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題名 【競作企画】笑顔の絆
登場人物 ユーニス
投稿者 琴美
投稿日時 2006/4/15 22:24:06


 人間、『ついてない時』というのが、あるもので……。
 
 例えば、仕事。
 荷運びの最中、横合いから犬に追われた子供が飛び出してきて鉢合わせ。避けたはいいけれど踏み出したところに果物の皮が転がっているのを踏みつけ転倒。たまたま転んだ所に水溜りがあったので荷を庇ったら衣服が程よく泥水まみれに。
 本当に私は野伏なんだろうかと落ち込んでみる。

 例えば、縫い物。
 いつもなら針を何度も指に刺したりしないのに、その日に限って何度も刺してしまう。
 お蔭で白い生地を縫うのに躊躇ってしまい、予定をこなせず仕舞い。
 季節を先取りして買った生地に虫食いがあったときも、ちょっと切ない。

 例えば、食事。
 頼んだ皿に乗っていたのは、危険を示す色合いと匂いの料理。
 空腹で、とにかく目に付いた店に入ったはいいけれど、穏当な表現をしても「保存に気を使わずに置いた食材でできた食物のようなもの」に手は伸びない。
 急いでいるので、茶とパンのみ口にして、悄然と店を出る。満たされない胃の不平不満を嘆く声が、侘しさをいや増す。


 巡りあわせに恵まれず、やりきれないそんな時。
 悪態をつきたくなったり、ため息が出るときは、故郷の爺ちゃんの言葉を思い出して笑ってみる。

 「『ついてねぇ時』ってぇのは巡りあわせだ。『ついてる時』があるのと同じでな。
 そういう時にどうやり過ごすか、対処してくかが、そいつの度量と経験を物語る。
 慌てんな、うろたえんな、嘆くのはほどほどにしとけ。自分の努力で出来ることはやってみろ。
 そんだけやったら諦めて幸運の波が寄せてくるのを待て。酒でも飲んで笑ってろ」

 そうだよね、と西に向けて、私は笑う。いくらか苦味が交じるけれど笑っていられる。
 大好きな家族の言葉は、遠く離れていても、まるで安心させてくれる魔法のようだ。
 さっきまで塞いでいた気持ちが、ため息のたびに軽くなって、少しずつ水面めがけて浮上するのがわかるほどなのだから。

 
 ――家族といえば、つい数日前まで私は擬似家族の中にいた。
 いってきます、と家を出て、ただいま、と言って帰る場所で、赤ん坊を囲んで皆が過ごしていた。
 帰宅の際には赤ん坊が寝ているかどうか確かめて。ドアはいつも静かに開閉し、大声で呼ばわらず、愛らしい声をあげる幼子に期せずして全員が笑みを浮かべて。
 私もその中でかりそめの家族だった……多分。
 疲れていても、皆と話せば安らいだし、幸せな気持ちにもなった。

 思えば「家族でいること」は大なり小なりの努力無しにはありえないことなのだ。意識せずにそれをこなす人が多いのかもしれないけれど、
 血縁があろうとなかろうと、それは本当は変わらない。
 
 フラム……リンド=フラムというあの子はちゃんと母親と幸せに過ごしているだろうか。
 母親であるシエラさんは私の故郷エレミアに行くと言うので、紹介状は持っていってもらったけれど、丁寧に根回しをして損をすることはないだろう。

 ついてない、そんな私にできる、自分のための努力はすべて思いつく限り終わっている。
 ならば私以外の誰か――かりそめの家族の幸せの為に時間を費やすのはどうだろうか。
 
 私は故郷で仕立て屋を営む祖父と義叔父に宛てて、もう一通手紙を書くことにした。

 * * * * * * * * * * * * * *

 前略  爺ちゃん、クロードさん、お元気ですか? 私は相変わらず元気です。
 オランはすっかり春めいて、花や緑が鮮やかに街を染めています。この街の石畳に私の足もすっかり馴染みました。その分、砂地を歩くのはもしかしたら下手になったかもしれません。

