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題名 愚者の贈り物
登場人物 ラス セシーリカ カレン
投稿者 松川 彰
投稿日時 2007/8/23 23:45:44




 去年、11の月、セシーリカは俺の誕生日にピアスを贈ってくれた。綺麗にカットされた青い宝石は陽光に照り映える凪いだ海を思わせる。それは俺にとっては、母親の瞳の色を思い起こさせたけれど、セシーリカは俺の瞳の色と同じだと言った。
 『自分の瞳の色と同じ色の石を身につけていると幸運が訪れる』というくだらない験担ぎを、子供の頃に母親から聞かされて以来、それが頭のどこかにひっかかっていて、身につける石を選ぶ時は決まって青いものを選んでいた。その話をセシーリカは覚えていたのだろう。丁寧な細工が施されたそのピアスを贈ってくれる時に、こんなことを言っていた。
「その……えっと、こういう関係になって、初めてのお誕生日だから、ちゃんとしたものを贈りたくて」
 それなら俺もセシーリカの誕生日には、セシーリカの瞳の色にあわせた石を贈ろう、と。そう言ったら、セシーリカは少し考えてからこう答えた。青い石がいい、と。
「幸せを願って石を身につけるなら、わたしがラスさんの分の幸せも願うから。それに……わたしがその色の石を身につけることで、ラスさんの幸せ……に……なれ…………たら…………やだなぁもう! 何言わせるんだよっ!」
 自分から言ったくせに、耳まで赤くして両手をばたばたと振り回して、セシーリカは暴れた。
 それを見つめながら、なるほど一理あると思った。
 そして、それなら、と考えた。
 淡いグリーンの石と、青い石とを組み合わせればいいんじゃないかと。ピアスをつける習慣はないようだから、そして腕輪は橄欖石の細工物を気に入って身につけているようだから、首飾りがいいだろうと。



 そして後日、セシーリカと食事をしていて、ふと気が付いた。胸元に揺れているのは、マーファの聖印だ。……そういえばいつもしている。朝起きた後、洗顔して服を着替えて、そして次にするのは聖印を首にかけることだ。神官服じゃない時も同じだった。だとすると、首飾りを贈っても聖印と2つぶら下げるのはあまり格好の良いものじゃない。
 俺の視線に気が付いたのか、食事の途中でセシーリカが顔を上げる。
「……ん? なに?」
「いや。その聖印、いつもしてるよなと思って」
「ああ、これ。最初はちょっと邪魔かななんて思ってたんだけど、もうずっとしてるから、今は逆にないと落ち着かないんだよ。やっぱり、何かあると聖印を握りしめちゃうしね」
 そう言って、セシーリカは笑った。

 その夜、どうやら俺は不機嫌だったらしい。
「……どうした」
 そうカレンに聞かれて、何がと聞き返すと、皺が寄ってると眉間をつつかれた。
 別に怒ってるわけじゃないが、と前置きして話を切り出そうとしたら、ふとカレンの胸元に気が付いた。そこにはチャ・ザの聖印が揺れている。
「おまえもかよ」
「……何が?」
「くそっ。まるでマーキングだ」
 そう、まるでマーキングだ。男が女に贈り物をするのも、雄の本能だと言っていたやつがいたが、カミサマとやらのそれもマーキングじゃないだろうか。自分のしもべに、そうとわかる印を持たせることで、それは自分の所有物だと言っているような。
 確かに男が女に贈り物をするのは、そういう意味が含まれているとは思う。首飾り、イヤリング、ブレスレット、そして指輪。それはまるで鎖で縛り付けるように。
「何を贈ろうと思っても、まず何より先に、既に神とやらの印が付いてるじゃねえか。気にくわねぇ」
「なんだそりゃ」
「その聖印だよ。首からぶら下げてるやつ」
「何言ってんだ、オマエ」

 しばらく話した後、カレンは呆れたように笑った。
「……オマエは神相手に嫉妬するのか」
「誰が相手だろうと関係あるか」
「そもそも、マーファなら女神だろう。ユーニスやキア相手に嫉妬しないんなら、マーファのことだって……」
「それとこれとは話が違うだろう」
「どこが違う」
「ユーニスやキアはセシーリカに“鎖”をつけていない」
 それならオマエだって、と言われた。
「オマエだって、銀以外の余計な金属は身につけないじゃないか。……まぁ、鎧やブーツの留め金は仕方ないとしても、選べるものなら、銀を選ぶだろう?」
「そりゃ、銀以外の金属は精霊が好まないから……」
「それと同じじゃないのか」
 ……確かに。何かを身につけることを信条とするのも、逆に身につけないことを信条とするのも同じことか。
「……ならさ、腕輪にしたら? 今アイツがつけてるのは確か、橄欖石の腕輪だったろう。それの新しいものを贈ると思えばいいじゃないか。……オマエのそのピアスだって、以前つけていたものの代わりに新しいものを貰ったんだろうから」
 そして俺は、カレンに丸め込まれた。



