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題名
巡る明日に(『辻斬りの正体』に寄せて)
登場人物
投稿者
琴美
投稿日時
2007/9/29 1:22:23
ラスさんが腕を喪ったあの日、施療院の一室で震えるセシーリカを抱きしめながら、精一杯冷静に、震えないように言葉を紡いだ。
私たちの傍らで、彼女の恋人であるラスさんは昏々と眠っていた。出血多量で色の失せた顔と、眉間に刻まれた苦悶と、消えてしまった左の腕。目に映るすべてが心をかき乱す。
ひとまず命に別状はない、それだけが救い。けれどこれから、命あるからこそラスさんは苦痛を覚えるだろう。たとえ再生の奇蹟を受けられたとしても、何ら気に留めないとは思えない。
大切な友人の恋人。そして自分にとっても大切な人々のひとりをこんな目にあわせた奴は襟首を掴んで一発引っ叩いてやりたい。
ふつふつと胸の中に湧き上がる熱が、逆に気持ちを落ち着けた。凶暴な衝動が沸き起こるのはショックが抜けた証拠なのだと認識して肩の力が抜け、現実的な思考が戻る。
この状態なら、自分はきっと辻斬りを前にしても、結局殺傷を選ばないであろう。そう感じながら、辻斬りを追うために、セシーリカとともにラスさんの病室を辞した。
本当は、ここで衛視隊に届け出て、彼女と使い魔が突き止めた辻斬りの隠れ家を包囲させるのが、市民としては最良の対処なのだろう。
けれど、わたしは冒険者だ。当初冒険者同士の諍いと見なして、事件に不干渉の立場を取った挙句、事件を未然に防げなかった彼らに従う義理はない。冒険者は冒険者なりの決着のつけ方を、というなら、そうしてやろう。
たとえそれが、咎めをうけることであっても、己が心から望み許すならば。
また少し危うげな方向に傾きかけた思考を頭を振ることで追い払う。
今、何より優先されることは、これ以上辻斬りに人を殺傷させないことだ。他はその後考えればいい。
けれど、病室を出る間際に、ラスさんの腕と記憶の中の何かが重なり、私は小さく息を呑んだ。
忘れていた戦場での光景を、思い出してしまったのだ。
************************************************
北方の戦地に傭兵として派遣された頃。私は何度も人を斬った。
荷を運ぶ隊列に襲い掛かる敵の影には、容赦なく剣を振り下ろした。
人間こそが過ちと災いのかたち。だから、とりあえず斬る。とても単純な世界。
戦場では人を斬ることは罪ではなく、仕事という名で正当化されていた。斬らねば死んでいた。
けれど、私が奪った命にも、その日に続く明日があるはずだった。
生まれたからには両親がいたはずで、彼らを知る人々がいたはずだった。
私は、それらの絆や時間を剣で断ち切ってしまったのだ。
私の行為は戦場の常だ。眉を顰めるものはいても、表向き咎めるものはいない。
しかしいくら「おおやけ」が咎めずとも、「わたくし」として恨むものはいる。彼らが恨みつらみから私を殺そうとしてもおかしくはない。
丁度、いま隣を歩むセシーリカが苦しんでいるように、彼らは今も、名も知らぬ私のことを憎んでいるかもしれない。
隊の中でも小柄で、しかも女である私からさっさと片付けようと襲い掛かる者の腹に、躊躇わずに鉄の刃を喰らわせ、引き裂き、命ごとその身を断ち切った。傷から溢れる血や内臓、時には骨をも切り落とした私の剣は、確かに敵の腕も叩き切った覚えがある。戦場の片隅で癒しの魔法などかけてもらえなかったその男は、出血に加え、斬られた衝撃もあってか、あっという間に息絶えた。
そういえばとどめも刺したのだった、と冷静に思い返す自分の記憶は乾いていて温度がない。
あの男に妻や恋人がいたなら、今セシーリカが辻斬りを追っているように、彼らも私を追い詰めて、刃を向けただろうか。