 早速ですが、私の手紙を持ったシエラという女性がそちらを訪ねたでしょうか? 
 彼女は手紙にも書いたのですが、訳あって乳児を連れて故郷を離れた人です。刺繍ができるそうですので、力に見合った仕事や働き口があれば紹介してもらえると嬉しいです。
 私や友人たちにとって、彼女のお子さんはとても大切な存在なので、あつかましいお願いですが、気にかけてもらえたらありがたいです。
 まだ訪ねていないようなら、できれば心に留めておいてください。

 つい最近――シエラさんたちと関わりあることでなのですが――家族と言うものを改めて考える機会がありました。
 私は家族とは遠く離れていますよね。けれど、父さん母さんが死んでエレミアを発ち、爺ちゃんやクロードさんたちとも別れて暮らすようになって、寂しいと思ったことは何度もありますが、辛いと思ったことはあまりないです。
 それはきっとエレミアで過ごした時間が心のよりどころになっているからじゃないかと、最近では考えています。
 みんなが家族として過ごすには色々事情があって、個々の努力無しには不可能でしたよね?
 私にとって、それを見ながら育ったこと、みんなの努力の中で大切に育てられたことは得難い幸せだったんだな、と今しみじみ噛みしめています。
 何せみんなのお蔭で、私はどんなに『ついてない時』があっても、生まれつき『ついてる』と思えているし、いつだって前を向いて歩けるのですから。
 幸運と交流を司る神様に、爺ちゃんやクロードさん、父さん母さんと家族になれたことを感謝しています。
 どうかずっと元気でいてください。遠く離れても家族として、心から願います。

 2人とも、夜なべ仕事なんてしないで、体を大事にしてくださいね。では、またいつか。

                        ユーニス

 * * * * * * * * * * * * * *

 手紙を畳み、枕元に置く。
 明日はいつもの木造の酒場に持っていって配送を頼める人を探すつもりだ。
 これがエレミアに届く頃にはきっと、向こうは初夏の強い日差しが肌を刺す季節だろう。
 エレミアの日差しに焼けた肌は色が褪めても、あの頃受け止めた周囲の人々の笑顔や声は、胸の奥に消えることなくしっかりと刻み込まれている。

 私の家族の思い出。
 最近ちょっとだけ増えたし、いつか増えるかもしれない、誰にも奪えない、それは大切な宝物。
 それが私の『ついてない時』に笑顔をくれる。
 だから少しでも、彼らにもその笑顔の種を運べますようにと願う。
 


 『ついてない時』は確かにある。
 そんなときは爺ちゃんの助言に従って、酒を飲みながら遠い家族を思って笑っている。
 いつか私が自分の伴侶や子供と家庭を築く日が来たら、彼らも私が得ていた幸せを味わえるように。
 あえて『ついてない時』を教訓にして。宝物を抱きしめていることを確認して。
 きっとそれも私を豊かにする『ツキ』の一つなんだと、転んで汚れた服を洗ったり、打ち身をさすりながら、笑うのだ。

 そうしたら、明日はきっと『ついている』朝が来る。


■ あとがき ■

宿帳企画『赤ちゃんが家にやってきた』のユーニスサイドの後日談としてお読みくださいませ。
ユーニスは昔から幸せ者なのです。まったくもって。
けれど今幸せなのも、オランで幸せにしてくださる皆様のおかげでしょう。
皆様に、感謝と笑顔をささげます。


この作品の感想をお寄せください
うゆまさんの感想 (2006/5/09 23:49:29)[2]

ついていない、とはいえ、暖かさが読み終わっても残るお話です。
イベントのことも盛り込みつつ、これからもユーニス嬢の笑顔があることを。
松川さんの感想 (2006/4/17 0:34:52)[1]

果物=バナナということでよろしいでしょうか。ユーニスだしね!
同企画の主催者(?)としてはこういう形で後日談が読めるのも嬉しいものです。
どうもありがとうー。
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