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題名 【競作企画】ババ抜き
登場人物
投稿者 U-1
投稿日時 2006/4/11 13:42:51


 人間、『ついてない時』というのが、あるもんで……。
 そういう時は、大概、なにをやっても巧くいかない。
 ……らしい。

 『らしい』というのは、つまり、その情報が経験に基づくものではなく、伝聞でしかないからだ。
 実は、彼には『ついてない』という状況に陥った記憶が無い。
 無論、知識としては知っている。
『なにをやっても巧くいかない』
 そういう状況のことだと理解してもいる。
 けれど、自分の実感としてそう感じたことは無い。
 数年前に食べたモケケピロピロの美味しさを鮮明に思い出すことが出来る彼である。
 その彼の記憶力を駆使しても自分がそう実感した記憶は無いのだ。

 だから、大事な場面だというのに、こんな事を考えたりする。
(……あれ? 『ついてない』から巧くいかないのかな? それとも、巧くいかないから、『ついてない』と思うのかな? ……なんか、アレみたいだ。えっと…そうそう、『ヒヨコが先か? ニワトリが先か?』だっけ? あれ? そんなのヒヨコが先に決まってるじゃん。なに言ってるんだろ、オイラ? いや、言ってないケド……)
 ルモである。

 そこは、場末の酒場だった。
 酒の肴にとカード賭博に興じる卓の一つにルモは座っている。
 正面の席には、同業者では無いが、真っ当な市民でも無いという風体の男が一人。
 酔いと興奮で目は血走り、手と肩は屈辱に耐えるように小刻みに震えていた。
「どうするのさ? やるの? 降りるの?」
「るっせぇ。今、考えてるだろうがっ」
 気楽な口調のルモに男は吐き捨てるように答えた。
(考えたって一緒だと思うけどな〜)
 そう内心でため息をつきつつ、ルモは、また、どうでも良いことを考え始めた。
 もう、どれくらい、そうやって男の決断を待つ暇を潰しただろうか。
(だいたい、オイラたち相手にムキになるのが、そもそも間違いなのに……)
 とは、思った。思いはしたが、忠告してやろうなどとは思わない。
 そんなお節介な草原妖精なんて『二足歩行のケンタウロス』くらいレアだとルモは思う。

「……よし。勝負だ」
 意を決したように男が呟く。
「じゃ、せ〜の〜でっ」
 緊張感の無い掛け声と共にルモが応じる。
 互いに開かれた手札は、男が『騎士』ペアと『6』のペア。
 ルモもほとんど同じ手だった。『騎士』のペアと、こちらは『7』のペアである。
 また、きん差でルモの勝ちだ。
「くそっ! 本当に今日は『ついてない』ぜ!」
 男は、苛立たしげにカードを投げ捨てながら、何度目になるか判らない呻きをもらした。
「ま、そんな日もあるよね。で? どうするの? もう一勝負行く?」
 そんな風に男に調子を合わせながら、ルモはテーブル上の賭け金を回収する。
 あくまで、自分はどっちでも良いという感じで。

『やりとりしている額を思い出させた時点で、カモは、カモじゃなくなる』
 とは、巣穴が経営する賭場でディーラーを務める腕利きの言である。
 金額を思い出させるという事は、それだけ相手に冷静になる余地を与えてしまうということだ。
 そうなっては、元も子もないのである。
 どこまでも淡々と、気楽な勝負を装いながら続ける。そして、相手を一方的に熱くさせる。
 それが、仕事として賭け事に携わる者の心得だった。
 もっとも、ルモのしている事にも、そういった計算が働いているかといえば、それは疑問だが……。

「……このまま帰れるかよ」
 半眼で告げる男に
『止めといた方が良いんじゃない?』
 と聞き返さない辺りがルモのルモたる所以である。
 本来なら、そうやって持ちかけて、さらに相手を熱くさせる……それが常套手段である。
 けれど、ルモは、そう告げられて、にんまりと笑う。
「そうこないとね」
 口笛でも吹き出しかねない口調で告げながら、カードを混ぜなおすのだ。
(くそっ、調子に乗りやがって)
 という男の内心など意に介することなく、ルモはカードを混ぜる。
 結果的には、相手を熱くさせることに成功してるのだが、相手の心情を探るつもりがルモに無いのだから、やはり、計算を働かせているかといえば、疑問である。

(……しっかし…今日は、ダメだなあ。…なんでか、巧くいかねえ。いつもなら、こんなに負けが込むことなんて在り得ねえのに……やっぱり、今日は『ついて』ねえ)
 男は、ルモがカードを混ぜるのを眺めながら、また、その事を考えていた。
(今の勝負もだ。いつもなら絶対に勝てる手なのに、なんだって『1』差なんかで負けるんだ?)
 どうにも腑に落ちない。『ここぞ』という時には、決まってきん差で負ける。
 普段は、その『ここぞ』で負けを取り戻し、最終的には勝った状態で酒場を後にする男なのである。
(なんか、おかしくねーか?)
 男は、ここに至って、ようやく、その疑問に辿り着いた。
 いや、思い至ったタイミング的には、申し分なかったのかもしれない。
 何故なら、男が、そう思ったと同時に、その疑問の答えが提示されたのだから。

