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題名 【競作企画】The parting glass
登場人物 ライカ、カノーティス(NPC)、シタール他
投稿者 小町小町
投稿日時 2006/9/16 17:46:46


 ごめん、とラスは呟いて、頬に手を当てた。
「別に、謝って欲しい訳じゃないし、謝らなきゃいけないことをしたわけでもないでしょ」
 ことさらに冷たく言って、つん、と顎を上げて見上げる。ラスとカレンはひっぱたかれた頬を押さえてしばらく互いに顔を見合わせていたが、やがて溜息混じりの苦笑を漏らした。
「あんたたちはそうしたいから、やった。そしてわたしも、こうしたかったから思い切りやった。それだけの話よ?」
「…確かにな」




 父さん(注:カノーティス)とラスの件が、どうやら二人の間で一段落した。
 やるべきことをやった達成感で早くも立ち枯れそうなダメオヤジを宿に押し込んで、わたしはわたしで簡単な仕事をいくつか請け負う。もうオランに用はないし、路銀にも困ってはいないけれど、出来るなら出来るだけ楽をして帰りたいから。
 オランからいくつもの貨物船を経由して、ロマールあたりまで船便で帰る計画はすでに練ってある。弓の腕と魔術の腕を売り込んで、護衛として乗船料を半額に負けて貰う算段もつけている。あとは、出航期日までに出来るだけ稼いでおくだけだ。………父さんの乗船料は値引きされないわけだし。何もせずに物見遊山するほど、わたしは浪費家じゃないし。

 結果として悪くはない結末に収まった。どちらにもけしてよくない後味の明日が残された結果だと思う。
 でも、無意味に明日を奪い、若しくは奪われるよりはいいだろう。人の命のためなら、道化にだってなってやる覚悟も、今回の件である程度ついた。
 あとは………。



 風花亭。詩人を多く抱えるこの酒場に、わたしの会いたい人は時折現れるという。
 夕暮れのかきいれ時、ワイングラスを傾けながら待つとはなしに待ち、閉店の頃合いになったら帰る。
 そんな日々を三日続けて、四日目にようやく、わたしは会いたかった人物に会えた。二胡を手に、客席を渡り歩く巨漢の吟遊詩人。
「久しぶりね」
 グラスを掲げながら声を掛けると、彼はゆっくりと振り返り…………凍り付いた。
「………帰ってたのか」
「所用で少し。でも半月もすればタラントに発つわ。安心してね」
 少し強張った声で、わたしの返答にも二の句が継げない彼を強引に向かいの席に座らせる。文句を言われるより先に、ついとテーブルに金貨を二枚置いた。
「しばらく、あんたの時間を買うわよ。……まずは一曲歌って頂戴。草原の歌を」
 彼は……シタールは溜息の様な息を一つ吐いて、二胡を構えた。短い前奏が流れ、彼の張りのある掠れ気味の歌声が、朗々と流れはじめる。わたしは目を閉じて、その歌にしばしの間、聞き入った。

「腕を上げたわね」
「遊んで暮らしてる訳じゃねぇからな」
 曲を終えたところで、拍手をすると、シタールは苦笑混じりに呟いて頭を描掻いた。雰囲気が少し違って感じるのは、今はここにはいないけれど、常に彼の周りを彩る華の違いだろう。それほどに、わたしとレイシア……今のシタールの恋人は、深いところで違う。そしてその空気に彼が紛れもなく馴染んでいることを再確認して、わたしもひとつ溜息をついた。
「うまくやってるみたいじゃない」
「へまはしてないさ」
「当たり前よ」
 グラスを傾けて、中の液体を空にする。店員に頼んで、今度はもう一つのグラスと、この店で二番目に高いワインを。目を丸くするシタールに目配せして、わたしはそのワインを開けた。
「おい、そんなもん頼んで平気かよ」
「ええ。こう見えてもこちらにいる間に少し仕事をこなしたのよ。熊退治とかね。お金だってちゃんと稼いでるわ。それにこのワインだって、一番高いワインじゃないもの。……せいぜいが3000、いえ2500って所よ」
 それでも、普段気楽に飲めるワインではない。そんなのはわかっているから、シタールも、目の前に置かれたワイングラスをただじっと見つめている。その中で揺れる、血を凝縮したような、濃い赤い色を。
「オランに来てから、わたしはあんたを捜してたのよ、シタール。何故か解る?」
 シタールは答えない。解っているからだと、わたしは勝手に思った。
 父さんは、一旦逃げ出したけど、結局は踏みとどまり、戻ってケリをつけた。
 ラスも、逃げずにそれを受け止めた。
 ならば、わたしにもできるはずだ。オランから逃げだすように旅に出たけれど、今度は笑って旅に出るために。
 わたしの明日を、ちゃんとした形で迎えるために。
「さ、解ったのなら飲んで頂戴。わたしたちが求めるものはすごく似ていた。だけど、似ているけれど決定的に違っていた。だから終わったのよ。終わらせたの。……手紙は残したけれど、逃げるのと同じだったから。ちゃんと逃げずに終わらせるのよ。さあ、覚悟を決めたのなら、とっとと飲むわよシタール」
 シタールはじっと杯を見つめていたけれど、やがて深く深く息を吐いた。溜息じゃなくて、胸の中に凝り固まっていた何かを、解き放つような息を。
「……今まで、世話になったな」
 ゆっくりとグラスの足を持ち、掲げる。グラス越しに見える笑顔に見えない笑顔に、わたしも同じく笑ってグラスを打ちつけた。
「それはこっちのセリフよ」
 ゆっくりと飲み干したワインの味は、今まで飲んだ中でも最高に美味しくて、最高に苦かった。忘れられない極上の味の、でもできれば二度と飲みたくないワインだった。



