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No. 00015
DATE: 1998/06/21 00:22:53
NAME: シェリル
SUBJECT: Blame
「セフィーが危篤だ。もって明日中の命だろう。私は仕事の都合で明日テレポートでラムリアースまで帰るが・・・お前も来るか?」
そういって、ガルバーニが深夜に突然姿を現わした。それが始まりだった。
久しぶりに目の当たりにする故郷の町並みは、あたしがここを飛び出した時から何ら変わることなく目の前に広がっていた。
「・・・セフィーはどこにいるんですか?」
ガルバーニに背中を向けたまま問い掛ける。
「おまえたちが住んでいた家だが」
「・・・一つ言っておきます。私の前に姿を現わさないで下さい。貴方には私をシーフとして育てて下さった恩があります。けれど今回の事、許せそうにありません。次あった時、命の保証出来かねますから」
それだけをガルバーニに伝えた後、町へ、セフィーの元へと駆け出した。
家に辿り着き寝室の扉を開けると、まず第一に異様な匂いが鼻に付いた。セフィーはというと、ベッドに力無く横たわっていたが、シェリルを見ると優しい笑みを浮かべ上体を起こした。起き上がった上体にはたくさんの傷を負い、所々壊死を起こしているようだった。あたしはその姿を見て駆け寄る事すら出来ずその場に立ち尽くした。
「・・・セフィー・・・」
「シェリル・・・だよな。どうしてここに? 今、動けないんだからこっちに来い。な?」
セフィーに言われるままベッドサイドに歩いていった。いつのまにか仔猫は手の中から逃げ出し、日当たりの良い所で丸くなっていた。
「・・・ごめん・・・あたしの・・・あたしのせいでっ・・・」
手が、肩が、声が震えているのになぜか涙は出なかった。そんなあたしをセフィーは優しく抱きしめた。
「そんな事はない。こういう怪我を負ったのは、自分が至らなかったせいだ。だから、そんなに自分を責めるな」
「でも、あたしがもっと早く帰ってきていれば。あたしが旅に出なければ・・・あたしに会わなければこんなことにはならなかったのにっ!」
動くたびに激痛が走っている事は容易に想像できる。しかし優しく頭を撫でてくれた。
「俺は出会えて良かったと思ってる。お前のおかげで幸せだったからな。・・・まぁ、これから先お前を支えてやれないのは心残りなんだが」
「・・・そんなの・・・わかんないじゃない・・・」
「本当はお前だってわかってるんだろう? もう俺は助からない。・・・なぁ、シェリル。約束してくれないか?」
あたしは少し体を離してセフィーの顔を見上げた。セフィーは相変わらず優しい笑みを浮かべていた。そんなセフィーを見て、あたしも何とか笑みを返した。
「・・・あたしに出来る事なら・・・」
「俺が死んでも・・・俺に立ち止まらずにちゃんと前に進んでくれ。いつも強いふりをしているだけなんて言ってたが、ふりを出来るだけでもきっと強いんだ。だからきっとお前になら出来るはずだ」
「・・・・・・・・・・・・わかった・・・約束する」
その答えを聞いたセフィーは満足そうな表情を見せた。
「・・・やっぱり・・・お前は強いな・・・俺が保証してやる・・・・・・勝手な事・・・言って・・・すまない・・・」
「!? セフィー?」
「・・・悪・・・い・・・ひどく・・・眠い・・・」
「・・・・・・おやすみ。セフィーが眠るまでそばにいるから・・・」
想いとは裏腹にあたしの顔には優しい笑みが浮かんでいた。
「・・・そ・・・だな・・・」
そういってセフィーは眠りについた。
足元ではいつのまにか起きだした仔猫が無邪気に遊んでいた・・・
次の日、セフィーが愛用していた弓の中でお気に入りの数点と、ばっさりと切った自分の髪をセフィーの骸と一緒に埋葬した。風が供えた花を、短くなった髪を揺らす。しばらくの間、墓の前から動けずにいた。けれどセフィーとの約束を思い出すと、前に進まざるを得ない。
「・・・セフィー。あたし・・・・・・行くね。今までありがとう・・・」
あたしは無意識のうちにセフィーと出会った場所、故郷のこの町を見渡せる丘に向かっていた。昔、何もかもから逃げ出したくて、でも結局自分が帰る場所がここしかないと気が付き、どうしていいかわからなくなりこの場所から動けずにいたあたしに
「行き場がないなら俺の所に来い。居場所を作ってやるから」
そういって手を差し伸べてくれたのがセフィーだった。
