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題名
【競作企画】月下の石
登場人物
ベカス(NPC)、アル、スカイアー、カレン、ラス
投稿者
松川 彰
投稿日時
2006/8/19 23:14:18
8の月、1の日。
「おう、揃ったな」
カレンと一緒に“セヴルの店”の扉を開くとすぐに、窓際の卓から声が掛かった。店の中は、そろそろランタンに火を入れる時間だ。開け放したままの窓からは黄昏の色が忍び込んでいる。
扉に背を向ける位置で、それでも扉が開く音で振り返り、声を掛けてきたのはベカスだ。背の高いドワーフとでも言えそうな体格の持ち主。赤みがかった髪は、短く整えられてはいるものの、生来の癖毛のせいで毛先があちこちへ向いている。その隣には、目立って細くも小柄でもないのに、ベカスの隣に座ると少年のように見えかねないアルがいる。アルも、ベカスの言葉で同じように振り向き、俺とカレンに会釈する。アルの正面にはスカイアー。椅子の背に軽く身体を預け、腕を組んでこちらを見据えている。その口元がわずかに緩んだ。
「……悪い、遅れたか」
カレンがスカイアーの隣に腰を下ろす。それに倣う形で俺もカレンの隣に腰を下ろした。
「遅れたというほどでもない。チャ・ザ大祭も近いことだ、ラスもカレンも忙しかろう」
そう言ったスカイアーに頷いて、ベカスが近くの給仕を呼んだ。
「この店にはノルドエールが入っとる。2人ともそれで良いな? 多少値は張るが他のエールとは比べものにならんよ」
「ぬかせ、ベカス。こないだなんかラナオンのエールを飲みながら、『さすがにカシュオークは美味いな』なんて言ってたくせによ」
俺が言うと、ベカスは「それはそれだ」とか何とか言いながら頭を掻いた。
「それで、ベカスさん。今日は……?」
自分もエールを手に、アルが訊ねる。
「おう、それよ」
返事の代わりだとでも言うように、ベカスが皮袋をテーブルの上に置いた。どん、という音。じゃらり、と中で崩れる音。皮袋の凹凸具合から見てもわかる。中には金貨が入っているのだろう。銀貨の音ではないことにアルも気付いたのか、わずかに訝しげな顔をベカスに向ける。
「大金、ですよね? どうしたんですか、これ」
「で、ベカス。幾らになった」
スカイアーの問いかけ。スカイアーだけは、ベカスからある程度の事情は聞いていたらしい。だが、俺とカレンもすぐに思い出した。この面子で、しかもベカスが金を持ってくるということは、例の杖か。
「ラウヒェンの墓所でかっぱらってきた杖の査定が出たか。そういや、連絡先はあんたにしといたんだっけな、ベカス」
俺の言葉にカレンが続ける。
「全く……学院は査定に時間がかかるのが難点だな」
「ああ、6の月のあれですね。ふた月も経ってるから、ぴんときませんでしたよ」
そう言ってアルが笑った。
ベカスはテーブルの上に置いた皮袋の紐を解き、その口を広げる。
「ざっと50枚だ。まぁ、魔法の品物としては安いものだろう。鑑定して、その鑑定資料も欲しいとこちらが持ちかけたから、時間もかかったし、手間賃もひかれとる。終わっちまったことではあるが、どんな具合だったのかくらい聞いておいて損はなかろう? だからスカイアーに言って、おぬしらを集めてもらったのよ」
6の月の初め。この面子でラウヒェンという人物の墓所に潜った。近隣の村からも忌まれていた土地。侵入した者たちには不死者が襲いかかる、そんな汚れた墓所。2度潜り、その2度とも、相応の宝石や書物は拾ってきた。2度目の探索では、1度目に見つけきれなかったラウヒェン本人の木乃伊とも対面し、それを滅してきた。
最後、ラウヒェンが滅する寸前まで、ラウヒェンが握りしめていた杖があった。樫で出来た、奇妙にねじくれた黒い杖。その先端には、草原妖精の握り拳ほどの大きさの黒曜石が嵌っていた。
その黒曜石は、戦いの後、宿場で休んでいた俺たちに気色の悪い悪夢を見せたあげくに、自らの力を使い果たしたかのようにひび割れてしまっていた。
「あんなものでも2500ガメルか。あんたが年寄りの真似をして運んできた甲斐があったな?」