 細工屋で店主と相談をしたのが7の月。銀の土台の上に、青い石を花弁に見立てて花のように配置して、周囲には葉に見立てた橄欖石を散りばめて、蔓に見立てた金線でそれを繋ぐことにする。あまり派手になりすぎないようにと店主と打ち合わせをしてそれを注文した。
 使う宝石の色合いで迷っていると、何を誤解したのか店主がこう言いだした。
「旦那、いえね、こういう仕事でメシを食ってる私が言うのもなんですがね」
「……なんだ」
「旦那は、『賢者の贈り物』という話をご存知ですか」
「ああ。知ってるよ。間の悪い夫婦の話だろう」
「…………」
 店主が、そりゃぁないという顔で溜息をついた。
「あれだろ、確か……綺麗な髪をした奥方と、ナントカ言う稀覯本を後生大事に抱えていたオッサンの話だろ。結婚記念日に互いに贈り物をしようとして、奥方は髪を売って、視力の落ちた旦那のために眼鏡を買う。旦那は旦那で、その古くさい本を売って妻の髪に映えるようにと櫛を買う。間の悪い話じゃねえか」
「いや、そりゃそうですがね……。つまり、贈り物ってのぁ……」
「……言っとくが、金が足りなくて迷ってるんじゃねえぞ?」
「へ? ああ。こりゃすみません、てっきり……」
「まぁ、かといって、全財産注ぎ込むのは確かに現実味のない話さ。だろ?」
 肩をすくめて見せる俺に、店主は苦笑した。
「わかってるくせに人が悪ぃや、旦那は」
「わかってるよ。細工の凝り具合でも、宝石の値段でもなく……ってんだろ? そりゃおまえ、細工屋なんかやってて言う台詞じゃねえ。色の濃淡で迷ってただけだ。その奥の……そう、その青玉とこっちの手前の橄欖石で頼む」
「へいへい、ごもっともで。……きっちりひと月で仕上げますぜ、旦那」
「ああ、ついでに。……同じ橄欖石のかけらでピアスも1つ作ってくれ。1組じゃなくて、1つでいい。土台は銀で」
「どうせなら、腕輪と同じ意匠にしますか?」
「いや、いい。それは凝った意匠じゃなくていいんだ」
 首を傾げる店主を残して、俺は細工屋を後にした。
 それがある意味で本当の贈り物だから、とは言わないでおいた。店主は余計に混乱するだろう。相手に贈らない贈り物のほうが本物だなんて。



 8の月、15の日。一緒に食事をした折に、その腕輪をセシーリカに渡すと、とても喜んでくれた。
「わぁ、綺麗! ありがとう、ずっと大事にするね」
 それまでしていた腕輪を外して、新しいものを早速身につけている。ふと、気になって聞いてみた。
「そういえば……おまえがしていたそれ、何か思い入れがあるものだったのか? ずっとしていたようだから、外させるのもどうかなと思ってたんだが」
「ああ、これ? 石の色と細工が気に入ってて、それにわたし、アクセサリーってほとんど持ってないから、ずっとこればかりだったっていうだけだけど。これはね、友達にもらったんだ」
 ラスさんから貰った腕輪のほうがずっと嬉しいよ、と照れながら笑うその口ぶりに、更に気になるところがあった。
「……その友達って?」
「え? 神殿のね、当時見習いだった子で、今はもう立派に神官になってる子だよ。今でも時々ご飯食べさせてくれたりするんだ。治療院の当番もね、よく一緒になるの」
「それ……ひょっとして男?」
「うん、そう。男の子」
 それがどうかした?とでも言うように小首を傾げている。
「セシーリカ……それ、明日にでもすぐ返してこい」
 その後に聞こえたセシーリカの不満げな呟きは黙殺した。
 くそ。マーキングしてたのはカミサマだけじゃなかったのかよ。
 左耳の、増やしたばかりのピアスの穴が少しだけ疼いた。



■ あとがき ■

らぶらぶー。(←これがあとがきか)


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琴美さんの感想 (2007/8/24 23:25:47)[1]

このバカップルがー!(←親しみを込めた挨拶)
相手を慈しみ愛しく想い、心を寄り添わせているからこその贈り物ですね。
現在空いているはずの「指輪」じゃない辺りが今後色々楽しませてくれるんでしょうか。
生まれた日の祝福に相応しい贈り物でした。
それにしても、セシーリカも色々自覚がでてきたんだなと思いきや、やっぱりセシーリカなのですね。
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