| 続きを投稿する | MENU | HOME |

題名 【競作企画】Bon Voyage
登場人物 アル
投稿者 U-1
投稿日時 2006/3/04 18:43:16


 その日。いつものように酒場を巡っていたアルは、懐かしい音を聞いた。
 といっても、確実に同じ音というわけではない。
 けれど、耳にしたアルは、五年前のことを思い出さずにはいられなかった。

 その頃。
 というのは、新王国歴五一三年であるから、アルがカゾフに住み暮らしていた頃だ。
 父親が、まだ健在で、アルも冒険者ではなく、商家の跡取りとして日々を送っていた。
 その時も夜だった。寄り合いの帰り道でのことだ。
 寄り合いといっても跡取り息子たちの集いである。
 青年団の会合と言った方が、近いかもしれない。
 商売上の情報交換もするが、大半が愚痴り合いに終始する集いなのだ。
 無論、酒も入る。だが、その日のアルは、一滴も酒を飲まない内に帰途に着いた。
 妹が風邪で寝込んでいたため、なんとなしに酒席で憂さ晴らしをする心持ではなかったのだ。

 人通りの絶えたカゾフの街をアルは黙然と歩いていた。
 と、アルの進む道を横切る通りに人影が現れた。
 遠目に見えるその影は、明かりを持たず、代わりに杖を突いている。
(貧乏な老人だろうか)
 アルは、そう思った。星明かり、月明かりがあるとはいえ、夜である。
 普通は、アルのように明かりを用意する。けれど、その人影には、それが無い。
 その事と杖を突いている事からの類推であった。
 だからといって、明かりを譲り渡そうとか、行き先まで送り届けようとか、思ったわけではない。
 ただ、そう思っただけのことである。

 その時。その音が聞こえてきたのだ。
≪からん≫
 木製の杖が、道に転がる音だ。
(老人が杖を取り落とした)
 と、アルには見えた。見えた以上、拾ってやるのが親切だ。
 ましてや、それはアルの進む方向でのことだ。アルは足を速めて近寄った。
「あっ」
 近寄って、人影を間近に見たアルが、思わず声を発した。驚きの声である。
 老人と思っていた人影は、確かに老人ではあった。
 けれども、アルの思っていたよぼよぼの老爺とは、
(似ても似つかぬ)
 ので、あった。
 年季の入った革鎧に身を包み、皺深いながらも精悍さを残した顔の矍鑠とした老戦士。
 それが、アルの持つ明かりに照らし出された姿である。
「なにか?」
「あ、いや…」
 問われて口ごもった。
『手を貸そうと思いまして』
 などとは、とても言えない。老戦士の訝しげな顔を見るとなおさらだ。
 歳の頃は五十をこえ、髪はほとんどが白髪となっている。
 けれども、その声にはハリがあり、引き締まった体躯は、アル以上に力強い。
 そんな戦士に一般人が手を貸すなどと言えば、
『無礼な』
 そう叱られることも無いでは、無い。
 事実、アルの父親なども、
『年寄り扱いするんじゃねぇ』
『余計なお世話だ』
 日々、そう言っている。
「えーと…その…」
 と、意味の無い言葉を繰り返すアルを見て、老戦士の顔に理解の表情が浮かぶ。
(ははぁん。こやつ、わしを老爺と見縊ったな)
 そのことである。
「これ。わしはお前さんのような若造に手を借りねばならん老い耄れではないぞ」
 びしりと言われて、アルは、ますます、しどろもどろとなった。
「ご、御免なさい」
 どもりながらも頭を下げるアルに老戦士は、苦笑を浮かべる。
「お人よしめ。わしが掏りだったら、お前さんは文無しになっているところだぞ」
「あ…」
「ふふふ。馬鹿め」
 親しみを込めての言である。アルは逆に救われた思いだった。
「どこへ行く?」
「家へ。このまま、まっすぐ」
「ふむ。では…」
 と、ここで老戦士が道へ転がった杖を見やった。
「同じ道行きじゃな。同道するか?」
 そう問われて、
『否』
 と答える理由はない。アルは、その老戦士と夜の道を歩みだした。

 この老戦士、名をグリフェルという。
 今は亡き大国ファンに生を受け、若い頃から冒険者として諸国を旅している。
 故郷には二十年も帰っていないだろう。
 とすると、ファン滅亡の戦乱には、まったく関与しなかったことになる。
「というのもな。ほれ、この杖のせい、という奴じゃよ」
 そう言いつつ、なんとも言えぬ表情で、手にした杖を示す。
 変わった杖である。
 杖自体は、先端の形状が多少変わっている以外は、別段、どうという事も無く、どこにでもある木の杖だ。
 けれど、なんとなしに普通の杖ではないように思える。
 市井の賢者に多少の目利きを教授されたアルだったが、こんな杖を見たのは初めてのことだった。
 まず、古いのか、新しいのかがわからない。
 古びているようにも見えるが、グリフェルの革鎧のように草臥れている印象がない。
「なにか、曰くのある杖なんですか?」
 興味を惹かれて尋ねる。
 するとグリフェルは足を止めた。自然、同道していたアルも足を止める。
「…………」
「あの…なにか?」
 無言でアルを見つめるグリフェルに今度は、アルが訝しげな視線を向けた。

