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No. 00013
DATE: 1998/06/12 05:05:24
NAME: リヴァース
SUBJECT: こわれた玩具
リヴァースの、セリカに対する気持ちは、第一印象からして、最悪であった。
木に登って降りられなくなった猫を前に、見ず知らずの二人はいきなり意見の不一致で言い争った。
それがなぜ、パーティを組むことになったのか。よくは覚えていなかったが、とにかくセリカのおちゃらけた態度に、リヴァースは四六時中腹を立てていた。よく、あれでパーティが2年も続いたと思う。
10年程後、彼らはオランで再会した。それほどの年月が経てば人間の外面は変わる。しかし、セリカのペースはまったく変わっておらず、リヴァースは相変わらず、彼に会うと振り回されて、調子を崩されることとなった。
ミラルゴへの旅から帰ってきた直後、ラーロカという、孤児院の少年がセリカを呼びにきた。詳しい話はリヴァースには分からなかったが、きな臭い話ではありそうだった。彼は、草原での恩を返そうと協力を申し出たが、セリカは、貸し借りは気にせん、これは自分の問題だ、と断った。
リヴァースは彼が尋常ではない腕を持つ戦士であることを承知していたし、単独で突っ走るのはいつものことだ、と特に独りで行くことを止めはしなかった。
ただ、彼は、愛用の、幅の広い斬馬刀をその場においていった。戦士が危地に赴くのに自分の剣を置いていくか? ふに落ちないことははなはだしかったが、純粋にボケで忘れていったとも本気で考えられるような奴でもあった。故に、いぶかしがりながらも、リヴァースは剣を預かっておくことにした。
次の日、遅くに酒場にやってきたリヴァースは、ラーロカが必死の形相で気ままに亭に飛び込んできたことをシェリルにきいた。
・・・あの、あほ。
リヴァースはそうひとりごちた。
残していった斬馬刀を手にし、彼を迎えに行く為に一人発とうとすると、その場にいたスノーとシェリルもついてくると言い出した。
スノーには、彼女の身になにかあってウィルに怨まれるようなことにはなりたくない、セリカはどうせへまをやって、怪我をして動けないんだろうから、連れ帰ったときに治療をしてもらうのために、待っていてくれ、と説得した。
シェリルの場合だが、彼女は見掛けに依らず、優秀なシーフだ。洞窟には罠があるという。彼女の力は客観的にどう考えても必要だった。別のところに恋人のいる女の子を、危険に連れて行くのは気はすすまなかったが、彼女をついてこない様説得させることはできなかった。リヴァースは自分の命を最優先に護ることを彼女に約束させ、同行させることにした。
リヴァース行く所にヤンあり、というわけではないが、現在のリヴァースの相棒で、東方の魔剣を手にした彼も、当然のようについていくことになった。
翌日、早朝から彼らはオランの孤児院を片っ端からあたった。孤児達の世話も担当しているマーファの神殿の、神官であるスノーの協力もあって、ラーロカ達の居場所はすぐに突き止められた。
ラーロカは、セリカが自分のせいで死んだと思い込んでいるらしい。セリカは絶対に連れてかえる、と約束し、洞窟の場所を聞き出して、その足で3人は出発した。
実は、リヴァースもヤンも、この後に及んでまだ、セリカの身に重大なことが起きているとは実感できていなかった。せいぜい軽い傷を負ってる程度であろう、と、呑気にシェリルに草原の土産話をしたりしながら歩いていた。
洞窟の場所はすぐに見つかった。入り口近くに、小さな花をつけた薬草が咲いていた。入っていこうとすると、シェリルが、罠があるから自分を先頭に、と申し出た。洞窟に入る前、彼女はつややかな茶色の美しい背中まである髪を一つに束ねて直していた。仕事に入る心構えを作る儀式のようなものか。こころなしか、顔つきまで変わったようだ。普段は少し目つきのきついだけの、その実やさしげな普通の少女であるのに、それだけのことで、プロとしての気概が感じられるようになった。シェリルを先頭に、注意深く洞窟を進んでいった。
「これは・・・?」
シェリルが、洞窟の奥深く、行き止まりも見えようかというあたりの地面に、古代語で書いた呪符を発見した。
「なになに?」ヤンが覗き込む。
「"われ、ここに絶望の中に眠れり。我が永遠の休息を遮る事勿れ・・・"? 上位古代語じゃん。」
ヤンはああみえて、意外にも古代語魔法に造詣がある。剣と弓の修行ばかりしていて、現在は魔法の技能ははまったく磨いていないが、過去に積み重ねた知識は忘れないものらしい。
「どーいうこったろうな?」
ヤンが思案する。
「あ。あれは?」シェリルが、床に亀裂を発見した。自然にできたものではなく、掘った跡に、ふたをしたものらしい。近寄ってみると、端のほうが崩れており、瘴気が漂っていた。
