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題名
【競作企画】夏の花
登場人物
アスリーフ イオン
投稿者
松川 彰
投稿日時
2006/7/15 23:11:11
「あすりーふ?」
小さな子供のような声に呼び止められて、アスリーフは足を止めた。
夕暮れのオラン市内。窪地になった雑木林を横切ろうとした時だった。
が、見回しても人の気配はない。白い羽根のささったお気に入りの革帽子を脱いでみる。耳を澄ませて、もう一度あたりを窺おうとした時、再び声が聞こえた。
「あすりーふ? ちがう?」
声は足もとだった。小さなリスが草むらから顔を覗かせている。
「……え。ああ、おれはアスリーフ、だけど……リス?」
リスは、アスリーフのズボンの裾を引っ張り、小首を傾げている。と、見ているうちにそのリスの姿はかき消え、かわりに草原妖精のような姿が現れた。
「あすりーふ。わたし、イオン」
「イオン! イオンか! ああ、待って。えーと……裸のままじゃまずいなぁ。すぐ近くに通りもあるし」
リスの姿から、本来の姿に戻ったプーカを見て、アスリーフが困惑する。プーカには衣服を着る習慣がない。いくら季節が夏で、プーカの姿が幼い子供のように見えるとはいえ、全裸ではやはり目立つだろう。自分の服を着せようかとアスリーフが考え始めた時、プーカは再びリスの姿へと変身した。
「ふく、きらい。このほうがいい」
「ああ、そうだね。おれもそのほうがいい」
安堵の息を吐き出しつつ、アスリーフは木の根元へと腰を下ろした。イオンがその膝の上にちょこちょこと上ってくる。
「どうしたんだい? 森に何か?」
ちょうど
1年前
だったな、と思い出す。
エストンの端、オランから馬車で5日のところにある氷室の村パドマに仕事で出かけた。そしてその帰りにプーカやフェザーフォルクと出会った。
「ううん……」
迷うようにイオンは首を振り、そして、それを振り切るように再び口を開く。
「えとね、わたし、はみるのばしゃにのってきた。こっそり、かくれて」
「ハミル……ああ、あの馭者か。今年もパドマから氷を運んできたんだね」
会話は全て東方語だ。西方生まれのアスリーフには、東方人の話す東方語は早すぎて聞き取れないことも多いが、イオンももともと東方語は得意ではないらしい。互いに言葉を選びながら、ゆっくりと交わされる会話は、意志疎通には十分だった。
「それにしても、どうして街に? 君たちがあまり森の外と交流を持つのは好ましくないんじゃないのか?」
「……くろーま」
「あのフェザーフォルクが何か?」
「くろーまと、けんかした」
「喧嘩ぁ?」
「うん。わたしと、あとい、りせる、かだむ、みちでときどきあそんでた。たまににんげんとおる。いたずらすると、たのしい」
文脈から察するに、アトイ、リセル、カダムというのは同じプーカの仲間だろうと思えた。去年、森の中でイオン以外のプーカ達も何人か見かけていた。あの時は、プーカという妖精の存在についてあまり詳しくはなかったけれど、街に帰ってきてから少し調べたところによると、プーカというのは悪戯好きな妖精と言われているらしい。
「それで? そのことでクローマが怒ったのかい?」
「うん。あまりにんげんにすがたをみせると、もりがあぶないっておこられた」
しょんぼりと項垂れるリスの頭をアスリーフは指先でそっと撫でた。
1年前、偶然から訪れた森。そこは少し特別な森だったらしい。妖精界との接点が近くにあるのだろうと言ってたのはラスだったか、と思い出す。
プーカたちが戯れ、フェザーフォルクが1人、彼らを見守るようにして傍にいた。そのフェザーフォルクが、同族の仲間もいないそんな森で何故、というのは聞かなかった。彼なりに事情があるのだろうと思っていた。
「クローマの言うことももっともなんじゃないかなぁ。君たちだって、あの森が人間に荒らされたら困るだろう?」
「くろーま、いってた。『このもりにすめなくなったら、わたしたちもどこかにいかなきゃいけない。それはこまる。あなたたちだって、このもりをはなれたくないでしょう?』って」
森の中には氷の洞窟があった。深く深く、地中に広がった氷の洞窟。風は通らないはずなのに、地上のどこよりも清浄な空気と、胸の奥に染みこむようなひやりとした冷気。そこがとても大事な場所だというのは、精霊使いとしての感覚を持たないアスリーフにもよくわかった。
「納得できなかったのかい?」
「……ぐれむりんがいじわるいうの」
「グレムリン?」
「うん。わたしたちのもりより、ずっとうえにすんでる。ときどきおりてくる。みちであそんでたら、たまにいじめられる」
「グレムリンが何か言ってたのかい?」
