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No. 00004
DATE: 1998/05/31 17:08:45
NAME: ペグビー
SUBJECT: 闇の襲撃(前編)
陽が傾きはじめた。俺は路地裏の壁にもたれ、闇の訪れを待っている。
呼吸が荒くなっているのがわかった。ムリもねえ、今日で俺の人生が幕引きになる可能性、大ありなんだからな。
──オランまで逃げれば、身を隠せる。そう思って、必死の思いで逃げてきたってのによ。中途で見つかっちゃまずいと、「自由人たちの街道」も使わずに…だ。
ち、だが、ギルドはそれで撒けるような奴らじゃなかったな。
いつのまにか、すっかり夜が落ちていた。
その時、向こうの大通りの方から、足音が近づいてくるのに気づいた。俺の全神経は一瞬で緊張した。怯えと紙一重の興奮が、身体をかけめぐる。
俺の盗賊としてのカンが、足音を敵だと告げていた。
それはだんだんと大きくなる。俺はひとまず身をひるがえし、反対側の通りへ走った。
もう逃げられねえことはわかっている。だから、迎え撃つための準備をした。オランの裏町の地理は、すべて頭の中に入っている。盗み出した魔法の品にも、使えそうなものがあった。いくら相手が熟練の暗殺者だとはいえ、俺も腕利きのシーフ、そう簡単にやられるかよ。
通りに出る間際、ちらと背後をうかがうと、生っ白い顔をしたマントの男
が、ぞくっとするような眼つきでこっちを見ていた。
その顔には記憶があった。間違いねえ。ジェノアのホモ野郎が囲っている
暗殺者の一人だ。とうとう来やがった。俺を、始末しに。
俺は自分にビビるなと言い聞かせながら、裏町の入り組んだ通りを走り続けた。
そして、目的の場所についた。俺は後ろを見て、まだ奴が追って来ていないことを確かめると、そばに建ち並ぶ雑貨屋と服屋の間から、雑貨屋の屋根に這い上った。
雑貨屋の屋根には、鳥を象ったでかいシンボルマークがついている。それは身を隠せるぐらいの大きさで、そこにクロスボウを隠しておくぐらいの事はなんでもなかった。
俺は設置しておいたクロスボウの具合を確かめながら、屋根の上で体勢を低くした。今日は月のない、ねっとりした闇の夜だ。奴の姿を見つけるのには苦労しそうだが、やつが俺のことに気づくのは、もっとだろう。
俺は息を殺して待った。
「おまえの浅知恵にはほとほとあきれるな」
そういう声が背後でしたと思った次の瞬間、俺は背中を蹴り飛ばされ、雑貨屋の屋根から街道へ転げ落ちた。
「うおっ」
どうにか受け身を取ったものの、顔の側面をしたたかに打った。
そして、呼吸をしようと思った時には、奴の足が俺の背中を踏みつけていた。
(うぐ…)
「捕まえたぞ、ネズミ」
苦悶の表情を浮かべる俺を、やつは微笑しながら見ていたのだろう。
「手間をかけさせてくれたな。だが、殺す前に、盗んだモノをギルドに返してもらおうか」
「何云ってやがる…あれは俺が仕事して、手に入れたものだろうが」
苦痛にうめきながらも、俺はやり返した。
「ふざけるな、ネズミ。盗んだものの大半は、ギルドに上納する。これが掟だ」
くそ、何が掟だ…俺はそう毒づこうとしたが、奴が踏みしめる背中の痛みは耐え難いものになってきていた。
「う…わかった。隠した場所を云うぜ。だから、足をどけてくれや」
背中から圧迫感が取り除かれた。奴はまた笑っていたらしかった。
「いい子だ、ネズミ」
そして俺はとっさに、盗んだ魔法の品の一つ、白く光るダガーを隠しから出した。
(ふざけんな…窮鼠、猫を殺すこともあるってことを、教えてやらァ)
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