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題名 【競作企画】ゆりかごの夢
登場人物 店主(NPC)、セシーリカ、ラス、カレン、ユーニス他
投稿者 小町小町
投稿日時 2006/8/19 7:22:51


「……あ」
 セシーリカが目に留めたのは、一つのゆりかごだった。
 オランの街に、時折できる蚤の市。その雰囲気が好きで覗くことはあったし、一目惚れしてなにやら買い込むこともあった。だけど、その時は。
「やあ、神官さん。何か心に留まるものがあったかい?」
 恰幅のいい店主が、人の良さそうな笑みを浮かべている。その店は少し変わっていて、ゆりかごやぬいぐるみ、赤ちゃん用の服や靴、そんな小さい子供が喜ぶものばかりが揃っていた。
「ねえ、このゆりかごなんだけど。出所とか解る?」
 唐突なその質問に、店主は嫌な顔一つせずに答える。
「五年ほど前に、西から来た行商から買ったのさ。わたしの娘が使っていたんだ。ここにあるものすべてね」
「娘さんのもの、売ってしまうの?」
「そりゃ、大事に保管しておきたいけれど、家にはそんなにたくさんのものを取っておける隙間がないんだよ。何しろ娘ももう6つになるし、嬶ぁもだいぶ恰幅がよくなってしまったしね。それなら、大事にしてくれる人に譲った方が、ものも喜ぶさ」
 胸元の聖印を無意識のうちに握りしめながら、セシーリカはゆりかごを凝視していた。小さな向日葵が彫り込まれた、飴色に鈍く輝くその愛らしいゆりかごを。

「おう、セシーリカじゃないか」
 声をかけられて振り返る。そこには金髪の半妖精が手を振りながら立っていた。傍らには、黒髪の神官と焦げ茶の短髪の女性が、それぞほほ笑みながらこちらを見ている。
「あれ、ラスさん。カレンさんにユーニスさんも。お買い物?」
 この暑い盛りに、ユーニスさんやカレンさんはともかく、ラスさんが出歩いてるなんて珍しい。そう顔に出てしまっていたらしく、ラスは思いきり渋面を作った。
「仕事帰りにふらふら歩いてたら、こいつ等につかまっただけだ」
「ここの蚤の市、なかなか良いものが売ってることがあるんです。今日はそれを狙って、ちょっと来てみたんですよー。そしたら、ラスさんとカレンさんに会ったんです」
「俺は…仕事帰り。でも、ラスとは違う仕事だけどね」
 神官着の裾をつまみながらカレンが笑う。神殿関係の仕事だったんだろう。
「それでセシーリカ、お前なんかいいもの見つけたのか?」
 ラスの言葉に、セシーリカは黙ってゆりかごを指さした。カレンとユーニスが同時に覗き込む。
「わぁ、ゆりかごですね。とっても可愛い。あれ、でもちょっと型が昔風ですね」
「使い込まれてるなぁ。でもしっかり作られた良いものだと思うよ」
 口々に感想を述べる二人を一瞥して、ラスはため息をついた。赤ちゃんのものなど関係ない。少なくとも今は。
「お前、産む予定でもあんの?」
「ないよ。でもちょっとね」
 思いきり興味なさそうなラスの声にセシーリカが応えると同時に、鐘の音が高らかに響いた。
「おっと、時間か。そろそろ店じまいだな」
 店主がよっこらしょと腰を上げる。セシーリカは慌てて彼の袖を引いた。
「あの、明日もまたお店出します?」
「ああ、明後日までは、ここでまた店を出すからね」
 人の良さそうな笑みを崩さないままに、彼は頷いた。


 行きつけの木造の酒場は、夕刻のかきいれ時で盛況だった。いつものカウンター席が埋まっていたので、隅のテーブル席を四人で陣取り、思い思いの料理と酒を頼む。
「でもセシーリカ、ゆりかごなんて使う用あるの? 神殿の孤児院の御用?」
 ユーニスが鳥の香草焼きを美味しそうに食べながら、首を傾げる。隣ではカレンが同じ事を聞きたかったという顔で頷いていた。ラスは……カレンの向かいで水出しの茶を飲みながらため息をついている。
 ブランデーを飲み干しながら、セシーリカはちょっと考えて、口を開いた。
「あれ、わたしが使ってたゆりかごなんだ」
 まだ二つかそのくらいのころ、綺麗な白木で作られたゆりかごから落ちたのが、自分の一番最初の記憶。綺麗な向日葵が彫り込んである、白く愛らしいゆりかご。
「……確かにそうなのか? 同じデザインの別物、とかじゃなくて?」
 カレンの問いに、セシーリカは首をもう一度傾げた。
「そうかもしれない。最後に見たのが8年近く前だから、記憶が曖昧なのかも知れないし。でも、あの向日葵のゆりかごは、確かにそうだと思うんだよね」