あれから数年。当時幼かった子供が復讐心を抱いて今から私を追う事だってあり得る。その程度には、命に捧げられる想いの可能性は誰しもあったはず。敵味方など問わずとも。
剣で殺すものは剣に殺される。その日、最後まで抗おうとも、自分を殺す相手に恨みを持つのは筋違いだ。
そんな風に思う程度には傭兵らしく変化していった私は、仲間にとどめを請われて殺すまで、最初の頃の戸惑いや踏み込みの甘さ、抜刀の遅さを思い出すことはなかった。人殺しに伴う手の震えも、胃の底がひっくり返ってしまいそうな嘔吐感も、戦場に馴染んだ短期間のうちに忘れかけていたのだ。
あの時、仲間を手にかけていなかったら、私は今頃どうしていただろう。
今でも戦場で人を殺めているだろうか。それともとっくに死んでいただろうか。
私の流し、流させた血は、大地を染め続けていただろうか。
豊かなる育みの大地を鉄錆の色に。
ラスさんの流しただろう血を思ったためなのか、今更ながらその罪深さに息が詰まった。
巡り巡って、今、親しい人の上に己の罪の形を示された。そんな気がしたのだ。
マーファ様。大切な人たちの傷ついた姿に引き合わせたのは、命を奪った私への罰ですか。
************************************************
いのちは巡る。大地という劇場の舞台でくるくると。
雨の気配がオランに満ちている。ひと雨ごとに秋への扉が開いていくような、そんな時期の冷たさとゆるい熱を含んだ雨雲が、上空に垂れ込めている。
辻斬りが捕らえられ、事件はひとまずの決着を見た。そして後で考えればいい、と後回しにしてきた箇所に、今わたしたちは直面している。
カレンさん達と私は、風雨を寄せ付けぬ堅牢な屋敷の中にいた。屋敷の主にして、アダルバートの故郷たる荘園の領主、レアル子爵の人となりを窺わせる質実剛健さの漂う部屋に通されている。
日頃縁の薄い貴族の館にあることと、様々な経緯から居心地の悪さを覚えながら、私たちは冒険者には不釣合いな小奇麗な椅子に納まっている。
もちろん、セシーリカもその中にいる。
張り詰めた空気の中で、彼女は時折アダルバートとレアル子爵に視線を送りながら、胸の聖印を握り締めている。
唇は小さくマーファの名を呼んでいるように見えた。
彼女を「大地母神の放蕩娘」などと呼ぶ口さがない者もいるようだが、実際に彼女に接すると彼女がどれほど母神に対して真摯に向き合い、心を寄せているかが少なからず伝わってくる。自由闊達な彼女は地の上を心のままに飛び回るが、決して足を付ける場所を忘れたわけではないのだ。
いや、むしろ、大地の御母の胸に帰る喜びを知るからこそ、飛ぼうとするのではないかとさえ思う。それは少し微笑ましく、愛しいことでもある。
だとしたら、アダルバートは?
アダルバート……辻斬りは故郷や家族、友人らを悪党の手で奪われた復讐として、彼らを討伐する辻斬りを続けていたのだという。
その行為には素直に同意できないまでも、歩みには同情を禁じえないし、まして彼の苦悩は私には推し量ることさえ及ばない。
なぜなら、彼もまた大地母神に心をゆだねた神官だからだ。
罪を重ねるともその声を母神に届けることの可能な己と神の関係は、神を思えば思うほど引き裂かれていく。彼にはそう思えていたのではないかと、今では思う。
飛ぶとも必ず御母の胸に戻るセシーリカと、暗がりに墜ちてもなお御母の名を呼び聞き届けられてしまうアダルバートとの間には、温度や明暗こそあれ、どれほどの違いがあるというのだろう。
こんなことを考えているなんて、流石に彼女にはいえなかった。
レアル子爵の言葉に苦しげに反駁するアダルバートと、俯くセシーリカ。
罪をはさんで二人の神官が、カレンさんも含めれば三人の神官が、苦しみ喘いでいる。
正直、神の声を聞くことは、生真面目であればあるほど苦行なのではないかと思う。面倒なことだとすら傍目には思える。自分は神々の御声が聞こえなくて良かったとも思うほどに。
