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題名
ケストレル
登場人物
バザード
投稿者
枝鳩
投稿日時
2005/11/07 0:41:21
今から数年前のこと。
「バザードって名前、いいなー。あたしなんかすっごく平凡な名前なんだもん」
「・・・えー?」
バザードは、戸惑った。
そんな事を言われるとは思ってもいなかったからだ。今までにも言われたことはなかったし、自分で特にそう思ったこともなかった。
積もった雪は融け始めて、2月の大地に吹く風もどことなく春の気配を感じさせるものが混じるようになってきた。
丘の上の石に腰掛けて、麦踏みの終わった畑を何となく見ていたバザードは視線を隣に座る双子の妹(妹と呼ぶと怒るが)に移した。
「急にどうしたの。そうかなー?」
「そうよ。だって鳥の名前じゃない。どこか高い空を、遠くまでどこかへ行くのに、鳥の名前ほどふさわしい名前はないんじゃないの」
「そんな。僕は・・・ここを離れるなんて考えたこともないしー。それにあんまり名前で呼ばれることもないしさ。第一、鳥の名前と言ったって・・・」
彼は苦笑した。
彼にとって、知るのはこの村だけであり、今周りに見える風景にちょっと足した程度の広さが全世界だった。
村の誰某から伝え聞いた話からその周りにも大きな世界があることは知っていたが、そんなものは御伽噺の世界と同じ。遥か遠く現実味の無いものだった。
いくら不満があろうが、彼としては世界の淵から零れ落ちて何処とも知れぬ場所へわざわざ行く気はなかった。
苦笑した理由のもう一つには、彼の名前のことがある。
バザード(ノスリ)とは猛禽類ではあるものの、鷹などに比べると低く見られている。あまり良い印象を持たれるような言葉ではない。
おっちょこちょいの彼に似つかわしい名かどうかはともかく、誇ったことは一度もなかった。
「なさけないわねえ。こんなところに居たって仕方がないんだから、さっさと旅立っちゃえばいいのよ」
「そんなこと言っても・・・。それよりさー。エスター、この春には結婚するんでしょ?」
隣に座る妹・・・エスターがふき出した。
「あっはははは、なに言うの、違うわよ。見習いよ見習い。まあ、どう考えてもそれが前提だけど」
「えーと、そうだっけ。でもさ、大変だよね。それにあの家って・・・」
暖かく動きやすい農作業用のズボンに包まれた足を揺らして反動をつけ、エスターは立ち上がった。
彼女の動作は一々軽捷で、鳥の名前は彼女にこそふさわしかったろうとバザードは思う。バザードの類の名は別にして、だが。
「うちは貧乏なくせに大家族だから。少しでも早く人数を減らしたいのよ。だから何処でもいいの・・・ま、この歳まで捨てずに育ててくれただけでも感謝しなくちゃね」
そう言いつつも苛立ちを隠そうともしない。
ま、向こうの家だってホントは断りたかったんじゃない、と言ってくすっと笑い、視線を空に移した。終わりかけとはいえ冬の大気は澄み、彼女はその遥かを見つめている。
その横顔には、その時のバザードには理解できないものがあった。彼女は、確かに何かを見ている。
エスターがそんな目、そんな顔で遠くを見つめるようになったのはいつからだったろうか。今ではもう癖のようになっていた。
二人が生まれた家は村一番の大家族で、そこに最後に同時に加わったのがバザードとエスターだった。
この二人は遠目に見ればよく似ていたが、正反対の点も多かった。
平凡な農村でのそう裕福でもない家にありがちな災難や出来事に対する態度もその一つで、バザードは不器用なりにも現実に自分を合わせ、エスターは自分に合わぬものをはねのけた。
このほぼ自給自足の村で、バザードはともかくエスターのやり方では限界がすぐに来る。
年を重ねるに従って、彼女と周りとの軋轢は次第に目立つようになってきた。
また、(当時は誰も明確には把握していなかったが)エスターに精霊使いの素質があった事が彼女の孤立を助長した。
よい師匠につく機会がなかったためにその素質は明確な形とならず、それだけに何処と無い違和を言動ににじませる結果となった。
バザードはそんなエスターを間近に見て育った。だからこそ諦め、誰かに従うようにして厄介事をやり過ごしてきた。
だが、だからといってエスターを馬鹿にする気にはなれなかった。むしろ心のどこかでは尊敬に近い感情を抱いていた。
「あーあ。あたしも男だったらよかったのに。もしそうだったら、こんないろいろと考えなくても・・・」
「考えなくても?」
「・・・ううん、なんでもない。そんなこと考えても仕方がないものね」
沈黙にどう答えて良いものかわからなくなったバザードは、視線をエスターが向いているほうに合わせた。地上から少し離れた空に、黒い点が見える。
よく目を凝らすと、鳩ほどの大きさの鳥が停空飛行している。獲物を狙っているようだ。
「あー、なんだっけあの鳥。えーと、なんかさ、エスターに似た名前だったよねー」
「・・・そうね。じゃ、あの鳥から名前を貰うことにするわ。今日からあたしは・・・ケストレル(チョウゲンボウ)って名乗るから」
「あはは、本気なの? あんまり女の人の名前っぽくないよ、エスター・・・」
冗談だろうと思って妹の横顔を見たバザードは、途中で言いたいことを呑み込んでしまった。
彼女の遠くを望む目には、猛禽の魂がまるで名とともに宿ったかのように、いつにも増した強い光が感じられた。
バザードとそっくりな、癖の少ない赤茶の髪を優しく風が揺らす。二言三言、何かつぶやいた後に彼女は視線を外した。
