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題名 【競作企画】約束の高みへ
登場人物 クレア、ルベルト
投稿者 琴美
投稿日時 2006/5/10 0:11:19


 迷ったら尾根に出ろ。

 いきつけの酒場で、隣り合った野伏から聞いた知恵を思い出しながら、彼は坂道を登ってきた。
 今日の目的地は、件の酒場からやや離れた小高い丘陵に沿った住宅地。所謂お屋敷街の一角に佇む貴族の別宅だった。
 魔術師の彼にとって、学問に造詣の深い屋敷の主と意見を交わすのは知的な快楽であり、心待ちにしていた時間であったはずだったのだが。

 「なんでここに出るんだ……」

 途方にくれたのは、無理もない。高みを目指して登っていたら、不意に眼前に開がった風景は、紛れもなくチャ・ザ神殿前の広場だったのだから。ちなみに彼はまだ認識していないが、本来の目的地はもう少し西側の、チャ・ザ神殿の丘ほどは高くない場所である。

 がっくりと頭と肩を落とす。ことさらに疲労が足に重くまとわりつく。見上げれば、チャ・ザ神殿の美しい佇まいと今や天頂に届かんとする太陽。

 「約束は午後の二つ目の鐘がなる頃に、だったか」

 早めに出たにも拘らず、迷ったことで相当時間を無駄に費やしたようだ。これから急いで丘を降り、目的地に再度向かうには、足早に歩く必要がありそうだった。
 とはいえ、大きな肩掛け鞄に書物を詰めて歩き通しでは喉も渇くというもの。彼は僅かな時間消費で最大効果を挙げるべく、飲み物の屋台へと足を向けた。だが、しかし。

 「あら、ルベルト。珍しいところで会うわね」

 方向転換した瞬間目に入ったのは、見知った顔の本人曰く「妙齢」の婦人、魔術師のクレア。
 賢者としても相応の評価があり、いつも憎らしいほど泰然としている彼女が、今日に限って僅かに焦ったような表情を浮かべているのをみて、ルベルトは目を細め、一つの仮説を口にした。

 「なぁ、クレア。俺は助手に頼まれてお前さんを探しに来たわけじゃないし、別に居所をばらす気もない」
 「あらそう。そんな無粋なまねをするわけないわよねー」

 そう口にしながらもあからさまに安堵の雰囲気が伝わってくる辺り、図星だったのだろう。しばしば研究室を抜け出しては、長い息抜きに出かける彼女を、必死の形相で探し回る助手の姿は学院に縁のあるものならば一度は目にしている。
 だが彼とて、暗い藪やら部屋の隅やらをつついて、蛇ならぬ彼女の蔵書の下敷きになるのは御免だ。
 それ以上追求もせずに、屋台の飲み物を買い求めて戻ってきた。

 「ところでラーダ神殿じゃなくてチャ・ザ神殿に来る用事が?」
 「この近くに用事があったから足を伸ばしただけだ」
 「…………なるほどね」
 「なんだその間は」

 ルベルトの方向音痴は有名である。だが本人はなかなか認めたがらない。自覚はあるはずなのだが、プライドゆえに否定しているのか、道を外れる何がしかの理由の究明がなされるまでは肯定しないという研究者ゆえの態度なのか今ひとつはっきりしないのだが、恐らく前者ではないかと周囲の多くは考えている。
 クレアもまたその様に考えているのだろうか、ごく穏当な返事を返す。それが大人のお約束と言うものだ。

 「いいえ、別に他意はなくてよ。それより用事があったのではなくて?」
 「そう、約束があったのだ。一息ついたらすぐに出ねばならん。悪いがお前さんと話している時間が今日はない。何か用事があるならば、今度また研究室にでも寄らせてもらう」

 ……早い話、お互いの平静はとりあえず保たれた。
 
 取り急ぎ、口当たりの良い茶を飲み干して、ルベルトは書物や細々した雑貨の詰まった愛用の鞄をそっと掛けなおし、腰をあげる。
 
 「ではな」
 「そうね、また。来週辺り、良かったら部屋に来て頂戴。クレフェも歓迎すると思うわ」
 「……もう少し片付ける努力なり、せめて崩れないように積む努力はした方がいいと思うぞ」
 「……あなたこそ、せめて近隣くらいは目印を見失わないように歩いた方がいいと思うわよ?」
 「…………ああ、約束は出来ないが、とりあえず近々訪ねるとしよう」


 微妙な間と、揺らいだ平和を感じながら、2人は別れた。

 
 東方の言葉に「人間至る所に青山あり」とある。
 人間は故郷ならずとも、いかなるところにも骨をうずめることが出来る、故にひとところに留まらず己の望みを果たすために歩みだせ……といったような意味だと、ものの本にはある。どうやら青山というのは定かではないながらも、墳墓の地であるらしい。もしかしたら地元民にしかわからない言い回しなのかもしれない。