神々は明確な意思を有するくせに、判りやすい導きなど与えはしないらしい。
自分と「力」の関係を見つめ、ありようを見定めるのは魔術師も精霊使いも同じこと。もしくはいかなる人間も同じ。
けれど、神と人とを繋ぐひとびとや、神を求める者の苦悩を見るにつけ、神の御座はあまりに高すぎて、人の目を眩ませているように思う。
その高さと距離の遠さに、救いを求める手を伸ばしながら諦めて。時に悪態をつきながらもなお、神の名を呼ぶ。まるで拗ねた子供のようだ。
もしかしたら、失礼な想像かもしれないけれど、神の声を聞くものたちは、いとけない子供が母を求めるが如く、神を感じるが故に、自分を実際より幼く頼りないものと感じてはいないだろうか。
そんな脆弱さを少しだけ、アダルバートに感じていた。
この館を訪れる前に、とある酒場で彼の行く末について語っていたとき、
「生きて、生き続けて苦しめ。そういう罰もあると思うんですけれどね」
私はそう呟いた。あれは結局正否を神に委ねて神を想ってばかりで、責めという名の救いを待つばかりの彼がもどかしくて仕方なかったのだ。
復讐を選びながら苦しむ彼は、本来剣を取るべきでなかったのだろう。
その意味で、レアル子爵のしたことはあまり褒められない。
アダルバートは、心に耐え難い重傷を負っている。
けれど、体は死んでいない。負った傷は同じ神を崇めるものが癒した。
ならば、苦しんで苦しみぬいても生きてほしいと思った。神にすがることではなく、自分の足でたって、罪と向き合って欲しいと。それに、体と同じように、苦しみの果てに心が癒される日も来るかもしれない。
しかし同時に、剣を取るものとしては苦しみを断ってやりたいとも思い、心が揺れた。
結局無責任で、ひどく曖昧で冷ややかな態度になっていたと思う。
でも、彼の心はまだ死んではいない。傷の痛みが判るのだ。生きているのだ、と思いなおして。 それならば、と。
罰を受けねば落ち着かないというなら、生きろ。
死んでしまえばあなたが今求めている非難や怨嗟の声は耳に届かなくなる。それは、きっとあなたを楽にしてしまう。もし罪を知るなら罪を背負え。
……そういえば生きてくれるだろうか。責めてもらえると喜ぶだろうか。
そんな馬鹿なことを考えてみた。愛情も思いやりもない。
けれど、このまま他人に責められることなく、己の身に満ちた痛みとひたすら対峙して、神を求めつつ俯いて生きることは、彼を歪めるだろうか、とも思う。
それは誰にとっても、幸せな結末ではないように思えた。
死は確かに断罪の方法ではある。
けれど生きていなければ考えることも出来ない。
彼の体にとどめをさすことは私にも出来るが、彼の心に止めをさすことができるのは、恐らく母神だけだろう。けれど母神はいまだ彼女の鎌を振るわない。
全ての命を刈り取る収穫の鎌にかけるのは、苦痛にやせ細った命ではなく良く肥えた実だけであるといわんばかりに、ただ彼の願いに応えて力を貸すばかり。
それは己を省みよという懲罰なのか、深い愛ゆえなのか、神ならぬ私には窺い知ることもままならない。
私には……そうだ。そもそも、私には彼の命を絶つ蛮勇も、権利も義務もない。
ラスさんや私にかかる嫌疑を晴らすために関わった事件の犯人に対して、ここまで心を砕く必要など、本来どこにもないのだ。
それなのに、余計なことを考えるのは、彼がもともと善人だからなのか?
それは違う。
せいぜい情けをかけたくなる理由があるから、といったところだろう。
善人か悪人かどうかなど、行為を判断するのに必要ではない。
殺人は殺人、その人物がいかなるものであろうと行為は罪だ。
罪を罰するにあたり、人の世で情状酌量なる余地を見出すための材料が、人の性や生い立ち、もしくは故意か否かであるにすぎない。善人の悪人に対する復讐だから是とする、などという考え方自体意味がない。悪人の復讐は権利なしといわんばかりだ。そんなものは誰が決める?
そもそも復讐も不毛な行為であり、誰が成そうとあくまで復讐だ。殺人が、殺人であるのと同じように。
百歩譲って最初の殺人までは善人とやらでも、次からは殺人者――それは事故でないならば一般的に見て悪人だろう――が復讐しているだけだ。
そう考える故に、「おおやけ」のはずのレアル子爵の思いがけない言葉が胸を打った。
「人が人を裁いてはいけない。ただ、あの男はわたしが大好きだった人々を殺した。だから、これは裁きではない。わたしがやりたいからやるのだ」
子爵の言葉に、態度にこそ出さなかったものの、私は心からの同意を捧げた。
そう、復讐とかそんな言葉で語れば大儀が生まれるわけでも正当化されるわけでもない。神に代わって斬ることで、人が罪を購わせる事も無理だ。救われるのは自分だ。満たされるのも、背負うのも。
それを判っていて、あえて剣を取る。
復讐と行為は同じでも、心の位置がまるで異なるこちらの方が、私の心には沿った。ただ、普通は決して正視しない類の、どす黒い欲望を口に出す勇気がなかっただけで。
これは危険な考え方だ。倫理とか人の道とか、そんな綺麗事を踏まえたうえで己の持つ力でそれらを飛び越えてしまおうと、振る舞うのだから。
ちから――魔法か権力かを問わず、力となるものを持つものがそれを行えば、抗う術を持たない者も多い。アダルバートの行為しかり、このレアル子爵の行おうとしていること、しかり。
ただ、この方はアダルバートの罪と痛みを推し量り、己の思いと、力を持って現実的に対処しようとしている。それがいささか理想に傾いたものであろうとも、傾いた危うい己をまっすぐ認識しようとしている。
その背景に情愛や善意を抱けば罪が許されるわけではない。けれど、おのずと窺い知れる情愛の深さは、相手の心を打つ。
善悪ではなく、心を動かすことで許容させる。それで、いいのではないだろうかと思わされて、何だか子爵の術中に嵌っているように思えた。
では、アダルバートは? 彼のこころは動く?
結局アダルバートは、落雷による火事で死に瀕した仇、ドリー・キリバスを母神の御業を願うことで癒し、己の心のあらわれとした。
その行為は、各々受け止め方の違いはあれど、関わったものたちの心に強い音色を持って響いたと思う。是非ではなく、ありよう、として。
ドリーを救出しようとしたアダルバートに最初に手を貸したのはセシーリカだった。
カレンさんは救出を手伝った後、癒しの御業を母神に願ったアダルバートに、多くは問わなかった。
一連の流れは予測不可能なものではあったけれど、意外ではなかった。
彼らは神様の声に耳を傾け、生真面目に神様を想うひとたちだったから。
アダルバートもまたそうなのだと、思い知らされた。
ラスさんがアダルバートを殴りたいと思うなら、衛視の目をかいくぐってでもアダルバートの首根っこを掴んでラスさんの元に連れて行き、殴らせるくらいのことはしたと思う。当然、その前に自分が殴るつもりはなかった。
セシーリカとカレンさんについても同様。
結局、全く予想外の落雷という「天罰」はアダルバートとセシーリカ、カレンさん……そして皆の心を試すように下された試練のようだった。
神様。
私は時々あなた方の御名を心に抱いて求めます。
けれど、その多くは自分のためではなく、他の誰かの幸せという、自分の手では届かないものを欲するが故に発する場合が多いように思います。
……だって、自分のことは自分で始末をつければいい。祈る前に願い、動けばいいんだから。
こんな私は、あなたがたにとって可愛くない存在かもしれませんが、あなた方を心から慕い、求め、狂おしいまでに想う人々の幸せを、祈ってもいいですよね?