 あれを仕舞ったのは4つの頃。リデルが引き取られてきた頃だった。子供が二人になって手狭だから、と養父はいろんなものを処分した。だけどゆりかごは仕舞うだけで、誰かにあげたり売ったり潰したりすることは無かった。養父が死に、遺品を処分した際に、養父の部屋の奥からその揺りかごが出てきたのを見たのが、最後の記憶。
 あの時は、誰か使ってくれる人がいるならその方が、って事で、欲しいという人に譲った。
 ……もしも本物なら、なんて偶然なんだろう。そんなことを考えながら、明日もまたあの店に行こうと、セシーリカは心に決めていた。


 翌日、神殿の用もそこそこに、セシーリカは例の蚤の市に出向いていた。昨日の一角に、昨日の店主がまた、店を出している。だがその商品の中に揺りかごがないのに気がついて、セシーリカは首を傾げた。
「おはよう、おじさん。……あれ、あの揺りかごは?」
「おや、神官さん。残念だったね。ついさっき売れてしまったんだよ」
 別に彼に責任があるわけではないのに、至極申し訳なさそうに恰幅のいい体を縮こまらせながら彼はセシーリカに頭を下げる。言い訳のように、売れた経緯を口にしながら。
「店を開けてすぐに、あの揺りかごを目に留めてくれた人がいてね。是非に譲って欲しいと言ってきたんだよ。言い値でいいから、とまで言われてしまってね。…冗談のつもりで金貨10枚だと言ったら、本当に10枚置いていくんだから驚いてね」
「……お大尽なひともいたもんだねぇ」
 名匠の手による一品物だ、と言うならともかく、あんな古い揺りかごにそんな値段を置いていくなんて。同じ事を考えていたのか、店主も苦笑する。
「神官さんがもう一度見に来るだろうと思って、置いておきたかったんだけどね。…いや、本当に申し訳ないことをしたよ」
「おじさんは、ものを売るためにここに並べてるんだもの。気にしないで。…大事に使ってもらえれば、それでいいよ」
 胸の奥に、なんだか小さな風穴が開いたような気持ちだったけれど、セシーリカは無理矢理に笑って見せて、礼を言ってその場を離れた。


「へぇ、あんな揺りかごに金貨10枚ね」
 ラスが至極興味なさそうに水出しの紅茶をすすり、ユーニスは柑橘水を飲みながら同じ事を思ったらしく頷く。カレンはテーブルに突っ伏すように脱力したセシーリカにこぼさないように茶のお代わりを注いだ。
 昼下がり、やっぱりいつもの行きつけの酒場。
「よほど気に入ったんだろうね」
 カレンの言葉に、セシーリカは頷く。
「そうじゃなきゃ、あんな古くさい揺りかごに金貨10枚も出さないよ。…あー、でも、もう一度見たかったなぁ」
「って、見るだけかよ」
「いや、だってつかう予定ないし」
「でも、不思議なご縁ですよね。セシーリカの使っていた揺りかごが、またセシーリカの前に、一瞬でも戻ってくるなんて」
 しみじみとユーニスが呟く。顔をほんの少し上げて、セシーリカも頷いた。
「……まだ使われてるのがわかっただけでも、よかったよ」
 揺りかごなんて、人生のほんのひとときでしか使わない。乗っていた思い出なんて、ないのが普通だろう。むしろ、乗せていた側が思い出深い品のはず。養父が結局死ぬまで手放さなかったのも、あの店主が売れてしまったことを寂しそうに話したことも、その品物に込められた深い思い出があるからこそで。
 あの揺りかごは、ここに流れてくるまでの間…といっても8年と少しだけれど……きっと色々な思い出を作ってきたんだろう。そしてこれからも、作っていくんだろう。…そう考えると、自分の手元に置かなくて、むしろよかったのではないかと思えてくる。
 自分が懐かしさでそれを買い求めても、過ぎた思い出を振り返る道具になるだけで、新しく思い出を刻むことは出来ないのだろうから。
「まあ、仕方ないか。わたしがもし買ったって、使う予定は未定なわけだし」
「やっと顔上げたな」
 ラスが笑ってセシーリカの頭をぽんぽんと叩く。ユーニスも微笑んで、セシーリカに新しい柑橘水を差し出した。