 夜更けに風花亭を出る。わたしは南雲の端亭に、シタールは常宿に。店を出た先から方向は別だ。
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
「そっちもね。あんまり無茶すんじゃないわよ」
 それ以上喋る言葉はない。どちらからともなくありがとう、とだけ呟いて、わたし達は背を向けた。
 丸い月が綺麗な夜だった。このまま歩いて、少し遠回りして帰るのもありかもしれない。月を仰いで一歩を踏み出すと、丸い月が、一瞬だけ滲んで揺れた。
 これでいい。今落ちた雫は、昔にこだわるわたしの最後の残滓。
 別れ際は絶対に振り返ってやるものか。そう頑なに心に決めていたはずなのに、宿に帰り着くまで、振り返ると言うことをわたしは忘れていた。
 ただ、月の光と、さようならという言葉で、心の中が一杯一杯だったから。
 シタールも一緒だったんだろうか。そうだったのなら、それはそれでいい終わり方だし、そうじゃなかったのなら、それはそれで味のある終わり方だと思った。



「お帰り」
 宿の自室に戻ると、父さんが窓際のテーブルでワインを飲みながらわたしの帰りを待っていてくれた。
「ただいま。……ちょっと遅れたけど、わたしの用事も全部済んだわ」
 そうか、とだけ言って、父さんは微笑む。テーブルの上のワインは、この宿で一番高いワインだ。そんな浪費癖はなかったはずなのにと思いながらワインと父さんを交互に見比べると、父さんは照れくさそうにゴブレットをもう一つ取り出してわたしの前に置いた。
「飲みなさい。……今日は疲れただろう。明日のために英気を養うといい」
 くすりと笑って、わたしは父さんの向かいに腰を下ろした。この宿で一番高い……それでも、風花亭のワインの半値ほどだろう……ワインを惜しげもなくゴブレットに注いで、ちんと杯をあわせる。
「父さんにとって、これはあたしってことね」
「自惚れるのは母さん似だな」
「あら、母さんってそんな人だったの? やあね、じゃあわたし誰に似たのかしら」
 わたしがシタールに二番目に高いワインを勧めた理由も、ひょっとしたらこの枯れ木男は知っているのかもしれない。それでもいいやと思いつつ、わたしはワインを口に含んだ。
 あのワインほど鮮烈な美味しさはないけれど、舌に馴染む柔らかい味。澄んだ酒精。古い酒の、尖りを失った優しさ。
 昨日までのわたしの弔いと、明日からのわたしの再出発のために飲むには、最高のワインだと思った。


■ あとがき ■

 ま、間に合ったーーーーーっ!!!(血涙)
 と言うわけで、お題提案者の遅刻という惨劇は逃れられたと思います。小町です。
 ええっとまたも「どこが明日?」という感じもしますが、「過去を断ち切り明日に向かうために行動した」ってことで一つよろしくお願いします。

 ……ええと、カノはキャラチャに出たりしたけれど、基本NPCと言う扱いなので……いいです、よ、ね?(血泡


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琴美さんの感想 (2006/10/21 18:55:46)[3]

カノさんはつくづく良いお父様ですね。今日にケリをつけてこそ、新たな気持ちで「明日」の朝日を拝める。宿の一番高いワインはその明日を祝福し、背中を押してくれる。
別れていく、またはともに歩き始める全ての人々に、祝福あれ。そんな気持ちになりました。
松川さんの感想 (2006/9/17 2:12:52)[2]

ライカがシタールと飲んだのが、2番目に高いワインだったってのも意味深ですね。
過去に想像していた「明日」ではなくても、ライカなら素敵な「明日」が迎えられるでしょう。
みんな頑張ってね。
振一朗さんの感想 (2006/9/16 22:45:24)[1]

ライカはステキです。カノさんもいい人です。
潔くて情の深いライカの「明日」が、常に輝かしいものであるように祈らずにはいられません。そして、最高のワインを共に味わえる人が現れることも。
頑張って、ライカ。
シタールもね★(ぽむ)
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