 その時のグリフェルの目の色をなんと言うべきか。
 藍色の瞳の奥に沸き立つ感情。
 疑念の色があった。自問の色があった。
 後悔の色があった。自責の色があった。
(本当にこの杖を狙う輩ではないのか? わしの目は耄碌していないか?)
 であり、
(気が緩んで余計な事まで口走ってしまった。なんの為に夜を選んでいるのじゃ)
 であった。
 けれど、その瞳に映りこむアルは、どこから見ても世間知らず、苦労知らずの若旦那であった。
(よいさ。こんな若造に奪われるなら、わしが老いたということだ。それにこの様が芝居だとしたら、こやつが、わしより一枚上手。あっぱれな手並みという奴じゃ)
 と割り切ったかして、グリフェルの表情から厳しさが消えた。
「お前さんなら、話しても良いか。まぁ、見ておれ」
 そう言うや、グリフェルは杖から手を離した。
≪からん≫
 杖が倒れた。グリフェルは、また杖を拾い上げ、そして同じように手を離した。
≪からん≫
 杖が同じように倒れた。
(なんだ?)
 その動作を見ていたアルが、困惑の極みという表情でグリフェルの顔を見る。
(ふふふ。間抜けな面じゃ。わしの目もまだまだ大丈夫そうじゃな)
 そう思いながらグリフェルは、杖を拾い上げた。
「どうじゃ。見たか?」
「見ましたが…」
「同じように倒れたじゃろう」
「はぁ」
 言われた通り、杖は二回とも同じように倒れた。
 石突をこちらに。逆側のちょっと変わった先端を進行方向に向けて。
「これはな。魔法の杖なんじゃ」
「はぁ?」
「名を【導きの杖】というのさ」
 さも愉快という口ぶりでグリフェルが続けた。

【導きの杖(リードスタッフ)】
 ものの本によれば、それは、
『先端に取り外せる宝石の付いた木製の杖』
 であり、
『宝石の付いた状態で倒せば、常に北を指し示し、宝石を取り外した状態で倒せば、距離に関わらず、宝石のある方角に倒れる』
 そうな。
 言われてみれば、グリフェルの持つ杖も先端が変わった形である。
 そこが宝石を取り付ける場所だと言われれば、そう見えぬこともない。

「わしはな。この先端に取り付けるべき宝石を捜し求めているんじゃよ」
 淡々と言ったグリフェルは、感慨深げに、
「もう、かれこれ三十年になる」
 と続けた。
 何度目かの冒険で、この杖を手にいれたグリフェルである。
 手に入れた時から、宝石は紛失していた。
 だが、グリフェルは、
(間違いない。これは、宝石の無い【導きの杖】だ)
 そう確信した。
 完全な状態なら金貨千枚をゆうにこえる杖である。
 だが、この状態では金貨百枚にも満たない。
「それでな。わしは、この先端の宝石を追い求めて旅に出たんじゃよ。家を捨ててな」
 と言うからには、このグリフェル、それなりの家の生まれであるのだろう。
 もしかすると、貴族の子弟ででもあったものか。
 そういった者が、若い頃に冒険者をするというのは、時々、聞こえる話だ。
 そこの所を詳しく聞かなかったために、アルにはグリフェルの素性が分からない。
 けれど、【導きの杖】を知り得るほどの学識を持つ人物だということだけは、確かだった。
「これが、なかなかに大変な旅でな」
 一日と経たずに杖が、倒れる方向を変じることもある。
「宝石が人から人へと移動しているらしくな」
「はぁ…」
「おまけに距離がわからぬ。どれほど歩けば良いものか、見当すらつかんのだ」
 そう言いながらも楽しそうに笑うのだ。
 当時のアルには、そんな生き方をしながら笑っていられるグリフェルの心情の方が見当もつかないものだった。

≪からん≫
 オランの街で、杖を倒したような音が聞こえた。
『日中にやると人目を引く。引いてしまうと狙われるかもしれない』
 そう言って夜に人知れず、カゾフの街を徘徊していたグリフェルである。
(まだ続けてるんだろうか?)
 彼を思い出してアルは苦笑した。
 グリフェルが、今もまだ夜の街で杖を倒していたとしても、
(今の音が、そうとは限らないよな)
 であり、
(いつの間にか、ボクも彼の気持ちがわかるようになったなぁ)
 であった。
 五年前に聞いたときは、
(さっぱり理解できなかった)
 心情が、である。

 【導きの杖】が本物かどうか。
 それは、グリフェルにとっても、そして、今のアルにとっても、どうでも良いことだった。
 あれは、グリフェルに家を捨てさせた杖なのである。
 それでいて、グリフェルから笑顔を奪わなかった杖なのである。
(あれは、確かに【魔法の杖】だったよな)
 そう思いながら、今現在のアルは帰路についた。
(願わくば、彼の旅がより良い“導き”と共にありますように)




この作品の感想をお寄せください
うゆまさんの感想 (2006/4/15 1:53:19)[4]

導かれる果てに見るものが何であるか。しかしそれよりも大切なのは、辿る道のり。

人の一生を変えてしまうが、それこそ魔法のアイテムの隠された魅力の魔法なのかもしれません。

例え本物かどうかは分からなくとも。
枝鳩さんの感想 (2006/4/03 23:10:40)[3]

ちょっと不思議な雰囲気の話ですね。杖が本物かどうか、その結末や詳しいいきさつがわからないだけにより最後のアルの思ったことが強く出ていると思います。
こんな「魔法の道具」なら素敵ですね。
琴美さんの感想 (2006/3/19 21:55:17)[2]

アルに対しても、一つの道を指し示した「導きの杖」。今宵もまた、グリフェル以外の誰かにも、生きる道の一つを示しているのでしょうか。道具と人との関係を端的に示している作品だと思います。
松川さんの感想 (2006/3/08 22:49:11)[1]

タイトルがいいですね。
5年前と違って、理解できるようになった今。5年前と今との違いは、冒険者としての経験の有無なのでしょう。
杖が本物かどうかはわからない、という曖昧さは好みです(笑)
名前
感想
パスワード(英数6桁以内)
記事番号: パスワード:
パスワード: