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題名
【競作企画】誰にも言えない
登場人物
キア、セシーリカ、ラス、ユーニス
投稿者
琴美
投稿日時
2006/7/15 23:02:02
「とりあえず、今度作るときは必要な材料を必要なだけ器にとって他は片付けてから、味付けしたり料理するようにしようよ。そしたら味が濃くなりすぎたり、不思議なものが混入したりするのは避けられるはずだから」
「そだね、それならわかりやすいんね。入れ忘れとかもなくなるし」
「うん、やってみる。ありがと、キアさん、ユーニスさん」
「ちっと固いパンやったけど、ちゃんと綺麗に焼けてたし、スープものどにつっかえなかったし、もうちーと頑張ればおいしいのができるんよ、きっと」
ラスさん宅からの帰り道。キアちゃんとセシーリカ、私の三人は今日のお料理の反省会をしながら歩いていた。ちなみにラスさんはキッチンを貸してくださった上、試食係と言う名の生け贄もとい、ご意見番を務めてくださったのだ。カレンさんとファントーはそれぞれ仕事で遅くなり、今夜は夕食が不要だった。
きっかけは、以前セシーリカに教えたエスカベッシュがひどく酸っぱい出来だったこと。これもラスさんに試食をおねがいしたものだ。
再挑戦を期したセシーリカがマスターしやすい料理をと考えて考えた献立は、じゃが芋の冷製スープ、胡桃とチーズのパン、サラダ。
食欲のないラスさんでも、少しはお腹に入るであろうという配慮も加味したものだった。
結果は、料理の出来自体はまぁまぁ良し。パンも焦げなかったし、スープもちょっととろみが濃かったけれど、味付けは失敗してなかった。冷製は濃い目にしないとぼんやりした味になるので、うっかり調味料を多めに加えてしまったのが逆に成功に繋がったのだろう。
問題はただひとつ。ローストした胡桃と、角切りにしたチーズのほかに、黒胡椒が数粒パンに混入していたことだった。
当然ラスさんは異物に気付き、水を大量に飲み干す羽目に。
「ちょっと来い。ああ、キア、ユーニス、お前ら後片付けしとけ」
胡椒の粒を避けながら食事を終えた後、セシーリカにお説教兼料理の心構えの指導が入ったのは言うまでもない。
キアちゃんと私は、ラスさんの私室にこもった二人を見送ると、ため息をつきつつ食器の片づけをしたのだった。
「んじゃ、またねー」
分かれ道で足を止め、キアちゃんが大きく手を振ってから駆け出す。私とセシーリカは手を振り返して角を反対側に曲がる。私の宿はラスさんのお宅から一番遠かったので、セシーリカを送りがてら塒に向かう格好になった。
月の明るい夕べ。
セシーリカと肩を並べて他愛もない話をする。次に作りたい献立だの、夏祭りのことだの。
大通りを外れ、人の気配がまばらになって、西の空でふっくらと膨らみつつある輝きを見上げながら彼女の家までの道を辿る。
「綺麗な月だね」
そう呟いて、月を眺める彼女の横顔を見やったとき私の心をよぎったのは、僅かな焦燥感だった。
セシーリカは、私より一つ歳上だけれど、人の心の機微に通じたしっかりした女性だ。
キアちゃんは、愛らしい子供のような形をしているけれど、実際はラスさんと二つほどしか違わないらしい。
ラスさんは一見若々しい青年のようでありながら、年齢相応――私の父とほぼ同年齢――の深みを感じさせる。
全員私より年上なのに、恐らく私は彼らより先に逝くだろう。彼らに許された時間そのものが、私には少し羨ましかったのだ。
彼らはゆったりと満ちゆく月だ。それに対し、私はあっという間に満ちて、すぐにやせ細り消える月だ。
彼らを見送ることが出来るのは、多分こうして宿に帰るときくらい。ほんとうにこの世から去るとき、順当にいけば最初に見送られるのは私なのだ。
もうすこし、この世界を見ていたい。
もうすこし、あなたたちと言葉を交わしていたい。
もうすこし……もうすこし。すこしといいながら、勝手に伸ばす命の期限。勝手な願い。
私のような若輩者が抱くには不釣合いの、そんな願い。
けれど私は剣士であり、仲間の盾となる存在だ。いつその日が訪れるか判らない。
一緒に食卓を囲んだラスさんの外見年齢に、自分のそれが近づきつつあるということに気付いたのも、そんなことを考えた原因なのだろうとは思うけれど、己の中を過ぎ行く時間が彼らと共に居ると酷く早く流れているように錯覚させ、錯覚が焦りを生む。
ああ、いけない、いけない。
彼女から視線を外し、小さくかぶりを振って、私はもう一度前を向いて歩き出す。
なぜなら、私は知っているから。
声音の響きに、誰かのそれを見出すとき、、
ほんの僅かな癖の中に、他の誰かの挙措が伺えるとき、
たとえば料理の味に、懐かしい誰かの味付けを思い出すとき。
例え命尽きた後でも”誰か”は蘇るのだと。
蘇った面影に、生きている者は笑い転げ、呆れ、涙するかもしれないけれど。
残していく者は、時に何も残さない方が相手を苦しめないのではないかと胸を痛めることもあるけれど。
長い時間を歩むとき、絆や想い出の一つも持たないままでは、きっともっと孤独なのだと思う。
だから、私が告げる言葉は。
「今度は、豆のスープと鶏肉のチーズ焼きでも作ろっか」
私の言葉に嬉しそうに笑み返す彼女の中に、私の小さな何かが残るように。
いつか彼女が誰かに胸を張って料理を振舞うとき、私がこの世にいなくても、彼女が私を思い出さなかったとしても、ほんの少しだけ彼女の手を支える何かになれるように。
こんな自分本位で勝手な願い、恥ずかしくて神様にも言えない。
■ あとがき ■
ベタベタなネタを書いてみました。料理ネタだけに、未消化?(恥)
この作品の感想をお寄せください
小町小町
さんの感想
(2006/8/20 23:07:00)[3]
いつもうちの馬鹿がお世話になってます。
ああ、種族の違い故の、「時間」の違い。でも、共有している時間と、そこに残る思い出は同じ。最後の文を読むと、ちょっと切なくなります。
…その切なさの何分の一かはきっと、そんな日が果たしてくるのだろうかと(げふんげふん)
うゆま
さんの感想
(2006/8/05 21:44:27)[2]
寿命の違いだけはどうにもならない現実の問題。
だからこそ、今、共に生きている時間が貴重であり、そして出会っていることが素晴らしきことか。
それゆえの最後あたりの文が切なく、また優しき温もりを感じます。
そして・・・料理ネタが気になってしまいます。
うん・・・頑張ってください(誰に?)
松川
さんの感想
(2006/7/25 2:14:20)[1]
セシーリカにはもっと別のことを教えてください。
出来れば、「塩振って焼くだけ」とか「切るだけ」とか「茹でるだけ」とか。そういうのが好みです。
種族の違い故の寿命の違いというのは、確かにシリアスな問題なはずなんですが、背景に描かれている情況が気になって、それどころではありませんでした。
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