に預かられた自分の剣を、行きがけに返してもらうことは忘れない。
「邪魔って……おい、ミトゥっ!?」
残されたアルファーンズの髪に、風の中を舞っていたシフラの花がふわりと着地する。
「……行っちまったよ、おい」
人の気も知らないで、とアルファーンズは溜息混じりに呟いた。
その夜、流星の集い亭で夕食を前にしてアルファーンズは考えていた。
空振りに終わった昼間のことを。
確かに自分は多少なりと……いや、実はかなりミトゥのことを意識している。普段何やかやと喧嘩をしつつも、ミトゥのことを1人の女性として見ている。有り体に言えば恋愛感情に近いものを持っている。けれど、今の2人の関係は、よき相棒だ。そして、アルファーンズとしては、それ以上の関係を求めるつもりはない。
ただ、実を言えば期待していたのも事実だ。もしも、ミトゥの側も同じように自分を意識していてくれるなら、と。昼間のやりとりで、そういう言葉が出るのを期待した。
「『何期待してんの』ってか…………はぁ…」
ミトゥに言われた言葉がぐさりと胸に突き刺さる。自分の思いを見抜かれたような気がした。
「たっだいまー」
「こんばんはー」
元気な声が2つ、流星の集い亭の扉から聞こえてきた。最初の声はミトゥ、それに続けた声はユーニスだ。
「なんだ、2人揃って」
アルファーンズのその言葉に、向かい側に腰を下ろしながらミトゥが答える。
「ああ、さっき途中で会ったんだよ。んで、今までエクスさんに2人して稽古付けてもらってたんだ」
「そうなんです、だけどエクスさんって、やっぱり素敵な方ですよねぇ」
ミトゥの隣に同じように腰を下ろし、ややうっとりした表情で呟くユーニス。
「……なんだよ、俺には邪魔するななんて言っておいて。っつか、そもそも邪魔ってなんだっつーの。ひとをガキみたいに」
ぶつぶつと呟きながら目の前の夕食を次々と片付けていくアルファーンズ。
ユーニスとミトゥは、注文した料理が来るまでの間も、2人で話し続けている。
「やっぱり、腰の据わりが違うんだね。もっと下半身鍛えないとダメかなぁ」
「そうだよね、いかに重心を安定させるかによって、振る剣の確かさも違ってくるし。ああ、でも今日エクスさんが見せてくださった剣の使い方は、フレイルの時にも応用出来るかもしれないなぁ」
そして2人の剣技談義は、いつしか話題が移ろっていく。
「エクスさんてさ、なんていうか……大人の色気っていう感じ?」
「あ、そうそう。ミトゥなんかちょっと口説かれちゃってなかった?きゃー、もう!見てるこっちが赤面したよー」
「え、口説かれただなんて大げさな!あれくらいだったら、ユーニスだっていつもラスさんに言われてることでしょ?」
「それはそうだけどー。エクスさんが言うと、ラスさんとはまた少し違う感じだよね」
剣技談義の時には、自分も戦士としては気になるのか黙って聞いていたアルファーンズだったが、話題がそこに至っては別の意味で聞き逃せない。
「ちょ、ちょっと待て!なんだそれ!」
「へ?それってどれ?」
食事のパンをちぎりながら、ミトゥが首を傾げる。
「だからっ、口説かれただと!?誰が!?誰に!?」
「ミトゥが、エクスさんに」
律儀に答えたのはユーニスのほう、アルファーンズの様子にミトゥは最初きょとんとしていたが、ユーニスが応えた後やれやれと言う表情と共に言葉を吐き出した。
「だーかーらー。口説かれただなんて大げさだよ。ただ、ちょっと食事に誘われただけで……。それくらいなら、前にラスさんの体力づくりのお手伝いした時にも言われたし」
「は?…………おい、ラスにも口説かれたのか、そんな事一言も言ってなかっただろ!」
「だから大げさだってーのっ!大体なんでわざわざそんなことまでアルファに言わなきゃいけないのさ」
それだけ答えて、自分の食事を再開するミトゥ。
「でも、ユーニスが赤面するくらいのことを言われたんだろうが」
「あ、あ、でもでも。わたしが赤面したのは、エクスさんがものすごくストレートに、ミトゥを誉めていたからで。聞いているこっちも照れちゃう、みたいな…」
ねぇ、とユーニスが隣のミトゥに同意を求める。
「うん、ボクも確かにちょっと照れたけど……。でもさ、ああいうのって悪い気はしないよね。ちょっとときめいちゃうっていうかー」
「ああ、それちょっとわかるー」
盛り上がる女性陣を、アルファーンズが拗ねたような表情で見つめている。
「……なにさ、アルファ」
「べっつにー。よかったんじゃねーの?誉められて口説かれて。おまえも一応は女だと見てもらえてたんだな」
