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題名 【競作企画】彼女の野望
登場人物 ヘネカ クーナ サテ
投稿者 松川 彰
投稿日時 2006/5/13 15:52:42




 チャ・ザ神殿前広場。
 港湾地区が近いこともあり、この広場はいつも賑わっている。チャ・ザの信者か否かに関わらず、人の集まる場所だ。外周には飲食の屋台も幾つか見られ、ベンチに人の姿が途切れることはない。商売にうってつけ、と思うのもチャ・ザの信者ばかりではないだろう。
 この広場の片隅に、最近人気を集めている屋台があった。開店したのはほんの10日ほど前だが、馴染みの客も既にいるらしく、昼食時ともなれば小さな人だかりが出来る。何故か客層の8割方が冒険者なのだが。
 夕刻、その日の営業を終え、満足げな溜息をつきながら屋台をたたみ始めたのは子供のような3つの影。グラスランナーである。
「ふぅ。今日もお客さんがたくさんだったのよう」
 蜂蜜色の髪をお下げにしたヘネカ。
「うきゅっ☆ 今日もロビンにたくさん買わせたのでーす」
 茶色の髪とどんぐりのような瞳を持つサテ。
「明日はラスとリックにも買わせようか」
 頭に大きな布を巻き付けたクーナ。


「それじゃ帰って、明日の下ごしらえをするのよう。ヘネカちゃん特製のミラルゴ風肉まんは下ごしらえが命なんだからぁ」
「アーヴの店のほうは、試験休みだというケイドに番をさせてるからいいとして……いつまで続けるんだ?」
「よくぞ聞いてくれましたぁ! 少しばかりうまくいったからといって、驕ってはイケナイというのが商売のヒケツだと、ヘネカちゃんは思うのでぇす」
「ふむ、それは確かに」
「ヘネカがこないだ本を読んで、『わかったのよう』って叫んでたのでーす。後ろから覗いたら、今ヘネカが言ったのと同じ言葉が書いてありましたー。うきゅ」
「なんだ、パクリか」
「んまー! サテ! 覗き見したのね!」
 こほん、と咳払いをして、蜂蜜色のお下げを揺らしながらヘネカが続けた。
「それはともかーく! この10日で肉まんの売り上げはたくさん貯まったのよう! ヘネカちゃんの目標金額まであと少し! 明日で多分、目標金額が貯まるのでぇす!」
「目標? そういえば、最初から何か言ってたな。ヘネカは何が欲しいんだ?」
「ヒミツなのよう!」
「ヘネカはいつも教えてくれないのだー」
「で? 幾ら貯まったんだ」
 集金用の壺を覗こうとしたクーナの動きはヘネカに遮られた。
「とう! ダメなのよう、クーナ! これはおねーさんであるヘネカちゃんが管理するのでぇす」
「ヘネカ……」
 にやり、とクーナが笑む。
「……何なのよう、その目は」
 うきゅきゅー、とサテは何事かを口ずさみながら、屋台の後かたづけをしている。
「ヘネカ。まさか忘れてはいないだろう? あたしらに手伝い賃として、売り上げの1割ずつを渡す約束だ。だからあたしにだって、その壺を覗く権利はあるのさ」
「むは? な、なんなのよう、それは! ヘネカちゃんは知らないわよう! 1割って……えーと、1割って何%かしら。で、で、でも、ここから幾らか差し引かれたら目標金額に足りなくなっちゃうのよう!」
「なぁに、また稼げばいいじゃないか」
「ダメなのよう! 明日の夕方までに金額を揃えて持っていく約束なんだからぁ!」
「だから、その約束ってなんだ。そして目標金額って?」
「だからヒミツなのよう! それに、手伝い賃を渡す約束なんてしてませぇん! サテもクーナもヘネカちゃんの妹なんだから、おねーさんを手伝うのは当然なのよう!」
 その2人の言い合いに、口を挟んだのは、いつの間にか片づけを終えたサテである。
「はーい。あたいも知ってまーす。ヘネカは手伝い賃を払ってくれるって言ったのだー」
「んまーっ! サテまでも! ヘネカちゃんがいつそんなこと言ったのよう!」
「えっとねー。屋台を始めまーすって言って、せーこーきがん(成功祈願)で3人でお酒を飲んだ晩ー」
「は。あの晩は……クーナが随分とヘネカちゃんにプルティーを薦めて、薦められるがままにヘネカちゃんはどんどんと飲んで……気が付いたら次の日の朝で、ヘネカちゃんは記憶がなくって……むはーっ! ヘネカちゃんぴーんち!!」
 何かを思いだしたのか、金の入った壺を抱えたまま、ヘネカがおろおろし始める。
 勝ち誇ったようにクーナ。
「ふふん。その時に言ったんだ。手伝い賃は1割でいいな?と確認した時に、『いいわよう、どんときなさぁい!』って。サテも聞いたろう?」
「うきゅー。あたいも聞きましたー」


