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題名 【競作企画】川床のある店
登場人物 ラス ファントー
投稿者 松川 彰
投稿日時 2006/6/16 13:19:01


「ねぇ、ラスー。聞きたいことがあるんだけど」
 夕刻、仕事から帰るとファントーにそう言われた。見回すとカレンの姿はない。
「カレンは夜勤か? で、聞きたいことって、晩メシのメニュー?」
「そうじゃないよ。カレンが夜勤なのは確かだけど、オレが聞きたいのは別のこと。最近、ラスは仕事が忙しくてちっとも修行に付き合ってくれないじゃないか。……えっと、オレ、ノームやシルフを呼び込むのは割と成功するんだけど、どうしてもサラマンダーが苦手でさ……」
 夕食のメニューに迷っていたのも確かなのだろう。台所で食材を整理しながら、ファントーが言う。
「馬鹿。おまえももう、精霊使いとしちゃそこそこ一人前だろうに。そういうことは俺に聞かずに精霊に聞け」
「でもラスはオレの師匠じゃないか」
「……まあな」
 さて、どうするかと少し考えて……すぐに思い付いた。
「ファントー。メシの支度はしなくてもいい。今日は外で食おう。おまえの知りたいことも教えてやれるかもしれない」


 俺の家から、港湾地区を抜けて盗賊ギルドのある方角へ。ハザードに架かる橋の傍にある“麗しの我が家”亭を横目に見て、橋を渡る。そのまま大通りを、俗に太陽丘と言われる高台へ上っていけば、その先にはエイトサークル城がある。
「うわー。オレ、こっちのほうに来たのって初めてだ。まさかお城に行くの?」
「ンなわけあるか。黙ってついてこい」
 橋を渡った後、丘には向かわずに川沿いの道を南へ下りていく。ちょうど、港湾地区を川向こうに見る位置に、その店はある。
 店の名前は“木陰のせせらぎ”亭。俺たちが良く行くフランツの店も木造だが、この店も木造だ。石造建築が多いオランには珍しい。
「へー、ここも木造なんだね。珍しいや。あ、でもオレ、お酒は苦手だから酒場ってあまり来たことないけど。えーと、木陰、の……せせらぎ?」
 店の看板を見てファントーがたどたどしく店名を読み上げる。会話に不自由はないが、山で育ったこともあって、共通語の読み書きはあまり慣れていない。
「ここは、木造だってことよりも珍しいことがあるぜ? この店には川床があるんだ」
「川床? なにそれ?」
「入ってみればわかるさ」

 店内はいつも通り、幾つかのテーブルが埋まっている。
「あら、ラス。久しぶり。今日はお連れさんがいるのね。……なぁに、宗旨替えでもしたの? そんな可愛らしい男の子連れて」
 カウンターの中から女店主が冗談交じりの声を掛けてくる。女店主は俺と同じ、半妖精だ。
「前に言ってただろ。コレが弟子だよ。……テラスはあいてるか?」
「ああ、そう。それが噂の。ええ、あいてるわよ。好きなところに座って」
 女店主──アゼリア──に適当に酒と食事を注文して、亜麻布で仕切られた店の奥へとファントーを連れて行く。
「え、ラス、そっちは裏口じゃないの? だって、外が見え……」
 ファントーの声が途中で止まった。
 この店には、川の上に張り出したテラスがある。ハザードの流れの中に、この店では唯一の石造部分である柱を数本建てて、その上に桟敷席を作っている。こういう造りを川床というのだと教えてくれたのは、俺がオランに来て間もない頃に知り合った精霊使いだ。
「へー! ここ、気持ちいいねー。河原に生えてる木が木陰を作って……そっか、それで“木陰のせせらぎ”なのか」
 さすがに真冬の間はテラス席を閉めきるが、春から秋にかけて、特に初夏の頃はこの席が一番気持ちがいい。あまり大きな店じゃなく、2階にある宿泊用の客室もそう数は多くないが、この店は常連客を多く抱えている店だ。