に、と笑ってみせると、ベカスも同じような笑みを返した。
「魔力を使い果たしているから、価値としてはあまり無い。だが、逆に、だからこそ安全に研究出来るとも言うておったな。どうでもいいことかもしれんが……一応、鑑定結果とやらを報告しておこう。学院の魔術師からこれを受け取った」
ベカスが懐から出した数枚の羊皮紙を受け取ったのはスカイアーだ。
「ふむ。……杖そのものは、古代王国期に作られたものか。あのラウヒェンという人物、サーダイン時代の人間にしては、魔術に能く通じていたようだな。黒曜石は、我らが通常、貨幣代わりに用いているような小粒ならともかく、相応の大きさを持つものは魔力を宿らせるに適しているとある」
「ああ、それ、聞いたことがあります。例えば、水晶はその透明さで、碧玉や緑柱石はその硬さで、そして紅玉や黒曜石は血や闇に繋がる力で、それぞれ魔力を与えやすいのだとか。理由そのものにはいろんな説がありますし、紅玉や黒曜石を使ったからといって、それが全て邪な魔力だとは限らないみたいですけどね。少なくともラウヒェンは、黒曜石の闇の力を信じてその杖を使ったんでしょうか」
羊皮紙の続きを読んでいたスカイアーが、アルの言葉に頷いた。
「うむ。どうやらそのようだ。……これは、ベカス。名も無き狂気の神か」
「いや、フェネスよ。光の御神、ファリスの弟神だ。ただ、名も無き狂気の神と同一視しとる者もおるが。月の魔力、という奴だな。もともとは、フェネスに仕える司祭の持ち物だったらしい。それ、黒曜石の嵌っていた先端の装飾があったろう。あれがフェネス司祭によく使われるものだったらしくてな。ラウヒェンがそれを奪ったか、誰かが珍しいものとして献上したか……ともかく、ラウヒェンの手に渡ってから、もとはフェネス司祭の祭具だったものが、邪な魔力を集めるものとなってしまった」
ベカスの説明を聞きながら、俺はスカイアーから受け取った羊皮紙を読んでいた。俺の横から覗き込んでいたカレンが頷く。
「……なるほどな。人の悪夢を吸い取って、それをあの黒曜石に溜めていたわけだ。さぞかし、悪夢とやらには困らなかったろう」
「昼は拷問で肉体的に責め苛んで、夜は悪夢を吸い取るために増幅させて精神的に責め苛んで……ですか。なんか、身勝手な言い分ですけど……同じ時代に生まれてなくてよかったなぁ、なんて思ってしまいますね」
アルが口に出した言葉は、おそらく全員が同じ気持ちだったろう。
月下の石。学院資料の中では、そう名付けられている。一定以上の大きさの黒曜石に魔力を宿らせ、月の力を媒介として他人の悪夢を集め、それを杖の力に変換するものらしい。もちろん、今となっては、現存するものも少なく、作り出すことは絶対に出来ない。月の満ち欠けによりその力が増減するため、獣人の力とも関係しているのではないかとか、名も無き狂気の神の祭具ではないかとか、幾つかの推論も並べられている。
ふと、引っかかった。
あの晩、俺たちが共通して見た悪夢。あの悪夢は、どちらかというと俺たちの悪夢ではなかった。見ていて気分のいいものではないが、夢の中で貪り食われているのは俺たちじゃなくて、ラウヒェン本人だった。そして、ラウヒェンを追い立て、牙を突き立てたのは、ラウヒェンが殺した者達。
「……ってぇことは? あの晩、俺たちが悪夢を見せられたのは何でだ? 杖を使う本人がいなかったんだから、あいつが俺たちに悪夢を見せたわけじゃねえだろ? っつーか、むしろあれは、俺たちが観客で、悪夢の主役はラウヒェン本人のように思えたが」
「あれはおぬしが悪いのよ、ラス」
幾杯目かのエールジョッキを空にしながら、ベカスが笑う。
「へ? 俺?」
カレン、スカイアー、アルの3人も俺を見る。
「おぬし、戦いが始まった途端にラウヒェンの魔法を封じたろう? ラウヒェンは、溜め込んだ魔力を放出しようと準備しとった最中だ。それが封じられて……結局は、黒曜石の中に逆流したような形になったらしいな」
「そんで、行き場を無くした力のせいで、内部崩壊したってわけか? んじゃ、あの晩の悪夢は俺のせいかよ」
「いや、それが実は学院でも思案どころだったらしくてな。説が2つある」