今ここにいるあたしもどこに行けばいいのかわからない。セフィーと出会ってから慌ただしく過ぎた時間がゆっくりと廻り出す。楽しかった事、辛かった事、そんなたくさんの思い出ともに。最後に行き着いたのはガルバーニが訪ねてきたあの夜。ふらつく足取りできままに亭から帰るあたしはリヴァースに出会った。事情を察していたのだろうが、そのことに関しては何も聞かなかった。ただ一言、
「ひさしぶりに、ラムリアースのワインが飲みたい。土産に持ってきてくれないか?・・・『まっている』から」
そう言った。
(あぁ、そうだ・・・オランに帰らなくちゃ・・・)
あたしは歩き出した。
ワインを買うためにあたしは買い物に出かけた。何とか前に歩き出せたとはいっても心の中まで整理が付いているわけが無い。考え事をしながら歩いていると人に盛大にぶつかった。手の中の仔猫が不服そうに声を上げた。
「・・・っ、ごめんなさい」
「わりぃ。平気? あっ、かわいいネコ連れてるね。おねーさんのネコなの? ね、これも何かの縁だしちょっとお茶しない?」
「・・・いくら縁を切ったとはいえ、血縁者を口説くのはまずいと思うけど? 兄さん」
そう、口説いてきたのは自分の兄だった。ふとどういう訳か顔に笑みがこぼれる。
「血縁者?・・・ってシェリル? 久しぶりだなぁ。それから美人になった・・・ちょっと眼ががきつくなったけどな。ところでいくつになったんだ?」
「貴方の5つ下」
「ってことは20?・・・お前が家を出てからもうそんなに経つんだ。ところでセフィーはどうしたんだ?」
それに対しては無言でしか返す事が出来なかった。それで察してくれたのだろう。それ以上は突っ込まなかった。仔猫を抱き上げ、撫でていた。仔猫は早くも兄になついたようだ。
「これからどうするんだ? 帰ってくるか? それとも旅に出るのか?」
「旅に出るわ。もうここには帰ってこない・・・そうだ、その子育ててくれない?」
「わかった。責任を持って兄さんが育ててあげよう。・・・だから気が向いたら会いに帰って来い」
「・・・じゃ、その子のこと頼んだわよ」
いつも通りの笑みを浮かべ、兄に背を向けて歩き出した。
その夜、荷物の整理も何もかも終わった部屋に一人取り残されていた。いいかげん睡眠をとらないと体が持たない、そう思い戸締まりをして休もうとしたその時、扉がノックされた。
「シェリル。私だ」
どうやらガルバーニらしい。あたしは無視をして部屋にあがろうと背を向けた。すると、ドアが開いた音がした。
「私の前に姿を現わさないで下さいって言いましたよね」
「・・・セフィーはもう居ないんだ・・・だから・・・」
ガルバーニが背を向けているあたしに近づいてくる。そして、あたしを後ろから抱きしめた。この時、あたしの中で何かがはじけた。
「・・・良く言いますね」
手を振り解き、ガルバーニと向かい合ったあたしの表情には、冷ややかな笑みが浮かんでいた。
「汚い手で触らないで下さいませんか?」
「ほぅ、そういう顔も出来るようになったんだな。シーフらしくなっていい事だ。お前は甘いからな。いつかその事で命を落す・・・そう思っていた」
「そうですね。色々ありましたから。・・・貴方のおかげでね。私は貴方と互角くらいには剣を扱えるようになった。人を殺す事にも別段何のためらいも無くなった。けれど私は自分らしく生きて行ければそれで良かった。それなのに・・・っ!」
凄絶な表情をしたのだろう、ガルバーニが一瞬呑まれた。
「私、ちゃんと忠告しましたよね。次あったら命の保証は出来ないって」
一転して浮かんだのはガルバーニに対する殺意。あたしは、壁に立て掛けてあったショート・ソードを手に取った。
「・・・私は貴方の事を許せない!」
「確かに腕は互角だとしても、私に鎧も無しに勝てると思っているのか?」
腕は同じ。速さも同じ。筋力が劣るぶん、普通に剣を交えてもあたしの方が不利だというのに、あたしだけが鎧を着けていないこの状況では勝てる見込みはほとんど無い。けれど、その時のあたしには関係なかった。そう・・・セフィーとの約束さえも頭の中から消え去っていた。
だが、やはり鎧の差は大きかった。あたしは左腕と脇腹に重傷を負ったが、ガルバーニの方といえば、左肩が使えなくなった程度のものだ。誰から見ても次の一撃をあたしが食らうと負けるであろう事は明白だった。
「確かに腕は上がったな。だが、次で最後だ」
「・・・・・・・・・まだわからないわよ」
