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題名 【競作企画】NightVision
登場人物 イル・マーゴ
投稿者 Ken-K
投稿日時 2006/7/15 16:59:01


 夜の見張りには夜目の利く者を選ぶ。優秀な警邏を擁する城砦に奇襲をかけるのは困難なことだ。
「あたしらには当てはまらないけどね」
 イル・マーゴは言うなり、構えた石弓から太矢を放った。伸ばした手の先も定かに見えぬ濃い闇の中を、物見櫓に立つ兵士目掛けて太矢は飛んだ。かがり火のそばで黒く浮かび上がった兵士の体が大きく揺らいだ。そして足を踏み外し、櫓から転げ落ちる。
「おう、当たった」
 イル・マーゴに随伴する男が感嘆する。
「これでよし。報告を頼むよ」
 イルに促され、男は坂下で待機する部隊へ駆け戻った。半時と経たず、部隊は動き出す。明け方には、この城砦は落ちるだろう。イル・マーゴはそう判断した。

 イル・マーゴが所属する「カザード」はドワーフ族のみで構成される傭兵部隊である。小規模ながら中原でも指折りの精兵として知られ、工作と夜戦における働きは極めて高く評価されている。頑健な種族であるドワーフ族に傭兵稼業を行う者は少なくないが、「カザード」のように徒党を組んでいるものは珍しい。
 レイド帝国の滅亡により、中原の騒擾は沈静化したものの、戦乱の気運は依然高い。レイドを併合し、一躍、中原の大国にのし上がったロマールを、隣国のファンドリア、ザインは警戒し、積極的に介入を試みる。夥しい数の密偵が跋扈し、三国の各地では小競り合いが頻発する。局地的な戦況ならば容易に動かし得る彼らを配下に置けば、周囲に対して大きく優位に立てる。中原の諸侯は彼らを召抱えようと競い合い、その結果、ロマールに居を構えるユード・ライアがカザードと一年の契約を結んだ。
 ロマールの傭兵としての初仕事、それが、レイド旧領の内乱鎮定であった。レイド旧領には未だ、毀壊されざる城砦が数多い。その一つに、ロマールの統治をよしとしない一党が篭城したのである。内乱が長期化すれば、呼応する者が続出するかと思われたが、叛旗の萌芽はイル・マーゴの一矢によってあえなく断たれたのである。

 城砦が陥落したその日の夕方、程近い村の酒場でエールを煽るイル・マーゴを訪ねる者があった。身なりのよい壮年の男は、地元の郷士エンダー家の者と名乗った。
「一杯奢らせていただきたい」
 男がイルの向かいに座ると、給仕が酒の入った壷を抱えてきた。
「遠慮なく」
 エールマグを空にしたイルは、給仕から酒を受け、男にも勧めた。男はかぶりを振った。
「私は酒が飲めない」
「じゃ、一人でやらせてもらうけど」
「飲みながら、話を聞いていただきたい」
「聞こうか」
「カザード随一の射手であるイル・マーゴとはあなたか」
「随一かどうかは知らないけれど、弓衆の一人ではあるよ」
「今朝方の戦にも、あなたは出陣していた」
「うん。あまり働いてないけどね」
「蜂起した一党は、国軍の奇襲に敗れたが、奇襲の切っ掛けを作ったのはあなただ」
「そうかも知れない」
「暗中、物見櫓の見張りを、ただの一矢で射倒したと聞いている」
「その通りだね」
「あなたを雇いたい」
「隊長に話を通してもらえるかな。あたしらは今、ロマール軍に食わせてもらってるんだ」
「もちろん、手続きは踏む。その前に、よろしければ我が家であなたを歓待したい」
「これを飲み終わったら行こうか」
 言い終え、イルはマグを一息に傾けた。

 村外れにあるというエンダー邸への道を歩く頃には、日は沈みかけていた。
 周囲に人気のないことを確認してから、イル・マーゴは先を行く男へ声をかけた。
「そろそろ、かかってきたら」
 イルの言葉に振り向いた男の顔には、ただならぬ殺気が篭っていた。
「エンダー家がどういうところか知らないけど、おおかた昨日の戦でやられた叛乱軍にてこ入れしてたんだろ。レイドの豪族はロマールにずいぶん搾り取られてるって話だし」
「その通りだ」
「ここの蜂起が成功すれば、地方一帯が叛旗を翻す見込みもあった。それを潰したあたしらが憎い。特に、その一番の原因であるあたしがさらに憎い」
「その通りだ」
「だから、あたしだけでも殺そうとした。薬入りの酒を飲ませて。計算通りなら、そろそろ効いてるはず」
 男の顔が驚きに歪む。
「店の人間にいうことを聞かせるくらいだ。この村じゃ顔役なのは間違いないんだろうけど」
 イルは懐から取り出した丸薬を掌で転がし、男を見る。 
「あんた、あたしらを知らなさ過ぎる。あたしらは毒に強いんだよ。そして、傭兵稼業に解毒剤は必須だ。飲むまでもなかったけどね」
 追い詰められた表情で、男は低くうめいた。
「一つ聞きたい」
「どうぞ」
「なぜ、私が曲者であるとわかったのだ」
「あんたが、あたしらとの付き合い方を知らなかったから」
 鼻を鳴らし、イルは言葉を続ける。
「あたしらドワーフは酒好きだ。人との付き合いでは必ず杯を酌み交わす。酒の飲めない奴でも、空の杯を交わすくらいのことはするんだ。あたしらを本気で雇おうとする連中は、そこのところはちゃんと調べてるもんだよ。うちの隊長はうるさいからね」
 イルはゆっくりと男に近づいた。
「ま、それは冗談で。単に、あんたの振る舞いが下手だっただけだよ」
 激昂した男が吼え、懐中から抜き身の短剣を取り出した。
 短剣の刃が、禍禍しい煌きとともにイルの体へ迫った。
 イルの体が横に流れ、男が突き出した短剣は空を切ると見えた瞬間、イルの右手と、短剣を握った男の右手がわずかに触れ合った。
 獣じみた悲鳴をあげ、膝をついた男の手から短剣が滑り落ちる。苦悶に歪んだ表情で、左の手で右の小指を押さえる。男の右の小指は、根本からあらぬ方向へ曲がっていた。
 拾い上げた短剣を懐に収めると、イルは元来た道を歩き出す。
「飲み直しだな。店も変えないと」
 イルは首を振り、空を見上げた。
 一面雲に覆われ、星がまったく見えない様子に、イルは軽く舌打ちをした。


■ あとがき ■

PCはイル・マーゴ一人だけですが、制約はクリアーしてる……と思います。


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うゆまさんの感想 (2006/8/05 21:51:29)[3]

レイドとロマールの状況下を用いつつ、ドワーフと言う種族の強みが感じられる話ですね。
イル・マーゴの言葉も、傭兵として、またドワーフのそれらしさと、射手というちょっと変わった組み合わせに改めてドワーフの印象が変わりました。

・・・ドワーフのキャラ、やってみますかなー。
松川さんの感想 (2006/7/25 2:05:55)[2]

ドワーフらしさ、ですね。
あらためて考えると、ドワーフの射手が1人いるだけでかなり有利になるんだなぁ。
イル・マーゴの言葉少なな感じも好みです。
琴美さんの感想 (2006/7/17 19:59:49)[1]

渋いドワーフ女性の、歴戦のつわものの余裕が全編に溢れていて、改めてドワーフの魅力を認識しました。
まに亭にもっとドワーフが増えて欲しいと願ってみたり。
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