「ねぇ、ラスー。でもさ、オレが聞きたかったのはサラマンダーの……」
 席についたところでファントーが思い出したように少し口をとがらせる。
 そこへアゼリアが酒と食事を運んできた。料理はハザードで獲れた川魚が中心。俺はいつものように火酒。酒の苦手なファントーには檸檬水に蜂蜜酒を垂らしたもの。
 俺たちの卓にそれらを並べ終えて、アゼリアが周りの常連客に声を掛ける。
「ねぇ、みんな。この子、噂の彼ですって。ラスのお弟子さん」
「え。あ。オレのこと!?」
 アゼリアの声に反応した周りの奴らが一斉にざわめき始める。中には好き勝手なことを言い出すやつもいる。

 ──ああ、彼が噂の。
 ──ラスのところに弟子入りするなんざ、気の毒としか言いようがねえな。
 ──君はラスのようにはなるんじゃないぞ?
 ──虐められたら、あたしに言うのよ。お姉さんがこらしめてあげるから。

「あ。あの。ファントーです! よろしく!」
 方々からかけられた声に戸惑いながらも、ファントーが立ち上がって頭を下げる。あちこちから、杯を鳴らす音で応えられた。
「……とにかく、座れ。ファントー。説明すっから」
「あ、うん。ここのお店って、みんなラスの知り合いなの?」
「それもそうだが……この店は少し変わっててな。店の造りだけの話なら、この川沿いには幾つか同じ造りの店はある。ただ、ここはさ」
「わかった、さっきのお店の人が、ラスの知り合いなんだ。綺麗な人だもんね」
「いいから聞けって。ま、確かにアゼリア……ああ、さっきの女店主な。彼女も知り合いだけど。同じ半妖精だからってわけじゃない。この店は、精霊使いが集まる店なんだ」
「……え?」
 火酒を口に運ぶ。その俺を見て、ファントーも思い出したように自分の飲み物に口を付ける。
「つまりさ、街ってのはいろいろと“場所”があるだろ? いつも行ってるフランツの店は冒険者が集まる店だ。ああいうタイプの冒険者の店は、オランには数え切れないほどある。じゃあ例えば、冒険者としてというよりも、それぞれの専門の奴らが集まる場所って? 他にどれだけある?」
「えっと……ラスやカレンが行くギルドとか。あと、神殿は神官が集まるところだよね。魔術師や、調べ物が得意な人は三角塔に行くし……」
「戦士はマイリーの訓練所や傭兵ギルドで交流することが多いみたいだな。それに規模は大きくないが、野伏のギルドもあるだろう。狩人たちが情報交換をするところ」
「うん、前にユーニスに連れてってもらったよ。狩人たちが良く行く酒場とか食堂も教えてもらった。それに、皮や肉を売りに行けば、狩人の情報は集まるし」
「じゃ、精霊使いは?」
 そう尋ねた俺に、ファントーがふと首を傾げる。
 テラスの床下からは川のせせらぎの音が聞こえる。ハザードを挟んで正面には、港湾地区。あのあたりはちょっとした繁華街にもなっている。その幾つかの店では外灯を灯し始めたらしい。ちらりちらりと、それが川面に映って光り始めた。
 遠く、パダの方角に夕陽が沈んでいくのが街越しに見える。東の空はまだ青みを残しているのに、西の空は黄昏色に染まっている。そしてそれらが混ざり合った空の色を忠実に映すハザードの川面。
 川というのは、幅が広くなるに従って流れは緩やかになる。時折、川底の地形で急流を作り出すことはあっても、岸に近い川縁では、優しい流れになる。
 水はけを考えてか、テラス席の床板は、わざと隙間を残して貼られている。視線の角度によっては、時折その隙間を通して川の流れが見える。
 俺にとっては、精霊界からの力の流れをイメージさせる、この大きな川の流れ。それが見えるこの席は気に入りの席だった。

