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題名
【競作企画】不運な出会い
登場人物
ラス リネッツァ
投稿者
松川 彰
投稿日時
2006/4/03 20:49:21
人間、『ついてない時』というのが、あるもんで……。
どこかで読んだそんな文章が頭に浮かぶ。
いや、と内心でラスは訂正した。人間に限らない。妖精だってそれは同じだ。妖精との混血である自分もそれは変わらない。とはいえ、律儀に訂正したところで、そんな内心を誰が聞くわけでもないのだが。
ともかく、この出会いは間違いなくついてない部類に入るだろうと、それだけは確信した。
昼過ぎの大通り。雑踏の中、掛けられた声に深く考えもせずに反応してしまった自分の迂闊さを呪う。
盗賊ギルドでの小さな仕事が幾つも重なって疲れていたのかもしれないとか、耳に入ってきたその声が思い返してみれば久しぶりだからとか、以前遊んだことのある女が視界に入ったからとか。髪を少し切ったから、というものまで含めれば、ざっと17通りほどの、立ち止まった理由を頭の中に並べてみる。
「アニキー。ラスのアニキー。や、や、本日はお日柄もよく。何がどう日柄がいいのかってぇことなら、例えばオイラがアニキに話しかけて、ちゃんと立ち止まってもらえたってことがまず一番でヤンス」
ああ、そうだった、と思い出す。いつもなら、聞こえなかったふりをして無視する。そうでなければ、振り向きざまに顎の下でもぶん殴って黙らせる。
目の前で揉み手をせんばかりの勢いで……いや、実際に手を揉んでいる。とにかく、目の前にいる若者は、背筋さえ伸ばせば、ラスにとってはやや見上げるほどの長身だ。身長には恵まれているが、育ちが貧しかったからなのか、もともとの体質なのか、ただ単に鍛錬をサボっているのか、筋肉にはあまり恵まれていない。おまけに猫背だ。だから、長身なのに貧相に見えるというアンバランスな印象を他人に与える。ついでに言えば顔立ちもぱっとしない。造作がどうのというのではなく、部品のバランスが悪いのだろうと思える。その上にそばかすまであるのだから、どこに焦点を持っていけばいいのか迷ってしまう。
「いえね、今日はご相談があるんっスよ。それというのも、オイラが先日まで派遣されていた、バスケス村でのことなんでヤンスが。そこに派遣されることになったのも、アニキのおかげというか、なんていうんでゲスかね、オイラのいつもの精勤ぶりが上に認められて、そこでアニキが口添えしてくださったおかげで、栄転という運びになったんでヤンスが。てへっ」
そういえば、と更に思い出す。目の前にいる、自称・第一の舎弟は去年の末からどこぞの田舎の村にくだらない用事で飛ばされていた。俗に言う左遷というやつだ。それでしばらく見かけなかったのだろうと得心がいく。もともとこの自称・第一の舎弟は、子分でも舎弟でも弟子でもない。それどころか、何故か失敗の尻ぬぐいがこちらにまわってきて迷惑しているほどだ。左遷になるかもしれないと聞いた時に、確かに口添えした覚えはある。今までの行状を洗いざらいぶちまけたのだ。決して誇張してはいない。それは確かだ。事実しか言っていない。けれどその日のうちに左遷は確定になった。
「オイラ、そこで運命の相手と出会ったでヤンスよ! いえね、“銀木犀”のサラさんやマリエさんもそりゃ素敵っスが、バスケス村で会ったリサさんにゃぁかなわねーっス! ああ、あのお嬢さんこそ女神! オイラのために舞い降りてくださった美の女神! 愛の女神! オイラ、何もかもリサさんに捧げようとマーファ様に誓ったッスよ!」
そういって取り出したのは、どうみてもマイリーの聖印だ。
「あ。出会いを感謝するならチャ・ザ様のほうが適任ッスかね!」
そういって更に鞄から取り出したのは、今度はどう見てもガネードの聖印だ。
わけがわからねぇ、とラスは溜息をついた。まぁ、思い返してみれば、いつもこうだったように思える。ただ、こういう時の対処はどうするんだったか、と考える。
「それでアニキにご相談というのは、元祖・美の女神様であらせられられ……えと、とにかくクレフェさんのことなんでヤンスが」
立ち止まらずに無視すればよかったと思う。けれどそれはもう遅い。立ち止まってしまった。
「ほらあの方、オイラがオランに戻ってからもたまに見かけるんスが、いつも違う男性と一緒にいるんでヤンス。時々はアニキと」
