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題名 【競作企画】水の弔い
登場人物 レイシア
投稿者 松川 彰
投稿日時 2006/11/18 23:00:56



 こんばんはー。お隣あいてる? うん、今ちょっと人待ちしてて。よかった、ありがとう。
 ううん、旅人じゃないけど……でもそうね、旅からは帰ってきたばかり。帰ってきたっていう言い方も変かな。こないだまで故郷に戻ってたわけだから。でも、最近はずっとオランだから、やっぱり帰ってきたっていう感覚になるよね。
 お兄さんは? へぇ、東から来たんだ。私は西から戻ってきたの。名前はレイシア。よろしくね。
 あ、待ちあわせっていうか……今ほら、向こうで店主と話してる男の人がいるでしょ? 彼と一緒に来たの。彼、詩人で、久しぶりにオランに戻ってきたから、またお店で歌えるように交渉してまわってるのよ。で、彼の交渉が終わるのを、私はワインを飲みながら待つっていうわけ。いい身分でしょ?
 うん。レイドにね。途中、ちょっとザインの近辺が騒がしくて、思ったより時間かかっちゃったけど。でもこれで、肩の荷が下りたっていうか……。
 そうだなぁ……。ね、お兄さん。暇なら私の話に付き合ってくれる? もちろん、飽きたら席を立っちゃってもいいから。



 あそこにいる彼と私の姉さんは冒険者仲間だったの。姉さんは精霊使いだったのよ。私の家は親兄弟みんな精霊使いで、しかも優秀な人が多かったから、私なんて落ち零れだった。いっつも比べられてね。そう、腰に剣なんか下げてるのはそのせいもあるのよね。精霊魔法じゃない手段で力をつけてみたかったっていうか……まぁ、家を出た後、放浪してる間に身につけた程度のものだけど。
 うん、姉さんはね、その家族の中でも優秀だった。凛とした眼差しが綺麗で、姉さんが精霊に呼びかける時の歌うような精霊語の発音が羨ましかったなぁ……。姉さんに応える精霊たちは私が使う精霊たちとはまるで違って見えた。
 精霊魔法っていうのは、使う側によってものすごく感覚の違いがある魔法みたいなんだよね。姉さんが歌うように呼びかける時は、いつも精霊界をまるごと身体で感じるって言ってた。むしろ自分を精霊界にとけ込ませて、物質としての自分が揺らぐようにさえ思えるなんて。自分が拡散するような、って言ってたけど。
 私? 私は全然そんなことなくって。ん、なんていうのかな……。私が魔法を使う時って、本当に技術としてしか使えなかったの。もちろん、そこに在る精霊たちの力は感じられるよ。けれど、その精霊たちの意志をどうこうっていうより、精霊力としての力がそこにあるから使うって感じかな。あはは、そうね、身もふたもないよね。

 ……でもね、姉さんはその感受性の高さが仇になったの。感受性っていうか、精霊との近しさみたいなものね。
 姉さんと、今あそこにいる彼と、そして他の仲間数人が、レイドの近くの遺跡に挑んだ時のこと。あ、ううん。私は行かなかった。だってまだその時は子供だったもの。
 だからこれは全部、後から聞いた話なんだけど。
 遺跡そのものは枯れていて、手強い怪物も居なかったみたい。でも……遺跡の造り自体が、ちょっと危険な造りだったのね。特に精霊たちにとって。もともと風の精霊たちの通り道だったところに不自然に建てられた遺跡、そしてその建物とそこに込められた魔力で精霊たちの流れを妨げる遺跡。
 場所全体に、狂った力が満ちていて……姉さんはそれに引きずられた。狂った風乙女たちは、仲間たちにかまいたちを浴びせて、次々に切り刻んでいった。そして、引きずられた姉さんも……その風乙女に助力した。
 泣きながら……でも、姉さんの口は勝手に呪文を紡ぐ。姉さんに慣れ親しんだ精霊たちは、姉さんが紡ぐ詠唱にあわせて仲間たちに襲いかかった。
 「お願い、止めて」って。姉さんはそう叫んだ。
 けれど、姉さんを止められる人はいなかった。魔術師の杖は姉さんの放つ石つぶてに弾き飛ばされて。野伏や盗賊が弓矢を使ってもダーツを投げても、もともと異常な風の吹き溜まる場所だもの、まともに届くわけもなくて。姉さんは、精霊使いだったけれど、体術も心得ていたから、まだ新米だった戦士は力尽くで止めることも出来なくて。