「そっか……精霊使いって、例えば雑木林とか河原で修行することはあっても、街の中で集まるところってあまりないよね」
「エルフの森や、おまえがいた山の中では必要ないだろうな。住んでいる場所そのものが修行出来る場所になる。街に独特のものだと思うが……特にこういう大きな街だと、こういう店の種類にも幾つかある」
「え? どういう種類?」
「異種族を許容出来るか出来ないか、かな」
「……えーと……」
「わからないか? まぁ、おまえは俺を見てるからな。それに、他の職業だとこういうことも少ないんだろうが。つまりさ、精霊魔法ってのはもともと妖精の魔法だ。主に森妖精のな。そして、大概の森妖精は半妖精を忌み嫌うものだ。逆に半妖精の側も、森妖精を嫌う奴が多い。……ま、俺も人のことは言えねえが」
「……それじゃ、そういう人たちがかち合わないように、店が分かれているって……そういうこと?」
「そうだ。まぁ、街に住む半妖精には、人間を嫌う奴は少ないから、言い換えれば、半妖精が行く店と行かない店、としたほうがいいかもしれないな。半妖精ってのはちょっと微妙でね。森妖精に嫌われたり、森妖精を嫌ったり。更には、半妖精を嫌う人間ってのも実は意外と多い」
「へー……そう、なんだ……」
「でも、俺を見てわかるように、精霊使いの道を選ぶ半妖精も多い。おまえは人間だから、半妖精が行かない店に行っても何の問題もないだろう。周りから話を聞くにはサンプルが多いほうがいいからな。両方の店に行っていろんな話を聞くといい」
「そっか……うん、そうしてみる。街ってさ、なんていうか……すごいね」
 少し冷めた料理を、ファントーが自分の皿に取り分ける。それを口に運んで、料理もいろいろあるし、と付け加えた。

「おまえさ、今年の秋までには、街に残るか山に戻るか決めなきゃって言ってたろ」
「……うん」
「だから、街のいいところも知っておけ。判断材料になる」
 うん、ともう一度頷いて、ファントーは店の中を見渡した。
 アゼリアが居るカウンターは、川沿いの道に面した入り口の傍にある。普通の冒険者の店と同じように幾つかの掲示板があって、テーブル席もあって。そして、俺たちがいるテラス席がある。
 夕陽は川向こうの街並みにすっかり姿を消した。このテラス席の隅にあるランタンにも火がいれられた。この店の照明はごくささやかだ。各テーブルにある燭台と、通路にある幾つかのランタン。店自体はやや薄暗い印象だが、客の殆どが精霊使いというこの店では、それを不自由だと訴える客もいない。
「こういう大きな街だと、集まる人間も多い。……人間に限らず、妖精もな。そして、なんだかんだ言っても、やっぱり精霊魔法に一番通じているのは森妖精なんだ。秋までに、街を選ぶにしろ山を選ぶにしろ、森妖精に直接、精霊魔法のことを聞けるチャンスは大事にするんだな。この店ならそれが可能だ」
「この店は、ラスが来るってことは……そして、アゼリアさん、だっけ。あの人も半妖精だよね。ってことは、この店にくる森妖精は、異種族を嫌わないってことなんでしょ?」
「ああ。実際、俺の馴染みの森妖精も何人かいる。……精霊魔法ってのはさ、おまえももうわかってるだろうが、個人差が大きいんだよ。感じ方や使い方、それに対する考え方もな。古代語魔法のように理論があるものでもない。だから、おまえの疑問に俺が答えられない時、この店の客が答えられるかもしれない。俺が答えられた時でも、同じ疑問を違う奴にぶつければ、違う答えが返ってくるかもしれない。その中で、おまえが納得するものを選べばいい。そのどれにも納得出来ないなら、おまえ自身の答えを選べばいい。この店なら……街なら、それが出来る」
「オレ……オレも、ここの一員になれるのかな」
「この店に限ったことなら、俺の名前を出せ。そうすれば、ある程度の信用は得られるさ。ただ、それ以外の店に行くなら、それはおまえ自身の器量で行け」
「うん。わかった。……ラスはやっぱり、師匠だね」
「あたりまえだ。……さぁ、メシを食ったんなら、向こうで手ぐすねひいてる奴らに揉まれてこい。新人歓迎の儀礼が待ってる。この店なら、認められさえすれば精霊使い向けの仕事も請けられるし、おまえの疑問への答えを持ってる奴らも多い」
「うん、オレ、行ってくる!」

