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No. 00008
DATE: 1998/06/08 09:04:12
NAME: ラザラス
SUBJECT: 失踪事件 第1回
「恋人もいなくなったのですか?」
私は6の月に入ってから起きている女性の失踪事件を調査していた。
一週間の間に3人の女性が夜中に行方不明になったと思えば、そのうちの一人の恋人が昨晩姿を消したという。いままで女性のみが行方不明になっていたので、次も女性であろうと予測していたのだが、当てが外れたようだ。しかも、行方不明になった女性を目撃した人も出てきた。
この3人の女性の共通点はどれも噂にのぼるような美女であった。4人目の失踪者が男性となったため、私は予測を見直さなければならなくなった。それは人身売買の線と暗黒神への生け贄の線である。通り魔も線も改める必用がありそうだ。
気になるのは恋人というほど親密なる関係の者が失踪したことだ。結婚を前にしているほどの仲なので、何かトラブルがあったとも思えない。
昨晩は濃い霧が立ちこめていたこともあり、見張りをしていたにもかかわらず、失踪を許してしまった。街の中であれほど濃い霧が出るのは珍しい……。これも何か関係があると見てよいのだろうか?
「ラザラス高司祭さま」
不意に私を呼び止める声がする。よく聞く声だ。いつもより少しトーンが上がったこの呼び止めをするときは急ぎの用事が入ったことを知らせている。彼の名はリズナ・オールフォン、確か19歳になったと言っていたな。貴族としての相続関係を断ちきり、司祭の道を歩もうとしている。政りごとに立てる立場にありながら、それを放棄してしまうとは……彼のような者こそが国を治めていく礎とならなければ……、そんなことを言っても仕方がないな。
「どうしましたか?」
「はい、司教さまがお呼びであります。急いで神殿まで戻られるようお願いします」
いままでに何度となく繰り返したこのやりとりを、今日も例外に洩れることなくこなして用意されている言葉を口にする。
「すぐに行きます」
私は事件が起きている東商業地区を後にし、中央通りの馬車乗り場へと足を向けた。
一つの街といえども、オランは大陸最大の都市である。10万もの人口を抱えるには敷地も半端でない。街の中の移動も馬車を使わねば日が暮れてしまう。まぁ、これも街路が整備されているからこそできる交通機関なのだ。
私はラーダ神に生活を助ける知恵を授けてくれたことに感謝して、馬車に乗り込んだ。
「また事件ですか?」
馬車の中でリズナが興味深そうに聞いてくる。何事にも興味を示し、探求することはいいことではあるが、目を輝かせている辺りが罰当たりだ。
「ええ、4人もの人が行方知れずになっているのです」
私は窓の外に目をやりながら、今までの経過を話してみる。一人で考えては袋小路に陥りやすい。別な視点から見れば何か解決の糸口を見つけてくれるやもしれない。
リズナは熱心に私の話を聞き、あれこれと推測を立ててくる。だが、どれも私の考えていたものばかりで真新しい発想は聞くことはできなかった。
「司祭様」
停留所から乗り込んできた少女が私の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。後ろから叔母らしき人物が私を見て頭を下げる。
あの叔母は見かけたことがあるな。
「お母さんを治してくれてありがとう!」
少女は満面の笑みで抱きついてくる。ああ、そうか。この娘の母親を昨日治したのだったな。大事を見て、神殿で一泊してもらったはずだ。
「文字の勉強は欠かしていませんか?」
「うん、しっかりやっているよ。楽しいもの。それに勉強しないと化け物にさらわれちゃうんでしょ? そんなのいやだもん」
私の言葉に、少女は得意気に話してくる。幼い頃からの正しい学問は将来のオランを発展させることに繋がる。おそらく女性も社会に出ていく時代が来るであろうしな。
「ははは、化け物が怖いのかい?」
「勉強してるから大丈夫だもん」
リズナが面白そうにあれこれ少女と会話をしている。子供好きなのであろうな。
「リョーシャンだったかな? 勉強してきたからラーダ神はお母さんを治してくださったのだよ。これからも正しい知識を身につけておけばラーダ神は助けてくれるんだよ」
「はいっ」
「よい返事だ」
私は神殿でやるように少女の頭に手を置き、ラーダの御名を唱えた。
「ラザラスさま、よくお子様の名前をご存知で」
少女が叔母の元へと戻った後、驚いたようにリズナが聞いてきた。
「昨日の治療の時の診断書に名前が書いてありましたから」
「それを覚えていらしたんですか」
「なにもそれほど驚くことでもないだろう」
呆気にとられているリズナを横目に私は事件のことに思考を切り替えていた。
しばらくの間、私たちは会話をせず、それぞれの思いにふける。
窓から見える街並みは、ラーダ神殿に近付いていることを告げていた。
「ラザラスさま、失踪事件って案外化け物の仕業かもしれませんね」
冗談混じりで、リズナが話しかけてきた。子供に勉強させるためにラーダ信者が使う「化け物がくる」という脅し文句からの発想だろうが……、私はそこで思考を止めた。
「化け物か……」
「いや、冗談ですよ、ははは」
そうだな、なにも人間が事件を起こしているとは限らない。化け物に相当する人外なる生物はいくらでもいるのだから……。
「可能性はないとは言えません。リズナもラーダ神の強い加護がありそうですね」
私の言葉にポカンと口を開けているリズナを置いて、馬車を後にする。
可能性でしかないが、動く方向性が出てきたのはありがたい。今日は書庫に泊まることになるかもしれないな。
「ラザラスさま〜」
リズナが後を追ってくる。案外、政りごとよりこちらの道の方が彼には合っているのかもな。頼りになりそうなならなさうな不思議な若者を私の元に招いてくれた神に感謝しつつ、私は神殿へと入っていった。
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