 真理の探求と未知の解明は魔術師にとって大望であり、渇望。または果て無き野望と呼ぶに相応しいものだと、ルベルトは思う。
 それが純然たる理由ではないが、自分は故郷の生家を出て、単身王都にある。そしていまや故郷は戻るべき場所ではない。そんな彼の墳墓の地とは。
 
 (俺にとって、骨を埋める場所は知を求めた向こう側なのだろうな)
 チャ・ザ神殿の小高い丘から連想した東方の言葉に、ルベルトは何とはなしに、己の果てる先を想像してみる。
 ところが現在彼がもっとも骨を埋めそうな場所は、度々書を借りに行くクレアの部屋の、書物が雪崩を起こした本棚の前であったので、慌てて想像を打ち切る。
 それは確かに知に彩られた花園と呼べなくもないのだが、できればそこだけは勘弁願いたいと、彼は心底願った。

 チャ・ザ神殿を背にふと立ち止まった彼は、荘厳な神殿を振り仰ぎ、呟く。
 「迷ったら尾根に出ろ、か。確かに高みを目指せば見えることは多い。余計なものも、大切なものも」
 そして、更なる高みの存在も認識する。

 「当分は、眼前の全ての山に登るしかないということだな。……いや、断じて迷うからではなく」

 **********
 
 ルベルトの後姿を見送ったクレアが、ふと笑みを零す。
 「男の意地って馬鹿で愛しいわよね」
 そう呟く彼女の腕が、つと宙に差し伸べられ、白い鳩が優雅に舞い降りる。
 彼女と感覚を通わせうる使い魔のククルである。

 高い空を舞い、風に乗る翼を持つその鳩に、彼女は心の中で静かに語りかける。
 (私たちが望みを追う事は、獣が己の糧を求めることと近しいわね)
 (……私が出入りできるよう、窓の周りを片付けてください。それが私の切望することです)
 (私以外が片付けた方が安心できるって言ったの、ククルじゃない)

 肩に移った鳩に非難がましい視線を送れば、鳩は呆れた風情で再び空に舞った。
 青い空に白い羽を広げる己の鳩に、ゆっくりと感覚を重ねて、クレアは目を閉じる。

 眼前に広がるのは高い空。果ての見えない、知識神の司る星の世界に続く青。その青に届かんと切先を向けるエストンの峰々の峻厳なる連なり。
  
 「全ての山を、虹を、高く高く越えた先にあるものに向けて手を伸ばすのが、わたしたち。
 知識神の定める約束の場所は、星の高み。けれど死してたどり着くのでは意味がない。
 ……仕方ないわね。そろそろ休憩終わりだわ」
 
 ややあって開かれた双眸は、挑戦的な光を湛えた彼女らしいものだった。
 遠くでククルの舞う気配を感じながら、彼女もまたチャ・ザ神殿の坂を降りはじめた。


 全ての山に登れ。
 そうして、見極めよ。
 己の求めるままに、道を。


■ あとがき ■

知の地平の彼方に、賢者たちが迷いながらでもたどり着きますように。
……ごめんなさい、ルベルトPL様。


この作品の感想をお寄せください
うゆまさんの感想 (2006/7/05 4:37:05)[4]

たまたま街中で遭遇して、そこでのワンシーン。
交わされる言葉はまさに知識だけではない知恵あるものの考え。



そして方向音痴でもカッコイイです、ルベルト。
枝鳩さんの感想 (2006/6/20 21:49:30)[3]

こんなに素晴らしい作品を書いていただいたのに、読むのが遅くなって申し訳ありませんでした。
魔術師二人の視線、雰囲気の違いが自然に伝わってきました。まさにルベルト、というルベルトに何となく涙が(笑)
ありがとうございました。

・・・到着はしたと思いますよ?(疑問形)
松川さんの感想 (2006/5/16 23:34:53)[2]

自キャラを書かれるとどきどきしますね。あまり経験がないもので……(笑)。
しかもなんか賢そうに見えるし!
自分が操るクレアもこのように賢そうに見えたらいいなぁと願うばかりです。
どうもありがとうございましたー。

そしてルベルトは待ち合わせに遅刻するほうに5ガメル賭けます。
Ken-Kさんの感想 (2006/5/14 3:33:31)[1]

どんなときでも識者の心構えを忘れない二人は格好いいですね。情景描写の美しさとあいまって、清々しい感じでした。ルベルトは時間通りに辿り着けたのでしょうか。気になります。
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