「……さっきからなに拗ねてんの?アルファも口説かれたかった?」
「んなわけあるかっ!別に拗ねてるわけじゃねえよ!」
アルファーンズがそう叫んでいるさなか、ユーニスがふと気付いたようにミトゥの袖を引っ張る。
「あ……ミトゥ、ミトゥ。ヤキモチだよ」
「……へ?何それ?」
盛大に顔をしかめるミトゥ。
そして拗ねたようにそっぽを向くアルファーンズ。
「あ、えと……わたし、そろそろ帰るね。ミトゥ、今日はどうもありがとう。じゃあまた!」
これ以上は邪魔をしないほうがいいだろうと考えたのか、少しばかり慌てたようにユーニスが立ち上がり、ミトゥやアルファーンズの返事も待たずに、店を出て行った。
そして残された2人の間に、やや微妙な沈黙が落ちている。
「……そうなの?」
ミトゥが尋ねる。
「なにがだよ」
アルファーンズが答える。
「ヤキモチ」
その問いには、アルファーンズは答えない。だが態度で、それへの返事が肯定だとわかる。
ふぅ、とミトゥが溜息をついた。
「前々から思ってたんだけど、いい機会だから言っておくね?……ボクはアルファのこと、相棒としか見られないよ?」
「……そんなのわかってるよ、俺だってそれ以上は求めてねーってば」
「じゃあなんでヤキモチなんか焼くの?別にボクが誰に口説かれようが、誰の誘いを受けようが、アルファには関係ないでしょ?恋人じゃなくて、ただの相棒なんだから」
「ああ、関係ねーよ。でも……ヤキモチくらい焼いたっていいじゃん。俺にとっちゃそれが自然な感情ってやつなんだよ!」
持っていた柑橘水の入ったゴブレットをテーブルにたたき付けるアルファーンズ。その正面でミトゥは、パンの最後の一切れを口に放り入れ、ゆっくりと噛んで飲み下す。
そうしてから、おもむろに口を開いた。
「アルファってさ……ずるいよね」
まるで吐息のように、その言葉はミトゥの口から流れ出て、アルファーンズの耳に浸透した。
「……ずるい?何がずるいってんだよ」
眉を顰めて聞き返すアルファーンズに、ミトゥは無表情に告げる。
「だってそれって、ボクにある程度特別な感情を持ってるってことでしょ?相棒以上の」
「それは……けど、俺はそれ以上の関係を求めてなんか……」
「そこがずるいって言ってるのっ」
アルファーンズの言葉を遮るようにして、ミトゥが言い切る。
「だってずるいじゃん。自分は相棒以上の関係を求めないからって口にするくせに、ヤキモチだけは焼くんでしょ?ヤキモチ焼くくらいならどうしてボクに何も言わないのさ。アルファは、今まで一度だってボクにそういうこと言ったことあるの?」
ミトゥの問いかけに、アルファーンズは沈黙を続ける。そして答えを待つこともなくミトゥは続けた。
「ないでしょ?アルファはさっき拗ねたけどさ、エクスさんだってラスさんだって、ボクのことをちゃんと女の子として扱ってくれて、そういう意味合いで好意を示してくれた。そりゃ軽い気持ちだってわかってるけど、でもボクがそれにときめいたのは事実。そして思った。アルファは一度だってそういうアプローチをしてくれたことなんかない」
言い放つミトゥに、アルファーンズのほうは返す言葉がない。
「いや、けど俺は……」
「アルファ、ボク当ててみせようか?いくらバカとか鈍感とか言われててもわかるよ、むしろ、鈍感とバカにしてる奴にばれるぐらいだったって事かもしれないけど」
「なっ…………いいぜ、そこまで言うならいってみろよっ」
「……アルファは怖かったんじゃないの?ボクにそういう態度や言葉を示して、拒否されたらどうしようって。拒否されたら相棒としてもぎくしゃくするし、それくらいなら居心地のいい今の状態のままでいいやって。でもそれを選ぶんなら、徹底的にその気持ちさえ隠すべきなんじゃないの?」
「……」
「それが一番ずるいってわかってやってる?アルファは自分に都合のいいポジションを獲得することで、ボクに選択権を与えてはくれなかった。示してくれないと、断ることも出来ないじゃないか。自分ではそういう態度を示さないくせにヤキモチだけは焼くんだよね。そして、あわよくばボクのほうから……なんて期待してなかった?」
アルファーンズの頭を昼間のやりとりがよぎる。
何期待してんの?と。そう言われた言葉がぐるぐると頭の中をまわる。