 ラス達と別れて、酒場から酔い覚ましに歩くのにちょうどいい距離にある自宅に、久しぶりに戻る。自分と同じ思い出を共有する兄に、このことを話したらどんな顔で驚くだろう。そんなことを考えながら勢いよく玄関の扉を開けた。
「ただいまーっ! 兄さん、あのねあのね」
 家の中には、夕食を用意するいい香りが漂っている。廊下を走り抜け、居間を通り抜け……ようとして、セシーリカは思わず足を止めていた。
 ……居心地のいい、いつも通りの居間の真ん中。そこにあるべくしてあるように置かれた、飴色の向日葵。
 ここは、ラムリアースの養父の家ではないけれど、調度品も何もかもが違うけれど、それでも、その向日葵がそこにあると、まるで当時のあの家が、まざまざと思い出されてくるようで。
「………なんで」
 いかにもそこにあるのが相応しい、と言わんばかりの揺りかごを凝視して、知らずのうちに胸の聖印を握りしめて、セシーリカが呟く。
「……お帰り」
 台所からリデルが出てくる。セシーリカは無言で揺りかごを指さした。空から突然豆の雨が降ってきた鳩のような顔で止まっているセシーリカに、苦笑する。
「蚤の市で見つけたんだ。…なんだか懐かしくなってね」
「兄さん……」
 では、あの金貨10枚の物好きは義兄だったのか。セシーリカは納得して……不意にわき上がってきた脱力感を伴う怒りに溜息混じりで呟く。
「にいさーん。どうして買うのさ」
 思いもしなかった義妹の反抗に、リデルはきょとんと首を傾げる。
「売れたって聞いて、寂しいけど喜んだんだよわたし。ああ、まだあれ使われてるんだ。これからも使われるんだ、って」
「何だ、じゃあセンカも知ってたの?」
「知ってたよ。ついでに買おうとしたよ。でも売れたって聞いて、寂しかったけど逆にああよかったって思ってたのにどうして買ってくるのさほんと使う用もないのに」
 一息でまくし立てる。
 リデルは傾げていた首を、反対側にもう一度傾げて、……少しして、ぷっと吹きだした。
「な、何で笑うんだ!? わたし真面目に言ってるんだけど!」
 くすくすと笑い続けるリデルに、セシーリカは泣きそうになって怒鳴る。性格は正反対だけど、想いは一緒だと思っていたのに。そんな想いを見透かしたかのように、リデルは笑いながらも言葉を続けた。
「僕だって、使う用がなかったら買わないよ。思い出として置いておくより、誰かに使って貰った方が、先生だって、揺りかごだって喜ぶしね」
 今度は、セシーリカがきょとんとする番だった。
「へ?」
「だから、使う用があるから買ったんだよ」
 使う用。それはつまり、赤ん坊をこの揺りかごに寝かせることで。
「あ、え? は?」
「僕、結婚するんだ」
「は!?」
 二の句の継げないセシーリカに困ったように笑いながら、リデルは揺りかごを揺らす。淀みなく揺れる揺りかごを見つめて、言葉を続けた。
「前々からそう言う話にはなってたんだけどね。春には子供も産まれるし」
「……全然知らなかった」
「そりゃそうだよ。話してないから」
「話せよ!」
 だん、床を踏みならしてセシーリカは怒鳴った。至極もっともな意見だった。

 盛大にはじまった兄妹喧嘩を横目に、飴色の向日葵は静かに揺れた。次に乗せる思い出を、繋いでいく想いを、待ちわびているかのように。


■ あとがき ■

 ……えーと。たしかお題は「時間」のはずだったんですが。
 気がついたら何か全然違うものになってたりしませんかギャース!
 ついでにいうとNPC出してるけど名前がないってどういう事だとか、他PLキャラの皆様方をもっと出せとか、文章の推敲をしたのかとか、最後は蛇足だとかいろんな反省点はありますが、とりあえず投稿ありきかと思いました。
 とりあえず、目指したものは、「揺りかごが刻んだ時間」と言うことで。
 勢いでやった。でも反省はしてない。


この作品の感想をお寄せください
琴美さんの感想 (2006/10/21 18:36:05)[3]

リデルの結婚、そしてその後に続く騒動を知る今の私にとっては、ここが転機であったと改めて感慨深いものがあります。小町さんの作品はいつも暖かくて、その優しさに打たれてばかりです。思い出のゆりかごが新たな赤子を包むように、優しい手から手へと思いが伝わる様を、これからも他所ながら見守りたく思いました。
最後に、感想が遅くなりましたことをお詫びします。
松川さんの感想 (2006/8/20 0:54:50)[2]

リデル、いつの間に!
というのはさておき。こまちんらしい、優しいEPですねー。殺伐とした僕には書けないEPなのでうらやますぃ。
セシーリカの、買われて残念、でも使ってもらえるなら、という揺れる心もよく伝わります。
それにしてもリデル、いつの間に!
高迫さんの感想 (2006/8/19 14:54:39)[1]

 読んで最初にリデルさんの結婚に驚いた訳ですが。いつの間に!
 しかし、優しい心地になれるお話でした。昔セシーリカが揺られた揺り篭が、他の子供を慈しんで育んで、今度は義兄さんであるリデルさんのお子さんのもとへ。
 こんな不思議な巡り合わせも大地母神のお導きかもしれないと思ってしまいました。
 それにしても、リデルさんも早く教えてあげれば、喧嘩にならなかったかもしれないのに(笑)
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