「ケストレルよ。いいの、気に入ったんだから。さあ、あんまり遅くなるとまた怒られるわ。そろそろ帰りましょ」
「・・・いつもエ・・・ケストレルのせいで僕まで怒られるんだからなー。あ、待ってよー!」
さっさと踵を返す妹の姿はいつも通りに見えたが、それでもバザードは何とは無い不安を感じていた。
振り向いて先ほどの鳥を探したが、もう既に飛び去ったのか見つけることは出来なかった。あとには大空が、雲もなく広がっているだけだった。
”ケストレル”が村から姿を消したのは、それからすぐの事だった。
わずかな身の回りの品と食料、父のお古の短剣が二振り、それだけ持って彼女はいずこかへ旅立った。
世間的一般では大人とみなすには足らぬ年齢で、ろくな経験もなく整備されていない道を進むなど無謀でしかない。
彼女は、死んだものとして扱われ・・・そして、およそ一年が経った。
村はここ最近は無かったほどの不作に見舞われていた。しばらく豊作が続いた後の急な飢饉でもあり、十分な対策が取れなかったのも事態を悪化させる一因となった。
家族全員を養うに難しいならば、食べ物は優先的に”働けるもの”に与えられる。
バザードはあの丘の上の石に一人で腰掛けていた。
いくら能天気な彼でも、この状況は何とかしないとまずい事はわかっていた。それでも何も思いつかず、ふと妹のことを思い出してここに来てみたのだ。
あの日からここには来ていない。
最初は思い出が何だか辛く、最近は忙しいか飢えているかで必死だったからだ。
ここはよく二人で宝物・・・と言ってもガラス玉や銀貨等のささやかなもの・・・を埋めて遊んだ場所であることを思い出して、彼は地面を突付いた。
覚えている限り全て掘り出したはずが、何か手ごたえがあった。
掘ると、程なく簡素な小箱が姿を現した。ケストレルのもので、彼女がいなくなったときに一緒に無くなっていたものだ。
震える手で急いで土を払って開けると、布に巻かれた短剣が入っていた。
短剣は父のお古のもので、やはり彼女と一緒に消えたものだった。
巻かれていた布には間違いだらけの東方語が、お世辞にも綺麗とは言いかねる字で書き込んであった。
バザードにとってはむしろ読みやすい。妹の字だとすぐにわかった。部分的ににじんで読めないが、どうやら手紙らしい。
『弟、バザードへ。これ見つけるとしたらバザードだよね? 何も言わずに出てきちゃってごめん。』
『あたし、冒険者になる。冒険の旅に出る。この村だけじゃあたしには足りないの』
『ずっと考えてたんだから。バザードだって、その気になれば村から出てきていいのよ。本当は誰だってそう。村は狭いけど、世界はもっと広いの』
『待ってるから、あなたのことも。ケストレルより』
高く舞い上がった猛禽が、一直線に空を裂いて飛んでいくのが見えた・・・。
その後、少々の悶着の後彼も故郷の村を後にすることになる。
紆余曲折を経てオランに辿りつき、そこで暮らし始めた。
現在バザードは、オランのきままに亭で働きながら冒険者を目指している。
冒険に関して言えば(大概その他の事にも当てはまるが)、その試みが上手く行っているとはお世辞にも言い難い。
それでも諦めるつもりは無い。
ケストレルにまた会えると信じて。また会ったときに、笑われるのは悔しいから。
バザードはバザードなりに、ケストレルと同じ場所を目指して。
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うゆま
さんの感想
(2005/11/27 22:28:10)[4]
ある青年が村を飛び出す。それには理由があるから。広くて未知の世界へ。
怖いだろう。不安だろう。失敗しても誰も助けてくれる保証は無い。
それでも、それを押しのけるぐらい小さくとも確かで強い理由。そして芽生えた勇気は青年に翼を羽ばたかせた。
其の羽ばたきが、いつか、もう一人の羽ばたきに出会える様。そして、其の時、互いを誇れることを。
バザードに苦難あろうとも、乗り越える力と幸あれ。
琴美
さんの感想
(2005/11/08 23:51:20)[3]
息の詰まる場所から大空へと飛び出した二人を、自然と応援したくなるEPでした。
性格や言動が対照的な二人であっても、ケストレルが隠したものを見つけるのは対称であるバザード以外ありえない。
お互いに「妹」「弟」と呼び合う二人が、広い空で互いを見つけ出す日を私も期待して、バザードを見守りたく思います。
Ken-K
さんの感想
(2005/11/08 0:38:30)[2]
名前を捨てることで故郷と決別したケストレルと、名前を抱えたまま故郷を離れたバザードの、二人の兄妹の対照的なありさまの描き方がとても丁寧でした。一度は離れた二人の軌跡が再び交わる時期の来ることを期待します。
松川
さんの感想
(2005/11/07 19:37:00)[1]
兄姉の後を追ってとか、貧しい農村の大家族の末っ子で、とか。
1つ1つの理由は目新しいものじゃないけれど、むしろありがちであるという部分が、リアリティを出してるんじゃないかと。
とかく「人とは違う理由」を求めがちだけれど、そこであえて「ありふれた理由」をきちんと書いているのがナイスだと思いました。
妹(姉?)のキャラ性とか、鳥の名前に絡めたあたりが、ただの「ありふれた理由」のみを書いたわけじゃないことを見せてくれます。
バザードに期待。
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