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題名
【競作企画】背にふり積もる雪
登場人物
アスリーフ、ユーニス
投稿者
琴美
投稿日時
2006/2/18 17:37:53
オランにこの冬何度目かの雪が降った夜、私は木造の酒場で杯を傾けていた。
3年以上お世話になった師匠宅を出てひとり暮らしを始めたため、最近は一層質素倹約を旨とする生活をしていたのだが、たまにはほんの少しの贅沢をしたくなることもある。
今夜は特に、降りしきる雪が私の心から余裕を奪っていた分、無意識に酒で潤そうとしていたのかもしれない。重ねた杯の数は、外での割高な飲酒を避けていた最近の私にしては多かった。
雪の残る道や凍てついた空気が、北の戦場を思い出させるからだと判ってはいるが、そんな自分の弱さに嫌気も差す。
「どうせならもう少し温まるものにしたら? ひどく寒そうに見えるんだけど、風邪ひいてる?」
ため息をついて、もう一杯頼もうとしたところに、横合いから声がかけられた
今夜は冷えるねぇ、と店員にホットワインを注文しながら隣に座ったのはアスリーフさんだった。
「風邪はひいていませんが、もし寒そうに見えるなら、今夜は底冷えするからですよ」
しかし指摘は全くその通りだと頷いて果実の酒を干し、火酒を頼むことにする。
剣士同士、そして冒険者の仲間として彼は、近くて遠いところにいる人だ。でもそんな彼だからこそ、ふと、昔の雪の下にうずもれた痛みを話す気になったのかもしれない。気づけば口が勝手に動いていた。
「すこし、昔話……というか、数年前の話に付き合っていただけませんか?」
「北に派遣されたとき、仲間を殺したんです。今日みたいに寒い日で、凍てついた場所でした」
賑わう酒場の片隅。静かに杯を傾けていたアスリーフさんは、私の不穏な言葉に僅かに目を細めたが、視線で先を促してくれた。
支える指に力を込めてしまう前に、杯をそっと卓上に戻して口を開く。
「出血多量でもう助からなくて、とどめを本人に請われました。 私が癒し手だったならと、あんなに悔しく思ったことはありません。実際は闇霊すらまともに扱えない頃でしたから、必死に呼びかけても生命の精霊は応えてはくれなかったんですけどね。
それでも、何とかして助けたかった。自分勝手なんですけど」
「でも、本人の望みなんだろう? 具体的な任務は知らないけど、仕事中にそうなれば、仕方ないよねぇ」
「でも……仲間だったのに。大事な仲間を手にかけたのが苦しくて。いくら本人の望みでも、仲間に刃を振るえる自分が怖くて」
けれど結局、殺した。殺すしか、なかった。
飲み込んだ言わずもがなの言葉を、隣で静かに杯を呷っている人は正確に理解したのだろう。何故なら彼は私よりも戦場の空気に馴染んでいるのだから。時折彼の言動に漂う危うさは人当たりのよさに紛れて見失われがちだが、確かに彼の根底になにがしかの刃があるのだと思えてならない。彼の上に降り積もったもの、彼が重ねたものは、きっとやわらかに刃を包み込んでいるのだ。
今の賢くて、穏やかで、人当たりの良い姿になるまでにどんな痛みを得たのだろう、とも想像する。
想像すること自体が下種な詮索であったり、羨望によるものに思えて、大抵半ばで途切れてしまうのだけれど。
彼への理解が己に向けた刃であることを、私も判っている。当然のように返される言葉に予想がついてしまうのだ。
そしてそれは本当に諸刃の剣なのである。
アスリーフさんは杯を手にしたまま、淡々と言葉を紡いだ。
「そういうものだと、おれは思うけど?