「わたしたちは、ぷーか。くろーまは、ふぇざーふぉるく。にんげんがわたしたちのことを、わかってくれないのとおなじで、くろーまだって、わたしたちのことを、わかってないって。ちがうしゅぞくは、おなじばしょに、すんじゃいけないんだって」
「馬鹿だなぁ、そんなことないだろう。クローマは君たちのことをちゃんと心配していたじゃないか」
「……でも、わたし、くろーまにいっちゃった。ぐれむりんにいわれたこと、そのまま。くろーまなんか、しゅぞくがちがうじゃない、って」
アスリーフの膝の上で、リスがしきりに前足で鼻先をこする。目を近づけて気が付いた。泣いているのだ。
なるほど、と思う。そこまで聞けばあとは想像がつく。クローマに何か言われたというよりも、自分が言ってしまった事実にショックを受けて、半ば家出するようにして森を出て、たまさか通りかかったハミルの馬車に隠れて街まで来てしまったんだろう。
「……ハミルの馬車は? いつ、パドマに帰るのか知ってるのかい?」
「しらない。……どうして?」
「君は、森に帰ってクローマに謝らなくちゃ」
「……どうして? わたし、まちがったこと、いってない」
「間違ったこと言ってなくても、言わなくていいことを言ってしまったと思ってるんじゃないの?」
「……あすりーふ、むずかしいこという。わたし、よくわからない」
「えぇと、つまりイオンが後悔してるなら……」
「こう、かい?」
ふぅ、とアスリーフが溜息をつく。かたことの東方語同士では疎通にも限界がある。
「あすりーふ、こまった? それともおこった?」
「ううん、違うさ。確かに少し困ったけれど……ああ、そうだ。ラスの家に行ってみようか。ここからならすぐ近くだし、ラスが留守でもファントーがいるだろう。精霊語のほうが、イオンも事情を説明しやすいんじゃないのかなぁ」
「らす! ふぁんとー! わたし、おぼえてる! ほんとは、まちについてから、あのふたりさがした。でも、まよっちゃって……。それに、にんげんのかお、くべつしにくい」
じゃ行こうか、と立ち上がって、アスリーフはイオンを自分の肩先に乗せた。住宅街へと歩き始めてから、ふと気付く。
「あれ。じゃあどうしておれのことはすぐにわかったの? 覚えてた?」
「あすりーふ、はねつけてる。このはね、くろーまのはね」
「ああ……これか」
アスリーフの帽子に飾られた白い羽根に、イオンがくんくんと鼻先を押しつける。それは、去年、クローマから記念に貰った羽根だ。
「ここに、らすとふぁんとー、いる?」
「ああ、いるはずなんだけど……留守かなぁ」
ラスの家に着いたはいいが、ノックをしても誰も応えない。試しにノブをまわしてみたが、鍵がかかっているようだ。
「庭にもいないようだし……」
と、アスリーフが庭のほうを見た時、イオンが小さく、あ、と声を上げてアスリーフの肩から走り下りた。
「イオン? どうしたんだい?」
「おはな。いおんがあげたおはな、さいてる。ふぁんとーが、さかせてくれた」
庭の片隅に、薄紫色の花が幾つか咲いていた。
「ああ、ファントーが種をもらってたっけ。……なんていう花? ゴマノハグサかな」
「ううん、
Mazus miquelii
っていうの」
「……まず? え? ごめん、もう一回」
「
Mazus miquelii
」
「……妖精の言葉か。おれには難しいや」
アスリーフは、帽子を脱いで髪をかき回した。
その仕草をイオンが不安そうに見上げる。
「やっぱり、しゅぞくちがうと、わかりにくい? ぐれむりんの、いったとおり? わかりあえなくて、まちがいがたくさんおきる?」
「うーん、そうとも言いきれないんじゃないかなぁ。例えば、言葉はわからないけど、その花が綺麗だっていうのはおれにもわかるしさ。イオンも、そしてファントーもその花が好きなんだろうってこともわかるよ」
言いながら、花の傍にアスリーフがしゃがみこむ。
「……うん。いおん、このおはな、すき。だから、ふぁんとーに、たねあげた」
「だろ? それにさ、イオンはクローマのことも好きだろう? だから、言っちゃいけないことを言って、イオンも哀しくなったんだ。そして、クローマもイオンのことが好きだよ」
「いおんは、くろーま、すき。でも、くろーまもそう? だっていつもおこる」
「好きだから怒るんだよ」
「でも、でもぐれむりんが」
「関係ないよ」
「いっしょに、いていいの?」
「ああ。君たちが一緒にいたいなら」
「しゅぞくがちがっても?」
「違っても、わかりあえてるじゃないか。それに、一緒にいると楽しいんだろう?」
「……うん」
薄紫の花びらに、アスリーフがそっと指で触れた。
「ねぇ、この花。イオンの言う名前はおれには発音が難しいからさ。『イオンの花』ってことでどうだろう」
「……え?」
「そうだ、それがいい。そうしよう。そうすれば、おれたちはこの花を見るたびにきっとイオンやクローマのことを思い出す」
「ほんとに? ほんとにおもいだしてくれる?」