「…おっと…」
 そんな呟きと共にルモがカードを取り落としたのである。
「あちゃ〜、珍しく失敗しちゃった」
 そう続けるルモを男は凝視した。より正確に言うのなら、ルモの顔ではなく、彼の袖口を。
「イ、イカサマだー!」
 椅子を倒さんばかりの勢いで男が立ち上がった。
 立ち上がりながら、ルモの袖口を指差し、そしてそのまま硬直する。
 指差されたルモの袖口からは、今使われてるカードと同じ柄のカードが何枚も零れ落ちていた。
「今のは、イカサマじゃ無いよ。たまたまだもん」
 悪びれる様子も無くルモが言う。
「い、今のは!? じゃあ、どれがイカサマだってんだよ!?」
 テーブルに拳を振り下ろしながら男が叫ぶ。
 その拍子にテーブルの上に乗っていたカードや掛け金、エールのジョッキなどが床に散乱する。
「あっと…やべ、口が滑っちゃった」
 舌を出しながらルモが言った。この状況に至ってもルモは普段と変わらなかった。
 誤魔化そうとして墓穴を掘る。
 これはまあ、ルモが良くやる失敗なので、普段通りでも納得である。
「てめぇ……よくもっ!」
 憤怒の形相で近寄る男にもルモは臆することが無かった。
 それどころか、袖口に仕込んだカードをテーブルに放りながら、あきらめ口調で言う。
「あーあ。もうちょっと楽しもうと思ってたのになー」
「なんだとっ!? いい度胸だな、ええ!?」
「どっちがさ。しょうがないから、仕事するケドね……この店はさ、保護受けてんの。判る? ほ・ご。そんな店で、おっちゃんみたいな素人さんに好き勝手にイカサマやられたんじゃ、メンツっての? それが、丸ツブレなわけ。おっちゃんが好き勝手に『ここぞ』って時にイカサマするから、どうにかしてくれって頼まれてオイラ来てんだよ? 謝って大人しく帰るんなら、そんで、もうここでイカサマしないんなら、許してあげるけどさ。もし、そうしないってんなら、ちょっと痛い目見てもらうよ?」
 凄むわけでもなく、いつもの口調で語る。
 内容としては、巣穴が、構成員を使ってやっている警告なのだ。
 普通のならず者なら、怯んで逃げ出す場面である。
 けれど、この場合、警告者がいけなかった。
 ルモが普段使っている通りの軽薄な口調である。
 それで、巣穴の警告だと理解しろという方が無理だ。
 もっとも、男の身長の半分にも満たない草原妖精が凄んだところで、男が怯んだとは思えないが。

「しゃらくせえ!」
 そう言いながら男が殴りかかって来るのをルモはいつもの調子で避けた……つもりだった。
 冒険者でもない男のパンチを避けることなど、盗賊としての訓練を積んだ草原妖精にとっては苦も無いことだ。
 事実、男の動きをルモは完全に見切っている。
 男の目が、ルモのどこを狙っているのかも判ったし、伸びてくる拳の軌道もちゃんと予測できていた。
 後は、その軌道上から狙われている部分をずらせば良いだけのことである。
(よいしょっと)
 内心で、そんな掛け声をもらすほど、ルモには余裕があった。
 けれど、体の位置を変えようと踏み込んだ先で、ルモの足に何かが触れる。
(あれ?)
 それが、転がったエールのジョッキだと気付いた時には、もう遅かった。
 ルモは盛大に足を滑らせ、かわしたはずの位置に顔面を戻してしまっていたのである。
『バキッ』
 と鈍い音がして、男の拳がルモの左頬に炸裂した。
 殴られた時の体勢も悪かったが、なによりルモは草原妖精である。
 その体は敏捷性に優れてはいるものの、逆に筋力には乏しい。
 殴られた勢いのままにルモは、派手に吹っ飛ばされたのである。
「あ痛タタタタ……」
 吹っ飛ばされた先で、ルモが呻いた。さして痛そうでも無かったが。

(おっかしいな〜)
 と、ルモは内心で考える。
 カードのすり替えにしろ、素人の攻撃を避けることにしろ、普段なら失敗するはずの無いことだ。
(なんだって、こんな簡単なことに失敗するんだろ?)
 そう思いながら立ち上がる。
 それも、ただ立ち上がるというのではない。
 吹っ飛ばされ、横たわった状態から下半身を上半身の方へ折り曲げ、反動をつけて飛び起きようとしたのだ。
『スタッ』
 成功していたら、そういう音が相応しい動作である。
 勿論、そんな音は実際には発しない。あくまで擬態語として相応しいというだけある。
 ところが、ルモが立ち上がった時には、実際に音がした。
 けれど、その音は、先の例とは似ても似つかぬ音だったのである。

