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題名 【競作企画】待てば甘露の日和あり
登場人物 スカイアー ブーレイ
投稿者 U-1
投稿日時 2006/5/18 23:48:08


「……来ねえな」
 男が呟いた。
 その声には何の感慨も無い。
 ただ、
『待ち人が約束の刻限を過ぎても来ない』
 その事実を呟いただけである。

 チャ・ザ神殿の前にある広場だった。
 暁闇とも言うべき時刻である。
 人気は、ほとんどないと言って良い。
 稀に神殿へ向かう敬虔な在家信者が、通り過ぎるくらいだ。
 無論、彼らの目的は、あくまで神殿である。
 広場にも、そこに据えつけられたベンチにも、用はない。
 少なくとも、今、この時間は。

 そのベンチに男は腰掛けている。
 神殿からも、通りからも、等しく離れた奥まった場所だ。
 背を曲げ、自身の太腿に頬杖をついて座っている。
 もし、口の悪い知人がこの場にいれば、
『もう少しして太陽が昇れば、眩しくなるな』
 と、彼の『頭』を見ながら揶揄するかもしれない。
 ブーレイである。
 “形見屋”とも呼ばれ、それが生業でもあった。

「……来ぬな」
 と、連れが、ブーレイの呟きに応じた。
 こちらの声にも抑揚らしいものは皆無である。
『事実をただ在るが侭に呟いた』
 そういった風情である。
 ブーレイの座るベンチの脇に黙然と立っている男だった。
 といっても、ブーレイの隣ではない。
 二、三人が座れるベンチの左端にブーレイは座っている。
 連れが座るだけのスペースは、その右にあるのだ。
 にも関わらず、連れの男はベンチの右脇に立っている。
 そして、ブーレイを顧みることもなく通りを見ていた。
 スカイアーである。
 隙の無い、それでいて自然体という立ち姿であった。

「どうする?」
 と、ブーレイは、問いかけない。
 待ち人が来ないのだから、そう続けても不思議ではない。
 事実、ブーレイは、内心、
(馬鹿馬鹿しい)
 と、思っている。
(待っても無駄だろうに)
 と、スカイアーにも、自分にも、そう悪態をついている。
 約束の時間を過ぎているのだ。
 何らかの事情で来れないと見極めても差し支えないだろう。
 けれど、スカイアーは、身じろぎもせず待ち続けていた。

 ブーレイは、約束が嫌いである。
「必ず帰ってくる」
 そんな約束の安売りをした奴らの後始末を幾度もしてきた。
「約束したのに」
 そう言って泣き崩れる依頼人を幾人も見てきた。
「出来ねえ約束をするなんざ、馬鹿のするこった」
 そう思っている。
 思っている以上、自分がした約束は、守る。
 だから、待っているのだ。
 無駄だろうとは思いながらも。

「来ねえかもしれねえな」
 と、ブーレイは言わなかった。
(言ったところで、な)
 それもまた無駄なのである。
「約したのだ」
 と、スカイアーが短く答えて終わりだろう。
 そもそも、人を待つというのは、不安との葛藤だ。
『何故、来ないのか』
 という疑問がわき、
『なにかあったのだろうか』
 という心配になり、
『来ないかもしれない』
 という不安が時間と共につのる。
 そして、絶えず、それを繰り返すのだ。
 つまり、心が揺らぐのである。

(そんなタマじゃねえよな)
 と、ブーレイは思う。
 スカイアーの胆力が尋常でないことは、百も承知だった。
 でなければ、あの剣の冴えは身につかない。
(どんだけ、待つつもりなんだ?)
 という疑問は、ないでもない。
 だが、その問いかけもおそらく意味を成さないであろう。
「さて……な」
 と、スカイアーは他人事のように答える。
 そんな気がした。
 第一、何時何時まで待っているという約束は、していないのだ。
『夜明けにチャ・ザ神殿の前にある広場で……』
 と、約束は、それだけだった。
 ブーレイは、その約束の結果を見届ける。
 そう、スカイアーと約束していた。
(奴さんが諦めるまで……か)
 果たして、そんな時が来るのだろうか。
 スカイアーは、依然として毛筋一つ動かさない。