「自分にだけ居心地と都合のいい、今のポジションを賭けることも出来なかったんだよね。そして、自分はこれ以上のものを求めないから、なんてかっこつけた振りしてただじっと期待して待っているだけ、他の人の手に渡るのがいや、だけど欲しいとも言えない、だから周りを睨みながらただ欲しいおもちゃを貰えるのを待ってる。まるで子供みたいじゃないか……ずるいじゃん」
「じゃあ……じゃあ、俺がはっきり言ってりゃよかったっつーのかよ」
それでもまだ拗ねたような表情を崩さずに、アルファーンズがぼそりと呟く。
ミトゥは、首を振った。
「……今更?」
「…………」
「何かを捨てるだけの覚悟もないくせに、今、ノリだけでそんなこと言って欲しくない。待たれてたってボクはアルファの期待に応える事はないし、期待しないからって言われても……そんな風にヤキモチ焼いて拗ねられるんなら、はっきり言ってうざいし……邪魔くさい」
2人の間には、料理が片づいた皿が数枚。中途半端に中味が残っているゴブレットが2つ。
そして、沈黙。
「……じゃあどうすりゃいいんだよ」
ミトゥが、アルファーンズの髪に手を伸ばす。そこには、小さな星形の白い花………昼間の名残だ。
「もっと前なら……せめて1年前なら」
手のひらに載せたシフラの花に、ミトゥがふっと息を吹きかける。テーブルの上、2人のちょうど中間の距離に、花はそっと落ちた。
「だから『今更』なのか」
「そーゆーこと、ね、コンビ解消しよっか、期待されても困るもん。ボクにだっていろんな人との出会いを楽しむ権利があるし、アルファにも素敵な人が見つかるといいね。ボクたちは2人ともまだ若いんだから、先がある。そして、2人とももう子供じゃないんだから、自分で動かなきゃね……ボクは明日にでも宿変えるよ、アルファはどうする?」
ふぅ、とアルファーンズが溜息をつく。
「……おまえばっかり、そんなさっぱりした顔してんじゃねーよ」
「あーそう見える?うん、そだね。さっぱりしたかも」
「言いたい放題言いやがって……俺にも少しは考える時間をよこせっつーの」
「じゃあ、ボクが出て行った後にゆっくり考えるといいじゃん。それじゃボク、荷造りするね………あ、そうだ、これは返しておく」
そう言ってミトゥが自分の指から外してアルファーンズの前に置いたのは、サファイヤの指輪。アルファーンズの母親と、その仲間が挑む事を夢見ていた遺跡の鍵、アルファーンズの母親の引退を機会に、息子であるアルファーンズとその相棒のミトゥ、仲間のユーニスとディーナに譲り渡したものだ。
「ボクは行けない………ううん、行かない。もう「相棒」じゃないから、だから返すよ」
にっこりと微笑んで、ミトゥが椅子から立ち上がる。
2階へと向かう彼女の足取りの軽さに、アルファーンズがもう一度溜息をついた。
翌日。
荷造りを終えたミトゥの部屋に、アルファーンズが現れた。寝ていないことが一目でわかる顔だ。
「なぁ、1つ聞いていい?」
「なに?」
「もう戻れねーの?」
「うん、だってアルファは期待することをやめられないでしょ?だから」
あっさりと聞かれた言葉に、あっさりとミトゥは応じた。
「確かにやめられねーな。……そっか、わかった」
じゃあな、と小さく笑ってアルファーンズは自室へと戻っていった。
閉じられた扉を見て、ミトゥが溜息をつく。
アルファーンズはオランを出て行くだろうと、感じていた。自分が突きつけた選択の結果だ。
相棒として、ずっとコンビを組んできた。信頼できる仲間だった。友人としても楽しい相手だった。けれど、相手がああいう期待を持っている以上は、一緒にいられない。それを互いに知りながら、死地へと共に赴くことなんて出来ない。
「あれさえなければなぁ……」
それは自分の我が侭だろうか。
例えば1年前なら、と考えてみる。昨夜、自分が口に出したように。
1年前なら、違う展開もあったかもしれない。ぎこちないながらも若い恋人たちになれたかもしれない。けれど、知り合ってからずっと、アルファーンズはミトゥには何も言わない。彼から示されたものは、相棒という道だけだった。
2人が冒険者でなければ、それでもまだよかったかもしれない。
けれど2人は互いに冒険者だ。どちらかがどちらかを負担に思うようでは、その関係はいつか崩れる。そしてどちらかが相手に特別な感情を持てば、その時から2人は『相棒』ではなくなる。
軽くなった指を見て、それから窓の外を見て、ミトゥは呟いた。
「……とりあえずは、新しい宿、探さなくっちゃね」
そして新しい『相棒』も、とミトゥは心の中で付け加えて。
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