「もったいつけんなよ、ベカス。もう1つの説とやらを教えてもらおうか」
「もうひとつは……アル、おぬしのせいになるな」
どん、とエールジョッキを置き、テーブルの上にあった茹で豆を数粒まとめて口に放り込みながら、またベカスが笑う。
「え、ボクですか!? ボク、何もしてませんよ!?」
「おぬし、歌ったろう。鎮魂の歌を」
「ええ、そりゃ歌いましたけど……?」
「不死者になりかけとった魂、それらの魂が此岸と彼岸の狭間で見る夢。そんなようなものも、ラウヒェンの杖に力を与えとったらしい。とくにラウヒェン自身が不死者になってからはな。おぬしが不死者に歌を届けたおかげで、石に閉じこめられた彼らの……何と言うかな、残像とでもいうか。残り香のようなものとでもいうか。そういったものたちに、抗う力を与えた。ラウヒェン自身が滅したせいで、もっとも近くにあったその杖に自身の魂も取り込まれ、その中で、抗う力を得た彼らは復讐を始めた」
それがあの悪夢だ、とベカスが締めくくった。
「……それは、どちらとも言えないということか。もちろんラスの魔法とアルの歌、双方の条件が揃ったからこそああなったのかもしれないし、どちらにしろ、あの石はラウヒェン本人を『食った』ことでもう限界にきていたのかもしれないし」
カレンが呟くように言う。
「どっちでもいいけど。俺のせいってよりは、アルのせいってことにしねぇ?」
そう言って笑うと、スカイアーに笑われた。
「いや、だが、ラウヒェンの魂があの石に吸い込まれたことで限界だったというのなら、私とベカスにも責はあるな。そしてカレンにも。奴に斬撃を浴びせたのは我ら3人だ」
「まぁ、共同責任だったからこそ、5人が5人とも同じ夢を見たんだろうて。……さて、ここにひとつ追記がある」
と、ベカスが羊皮紙の一点を指さした。俺たちがまわし読みした後の羊皮紙だ。
これによれば、とベカスが続けた。
「いわゆる獣人とは全く逆で、闇の力が濃くなる時、すなわち新月の夜にこそ“月下の石”は一番その力を増す。我らが潜ったのは確か、6の月、4の日だったな。ピークは過ぎていたとはいえ、石の力が強かったからこそ、あの反作用も大きかったのだろう」
「新月か。……今日は新月だったな」
ふ、と小さくスカイアーが笑った。そして、笑みを刻んだままベカスに視線を向ける。
「あ、そういえばそうですね。ってことは……」
同じようにアルもベカスに視線を向ける。
「……なるほど」
「わざと狙いやがったな、ベカス。この話をした後で、『今日は新月だ。悪夢なぞ見んようにな』とか言ってかっこつける気だったんじゃねえの?」
ベカスは知らぬふりでエールの追加を頼んだ。
図星だったらしい。
■ あとがき ■
2時間前まで別ネタで書くつもりでした。ムリでした。orz
なんかこう……場面だけ描写?みたいな?(逃げた)
とくに盛り上がりがあるわけでもない、イベント「黒き墓所再び」の後日談です。
お題の「時間」は、新月の夜、ということで。
この作品の感想をお寄せください
琴美
さんの感想
(2006/10/21 18:41:47)[3]
ベカスさんに惚れてしまいそうです。おぞましい話題をほの明るい結末に変え、各キャラクターの魅力を十二分に引き出した松川さんの筆致にも魅せられました。
それにしてもベカスさん素敵(あんたもか)。
最後に、感想の書き込みが遅れましたことをお詫びいたします。
高迫
さんの感想
(2006/8/20 21:51:55)[2]
この内容で2時間で書きあげたというのにまず脱帽なのですがっ。
語られずにいた後日談の内容もさることながら、ベガスさんのお茶目っぷりに惚れ込んだ訳で、ステキなオヤジさんです。
小町小町
さんの感想
(2006/8/20 15:51:47)[1]
……ベガスさん可愛い……
あんたの感想には可愛いしかないのか、と言われそうですが。
でも、この後日談で、時間も織り込みつつ、各キャラクターの性格や出番もまんべんなく設定できているところに、さすがは松川さん、と思います。
でもやっぱりベガスさんかわ(略
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