ふと、前方に人影がゆらり、と見えた。とおもった瞬間、轟音が轟いた。爆発と炎、そして衝撃が襲う。三人は吹き飛ばされ、地面にはいつくばった。 湿気を含んだ砂埃が舞い上がり、天井から石がばらばらと落ちてくる。 爆風と熱による火傷をしこたま負う。
「く・・・ヤン、シェリル、無事か?」
全身痛むのをおし、起き上がり人影に向き直る。ショックで目がちかちかする。
「なんとかね。」
「おめーこそ!」
二人の声を聞いて、安堵した。 火球の魔法・・・高位の魔術師にしか扱えない破壊の力。
黄土色の煙が晴れた。その向こうに立っていたもの・・・
「お・・・まえは・・・!」
頭が目の前の光景を信じられない、と否定しようとする。しかし、険しい目もと、染め粉がはげて所々赤い地毛のみえる髪は、紛れも無く・・・・。
「セリカっ!!」
所々破けた、埃だらけの姿で、鎧を着けていない。
土の付いた長剣を下げている。
「この体の・・・知り合いか?」
セリカのものではない、しゃがれた声が彼の口を動かす。目が、凶凶しい光を湛えていた。
「セリカでは・・・ない?・・・憑依されたか!!」
関わった事件から、アンデットの関係に造詣が深くなっているリヴァースは、その可能性に真っ先に思い当たった。
「なに?どういうこと?」シェリルが火傷傷をおさえながら尋ねる。
「おそらくなんらかの形でここに眠っていた、スペクターのように他者の体を操る能力を持つ精神体が、セリカに取り付いたんだろう。」
シェリルをかばいながら、リヴァースがいう。
「アンデットかよぉ・・・やっぱ、スノーちゃんあたりに協力頼めば良かったかな?」
ヤンが東方剣を構えながらすり足で前に出る。
「ばかいえ。連れてこなくて良かったよ。」
草原で手に入れた「シュズ」という小さな横笛に封じ込めたシルフの力を解放し、セリカのからだの回りの空気の動きを止めて、相手の魔法を無効化しようとする。しかし、衝撃が体に残っていたのか、うまくシルフを制御できず、効果はなかった。
相手はあのセリカである。尋常ならぬ体の運び。疾風を思わせるセリカの腕は、昔よりさらに磨きがかかっていたということは草原で立証済みだった。 精神をのっとられているとはいえ、運動能力はセリカのものをそのまま受けついでいでいるはずだ。
ヤンが魔剣を抜いてとびかかる。同時にシェリルも、ショートソードを抜いて牽制にまわった。
「せっかく手に入れたこの体、手放すわけにはいかんな」
セリカは動じず、二人の動きを難なくかわす。
「待て!体はセリカのものなんだ!傷つけるな!」
後方から叫ぶ。
「わーってる!・・・って、難しい注文って、それぇ!」
向き直るヤン。
「じゃあ、どうすればいいの!?」
シェリルも悲痛な声を上げる。
「憑依者は精神体だ。精神に攻撃を加える! 援護しててくれ!」
しかし、つぎの瞬間、セリカの呪文の詠唱。彼の片手から、目に見えぬ束縛の力が飛び、接近戦を挑む二人に襲い掛かった。 魔法の縄にからめとられ、動きを取れなくなる。
「くそーーーっっ!」
もがくヤン。
強力な魔法に不意を討たれた。
戦士たちを無力化したとみてとったセリカは、足元に置いていた長剣を拾い上げてリヴァースに飛び掛かった。
シミターを抜き、弧を描くすばやい剣をかろうじて受け止める。
そのまま剣戟がひびく。
彼は、護身術程度の剣技は習得しており、並みの騎士に負けぬ自身はったが、卓越したセリカの剣にたちまちのうちに劣勢に追い込まれた。ついに壁際に追いつめられ、曲刀を跳ね飛ばされる。
「リヴァース!」
彼のほうを向いたまま固まっているシェリルがさけぶ。
長剣の上段からの一撃をすんででかわす。しかし、フェイントを入れられた奇妙な弧を描いた2撃目は避けきれず、肩を切り裂く。血が飛び散る。
「くぁ…っ!!」
思わず叫びがもれる。
とどめとばかりに、セリカは長剣を振り上げる。
絶体絶命かと思われたその瞬間。
ふいに、セリカの動きが止まった。
眼前に突き詰められた剣が震えている。
「リ…ヴァ……」
セリカの顔が、苦悶に歪んだ。
「セリカっ!?」
彼の魂が、スペクターを押え込んで、表に出てきたのだ。
「俺を・・・殺せ! おれのその剣は、・・・肉体と同時に精神にも傷を与える。はやく・・・っ!!」
セリカの全身が痙攣する。
「おれは、もう、助からん ・・・!!」
腰に差したままの、もってきたセリカの斬馬刀に手を当てる。
「そうだ・・・はやく・・・っ!!」
「…ぁ・・・そんな・・・」
斬馬刀を抜き、振り上げようとする。しかし、腕が震えて、力が入らない。
「はやく・・・しろ・・・へたくそ! もう長くもたん・・・!」
「・・・わたしにセリカを・・・お前を傷つけろというのか!!」
狙いを定めようとして、失敗した。
「・・・できない・・・」
「リヴァース!!」
「あなたがやらなくて、どうするのよ!セリカは、あなたに助けを求めているのよ! 答えられるのは、あなたしかいない!」
魔法の網に拘束された二人が次々に叫ぶ。
「リヴァ・・・ス!はやく・・・!俺を解き放ってくれ!!