「次の機会を待つとしよう」
 と、そんな事を言い出す男でもない。
 スカイアーの半生が、それを否定していた。
 ブーレイとしても同感である。
『次の機会』
 そんなものがある保障は、どこにもないのだ。
 特に生業が、生業である。
 明日をも知れぬ……と、俗に言われる稼業だ。
 明日どころか、夕暮れには鬼籍に入るかもしれない。
 死とは、彼らにとって遠いものではないのである。
 むしろ、背中合わせに自分と寄り添っているのだ。
 普段は見えずとも、常にそれは在る。
 そのことが嫌というほど二人には、わかっていた。
(……かと言ってな……)
 と、ブーレイは思う。
 延々とこのままというわけにもいかないのだ。
 一生、この場で待ち続ける。
 それは、それで、
(馬鹿のするこった)
 と、思う。
 スカイアーとしても、そんな子供染みた意地はないだろう。
 だから、いずれは見切りをつけるはずだった。
(……いや。違うな)
 今後、諦めるのではない。
 すでに諦めては、いるのだろう。
 それも約束の時間を過ぎた時にではなかった。
(約束をして、で、別れた時点で)
 すでに諦めているのである。
 ある意味で、その別れが最後だと。
 約束は、守られないかもしれないと。
 ブーレイにもそういうところが、ないでもない。

 若い頃は、そうでもなかった。
 それこそ、右も左もわからない駆け出しの頃である。
 人並みに自分の技量に驕った時期も互いにあっただろう。
 人の訃報に触れて、それから悔やむ。
 もっと語らっておけば良かった。
 もっと共に過ごしておけば良かった。
 そう悔やむ。
 そういった人並みの心を持っていた時期である。
 歳を重ねる毎に、それでは遅いのだと知った。
 無論、去りし友を懐かしむことは、今でもある。
 けれど、訃報に対する動揺が若い頃とは違っていた。
「ではな……」
 スカイアーが、そう言って酒席を立つ時。
「じゃあな……」
 と、ブーレイが、場を去る時。
 その言葉の余韻には、想いがあった。
 これが今生の別れかもしれないという想いである。
 なればこそ、彼らは訃報に動じないのだ。
 すでに別れは済ませている。
 死が、身近なものだと知っているから。
 運と技量に恵まれなければ、その場限りなのだ。
 それが、当然の稼業である。
 訃報に触れれば悼み、悲しむかもしれない。
 けれど、悔やむことは、そう多くはなかった。
 悔いたり、惜しんだりは、ほとんどない。
 そういう想いが残るような付き合いはしないのだ。
 出会い、語らう、その時々が、一期一会なのである。

(……と、すると……)
 どういうつもりなのだろうか、とブーレイは思った。
 未練がましく待っているのとは、事情が違う。
 どうして良いかわからずに困惑しているというのでもない。
 なにも出来ず、最後に自分を頼ってくる依頼人たちとは違うのだ。
 説教がましく忠告しなければならない相手ではない。
 スカイアーである。
 彼には、彼なりの理屈があって待ち続けているのだろう。
 いちいち、それを問い質すのも馬鹿げた話だ。
 聞いてみて納得できなくとも待つしかないのである。
 それが、スカイアーとの約束なのだから。
(……結局)
 待つしかないのだ。
 スカイアーが、それを止めるまで。
(我ながら、馬鹿馬鹿しい約束をしたもんだ)
 と、ブーレイは、そう思いながらも無言で来るべき時を待った。

