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No. 00012
DATE: 1998/06/11 23:21:59
NAME: ラザラス
SUBJECT: 失踪事件 第2回
リズナの言葉をヒントに、私は今回の事件にかかわり合いのありそうな魔物を調べてみることにした。
単純に調べると言っても簡単なことではない。
魔物、化け物、霊体に関する記述の本を多いが、ほとんどが写本であり、読み手を意識して誇張したり消されていたりする。
ゴブリン一つとってしても表現が異なってくるから始末が悪い。
そのため、何十冊と目を通し、重なる記述や、特徴を書き留め、整理し、嘘であるか誠であるかを見極めていかなくてはいけない。
腕の立つ写本者によっては、その場で見てきたような書き方をされるからつい信じてしまいがちだ。
正しき判断を下すには3日という時間がかかった。優秀な補佐役がいてくれたお陰である。私一人で調べていたらあと1日はかかったであろう。
しかし、残念なことに5人目の行方不明者が出てしまった。
今度も先に行方不明になった女性の知り合いからである。居なくなったのは二番目に消えた女性の妹であった。
家族の元へ赴き、いろいろ伺ってみると前に行方不明となったカップルと同じく、たいそう仲が良かったという。
この繋がりはいったい何があるのだろうか?
その晩、きままに亭という冒険者の店を訪れ、情報を収拾する。
この手の事件に関しては盗賊ギルドが冒険者ギルドに掛け合えば、大抵のことは手に入る。盗賊ギルドなどへは行く気などないので、こちらに来ることになる。
マスターから買った情報は、二番目に消えた女性を目撃したという話と、局地的濃霧が発生しているという情報であった。
後者は薄々気がついていたので、気にも留めなかったが、前者の情報は貴重であった。
これで、妹の方は最初の3人の消え方と違うことになる。おそらく4人目の男性も連れ出されたという形で消えたのであろう。
それとその女性の肌が青白かったという証言を得られたことだ。
この時点で、私は犯人が何者であるか目星をつけていた。それを裏付ける情報だった。
翌日、昼過ぎから再び情報収集へと出かける。リズナも一緒についてくる。
昨晩降り続いた雨はまだ止まず、街を飲み込んでいる。
人通りが少ないため、衛兵たちの姿が目に付く。さすがに国も黙ってはいない……が、ここはむしろ我々に指揮権を与えた方がいいだろう。
神の加護を受けていない者では、今回の相手は荷が重い。かと言って、出しゃばることもできないのだが。
だから、こうして個人的に動いているわけだ……。
驚いたことに、この日の聞き込みで新たな目撃情報を得た。商業地区に流れる水路の橋の上でずぶ濡れになった女性を見かけた人が居た。
声をかけようと近づこうとしたところ、赤い瞳で睨まれ、驚いて逃げ出したという。
この話で、私は断定した。相手はヴァンパイアであることを。
しかし、気になるのはその女性の特徴がルシフェラースの姉と似ていることだ。
確かとは言えないが、行方不明者は6人出たことになる。ずぶ濡れの女性が、身元のはっきりしていない者であればだが。
その晩、ルシフェラースと会い、得られた情報を教えやる。
震える拳を握りしめている。これほど純粋に姉を想うことができるとは少し羨ましく感じた。
ヴァンパイアの話を持ち出すと、「無謀だよ」とあっさり言い離されてしまった。まだ、世間も知らない歳で、姉がそのヴァンパイアに変えられているかもしれないというのに、なんとも冷たい言葉に思えた。まぁ、魔物の記述や伝承を鵜呑みにしていれば無理もない。
ヴァンパイアは確かに強敵となりうるだろうが、弱点が無いわけでもない。それに冒険者と違って、単独の能力が高ければそれでいいというものでもない。
彼は数にものを言わせても無駄みたいなことを言っていたが、それは正しくもあり誤りでもある。
それを伝えようとしたとき、彼は会話を打ち切り、店から居なくなってしまった……。
「問題はどこに潜んでいるかということです」
彼には強気なところを見せたが、犯人の目星がついただけで、居所は依然として知れていないわけだ。
「やはり、下水道とかではないでしょうか?」
リズナが不安そうに提案してくる。言いながら違うと判っているようだ。やれやれ。