 がくり、とヘネカがその場に膝をついた。
「んのぉー! もうこれで夢は破れたのよう! 明日までに1980ガメル、耳を揃えて持っていく約束がぁ!」
 それを慰めるように、クーナがぽんとヘネカの肩に手を置いた。
「なぁヘネカ。あたしらだって鬼じゃない。姉妹じゃないか。ヘネカがそのヒミツを教えてくれれば、協力するにやぶさかじゃあない。なあ、サテ?」
「うきゅ。楽しいことなら協力するのだー。やぶさかー。やぶとさかー」
「……ホントに?」
「ホントだ」
「ホントなのだー」
 ガメル銀貨の詰まった壺は想像以上に重い。その壺を膝の上から地面へと移動させ、石畳の上に座り込んだまま、ヘネカは口を開いた。
「…………『サルドヴァビッチョの鍋』なのよう」
「……なんだ、それは?」
「サルー?」
「古代王国期の伝説の料理人が魔術を付与したと言われる鍋なのよう! その鍋で作るスープは王宮料理人の作るスープよりも美味しくなる魔法がかかっているのよう! ヘネカちゃんはそれを見つけたのでぇす!」
「そのサルサルビッチの鍋とかいうのを?」
「サルサルー」
「違うのよう! サルドーバビッチの鍋なのよう!」
「違うぞ」
「サルだけあってるのだ」
「ともかくその鍋が、先月の妖魔通り蚤の市で売ってるのを見つけたのよう! 2000ガメルって言ってたのを、1980ガメルにまでまけさせたのよう! ヘネカちゃんナイスですぅ! 明日の夜までに1980ガメル持ってくるなら売ってやるって言われてたのよう! そうしないと、王宮の人が買っていっちゃうってー!」
 ぐるんぐるんと、蜂蜜色のお下げがまわる。
 そのお下げを避けながら、クーナがふと小首を傾げた。
「……ヘネカ。それは先月、アーヴにねだって、『……偽物』と一言で断じられたやつじゃないのか?」
「そういえばその次の日からなのだ。ヘネカがグレに古い屋台を修理してくれるようにおねだりしてたのは」
「そう! そうなのよう! だからヘネカちゃんは自分で稼ごうと思ったのでぇす! グレに屋台を提供させ! ケイドを通じて、ケイドのおにーさんに、この広場で屋台を出す許可をもらい!」
「……アーヴのところに来ていたラスに下ごしらえまで手伝わせてたな」
「目の下にクマさんがいたのだ」
「あんたたち、妹なら、おねーさんの野望に協力するのよう! サノバビッチの鍋があれば、スープ屋さんが開業出来るのよう! それほどの美味なら、お客さんが途切れることはなし! アーヴの店の隣に、もっと大きなお店が作れるのよう!」
「……ヘネカ」
「うきゅ。サルでもなくなったのだ」
「料理人の夢! 憧れ! これでオランの料理界はヘネカちゃんが牛耳れるんだからぁ!」
 床に置いたままの壺を抱きしめたヘネカには構わず、クーナはその蓋をとり、中からガメル銀貨を掴みだした。
「……まぁ、約束は約束だ。貰っていくよ、1割。それから、明日からは手伝えないからな。ちょっと仕事が入ってるんだ」
 サテもそれに続く。
「うきゅ。あたいも貰っていきまーす。1割ってー……えーと、175ガメル? あたい、計算できましたー。あたいも明日はキアと一緒にピクニックに行くのだー」
「むきー! あんたたちぃー!」
 お下げが天を衝くのにも構わず、クーナとサテは銀貨を数えながら家路についている。
「サテ、そのピクニック、あたしも行っていいか」
「うきゅ、クーナ、お仕事はー?」
「なぁに昼前で終わるさ。終わり次第合流するよ。キアの弁当は美味いからな、逃す手はない」
「じゃ、待ってるのだー。郊外の森の、1本杉の根元でお昼ご飯の予定でーす」
 遠ざかる妹たち2人の背中に向けて、ヘネカが叫んだ。
「あんたたちぃ! 明日っからおやつ抜きなのよう!」

 草原妖精にもひけるようにバランス良く作られた屋台は、車輪の具合もよく、1人で引きずったとしてもさほど重くはない。けれど、その日の屋台は、ヘネカにはひどく重く感じられた。
「うぅっ……うっうぅぅっ……ヘネカちゃんは諦めないんだからぁ! こうなったら、ロビンを脅して、ロビンにあの鍋を買わせるのよう!」
 ──ヘネカの野望は続く。


■ あとがき ■

登場人物の並び順は、一応、年の順にしておきました。
ロビンさん、買ってあげてください。ヘネカがカワイソウなので。


この作品の感想をお寄せください
うゆまさんの感想 (2006/7/05 4:26:42)[4]

グラスランナー三人寄れば・・・?
いやはや、グラスランナーもそれぞれなんですなぁ。
野望が可愛いというか、何とものほほんとした気分になります。
あつしさんの感想 (2006/5/21 1:54:54)[3]

ヘネカの必死な様、面白く読ませてもらいました。野望成就のためにロビンまでも利用するなんて・・・ヘネカ、恐ろしい子・・・!
琴美さんの感想 (2006/5/14 21:31:41)[2]

なんとも微笑ましく愛らしいお話なのですが、ヘネカの企画力・行動力と騙されっぷりが相反しててちょっと泣けました。がんばれヘネカ。サテ・クーナの両人も飄々としていてステキでした。
Ken-Kさんの感想 (2006/5/14 3:11:31)[1]

以前に「ミラルゴ料理の屋台を出したら……」という話を何人かの方々としたことがあったのですが、思いがけない形でそれを実現してもらいました。出店するためのテコ入れに奔走するヘネカの姿が想像できてなんとも微笑ましかったです。お鍋が本物であったなら、二人に協力してもらえたんでしょうけどねー。これにめげず、がんばってもらいたい。
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