 カウンター付近では、アゼリアを含めた数人がこちらを窺っている。ファントーが席を立った途端にアゼリアが手招きをして、空いているカウンター席を指し示した。

 ──ラスと一緒に住んでるんだっけ? こき使われてない?
 ──へぇ、山の民か。以前会ったことあるよ。
 ──火の精霊が苦手だって? ああ、そういえば同じこと言ってたエルフがいたなぁ。
 ──あたしは逆にノームが苦手なのよねぇ。こないだ、つぶての魔法を使ったらみごとに失敗しちゃって。
 ──俺なんかこないだ、精霊使い向けの仕事だって言われて行ったら、春先の湖に潜る羽目になったぜ?
 ──そういう時は、仲間に水中呼吸かけて仲間に潜らせればいいのよ。

 カウンターから漏れ聞こえる会話と、川面に映るちらちらとした灯りを見ていると、この街に来たばかりの頃を思い出す。俺にこの店を教えてくれたのは、たまたま別の店で一緒に酒を飲んだ精霊使いの人間だ。この川床の席に座ると、風が渡る。風は季節の香りを運び、街の匂いを運んでくる。精霊の力と言えば、森の中や山奥を想像する者も多いが、街にだって精霊は溢れている。それを感じさせてくれるこの席が気に入っているとその人間は言っていた。
 精霊使いのやり方というのは千差万別だ。ファントーが俺と同じやり方とは限らない。それに気付いた時の疑問に、この店なら答えてくれるだろう。
 街ならではの、こういう店の存在を知って、街も悪くないと奴が思ってくれるならいい。結果、ファントーが山に戻ることを選んだとしても、この店で得た知識は、決して無駄にならない。
 ああ、そうだ。とふと思った。
 ファントーも最近は、いっぱしの冒険者だ。まだ一人暮らし出来るほどには収入は安定していないが、幾つか仕事を請けることも多くなった。俺とカレンが2人とも留守をする時には、犬猫の世話はファントーに頼んで出かけていたが、そんなファントーにも急ぎの仕事が入ることもあるかもしれない。そんな時の連絡用に、家に小さなボードでも用意しておこうか。いざという時は、他の仲間や友人、あの家の大家の婆さんにでも犬猫の世話は頼める。ボードがあれば、そこに伝言を残せばいいわけだし……。

 手元の杯が空になり、2杯目を頼もうとカウンターを振り向くと、ちょうどアゼリアが笑ったところだった。
「でもラスって我が侭でしょう。世話大変じゃない?」
「うーん、好き嫌いが多いのは困るかなー」
 ……聞こえてるぞ、ファントー。


■ あとがき ■

大きい街ならこんなのもアリかなーなんて妄想。


この作品の感想をお寄せください
うゆまさんの感想 (2006/7/05 4:16:27)[3]

河の上っていうお店、こういうのもいいですね。
そして精霊使いたちの集う場所としてというのも魅力的。
そこで交わす師弟の会話もまた良いです。
琴美さんの感想 (2006/6/16 22:19:02)[2]

街もまた生物の営みを受け止める世界の一部。精霊使いの眼から見た街ならではの交流と、ひとの手の及ばぬ雄大な流れをひとところに見ることの出来る「川」を題材にされたのがひたすら感服です。此岸ではなく、橋を渡った対岸に店を設けたあたりも好みでした。師弟のありようがまた、良かったです。
Ken-Kさんの感想 (2006/6/16 16:26:08)[1]

涼を感じられる雰囲気ですな。夏日の夕べを、こういうところで過ごすと最高に気持ちがよさそう。思えば、町中に精霊使いのコミュニティがあってもいいわけで、そういうところに着目してあるのが面白かったです。そして、ラスは好き嫌いを減らしましょう。
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