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題名 【競作企画】混沌の部屋
登場人物 クレア クレフェ ルベルト
投稿者 松川 彰
投稿日時 2006/3/01 19:51:30


「はぁ……」
 とある集合住宅を見上げ、クレフェは溜息をついた。正確には、集合住宅の中の窓の1つを見上げて。
「……ふむ……」
 クレフェの隣ではルベルトも似たような溜息をついている。
 2人の目の前にあるのは、オランにはごく一般的な集合住宅の1つだ。煉瓦造りの2階建てに石板葺きの屋根。街路から数段の石段が続き、その先には玄関のドアがある。玄関を抜けた先は小さなホールになっており、そこから各部屋へそれぞれ繋がっている。
 普通、そういったタイプの集合住宅には4世帯ほどが入居しており、それぞれ世帯ごとに簡単なキッチンや水回り設備が整っている。
 クレアの部屋は右棟の2階だ。

「やるわよ、ルベルト」
「……先月片付けたばかりなのにな。全く、彼女はああいうことにかけては、他の追随を許さないと思う」
「ある種の天才ね。いっそ感心するわ」
「全くだな」
 けれど、感情の抜けた2人の声は、感心や感嘆といった声音にはほど遠く。
 どことなく麻痺した心で、クレフェは扉をノックした。
「はぁい。どうぞ、入ってー」
 散らかってるけど、などという言葉をクレアは口にしない。彼女にとってはそれが常態だから。
 だからこそ、クレフェとルベルトがここを訪れているのだ。
 ルベルトはクレアに資料を借りるために。クレフェは、彼女の部屋じゃ資料が見つかるまでに時間がかかるからとルベルトに泣きつかれて。
 
「どうぞ、入ってー」などと気軽に返事をされたが、この扉の向こうにはどんな惨状が待っているのか。クレフェとルベルトは目を見合わせて、同時に頷いた。
 かちゃり。
 予想外にスムーズに開く扉。外開きの扉だから、開けると同時に何かが崩れてくることも珍しくはないのだが。
「…………?」
 おそるおそる目を開けたルベルト──彼は扉を開ける瞬間、衝撃に身構えて目を閉じていた──が驚きの声をあげる。
「……なんだこれは!?」
「クレアっ!? どういうことなの!?」
 ほぼ同時にクレフェも声を上げている。
「何故、散らかってない!?」
「床が……床が見えるわっ!」
 ほほほ、と窓際の椅子に腰掛けて優雅に笑うクレアの姿を、信じられずにしばし見つめる2人。
「床に本がない! そればかりか、ソファの座面が見えるとは!」
「嘘でしょ!? キッチンに汚れた食器やお鍋がないわよ!」
 部屋の内部を一通り眺め回し、クレフェに至っては続き部屋になっている寝室や浴室まで覗いていた。
「あら、いやね。2人ともそんなに驚いたりして。よりよい生活のためには、きちんと片づけをすることが重要でしょう?」
 使い魔である白鳩のククルを肩に載せたまま、クレアが微笑む。

「…………クレア?」
「なぁに、クレフェ」
「……うむ。俺も同じことを聞こうと思っていた」
「なぁに、ルベルトまで」
「汚れた食器はないけれど……普通の食器までないわよ。何ひとつ」
「床に本はないが、そもそも書架まで空っぽだぞ」
「片付けたのよ」
「「どこに!?」」
 えぇと……と、クレアは座っていた椅子の足下を指さす。足下には、小さな背負い袋がひとつ。
「この中」
 背負い袋としてのサイズはごく普通だ。冒険者がよく使う革製のものに似ている。実際、ルベルトやクレフェも似たようなものを持っている。もちろん、クレアもだ。
「ねぇ、クレア……ひょっとしてそれ……」
 魔術師ではないとはいえ、クレフェも賢者としての知識は深い。そして、塔に在籍していないとはいえ、魔術師であるルベルトも。
「ああ。ひょっとしてそれは……無限のバッグという代物か?」
「まぁ、ひと目見ただけでわかるなんて、2人ともさすがね★」
「……馬鹿なことを。まさか全てをそこに『片付けた』とでも……」
 つかつかとクレアに歩み寄り、足下のバッグを持ち上げようとしたルベルトの言葉が途中で止まった。
「…………ルベルト?」
「クレフェ…………」
 わずかな期待にすがろうとするクレフェの呼びかけに、ルベルトは絶望をたった一言に込めてみせた。
「……やりやがった」