…ぐあぁぁぁぁ!!!」
セリカの目の色が、再び変わった。セリカはしばらく苦悶した後、再び、凶光をたたえて長剣をかまえなおした。
斬馬刀を両手で握り締める。セリカの直線的な剣筋。それを肩口で受け止めた。ずぶずぶと剣がのめり込む激痛。そこに力を込め、薄い筋肉で、埋まった刃を固定する。熱痛を振り払うかのように首を振り、動きの止まったセリカの胴体に斬刃剣を突き立てた。
「_________________!!」
人の声とはおもえぬ慟哭が轟いた。
セリカのからだから、白い靄のようなものが抜け出た。そこへ、精神のなかの恐怖に巣食う闇の精霊・シェイドを精神力を振り絞って召喚し、ぶつける。
強力な魔法の使用と、斬馬剣の魔力で弱っていた精神体は、一たまりも無く消滅した。
死闘は、終わった。
セリカの魂は、己が肉体に、もはや戻らなかった。
彼のその断末魔、最期に言い残す言葉すら、聞くことはできなかった。
痛む体に応急処置を施し、セリカの体に刺した剣を抜いてやって、地面に横たえた。
ヤンもシェリルも、沈痛な面持ちで、こちらをみていた。
「すまないが、少しのあいだだけ、一人にしてくれない・・・か」
リヴァースにはそれだけいうのが、精一杯だった。
二人は黙って、彼とセリカの屍をその場に残し、洞窟から出ていった。
「この・・・あほが・・・。何でこんなことに・・・ひとりでいって、普段使っている剣を置いて・・・。愚の骨頂だ。人を茶化した奴だったが、今回ばかりは・・・おふざけが過ぎる・・・!」
二人の姿がみえなくなってから、もはや物言わぬセリカにひとりごちる。
「なんで昔のあのときに、わたしがおまえ達から離れていったのか、何も言わずに去ったのか、そして、今、せっかく再会できたのに、なんでおまえにあんな態度を取り続けなければならなかったか、・・・おまえは考えたことがあったか?・・・人のこころを、乱すだけ乱しておいて、結果がこれなのか? ふざけるのも大概にしろ!」
「おまえが好きだったんだ・・・!
つらい思いを抱えてても、自分を偽ってでも飄々として、決して自分を崩さないおまえが。
いつまでも過去の悪夢に苛まれる情けないわたしと違って、昔を顧みなくおどけていられるおまえが。
わたしには・・・まぶしかったんだ。おまえの強さが、うらやましかったんだ。
なのに、なのにどうしてこんな下らんことで死んでしまうんだ! わたしの前から、いなくなってしまうんだ!!
私自身に剣を握らせて・・・!おまえを・・・この手で殺させて!!」
リヴァースの口から紡ぎ出される言葉は、かすれて途切れがちだった。 握り締めたこぶしは、小刻みに震えていた。
「おまえのようなふざけた奴のために、絶対に涙なんか流してやるもんか。 考え無しの、おろかものの、ばか野郎・・・。
くやしかったら、返事してみろ。起き上がってみろ! また、いつもの減らず口を叩いてみろ!