そう言って一気にガルバーニとの距離を詰めた。これがあたしの最後の悪あがきだとでも言うように残った全身の力をすべて次の一撃にかける。そしてガルバーニも剣を振りかぶる。
次の瞬間。
「・・・っ!!!」
あたしの剣はガルバーニの心臓に。一方あたしに振り下ろされたのは暖かな腕だった。
「・・・ど・・・して・・・?」
ガルバーニは何も言わずただいつもと同じ笑みを浮かべ、そして動かなくなった。
「・・・シェリル?・・・帰ってきてるって聞いたんだが・・・・・・遅かったか」
どのくらいその場から動けずにいたのか分からないが、気が付けばレイクが居た。
「・・・ぁ・・・レイク?」
「とりあえずシェリル。血、落してこい。ガルバーニはこっちで何とかするから。それから落ち着いたらギルドに来い」
そういって、あたしをガルバーニから引き離した。
「・・・わかった」
血糊を落とし、簡単に怪我の手当てをすると少しは落ち着き、頭が働くようになった。
(・・・どうしてレイクが・・・)
あたしはふらつく体を無理矢理動かしギルドまで行った。
「・・・やっぱりね・・・」
通されたのは幹部のみが、ガルバーニが使用していた部屋だった。
「・・・そういうこった」
「貴方に良いように扱われた・・・ってことか」
それに対する返事はなく、ただにやりと笑っただけだった。
「一つだけ言っておこう。最近のガルバーニは独断で行動し過ぎていたから、ギルドからは問題視されていた。あんたがやらなくても誰かがやっていた。だから気にする事じゃない」
「・・・・・・・・・」
「それから、これ。あんた宛てだ」
レイクは一つの手紙を差し出した。
「これは?」
「ガルバーニからだ。この机の中に入っていたんでね。とりあえずあんたに渡しておくべきかと思ってね」
あたしは手紙を受け取り中を読んだ。
親愛なるシェリルへ
これを君が読んでいるという事は私はもうこの世にはいないのであろう。
私の最後はどうなったのであろうか。君に殺されていたのならば本望なのだが。
もし、そうなっていたとしても君が気にする事はない。
ギルドはそろそろ私を問題視するようになってきているし、何よりも私は病に犯されていて長くは生きれなかったのだから。
それより、この手紙を残そうと思ったのは、君に謝っておきたかったからだ。
本当にすまないと思っている。
謝ってもどうにかなることじゃない。が、どうしても謝りたかったのだ。
私は君を手に入れたかっただけで、君を悲しませたかったわけじゃない。
それだけを伝えたかった。
読み終えたあたしは、何も言えなかった。
「何が書いてあったんだ?・・・まぁ、いいか。俺には関係ない事だしな。ところでシェリル。一つ相談があるんだが」
なんとかあたしはギルド内でいつも取り繕っているキツイ表情に戻しレイクに向かい合った。
「・・・何を言われるかわかってる。それから答えも決まってる」
「まぁ、聞け。ここの幹部に・・・俺の下に入らないか? あんたの腕を放っておくのはもったいない」
「断るわ。ギルドに関していい思い出なんかない。ここにいると息が詰まる」
自然にあたしの表情が、声が冷えていく。
「私が目障りだというのならば刺客でもなんでも差し向ければいい。そんなことで私の意志は変わらない。それから、自分の命を狙うものに対して私は容赦しない。そのことは理解しておいて」
「おぉ、恐い恐い。まぁ、あんたに刺客を差し向けてもかなわないからな。うちは手を出さないさ」
「賢明な判断ね」
「それからいい忘れていたが、ガルバーニを倒した事で報酬が出るんだが? 何か要望はあるのか?」
「・・・それなら・・・私をテレポートでオランに行かせて」
あたしの返事を聞いたレイクはやっぱりな、という表情をした。
「そう言うと思ったよ。・・・この間オランで会う前に一度きままに亭に行ったんだが、そうしたらあんたが楽しそうに笑っていた。・・・あんたが笑っている所なんて初めて見たよ。・・・まぁ、気にするな」
「で、どうなの?」
「そう言うと思って、もう手配してある」
その答えを聞いたあたしは作ったものとはいえ、初めてギルドの中で笑みを見せた。
「ありがと。それじゃ、行くわ。もう会う事も無いだろうけどお元気で」
そう言ってあたしはギルドを後にした。
奇麗に晴れ渡った空が広がり、心地よい風が町中を渡っている。これからラムリアースは短い夏を迎えるのだろう。
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