「えー。だって……あのね、研究材料の名目で学院が買い上げたものなんだけど……何をどう間違えたのか、うちの研究室に届いたのね。専門は違うはずなんだけど。書類の関係で、もとのところに戻すまではしばらくかかるみたいだから、ちょっと借りてきちゃった」
 クレフェとルベルトに詰め寄られ、悪びれもせずにクレアはそう説明した。
「そうしたら、文献にある通り、本当に何でも入るんだもの。楽しくなっちゃって★」
「貴女ね……入れたものは出さなきゃいけないでしょ!? しかも、これは、取り出す時にはそのものの明確な姿を思い浮かべなくちゃいけないのよ? 貴女が無造作に放り込んだもの全てを、ちゃんと正確に取り出せるとは思わないわ!」
「そうだとも。この部屋にあったもののほとんど全てを放り込んだのだろう? 言っちゃ悪いが、クレア。おまえさんが明確に覚えているものといえば、気に入りのマグカップくらいじゃないのか」
 そんなことないけど、と小首を傾げながら、クレアは足下のバッグを見た。
 その中には、数百冊に及ぶ書籍、羊皮紙の束、幾つかのマジックアイテムともいえる代物たち、食器や調理道具、ひょっとしたら衣服や靴等々がおさまっているのだ。大きさは無視して無限に物を入れられるバッグではあるが、重さは無視できない。これとは逆に、重さを無視出来るが大きさは無視出来ないというバッグも幾つかは発見されているらしいから、それと組み合わせるのならば、本当の意味で無限のバッグということになるだろう。

「……まぁ、やってしまったものは仕方がないわ」
 握りしめた拳をふるわせながら、クレフェはようやく自分を落ち着けることに成功したようだ。
「そうだな……前向きに考えよう。少なくとも1箇所に集まっているのだから、少しずつ取り出してあるべき位置に収めていけば、我々の目的は達成される……はずだ」
 ひどく長い溜息を1つついて、同じようにルベルトも頷いた。
「んー……そうねぇ。まぁこの袋も返さなくちゃいけないし……じゃ、まずは本から取り出してみましょ。とりあえず、なんかわかんないけど本ー」
「え。ちょ、クレア!?」
 クレフェの制止も待たず、クレアがバッグに手をいれる。そして、『本』を思い浮かべたらしい。ひょっとしたら、それは単数ではなく複数形だったかもしれない。もしくは、入れる前に自分の部屋にあった形状──つまり本の山──だったかもしれない。
「うわぁっ!」
 ルベルトの悲鳴は本の雪崩れにかき消された。
「きゃ、すごーい」
 その雪崩れの中心で、クレアが唖然としている。クレフェは怒りに肩をふるわせている。
「あ、そうだ。掃除道具なんかも必要なんでしょ? 待っててね。それもこの中に……。んー、どんな形だったかしら。使ったことないから……あ、そうだ。本を出したら軽くなったわよね、この袋」
 明るい声でクレアが言ってのけた。何を感じ取ったか、肩先で白鳩がしきりにくるくると鳴いている。
「こうすればいいのよね」
 クレアが手を伸ばしたのと、開けたままだった窓から白鳩が逃げだしたのは同時だった。
 よいしょ、と小さく声を出して、クレアはバッグを逆さにした。
「きゃーーーーーっ!!」
 響いたのはクレフェの悲鳴だ。ルベルトの悲鳴はもう聞こえない。
「あら……えっと…………ごめんなさい、ね?」

 その日、ルベルトが目当ての資料を借りられなかったことだけははっきりしている。


【無限のバッグ(バルクレス・バッグ)】
 水を弾く不思議な材質で出来た背負い袋です。5m四方までの物体を、大きさを無視して袋に入れられます。ただし重量はそのままです。入れるときには対象を袋の口に接しさせ、押し込むような動作をすると入ります。取り出すときは手を入れてその物を思い浮かべます(あいまいな思い浮かべ方でも取り出せますが、確実ではありません)。逆さにして振ると、全てが出てきます。


■ あとがき ■

また、よろしくお願いします。


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枝鳩さんの感想 (2006/4/03 23:02:53)[4]

な、なんてことを・・・(笑)
あっさりとした記述と説明が起こった悲劇をより引き立たせているように感じます。
マジックアイテムと使う人間の不適切な組み合わせが引き起こす災害って本当に怖いですね。
琴美さんの感想 (2006/3/02 21:46:29)[3]

いろんな意味で「やられたぁっ」(笑)。
クレフェのPLとしてはククルの行動を注視すべきだなと悟りました。そして彼女の部屋が混沌などではなく無間地獄と呼ぶべき場所だということも! 魔法とは、げに恐ろしきかな。
うゆまさんの感想 (2006/3/01 22:57:02)[2]

・・・すげぇ・・・面白い。
思わず川柳が思い浮かんだので感想に添えて。

「これだから マジックアイテム 恐ろしい」

何気に自分も散らかしてばかりで・・・
昔、片付けろと怒られて、無理矢理押入れに突っ込んだ後の思い出(悲劇)が蘇えりました。
Ken-Kさんの感想 (2006/3/01 20:06:07)[1]

整理整頓のできない人ほど、こういうアイテムを使ってはいけないという教訓ですね。クレフェとルベルトの二人に合掌!
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