「調べたところ、ヴァンパイアはそうした汚らしいところを好んでいないとあります。下水道は移動の手段として使ったりはするでしょうが、住処とはしないでしょう。食事をするのにトイレに行く人は居ない。それと同じです」
リズナが嬉しそうに聞き入っている。どうやら自分の憶測と私の考えを照らし合わせているようだ。
「私が知りたいのは、住処のこともありますが、彼らの目的です。史実では、ヴァンパイア、ノーライフキングなどは人の精気なしでは生きながらえることができないとあります。つまり人を糧にしなければ生きていけないとなると、自分達の存在を他者に知られては穏やかな生活は続けられないのです」
「ですが、彼らは私達が太刀打ちできないほど強敵なのですよね? 知られてもけちらせるのではないですか?」
……まだ、自分達、人間という存在の恐ろしさに気がついていないのですか……。
「私達にはラーダ神がついておられる。私の他に高司祭の位に就く者は3人居ます。その下の位の待祭は8人居ます。そのうちの半数以上が魔術も扱えます。司祭クラスとなると数えられません……」
「あ……」
リズナは私の言おうとしていることに気がついてくれたようだ。
「そうか、ヴァンパイアはその絶対数が少ないわけですね。いくら仲間が増やせると言っても太陽光には勝てない。から、戦争をしかけられるわけじゃないですものね」
「そういうことです。単体での接触でのヴァンパイアは恐ろしい相手ですが、軍隊ではありませんから。私はむしろ人間の起こす戦争の方が怖いですね」
だからこそ、人間並みには知能を有している筈のヴァンパイアがそのようなことも気がつかず、尻尾を出すような行動に出るのは腑に落ちないのだ。
初期の段階のゲリラ戦ならば有利であろうが、体勢を立て直した人間側では狩られるのは時間の問題となる。
この失踪事件は十二分に人々の話題に登っている。
そうなれば、それぞれの神殿から人員が送り込まれてくるだろう。国からは騎士が二人はくる。
ファリス神の信者は頼まなくとも勝手に人員を入れてくるだろう。まぁ、5人といったところか。マーファの者とて民衆を見過ごしたりはしない。マイリーの者に到っては活躍の場得たりと乗り出してくるだろう。チャ・ザの者は自分の神殿の目の前の事件を立場上見過ごしておけないだろう。
うちの神殿からは私の信頼のおける者を5人は連れ出せる……。
宝物庫から魔法の品々を借り出す嘆願書をださなくてはな。
(冒険者との違いはここにあるのだよ、ルシフェラースくん)
私は小さく微笑んだ。個人的には優秀な人材が多いと言われる冒険者たちだが、組織的活動には数の面からおいても財政の面からにおいても太刀打ちはできない。
ラーダ神殿には過去200年以上の間集められた魔法の品々がある。最近では、魔術師学院の方に流れる物も多いが……。この魔法の品々は有事の時にはいつでも借り出すことができる。使い方も後世の為にこと細かに記されてもいる。
(ラーダ信者が知識の亡者と思うことなかれ)
私達を見て罵声を浴びせてきた者たちを思い出していた。幼い頃の嫌な思い出……。それがあるからこそ今の自分があるとも思えると、苛立ちも少しは押さえられる。
宝物庫の目録書に目を通しながら、必要と思われる物を書き出していく。
人々に敬遠されがちな魔法も、人助けだと聞けば歓迎されるだろう。魔術師学院同様、魔法に対してのイメージアップの努力は怠ってはならない。例え莫大な価値がある品でも、民衆の命に代えてはいけない。
翌日の昼。
「さぁ、ヴァンパイアを捜しに行きましょうか」
「え、宛があるのですか?」
リズナが驚いた顔をして私の後を追ってくる。
「それに、昨晩、研究室にこもってなにをなされていたんですか?」
「あまりこういう手段には出たくなかったんですが、手早く居所を掴むには確実でありますからね」
私の言葉の意味がよく飲み込めていないようで、首を傾げている。
「よく判りませんが、魔晶石を持ち出してきたことと関係ありそうですね」
「そうです。消えた人をよく知るに捜してもらうのです」
しばらくの沈黙の後、リズナが大声を上げる。
「え、それじゃ、この魔晶石使って、ロケーションを唱えるんですか。って、昨晩造っていたのはロケーションのコモン・ルーン!!」
私は何も答えないまま、ここのところ毎日乗っている馬車の停留所へと向かった。
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