・・・なんとか言えよ! 生き返ってみろよ! !!ほら!」
あまりにもやりきれなくて、地面を殴り続けた。
噛み締めた唇から血がにじんでる。握り締めすぎたこぶしに爪が食い込み、涙を流さない代わりだといわんばかりに、赤い液体がぽたぽたと伝い落ちた。 「そしてまた、いつものにやけた面で、わたしをからかってくれよ・・・頼むから・・・」
骸にすがり付いた。
無論、屍は何も語らなかった。
ヤン達の前に姿を見せたとき、少なくとも表面的には、リヴァースは落ち着いて見えた。すこし、顔が白いと感じられる程度であった。
3人は、セリカを埋めるための穴を掘った。
ろくな道具が無かったが、服が土だらけになり、手が土にこすれ皮膚が破れるのもかかわまずに、掘りつづけた。
数時間後、長身のセリカを横たえることのできるほどの大きさの墓穴が出来上がった。セリカを埋めてその上に斬馬刀を突き立て、墓標とした。
ヤンは、彼の故郷に伝わる、逝った戦士への祝詞と祈りを墓の前でささげた。
「どうして・・・こんなことに・・・なったんだろうね」
シェリルがつぶやいた。
「リヴァース・・・」
無表情を装う彼にヤンが呼びかけた。
「あんまり、強がってんじゃねーぞ。おめーが平気でいられるわけ無いってことぐらいわかってんだ。んーなに、張り詰めてんなよ・・・泣いていーんだよ。こーいうときは。」
ヤンの言葉をきくと、なにかの固まりが、リヴァース喉をしびれさせながら込み上げてきた。それでもそれを必死にこらえた。肩が震えていた。全身のどこか、一個所でもゆるめると、そこから怒涛のように感情の奔流が飛び出しそうだった。
自分のせいだ、とおもった。自分が彼を、彼には縁も由縁も無いミラルゴへの危険な旅路に連れ出さなかったら。ラーロカがやってきたとき、無理にでも事情を聞き出してついてきていたら。剣を残していったとき、疑問に思って彼を追いかけていたら・・・!
過ぎたことを悔やむのはせん無きことと、理論ではわかっている。しかし、そうせずにはおられなかった。
結局、彼は終始、表情を変えることはなかった。
帰路、3人ともひとことも口をきかなかった。
オランに戻り、ヤンとシェリルと別れて、リヴァースはラーロカたちのいる孤児院を再び尋ねた。
「おまえは・・・!? セリカ兄ちゃんはどうなったの!!」
セリカはよほど慕われていた様だ。子供たちがつぎつぎに出てきて、つかみ掛かるように畳み掛けられる。
彼は黙って、セリカの、染め粉のとれた特徴ある赤い遺髪を取り出して、ラーロカに手渡した。
「これは・・・まさか、そんな・・・」
子供たちは聡明にも、その意味を一瞬で理解したらしい。
「セリカはわたしが殺したようなものだった・・・。すまない。」
自責の念と彼らに対する謝罪は、言葉で言い表せるようなものではなかった。
子供たちは、憎しみを込めた目で、わたしをにらみ、次々に叫んだ。
「おまえが、セリカ兄ちゃんを旅に連れ出さなかったら・・・! 」
「おまえが、セリカ兄ちゃんの剣を持ち出さなかったら・・・!」
「セリカ兄ちゃんが死んだのは、おまえのせいだ!!」
一言一言が、リヴァースのこころを鋭利な刃となって切り裂いた。しかし、彼はそれ以上、何もいわなかった。
一人の子供が、石を投げつけた。リヴァースはそれを避けようとはしなかった。頭を撃たれ、額から血が流れた。
「人間、なにを偽ってても、何を隠してても、結局愛してるヤツは誰かいるぜ。ホレ、シルビアの様にな。
人の強さってのは、頭の良さ、育ち、力の強さ、魔法の力だけじゃねぇ
俺は独りで冒険している時にそれを学んだ」
草原で、彼はそういっていた。
「・・・・・
それを実感してて、にやけた笑いの中で時折そんな風に言えるのが、
おまえの強さなんだろうな・・・
わたしにはないものだ。」
その時の会話を思い出す。
「さぁ、な。生きるか死ぬかで糧を得る傭兵家業をやっていて気づい 戦う相手に敬意を払う・・・・。
そして、明日の自分を思い浮かべる。
この二つがお前には足りてないのかもな。」
「それは認めるよ。わたしは自分を傷つけるものは許さない。
戦いなんて好き好んでするものではない。
わたしはただの、臆病者だ。自分の過去から逃げ回っているだけなんだ。」
「ふん。俺が昔言った言葉を忘れたか?
『恐怖は立ち向かって振り払わなければ追いかけてくる それも永遠に』 おれたちが助けたあの、小さな子でさえ恐怖に打ち勝つ事が出来たんだぜ?」
「ああ・・・なんとでもいえ・・・
わたしが臆病なのは事実だ。だから、精霊の力に頼ろうとした。バルキリーの力を求めたんだ。・・・滑稽だよ、実際!」
「臆病・・・か・・・その思いが立ち向かう力へといずれ昇華するであろう・・・。俺の師匠の言葉だがな。」
「・・・・・・」
簡単に言ってくれる、とそのときは思った。
しかしもはや、自分に対して、その言葉の続きを紡ぐものはいない。
子供たちが去ってからも、リヴァースはじっと、夕闇が迫ってなおその場に立ち尽くしていた。雨季の重い雨は、彼を濡らしつづけていた。
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