 このままだと大切な仲間たちを殺してしまう。でも、自分の心は既に狂った風乙女たちに同調してしまっている。早く自分が気を失ってしまえばいい。けれど、仲間たちはもう限界で。魔術師はもう立ち上がることも出来ないし、野伏の身体からは大量の血が流れているし、盗賊の意識は既に無くて、戦士も肩で息をしていて。
 ……そうね。神官さんが居ればよかったのよね。でも、そのパーティの癒し手は姉さんだった。
 わかる? 癒すべき自分が仲間たちの血を流してるのよ?
 その後に叫ぶ言葉は……私だってきっと同じことを叫ぶ。
 このままじゃ仲間たちを殺してしまう。だから、それなら、いっそ……。

 うん、結局……結局ね、新米の戦士が止めたわ。手にした斧で。
 ……手加減なんか出来るわけない。手加減したらその戦士がやられていたもの。一撃で動きを止めて、けれど命は奪わずに、なんて……難しいよね。
 仲間たちがなんとか、姉さんの身体を村まで運んできて……もちろん私は詰った。その戦士を。絶対に許さないとまで言った。
 でもね……その戦士のほうが辛かったの。彼は姉さんを愛していたんだから。
 それに、今ならわかる。私がもしその時の姉さんと同じ状況なら、同じ言葉を叫んだと思う。もちろん、そう言われるほうはたまったもんじゃないだろうけどね。でも……だって、自分が仲間を手にかけるくらいなら、なんて。すっごい我が侭だけど。……彼はそれを受け容れてくれたのよね。
 うん、そう。今、向こうで店主と話してる詩人の彼が、その時の新米戦士よ。今はもう新米じゃないけどね。
 それが、もうかれこれ10年近くも前の話。

 で、去年の春に、カゾフの近くにある島に探索に行ったのよ。私、それまでずっとあの彼のことを避けていたわ。同じオランにいるのを知っていながら、会おうとも思わなかった。でも、その探索を知人から紹介されて、そして顔合わせしてみたら彼がそこにいたってわけ。
 ううん、その話を断ろうとは思わなかった。きっと意地っ張りなのね、私。自分から断るのも癪だったし、かといって彼が断ったとしたら「何こそこそ逃げようとしてるのよ」みたいなこと言ったと思う。意地っ張りな上に、ちょっとひねてるかな。
 結局一緒に行くことになって……そこで聞いたのよ。彼の気持ちを。だから……うん、許すことにしたの。まぁ、いろいろあったんだけどね。
 ああ、彼も苦しんだんだ、って。そう思ったら憎めなくなって。……ううん、違う。多分、私は、彼が姉さんしか見ていなかったことに腹を立ててたんだわ。姉さんが死んだことで彼は自分を責めて、そしてそのことで、私の目をまともに見てくれなくなったから。だから……彼が私の目を見てくれた時に全て許しちゃったんだと思う。
 姉さんの遺言も伝えてもらった。
 姉さんは私の名を呼んで……うん、他の兄弟たちじゃなくて私の名前を呼んでくれたの。そして、あなたは自分が思っているより優秀な精霊使いだから、って。
 だから……前に進みなさい、って。

 うーん。進めているかどうかはわからないなぁ。その島の探索の時にね、生命の精霊と繋がりを持てたのよ。あの時の感覚は、それまでの精霊魔法の感覚とまるで違ってた。いつもは、そこに在る、だから使う、だったけれど、あの時は必死に糸を手繰り寄せた。精霊の力の源を自分から探って、そしてすり抜けようとするその気配を捕まえることが出来た。
 初めて、自分から求めた。
 便利な技術としてじゃなく、そこに在るからっていう単なる手段でもなく、心から願った。
 あんな風に、他の精霊たちと繋がることが出来るだろうか、なんて。そう思ったわ。ううん、出来るだろうかじゃなくて、繋がりたい、のほうが正確かな。
 自分から希(こいねが)って、そしてそれが出来た時の喜びを知ってしまったから。
 その先に、私の知らない……でも、姉さんは知っていたはずの、精霊界が広がっていると思った。姉さんと同じ感覚で精霊界を知ることが出来たら、姉さんの最後の気持ちに沿えるかなぁ、なんてね。