出会い頭にぶん殴って黙らせればよかったとも思う。けれどそれももう遅い。こういうのはタイミングが大事だ。
「オイラ、あのお方と永遠の愛を誓ったことはアニキもご存知だと思うんスがね。それが、突然姿を消してしまったオイラを忘れようと、ああして放蕩しているのなら、アニキからそれとなくオイラのことを伝えてもらえないかと思いやして」
手っ取り早く魔法で黙らせるか。そう考えて、直後にやはり考え直した。昼間の大通りで魔法を乱発するのも常識としてどうだろうか。
目の前の若者は、なにやらもじもじくねくねとして、ラスとしては見ていて鬱陶しい。
「もちろん、クレフェさんがオイラのことを忘れられないとおっしゃるんなら、オイラとしても……」
正直に言うなら気持ち悪い。
「ああ、罪深きオイラをお許しください、マーファ様!」
もっと正直に言うなら……。と、そこで思い出した。
「……ああ、そうか」
「へ? 何が、『ああ、そうか』でヤンスか?」
「いや、思い出した。おまえ、リネッツァか」
「ほえ?」
「そうかそうか、オッケー。俺に任せろ」
「はぇ? なしてアニキはオイラの後ろ襟を掴んでるんスか? い、いや、なしてオイラを引きずるんでヤンスか!? アニキ!?」
ハザード川の近くで、貸し馬屋を営む男がいる。その戸口に顔を突っ込んで、ラスは店主の姿を探した。
「おやっさん、久しぶり。筵余ってるかな」
「おう、久しぶりじゃねえか。去年までは良く筵を買いに来てたようだが」
「いや、俺も久しぶりでいろいろ忘れるとこだった」
「あ、あにょー……アニキ? なして筵なんか必要なんでゲショ?」
「いやぁ、悪いが新しい筵は今ねぇんだよなぁ……急ぎなら、馬の下から引きずってっていいぞ。夕方までには新しいの編むしよ」
「んじゃ1枚貰ってくよ。悪いな」
「いいってことよ」
そんなやりとりの後、馬小屋の床に敷かれていた筵を1枚引っ張りだす。そしてリネッツァを引きずりながらラスは河原へと下りていった。
「そうかそうか、思い出した。リネッツァな」
「……アニキ? ひょっとしてオイラのこと忘れてたりなんかしてたりとか……」
「いや、思い出したから心配すんな」
「あへっ! アニキ!? なしてオイラを縛るんスか!? うひゃ! この筵、馬のションベンの匂いがするッスよー!?」
「今日はちょっと疲れてるんでな。悪いが、沈下の魔法はなしだ」
「や、や、や、アニキ!? そんなオプション、くれるって言ってもいらねぇでゲスよ!?」
「じゃな」
「アンギャーッス!!」
その夜。
とある宿屋の寝台の上。ラスは隣にいるクレフェに、今日の出来事を話そうとした。
「なぁクレフェ。リネッツァがさ、おまえのことを……」
「え? リネッ……? ……えぇと、誰?」
「…………」
「小間物屋さんのお手伝いの娘? ああ、彼女はリネットだったわね。えぇと……」
「あー……いや、なんでもない」
とりあえず、ラスはその話題を忘れることにした。そんな話題よりももっと楽しそうなものが目の前にある。
そして同じ時。
スラムの近くにある古い長屋の一室。
「うぅ……久しぶりのハザード簀巻き流れでヤンした……この季節はまだ水が冷たいッス……」
リネッツァは今日の出来事を日記に書き記していた。
何度となく同じ書き出しで日記を書いた。それをラスに覗かれたりもした。
今日も、それと同じ書き出しで始まる。
──人間、『ついてない時』というのが、あるもんで……。
■ あとがき ■
えーと。
ごめんなさい(また無許可)。
書いてみたかったんデス。
これって……愛?
この作品の感想をお寄せください
あいん
さんの感想
(2006/9/24 2:01:50)[3]
愛ってなんだ?
躊躇わないことさ!
というわけで躊躇わずに簀巻きにしてくれたラスと、キャラの設定を綿密に活かして執筆して下さった松川さんに感謝の意を。
あばよ、涙!
↑これって感想になってるか?(自滅)
うゆま
さんの感想
(2006/4/15 1:37:38)[2]
やっぱり愛ですね。
なんにせよ、河に流されるのも今や風物詩のひとつ(違)
ある意味王道的ヒーロー(?)風味なリネッツァにちょっぴり同情。
琴美
さんの感想
(2006/4/04 22:13:46)[1]
愛だと思います。余すところなく彼の日常を書き上げていると感動しました。というか、素朴な疑問として彼に「ついてない時」以外の時ってあるんだろうか。
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