「ああ。おれも、ファントーもラスも。きっと」
「うれしい! わたしもいつもおもいだす! もりでこのはなをみるたびに、あすりーふと、らすと、ふぁんとーのこと、おもいだす」
「ほら、種族や言葉が違っても関係ないじゃないか」
くす、と笑ったアスリーフに、イオンは照れくさそうに頷いた。
それにさ、とアスリーフが続ける。
「それに、森が危なくなったら引っ越さなきゃって言った時、クローマは『わたしたち』って言ったんだろう?」
アスリーフの言葉に、記憶をなぞるようにしてリスが小首を傾げる。
「……うん。いった。『わたしたちも、どこかにいかなきゃいけない』って」
「じゃあクローマは、何があっても君たちと一緒にいようとしてるんだ」
「…………ねぇ、あすりーふ」
「何だい?」
「わたし、くろーまに、ごめんなさいっていう。もりにかえる」
「そっか、うん。それがいいね。多分ハミルは、パドマから氷を運んだあと、オランで買い物をして村に帰るはずだ。明日か明後日には出発するだろう」
「……うん。はみるのばしゃにのって、もりにかえる。あすりーふ、ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、小孔雀街のほうにいこうか。ハミルの馬車が停めてあるのはそのあたりだろうから」
リスが頷く。その姿が、とても嬉しそうに見えた。
「ねぇ、あすりーふ」
小孔雀街へと向かう途中、イオンが囁くように言った。
「なんだい?」
「わたしたちのもり、いろんなしゅぞくがいる。ぷーかと、くろーまのほかにも」
「そうだね。時々、妖精界からもお客さんが来るんだろう?」
「うん。でも……どうして、そのなかに、にんげんがはいっちゃいけないんだろう」
イオンは、通りを行き交う人間たちを見ていた。
「それは……」
「くろーまにきいても、くろーま、こまったかおするだけ。はみるはときどき、もりのそとで、くだものあげたりするけど、もりのなかには、はいってこない。わたしたちが、みちまでいって、にんげんとおはなしするのは、いけないこと?」
「いけなくないよ」
全ての人間が善良とは限らない。けれど、その説明をかたことの東方語でする自信は、アスリーフにはなかった。
それに、と思う。
(それに、その線引きも難しい)
敵になり得る可能性、その疑いの心をイオンに教えたくはなかった。
そもそも、何をもって善良とか邪悪というのだろう。それすらわからない。
戦場にいた時は明確だったな、と思う。ただ明確だったのは、善良か否かではなく、それが敵か味方かということだけだったけれど。
「じゃあ、どうして、にんげんがもりにはいってくると、あぶないの?」
「どうしてだろうね。……おれにもそれがよくわからないんだ」
「……むずかしいんだね」
ふさふさとしたリスの尻尾がアスリーフの耳の下を撫でる。
そうだね、と答えた。
そして心の中で、そっと付け加える。
──本当に。なんて難しいんだ。
■ あとがき ■
ほんとうに、なんて難しいんでしょう。
〆切を守るということは!(そこかよ)
無断使用でした。アスリーフPL、ごめんなさい。
この作品の感想をお寄せください
枝鳩
さんの感想
(2006/9/08 22:59:06)[4]
会話に四苦八苦するアスリーフという面白いものを見せてもらいました(笑)
イベント時は会話は精霊語を使える皆さんに任せきりだったので直接長く喋ったのは初めてですね。イオン可愛い。
異なる、ということは難しいと彼もイオンの最後の問いで改めて考えるようになったでしょう。
最後に、無断使用なんてとんでもないです。本当にありがとうございました。
小町小町
さんの感想
(2006/8/20 23:05:07)[3]
アスリーフとイオンの東方語の会話を読んで、覚え立ての英語で会話する非英語圏の方の会話を連想しました。いや、でも、可愛い。異種族って、こんな異種族でもいいんだ! 脱帽です。
ほんと可愛いなぁ、イオン。アスリーフも。
うゆま
さんの感想
(2006/8/05 21:38:30)[2]
むぅ、異種族ということでしたが、このようなお話になるとは・・・
感覚では分かってもいざ説明すると語れる言葉には限界があると言うもの。
でも、アスリーフが諭すような語り口調が素敵と思える。
そして・・・うん、イオン、可愛いですな(笑)
琴美
さんの感想
(2006/7/17 20:16:04)[1]
会話が成り立つから伝わるのではなく、また成り立たなくても伝わるものはあるということ。
言葉は本当に難しい。あまり得意ではない東方語で平易に説明しようとするアスリーフに好感を抱きました。
そして何より、イオンが可愛い(笑)。
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