『バチャッ』
『べチャッ』
「あれ?」
 またしても予想外のことが起こり、今度はルモも実際に声を発した。
 声を発し、小首を傾げる風になりながら、音の先へと視線を落とす。
 落としてみて、初めて、自分が横たわっていたのが、床ではなくテーブルだったのだと気付く。
 右足の下にはスープ皿が在った。
(色からするとビーフシチューかな?)
 盛大に足を皿に突っ込みながら、そんな事を考える。
「……オイ」
 声をかけられて、落としていた視線を少し上げた。
 そこには、『ベチャッ』の被害者っぽい、ビーフシチュー(推定)の注文主らしき男の顔があった。
「あははは、大流血みたい」
 顔中にビーフシチューを跳ね飛ばされた男は、その言葉を最後まで聞かずに拳を振るった。
『バキッ』
「うわっと!」
 再び吹っ飛ばされる。
 吹っ飛ばされつつ思う。
(そんなに怒んなくても後で弁償でも何でもするのに……)
 とりあえず、笑ったことに対する反省は無いらしい。
(あ。ちょーどイイや)
 続けてそう思ったのは、先の失敗を繰り返さないように空中で受身が取れるように体勢を変えた時だ。
 だから、ビーフシチューを台無しにしたことを考えていたのも、実際は、ほんの一瞬なのである。

 吹っ飛ばされたルモは、最初に自分を殴り飛ばした男の所まで飛んで行きそうだった。
 距離にして数歩程度だが、盗賊として、草原妖精として、敏捷さに自信を持っているルモは、その間で狙った体勢になれると確信していた。
(一回転してキックだな)
 それが、ルモの思惑である。
 そして、失敗続きのルモとしては久しぶりにその思惑を成功させることが出来た。
『ツルッ』
「えー?!」
 キックは成功した。
 利き足の右を男の肩辺りに当てたのである。
 だが、その後がいけなかった。
 男は、よろけてくれた。と同時にビーフシチューで足が滑った。
 本当なら男の体を使って、後ろにトンボを切り、今度こそ『スタッ』と立とうと思っていたのだ。
 ところが、そうはできなかった。
『ゴッチン』
 盛大な音を立てながら後頭部を床に打ち付けたのである。
「……いっつぅ……」
 一番、効いた。少し涙目になりながら後頭部を抱え込む。
 よろけた男が別のテーブルにぶつかり、その連中とモメ始めたことなどに構ってはいられなかった。
 それどころか、近寄ってくるビーフシチューまみれの男や、アチコチで囃し立てる酔っ払いや、触発されて始まった喧嘩や、泣き出しそうな顔の店主すら、ルモの知ったことではなくなっていた。



 しばらく経って。


 壊れた椅子やテーブル。
 散乱した皿と割れたジョッキ。
 痣だらけのルモと茫然自失の店主。
 それが、荒れ果てた店内に残ったすべてになった頃。

「これで、もうアイツは来ないと思うよ?」
 ルモが、そう言い出した。
「ちょっと、大事になっちゃったケドね。でもイタイ目に遭わせるのも仕事の内だからサ」
 店主の返事は無い。
「珍しく失敗が多かったケド、まあ、目的は遂げたしイイよね?」
 気楽にそう続けるルモだった。
「それにしても、びっくりだよね〜。こんなに失敗が続くなんてサ。他の人が忙しいっていうから、オイラが来たんだケド、こんなことになるなんて、オイラも思わなかったよ〜。なんて言うの? 思いがけないことがあるから、人生面白いってヤツ? ホント、びっくりだよね〜」
 ルモは、店主の様子など意に介することなく、そう言って笑った。
『なにをやっても巧くいかない』
 ルモにとっては、そう言っても差し支えない日だったはずである。
 けれど、草原妖精であるルモは、決してそんな風には感じない。
 悲観的に物事を省みる暇など無いのである。
 失敗続きでも、その失敗から面白いこと、楽しいことが始まることもある。
 そして、草原妖精の多くは、面白ければ、楽しければ、それで良いと思っているのだ。
 ルモも、その例にもれず、今日という日を『なにをやっても巧くいかなかった日』としては、記憶しない。
 今までに何度もあったように『失敗から面白騒動が始まった日』と、そう心にとどめておくのだろう。
 だから、やっぱり、涙目の店主だけが思うのである。

『人間』、ついてない時というのが、あるもんで……。




この作品の感想をお寄せください
琴美さんの感想 (2006/5/08 23:21:01)[3]

草原妖精の「周りの人間」をついてない状況にさせる才能に(周囲に対して)涙を誘われました。
本人は生涯ずっと楽しいんだろうなと、羨ましくもなったり。とても草原妖精らしいEPでした。
松川さんの感想 (2006/4/17 0:29:18)[2]

なるほど。
これはこれで、草原妖精らしさの一端ですね。
楽しく読めました。
うゆまさんの感想 (2006/4/15 1:34:30)[1]

最後のオチには”にやり”ってさせられましたよ。いやはや、こういう手法できましたか!

草原妖精はやっぱり前向きというか、後ろ向きというものを知らないのでは?と思ってしまいます。

そして哀れな店主にちょっと同情(笑)
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