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題名
年の瀬に
登場人物
投稿者
琴美
投稿日時
2008/12/30 23:16:46
*** Eunis Quincy ***
わたしの傍らで揺れる光霊。その仄かな明りを頼りにわたしは妖魔の血で汚れた剣を磨く。命を預ける相棒の、手入れを怠るわけにはいかない。
精霊使いの師を求めてオランに来て6年。癒し手にはなれなかったけれど、もともと手にしていた剣でそこそこ食べていけるようにはなれた。どっちつかずといえばそうかもしれない。それでもわたしの手は剣の柄を握り締めることを迷わない。
レイシアさんやイゾルデさんのように、癒しの力と剣や弓を両立させられたならと羨ましく思うこともある。けれど、それは多分私の手には余るものだろう。今だって、野伏の技をいくらかと、精霊と親しむ力とを剣のほかに手にしているのだから、かえって強欲に過ぎると笑われてしまうかもしれない。
剣と弓と精霊。すべてを手になんて、わがままなことを考えるよりも、いまのわたしが手にしているものを大切にして、その上で剣を選び、戦士を名乗れる幸せを忘れないようにしよう。
剣は生きていくすべ、心のありよう。
そして魔法の力はたからもの、わたしの存在に寄り添うものとの絆。
剣を鞘に収めたとき、やすらぎのなかに大切な精霊たちを抱きよせ、微笑みあうための腕と指がわたしにはあるのだ。
鉄の鎧に身を包むとも、わたしはいつだって決してあなたたちを忘れたりはしない。吸い込む息に、踏みしめる大地に、見上げた陽光に、流れる血潮に、あなたたちがいることを知っているから。
孤独さえも友にして、わたしはこの友に満ちた世界に抱かれ、世界を抱いて生きていく。
「あ。剣を抱いて寝ちゃってた。うわー、何か痛いと思ったら、鞘の模様が頬についてる……って、ああっ! よだれが鞘にっ」
新たなる朝は、ちょっぴり切ない目覚めも運んでくるようだ。
*** Clefe ***
精霊たちが、私の五感に絡みつき、支配している。そんな感覚を恐怖し嫌悪し憎悪していた幼い頃、私には自由がなかった。
あの頃よりも深く精霊たちと関わっているというのに、今の私は比較にならないほど自由だ。
違いはたったひとつ。
精霊たちの存在、そして私との繋がりを、"そこにある" そう認めただけの話。
自分のことだけを考えて生きていた頃には見えなかったもの、牙をむいて襲いかかってきたものが、相手を認める、ただそれだけで豊かに私を包み、静寂の中に争いもなくあるがままに納まっていく。
「自分を縛るものをいずれすべて縛り返す」
そんな望みを抱いて盲目的に突き進んでいた日々、試されていたのは精霊使いとしての実力ではなく、結局は自分の度量が試されていたのだと知って、愚痴や怒りにまかせた叫びを放ったことに今更ながら恥ずかしさを覚えもした。
"神、星界にしろしめす。なべて世はこともなし"
クレアの部屋を整理していた折に手にした書物に、そんな一節があった。私は神にことさらに絆を求めはしないけれど、精霊を超越者とも束縛する力とも支配者ともせず、ただこの文の意に置きかえるならば。
「"精霊は、あまねく世界に在り。なべて世はこともなし"ってところかしらね」
30年を過ぎてようやくたどり着いたわが身の理解の遅さに苦笑するばかりだった。
魔法は力。
しばるもの
あやつるもの
ちからをおよぼすもの
それは かりそめの絆を結ぶものたち
この世にある限り、その絆をもって存在する。
私を操り人形のように繰るのではなく、共にこの世を構成するものであるというならば。
私はいつか"縛り返す"のではなく、舞い手のように糸で自在に遊んでみせる。"あなたたち"と共に。
その前に。
「この本の山……今年中に片付くのかしら」
乱雑というより混沌を極めた友人の部屋の惨状を眺めながら、私はため息をついた。
*** Swen ***
三下だったあたしがジャングル・ラッツの連中(←やっぱり呼び捨て)に"三中"と認められてから苦節数年。とうとう三から上に浮き出ることになった。
そう、ちびっとだけど昇進したのだ。といっても、娼館を一軒担当することになったって話だけどね。でも、今まで吹かなくても飛ぶような砂埃程度の下っ端だったあたしが、オランの路を覆う石畳の一枚くらいには昇格したかも。何せラスの兄さん直属には変わりなくても、自分の責任でギルド員として果たす役割……ああ皮肉……ってのができたんだから。
人がひとり死ねば、ひとつ席が空く。
ひとつ空いた場所を誰かが埋める。ただそれだけのこと。
ニルガル教の一件でずいぶん人が死に、空席ができた。死んだのは下っ端が多かったとはいえ、組織の中にいくらかの改変が必要になって、席が空いた。