あなたが私に罰を下すなら、それはそれでいい。
けれど、どうか幸せを祈る自由を奪わないでください。
************************************************
レアル子爵邸を辞して、各々帰途に着く。
ヘルムート院長とともに施療院へと戻るセシーリカ達や、他の仲間達と別れた私は、気付けば一人、ハザードの河原に立ち尽くしていた。川の向こうに、王城の丘が圧迫感をもって迫る。
時折頬にあたる雨粒が心地よくて、フードを被るのも忘れたまま、王城を護るようにして並び立つ光の神々の神殿を眺めていた。マーファの神殿は今の位置からは少ししか見えないが、雲の切れ間から射す光に柔らかく輝いていた。朝の日差しを受けて振るわれる収穫の鎌は、こんな風にきらきらと朝露をはじいて光るのだろうかと想像してみた。
そのとき、私の脳裏によぎった言葉があった。
「命を刈り取る女神の鎌は、ひとの明日を奪わない」
それはもちろん神の声ではなく、ひとの子である私の、浅はかな感想なのだと知れたけれど、少し胸を温かくするものだった。
セシーリカやアダルバートの胸に輝く聖印は、三日月ではなく、いのちを刈り取る鎌。
刈り取られた命は冬を越え、再び大地に芽吹く春を迎える。この流転の如くマーファは輪廻……命の再生を司ると言う。
再び大地の胸に戻ることを覚えたアダルバートが、死を契機に生まれ変わるのではなく、変わって行くことで刈り取るものから芽吹かせるものになれたなら、世の中に少しは幸せがふえるだろうか。
母神の御心が地にあるように、人に顕れるだろうか。
天下国家を語るほどに、彼らもわたしも大きくも力強くもないけれど、関わった場所から少しずつ耕し畦を開くように、実りが広がるならば、少なくとも私の剣よりもきっと、彼らは豊かに人を護るだろう。
ああ、似たように刈り取るものでありながら、なんと戦士は不毛な存在なのだろう。
ラスさんの病室での姿を見たとき、己の罪の傷痕を見た気がした。
それは過ぎたことで、喪われた命についてはもはや取り返し得ない。
それでも私は生きている。私が自ら死を選んでも罪を拭えると思わない。
誰も責めなくても、私は己の罪を知っている。また、責められても、罪は消えないし楽にもならない。私は頑ななのだ。
私は以前、自分の意志で剣を取り、戦という怪しげな大儀のもとに人を斬った。
もはやあの日のように戦場にでることはないだろうが、これからあるとすれば、神の名でも国の名でもなく、己の名においていのちを絶ち斬っていることを忘れはしまい。
生きるために、糧を得るために、護りたいもののために。あくまで自分の勝手で。
いかなる大儀の許しを纏おうとも、大儀によって許されることを期待せず、あり続けよう。
その業を、あらためて静かに受け止めていこう。
活人の剣という考え方は、私ごとき凡才の手には届き難い。
それでも静かに、死に行く日まで、命の重さのために足掻き続けるから。
――神々よ、頑固者の祈りをひとつ、お聞き届けください。
活かすための刃を持つ母神の使徒らに、神々よどうかさらなる祝福を――
太陽が分厚い雲の向こうに隠され、雨足が再び激しさを増した。
見上げる光景が雨に霞むまで、私はずっとそこに立ち尽くしていた。
命が、巡るというなら。
いつか私が腕を落とした男の身内に、もしくは殺し傷つけたものの知己に殺されるとしても、悔やまぬように。その日、己の生き方を恥じずにいられるように。
自己満足に過ぎなくても、少なくとも奪った命に恥じない生き方をしようと、そう思った。
さしあたり。
新たな選択肢として、レアル子爵のような人のもとで、私兵として雇われるというのはいいかもしれない。
そんな風に思った自分は、己の責で生きると決めたくせに、根無し草をやめたいのだろうかと可笑しくなった。
季節は夏から秋へ。秋蒔きの種の準備には頃合だろう。
今日に続く明日に、根無し草が新しい生き方を見つけ、選ぶかどうかは、未だ詳らかならず。
■ あとがき ■
競作企画『明日』として書こうかと思っていたネタと微妙に被ったので、こっちで書きました。でも競作企画扱いにもしてしまっていいのかしらん?
グダグダと長いですが、とりあえず宿帳執筆時かけなかったことをそれなりに補足……したような、ひっくり返したような。
とにもかくにも、イベント参加の皆様、お疲れ様でした。
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