 ふふ、そうね。私、過去形で話してる。うん、お察しの通りよ。うまくいかなかった。
 ……水の精霊がね。苦手なの。姉さんが一番得意な魔法だったから……だからきっと、それを使おうとすると姉さんのことを思い出しちゃうのね。思い出すと、どうしても精霊界に伸ばす手が怯える。その隙に精霊たちは逃げていく。その繰り返しよ。
 うちの家系はみんな、水や風の乙女たちと仲が良いのよ。何代も前の祖先がどうやらエルフに魔法を教わったらしくて、考え方がエルフに近いみたい。水や風、土、光、そんな精霊たちと仲が良くて、逆に炎や闇の精霊たちを苦手にしてた。
 私、鬼っ子なのかなぁ。うちの家系の人たちが苦手な精霊たちのほうが得意なのよね。「火蜥蜴の乱暴さが好きじゃない」なんて弟は言ってたけど、私はあの奔放さが好きよ。何もかもを焼き尽くす破壊の炎だなんて……そんなことない。ほら、風邪ひいたり怪我したりした時ってさ、熱が出るじゃない? あれは身体の中の火蜥蜴が、入り込んだ悪い精霊を追い出そうとして頑張ってる熱よ? 彼らはしなやかで奔放で、どこか生真面目で。力強くて、本当は優しいの。
 人が肌を触れあわせるとき、そこに感じるのはその人の体温よね。それは、その人の火蜥蜴の力よ。
 ね、だってそうでしょう? 炎ってそんなに悪いイメージじゃないわ。焚き火の傍にいるとほっとするじゃない。薪が爆ぜる音は耳に心地良いし、踊る炎に照らされてると暖まる。炎があれば美味しいシチューだって作れる。ただ、火蜥蜴はちょっと気ままだから、誤解されやすいのよ。
 精霊のことをそんな風に考えることが出来たのってつい最近なんだけどね。

 ……うん、そう。人によって、得意な精霊と不得意な精霊とがいるのは、そんなに珍しいことじゃないのよ。だから、水乙女が苦手だって、恥じることなんかないんだけど。……でも、私は水乙女にこだわってたの。
 姉さんの弔いが……湖だったのよ。
 うちの家系の精霊使いが死ぬと、その遺体は近くの湖に沈めるの。蔓草で編んだ大きな籠にいれてね。舟で湖の中心まで連れていって、そこで“水上歩行”の魔法をかけるのよ。その魔法知ってる? うん、少しの間だけ水の上を歩ける魔法。
 遺体が湖の上にある間に、みんなで歌を歌うの。精霊語で。もちろん、呪文なんかじゃないけれど。意味は……そうね、魂が安らかなるように。肉体は物質界へ、魂は精霊界へ。迷うことなく還れるように。正しく、穏やかに、精霊界に受け容れてもらえるように。そんな感じ。
 陳腐だけど、でも心を込めてみんな歌うわ。私も歌った。あんなにも精霊界を深く愛していた姉さんだから、その一部になれたらいいと思って。
 そして、魔法の効果が消えていくと、蔓草の籠に水が浸みてきて、ゆっくりと……うん、思った以上にゆっくりと、姉さんの身体が沈んでいったの。
 その弔いの時に使う魔法を……本当なら私がかけてあげたかった。姉さんは、水の魔法が苦手な私を心配してくれていたから……だから、その私の魔法で送り出してあげたかった。
 私自身が、充分に弔ってあげられなかったことが、ずっと重かったんだと思う。去年、その島で初めて生命の精霊に手が届いた時、その時は、目の前の人を助けることで精一杯だった。でも島から帰ってきて、あらためて精霊魔法の修行をしようとした時、一番最初に思い浮かべたのは水の魔法だった。

 でも結局……うん、やっぱり水の魔法は苦手。
 ええ、もちろん、知り合いの精霊使いには色々聞いてまわったわ。みんな、それぞれ得意な精霊と不得意な精霊がいるみたい。でもね、みんなそれでいいって言うのよ。
 私は…………ううん、私もそれでいいと思ってる。
 ただ……そう、ただ、水の魔法だけは使いたかったの。