上司たちは空席自体を自分の権力のための道具としてそれを分配しあい、組織を再度築き上げる。まるで穴のあいた鍋につぎを当てたときのように、最初は馴染みが悪くても、いずれ気にならなくなる。
あたしも、そんな地金の欠片のひとつなんだろう。
それでも、あたしは自分を卑下なんかしない。
事実は事実。あたしは生きて、元気に動いてる。小さいなりに器用に動く手指と覚えなきゃいけないことで湯気を吹きそうなアタマは今日も健在だ。卑下何かしてる場合じゃない。
ちょっと前は魔法に憧れていた。手の届かない場所――親父を呑み込んだ遺跡の底とか、すぐれた技量とか――に一足飛びに行ける気がして、羨ましさとちょっと妬ましさとで胸がやけつくように思えたこともある。
でも、そんな力だって何もかもを可能にする訳じゃない。魔法を使うひとたちを見ていて、彼らだって、なんでもできるわけじゃないと思い知ったから言えることだけど、力に焦がれるばかりで足元をみないなら、きっと宝の持ち腐れのまま何もできずに不平不満ばかりまくしたててオワリだ。
ならば、あたしにできることは、いまのあたしの指の先にどうやったら手の届かない場所への道筋を築けるか、それを考えてひたすら突っ走ることだ。
その気概が、あたしにとって"魔法"に代わる力。使いこなせない力なんていらない。魔法が必要ならそれを使いこなせるやつを使いこなす技量を手に入れろ、ってことだよね。
だから、無意味に憧れたりなんか、もうしない。
「ふーん? じゃさんざん羨んでた姿隠しの魔法とかももう憧れないわけだな?」
「くっ……あ、憧れるけど! つか羨ましすぎて歯噛みするっすけど! んなことに歯噛みしてる暇にほかの技磨くってことっすよ。兄さんはわかってるくせにっ、ちくしょーグレてやるー!」
「だからお前は馬鹿だというんだ。もう巣穴にいるのにこれ以上グレようがねぇだろ」
ちくしょー。我が家的には巣穴所属は正しい稼業なんだぞー。カタギに生きる方がグレてるってもんなんだーー!
という魂の叫びを押し殺しつつ、あたしは今日も娼館の通りを歩く。
今までラスの兄さんに尻を拭ってもらえた分を、自分で落とし前つけなきゃいけない。なのに失敗すれば未だ上司であるラスの兄さんに仇なしてしまう。そんなのシャレになりもしない。
仕事をするってことは、責任を背負うってことだ。そのためには力をつけなきゃ。立ち止まる暇なんてない。
「うぃーっす。今月の書類とりにきたっすよー」
だから、ブーツがすり減っても、一歩一歩しっかり歩かなきゃね。
* * * * * * * * * *
オランの520年は、こうして暮れていく。
この3人が521年をどう迎え過ごしていくのか、誰にもわからないけれど、朝はやがて訪れる。
繁栄を極めた街にも、廃墟にも、平等に。
■ あとがき ■
EPというより宿帳くっつけただけという気がするんですが、むりやり【競作企画】のお題「魔法」にこじつけて? 書いてみました。これで一応全部のお題クリアだったかな?
これらはすべて前々から書いておきたいことでもあったわけですが、もっとこなれた形で投稿したかった……。
ともあれ、関わってくださった皆様、お世話になりました。
本当にありがとうございました。
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樽野
さんの感想
(2008/12/31 11:27:36)[3]
この3人はそれぞれ個性は違えど、前向きで・・・。語られる言葉から高いエネルギーを感じますです。
こんな風に気持ちよく自キャラの幕を引かれたこと、素晴らしいと思いました。キャラチャで満足に話すことができなかったことは残念な限りですが、最後に良い物を読ませて頂き、ありがとうございました。
いりしお丸
さんの感想
(2008/12/31 8:19:53)[2]
私はここに立っています、こういうあり方です、というアイデンティティ。
ここまでPLに魂を与えられて作りこまれたキャラって、いいなぁと、お門違いなうらやましさを感じてしまいました。
あぁ、話させてもらいたかった…、ちくしょう、と。
彼女らに祝福あれ、がんばれ、と握りこぶしで、その人生を応援します。
松川
さんの感想
(2008/12/31 6:11:19)[1]
3人の行く末と現在。ああ、みんながんばってるなーと素直に思えるものでした。
3人とも、僕のメインキャラと深く関わっていて、行く末がとても気になっていたということもあり、読めて嬉しいです。
「がんばろうね」と素直に思えるEPを読ませてくれて、どうもありがとう。
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