大体、叶わないはずの願いがただ祈るだけで叶う世の中だったら、不自由しないし何よりつまらない。まして傭兵なんて生き方を選んだ人間は、自分の命の行き着く先を見据えてるんだから、そのあたりは弁えているさ」
言い切って、また一口、酒を含む。
「ユーニスは揺れる命の天秤をゆだねられた。もともとその傾く先は決まってて、揺れるのを放っておいてもやがて傾いてしまう。
相手はさっさと終わらせるのを望んでて、あんたもその望みに応えただけ。違うかい?」
私の傷跡を緩やかになぞるように、彼の言葉が響く。
「人生望むがままに、他者の思惑や干渉を振り切って己のために楽しむ。冒険者や傭兵はそういう性質が強いだろうねぇ。傭兵の場合はたとえ意に染まない仕事でも、死線を潜ること自体が一つの楽しみかもしれない。そしてそれを他人にとやかく言われる筋合いはないと思う」
澱みなく紡ぎだされる言葉が、ふと途切れた。
杯を掲げたまま、何か絡んでしまった言葉を解きほぐしているのか、アスリーフさんはカウンター越しの酒瓶を見るともなしに眺め、ややあって、和らいだ眼差しを私に向ける。
「ただ、さ。他の連中に祈られて請われて願われて、必死に動かれて。横合いから自分の命を支えようとする手が伸びてくるのは悪くない。それが仲間なら尚更だね。実際、手を差し伸べあえる相手だから、仲間なんだろう。 だからそのとき逡巡してしまったユーニスを、相手は怒ってないと思うし、そいつにとって刃を振るってくれたあんたは文字通り命を預けた仲間だった。おれはそう思うよ。それでいいんだと思う。
ただ、その分、残された痛みは飲み込んで腹に収めるしかない。酒と一緒にね」
小さく呟いて弄んでいた杯を干し、お替りを注文する横顔。あえて笑んでみせているのだろうか、その穏やかさに胸のきしむ音が聞こえた。
ああ、またやってしまった。
彼の表情を目の当たりにしたとき、どうしようもなく恥ずかしくなった。
こんな風に誰かの言葉で自分を宥めようとするのは、相手に対する甘えだ。それが相手に何がしかの苦痛をもたらすならば、慎んでしかるべきこと。 答えを半ば期待して、どこか予想通りの結果を得るなんて、それはなんと恥ずかしいことだろう。
諸刃の剣を振るって、相手も自分も痛めつけて。自分の誇りまでも傷つけて。
そんなつまらないやり方をしてしまった自分がひどく愚かに見えたが、詫びるよりも素直にお礼を言うことにした。詫びは、これからの関係で返していく方がずっと建設的だ。少なくとも今の私が安易に詫びるよりはきっと。
「甘えてしまいましたね、うん……ありがとうございます」
頭を下げると、アスリーフさんは杯を取り上げ、どういたしまして、と言うかのように口角を上げてみせた。
帰り着いた、小さな宿の小さな部屋。なかなか温まらない床の中で、私はため息をついた。
私にない強さを備えている彼が、酷く羨ましくてならない。確かな蓄積に裏付けられてとても逞しく見えるその姿は、半ば憧れに近しい。 普段意識せずに過ごしているが、彼は私より一つ年下だそうだ。 時間だけなら私とさほど変わらぬ歳月を生きてきて、より、強い。先に生まれていながら、及ばぬ自分がもどかしい。
以前仕事で組んだときに見た、闇夜に鋭く翻ったその剣を覚えている。飄々としていながら素早く力強く、それはまるで風を切って高空に舞う猛禽の翼のように力強く綺麗だった。
今夜、酒場で別れた折に見えた彼の背も相変わらず飄々としていたけれど、それは頼りなさとは無縁のものだった。
彼のように敵を切り伏せられたなら、私も剣としての自分にもっと自信をもてるだろうか。あんな背中を手に入れたいなんて、思わなくなるんだろうか。
古い心の傷が痛む夜は、そんなことばかり考えてしまう。
――昔、私の故郷エレミアで活躍していた冒険者集団のひとりで、”鉄”の異名を得ていた剣士は、今やオラン屈指の剣士として名高い。
あのひとのように胆力と気品と、熟練の技を身に着けた人が仲間ならば、その背中で魔術を組み上げる者たちはどれほど心強いだろうか。