「昔、聞いた話だが……」
 と、スカイアーが唐突に言い出したのは、日が昇りきった頃である。
 広場にも徐々に活気が出始めていた。
 自然と周囲には声や音が聞こえるようになっている。
 けれど、二人は一言も交わさずにいたのだ。
 その沈黙を前触れもなく破ったのである。
「騎馬隊より徒の方が、伏兵に対し易いそうだ」
 そう、スカイアーが続けた。
「そりゃ、そうだろうさ」
 と、応じながらも、ブーレイにはスカイアーの意図が読めない。
「馬は急に止まったり、向きを変えたりできねえだろうしな」
 どうでもいい話に相槌を打つ風でブーレイが言う。
 姿勢は、そのままである。
 依然としてあらぬ方を見たまま口だけで答えた。
「それも一理ある。だが、そればかりではない」
 と、スカイアーも前を見据えたまま続ける。
「騎馬隊は、当然ながら人と同数の馬が居る」
「そりゃな」
「だが、思考するのは人だけだ」
「だろうな。角が生えてりゃ別らしいがよ」
「不測の事態に対して、徒は全員が思考する。生き残るためにな」
「大将の下知もお構いなしにか?」
「それは、指揮する者の器量次第と言えるだろう」
「そりゃ、騎馬隊だろうと一緒だろうよ」
「否。当然ながら馬は人語を解さない。故に遅れが出る」
「騎手が盆暗なら、そうなるだろうな」
「手練れの将とて、自身が動くほど早くは馬を動かせまい」
 ましてや、不意を衝かれた混乱の中では。
「さらには、覚悟が異なる」
「覚悟?」
「そうだ。人は覚悟を決められる。だが、馬は右往左往するだけだ」
 そこのところが決定的に違う、とスカイアーは言う。
 確かにその通りだ、と思いながらもブーレイは考えた。
(なんだって急にそんな話を始めやがったんだ)
 待ち人が、遅れてることを擁護しようとでもいうのだろうか。
 だが、相手が、スカイアーだというのが、それを否定した。
(なら、暇つぶしの雑談か)
 それも無さそうな話である。
 ずいぶんと黙って待っていたのだ。
 痺れを切らした風でもないのだから、暇をつぶすもなにもない。
 結局、ブーレイは、考えるのが面倒になった。
「なんだって急にそんな話を始めやがったんだ?」
「なに」
 と、スカイアーは、短く言って軽く笑う。
「不測の事態に覚悟を決め、正しく対処できることこそ人間の美点だという話だ」
 さっぱり要領を得ない。
「つまり?」
「お前が来ないだろうと思っていた男が来たぞ……と、そういうことだ」
「なんだと」
 ブーレイは、思わず声を荒げた。
 スカイアーの横顔を見、次いでスカイアーが視線を向ける通りを見る。
 確かに待ち人が、この広場に入って来ようと急いでいた。
「来やがったか……」
 呆然としながらブーレイが呟く。
「つまり、賭けは私の勝ちということだな」
 淡々とスカイアーが言った。
 言って、目元に浮かんだ笑みをそのままにブーレイの顔を見る。
「ちょっと待て! そりゃ話が違うだろうが」
 ブーレイが、猛然と抗議の声を上げた。
「賭けは“来る”か、“来ぬ”か……だったと思うが?」
 スカイアーは、微笑みを湛えたままブーレイに告げる。
「おいおい。いま、いったい何時だと思ってんだ?」
 約束の時刻は、とうに過ぎている。
「時間通りに来てねえんだから、その理屈はおかしいだろう」
「だが、賭けの約定は“来る”か、“来ぬ”か……それだけだ」
 “時間通りに”という条項は無かった。
 スカイアーは、それを言っているのである。
「あのなあ……」
 ブーレイが、ため息混じりに反駁しようとしたのと、
「守れぬ約定を交わす者は、なんと言ったか」
 そう、スカイアーが呟くのとが、同時だった。
「…………」
「古人曰く…人。馬、鹿に非ざれば…だな。今宵の酒手は、そちら持ちだぞ」
 約束通りにな、とスカイアーは言って歩き出した。
 その背中が無言のままに、
「人間、覚悟が肝要だぞ、ブーレイ」
 と、言っているようにブーレイには思える。
「くそっ」
 半眼で悪態をつきながらブーレイも立ち上がった。
(場所が悪かったか)
 と、ブーレイは恨めしそうに神殿を顧みる。
 チャ・ザは、交流を阻害する感情や事象に否定的だという。
「くそっ」
 ブーレイは、もう一度悪態をついて歩き出した。
 その表情と風貌は、人を寄せ付けない威圧感を持っている。
 どう考えても、チャ・ザの加護が得られるとは、思えないのだ。

 ブーレイは、約束が嫌いである。
 そして、ますます嫌いになりそうだった。


■ あとがき ■

冒険してしまいました。
最近、傾倒してるジャンルに似た作品を書いてみたくて、お二方を書かせて頂きました。両PL様、ごめんなさい。
しかし、誰を待っていたんでしょうね(ォィ)


この作品の感想をお寄せください
うゆまさんの感想 (2006/7/05 4:24:29)[3]

うーん、両人の会話・雰囲気の濃さには思わずしびれつつ、読み終えて笑みが浮かんでしまいました。
スカイアー氏の渋い笑みと言葉にブーレイ氏の困惑する状況が目に浮かびます。
琴美さんの感想 (2006/6/16 22:05:13)[2]

約束は独りではできない。その向こう側の人を思うからこそ、成り立つもの。
ブーレイ氏は何だかんだ言ってもチャ・ザの祝福を受けているように思えるのは気のせいでしょうか(笑)
Ken-Kさんの感想 (2006/5/20 23:11:36)[1]

某ジャンルの大家を想わせる筆致に、筆者氏のブームを垣間見ました。
それにしてもスカはとんだソフィスト、チョイ悪オヤジであります。ブーレイは災難だったなあ。
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