 でもねー……レイドに行ってきたら、なんかすっきりしちゃったかも。
 姉さんのお墓参りしてきたのよ。そう、あの彼と一緒にね。久しぶりに家族に会った。そうしたら、兄さんが言うのよ。「俺はずっとおまえが羨ましかった」って。
 ほら、うちの家系は……ってさっき話したでしょ? つまりは、私以外の家族たちは火蜥蜴の魔法が苦手なのよ。それが兄さんにはまるで、強さの証みたいに思えたらしいわ。あの奔放な火蜥蜴を使いこなせる力の証、って。ふふっ、おかしいよね。お互いに羨ましがってたの。ただ単に性格の違いとか、好き嫌いの違いとか、そういう違いみたいなものなのに。
 その時に、兄さんがもうひとつ言ったの。妹も……もちろん、私にとっては姉ね。彼女もそうだったって。
 姉さんの名前には、太陽っていう意味があるのよ。「私は名前に太陽を持つのに、太陽が持つ暖かさ、それを司る火蜥蜴を使いこなせない」って。そう言って悔しがってたって。

 それを聞いた時にね。なんか、肩の力が抜けた感じがした。なぁんだ、姉さんもそうだったんだって。
 たとえば戦士だってさ……うん、私もその端くれだけど、武器なら何でも使えるってわけじゃないじゃない? もちろん、何種類かは使えるけど、私は長柄物は苦手だわ。剣も曲剣はあまり好まない。槍なんて、間合いすらわからないのよ?
 だから、精霊もそんな風でいいのかもしれないって。周りの精霊使いたちにずっと言われてたことを、わざわざレイドまで往復して、ようやくすとんと落ちたの。馬鹿みたいだよね。

 姉さんに憧れて、姉さんが羨ましくて。
 そして、私が好きだった人が、私じゃなくて姉さんを好きだったのが悔しくて。
 姉さんに勝ち逃げされたみたいで苛ついて、でも姉さんのことはやっぱり好きで。
 姉さんの遺言に背中を押されて、でも姉さんのことを思い出して躓いて。
 やっぱりまた姉さんの言葉に馬鹿みたいに救われてる。
 あははっ、そうね、進歩がないよね。

 ……今? うーん、そうねー……。やっぱりさ、自分の得意が1つでもあるっていうのは良いことだよね。それに、少なくとも私は、精霊界をもっと深く知りたいと思ったから。以前みたいに、「便利だから使う」っていうんじゃなくて、自分から手を伸ばしたいって思ったから。
 だから、今は水乙女が少し苦手でも、それはそれでいいのかなって思えるようになった。いつか届くといいなって、素直に思えるし。火蜥蜴ともっと仲良くなろうとか、せっかく手が届いた生命の精霊をもっと深く知ろうとか。
 うん。
 私の中で、姉さんの弔いがやっと終わったの。



 あ、向こうの話終わったみたい。もう行くね。
 ありがとう、長々と聞いてくれて。お兄さんも冒険者でしょ? また会えたら、一緒に仕事でもしましょうよ。戦士と精霊使いのコンビでよければ付き合うわ。
 しばらくはオランにいるから。じゃあね、また!


■ あとがき ■

珍しく本人検閲済み。

うーん……ひねりが足りなかったデス。次こそはきっと!


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琴美さんの感想 (2006/12/31 23:52:57)[2]

あやうく感想が年を越えてしまうところでした。
葬送は故人のためというより、残された者のためのもの。送り出す手を離すの決断を求められるのは残された側。レイシアが過去の痛みを抱きながら送り出すことができて、「残されたもの」でない生き方を選べるならば何よりだと思います。
魔法は結局使うもの次第の、道具でしかない。魔法が必ずしも人を自由にするわけではない。そう思わされました。
aoiさんの感想 (2006/11/27 0:45:24)[1]

感想が遅くなりました。申し訳ない。
本来なら自分でするべきなんでしょうけど、書いて貰って凄く嬉しいです。消化不良だった何かがすとんと落ちたような気が。
レイシアをPL以上に把握されてるようでちょっと悔しかったりします。
一連の流れを纏めて下さって、本当にありがとうございました。
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