――先ほどまで飲んでいた酒場の常連には、海の香りのする豪胆な剣士がいる。 彼の鍛え上げられた頑健な肉体と、海の男らしいさわやかな気質、何よりその力強く優れた剣技は、前衛として一体どれほどの安心感を与えるだろうか。
――私と二つほどしか違わないとは信じられないほど、堂々たる風格を備えた戦士は、革の鎧を身に纏い、風を奏でるように斧を振るうという。彼との手合わせは棍での打ちあいしか経験はないが、それでもその一撃の重さと正確さには斧でなくて良かったと思わせるほどの威力があった。その快活で朗々たる声の響きは、時に仲間の疲れを癒し、勇気付ける糧となるとも聞く。ここにも圧倒的な差を見せ付ける人がいる。
私は剣を選んで歩みだしたけれど、一体どんな剣士になれるのだろう。 仲間に求めて、助けを得てばかりで、今まで求められるほどの何かを持っていただろうか。 これから、それは持てるのだろうか。
「彼ら」のような、何かが欲しい。仲間が私の背に、安心感を抱いてくれるような、何かを。
嘘をつかないとか、裏切りをしないとか、そんな私にとって当たり前のことは勿論これからも守るとして。仲間に向ける信頼をそのまま返してほしいからではなく、信頼を向けられるに相応しくなりたいからこそ強くなりたい、身についた何かを得たいのだ。
衣を縫うように、たとえ強さを仕立ててまとって見せられたとしても、それは恐らく身に馴染まずに風に飛ばされてしまう羽衣のようなものだろう。そんな不確かではなく、力強く裡よりにじみ出る強さをこの背にまといたい。
当面は、誰かの背を追うばかりだろうけれど。
近しいひとの背に嫉妬を覚えてしまうかもしれないけれど。
いつか私も、胸を張って背筋を伸ばして、誰かを守れる背中の持ち主になりたい。
勝ち誇りたい訳じゃない。でも、負けたくない。
仲間にも、自分にも。
「そのためには、心ももっと鍛えなきゃね」
大事な仲間で、近しいのに自分のずっと前を歩んでいる人を思い返しながら、私は目を閉じた。
今度彼と一緒に仕事を請ける日までには、もっともっと強くなることを心に念じて。
雪はいつしか降り止んでも、時は経り止まない。
心の傷の上に、仲間の上に、私の上に。
時は経り、雪のように層をなし、全てを覆い、人を築き上げるのだろう。
どうか、その積もるもの、重ねるもの、背負うものにくるまれる全てのものを、足場と力に変えられますように。
私と、仲間のために。
■ あとがき ■
何とか一作書き上げることが出来ました。アスリーフ氏にPC・PLともども依存しきった作品ですが、それほどの魅力の在るキャラクターだからということで遠まわしなコールをば。
枝鳩さん、どうもありがとうございました。
この作品の感想をお寄せください
枝鳩
さんの感想
(2006/4/03 22:43:25)[4]
自キャラを物凄くカッコよく書いていただいて嬉しさと共に赤面しています。これからもプレイ等々精進したいと思います。
自分を見つめなおすユーニスの強さやかわいさをこれからも見せてくださいね。
深海魚
さんの感想
(2006/2/23 21:42:56)[3]
アスリーフ、ユーニス共に傭兵を経験したキャラって事で、話に凄い重みが出ていると思います。彼女の重い想いが伝わってきました。
名前は出てきませんが自キャラを目標(?)の1人に上げてくださって有難うございます。
でも、あんまり買かぶるなと彼女には伝えたいですね(笑)
うゆま
さんの感想
(2006/2/23 0:53:26)[2]
アスリーフが、かっこいい。
ユーニスも、かっこいい。
そして、それぞれ抱えるものも考え方も違うけれど、確かな強さを持っている。
なればこそ、そんな二人と組む仲間はきっと心強いと思うでしょう。
そして、とても羨ましいと思いました。
松川
さんの感想
(2006/2/19 23:07:30)[1]
表面的には穏やかで平和な印象を与えるアスリーフの、時折見せる危うげなアンバランスさ。それが出ていたと思います。
……いいよね、アスリーフ(笑)。そしてユーニスもカワイイ。
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