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No. 00029
DATE: 1998/07/06 00:52:20
NAME: Ryu
SUBJECT: つかの間の夢
今思えば、あの日俺はどうしてそこへ行ったのだろう...
クリスが...妹が俺を導いたのだろうか?
俺の名はリュウ。
5年前に妹を亡くしてからはオラン郊外の森の中で一人暮らしている。
幼くして両親を失っていた俺にとって、妹...クリスは唯一の家族であり、
生き甲斐であり...心の支えだった。
その支えを失ってしまった俺は、生きる価値を見いだせず、
抜け殻のようにただなんとなく生きているだけだった。
あの日もいつもと同じように朝早く狩りに出かけた。
俺はまず、途中にある小川に寄る。
ここで顔を洗い、飲み水を水袋につめるのが日課だ。
水をつめ終えて立ち上がった俺はある方角を見た。
...クリスが落ちた崖のある方角だ。
ふと、俺は何かに呼ばれたような気がした。
(久しぶりにクリスに花でも持っていってやろうかな...)
俺は小川の側に咲いている花を数本摘むと崖の方角に足を向けた。
(...おや?誰かいるのか?)
目印の大木のそばに来ると、俺は人の気配を感じた。
「きゃあぁぁぁぁぁっ☆」
その時、すぐ近くから悲鳴が聞こえた。
よく見ると、少女が二人組の男に押さえつけられている。
(...クリス?!)
それは5年前の光景と全く同じだった。
...5年前、クリスを探しにここへやってきた。
あの時俺はクリスが襲われてるのを見て逆上した。
男達はおびえてクリスに短剣をつきつけて後ずさった...
後ろには崖があるというのに...
俺が注意するのも聞かずに、男はどんどん後ずさり、
クリスもろとも崖の下へ.....
俺は目をこらしてもう一度その少女を見た。
よく見るとクリスとは全然違う...しかしほおっておくわけにもいかない。
(...同じ失敗は繰り返さないようにしなければ。)
俺は男達に気づかれないよう、忍び足で近づいていった。
手が届くほど近づくと、さすがに気づかれてしまったが、
すかさず男を掴みあげると、大木に向かって放り投げてやった。
男達は舌打ちをして走り去っていった。
「ウィルお兄ちゃん・・・やっぱり助けに来てくれたんだぁ☆」
嬉しそうにそう言うと、少女は意識を失って倒れ込んだ。
手を触れるとひどい熱であることがわかった。
仕方なく俺は少女を家に連れ帰った。
意識の無いまま眠り続けていた少女は、三日目の朝、
やっと目を覚ました。
「・・・ここはぁ???」
少女は目をぱちくりしながら俺を見た。
「俺の家だ。森の中で倒れていたのを運んできた。
...気分はどうだ?」
「うんーーーっ♪ ちょっとぽわ〜ってするけど大丈夫っ♪
あ、助けてくれてありがとうっ☆ ・・・でも何で私森の中で???
う〜ん・・・☆」
「それは俺もよく知らんが...あんた、名前は?」
「えっとねーーーっ♪ 私は・・・あれっ???
私は・・・誰だっけ???」
「おい...」
(こいつはやっかいな事になったぞ...記憶喪失か?!)
何を聞いても過去の事は何一つとして覚えてなかった。
名前がないと不便だと、俺はその少女に「クリスティーナ」という名前をつけた。
...死んだ妹の名前だ。
少女に妹のことは話してなかったが、俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれた。
顔も声も似ていないのだが、なんだかクリスが戻ってきたようで俺は嬉しかった。
次の日になると、クリスはもうすっかり元気になっていた。
すざまじい回復力だ。
それからというもの、俺達は一緒に食事をし、
一緒に木の実を取りに行ったり、
一緒に狩りに行ったり...楽しい日々を送った。
わずか2、3日のことだが、もう何年も前からこうしているような...
そんな錯覚に陥るくらい、俺達は仲の良い...兄妹のようだった。
(もう、このまま記憶が戻らなくてもいいかな...)
俺はしだいにそう思い始めてきた。
クリスの記憶が戻れば、俺はまた一人ぼっちになってしまう。
...クリスはどう思っているのだろうか?
記憶喪失といったら、色々不安なことや気になることもあろうに、
クリスは全然そんな事を気にしてないように見える。
もしかしてクリスも同じ気持ちでは...
俺は思い切って聞いてみることにした。
「クリス、もし...もし記憶が戻らなかったらどうする?」
「記憶が戻らなかったらぁ〜??? お兄ちゃんさえ良ければ、
ここにずっといるぅ〜っ♪」
「そうか!じゃあここにずっといろ。」
「えっ??? いいのぉ〜??? わぁ〜いっ♪」
俺はいつも床に就くのが早いのだが、
その日は興奮してなかなか眠れなかった。
散歩でもしようかと起き出して、ふとクリスの部屋の方を見た。
クリスはベッドに腰掛けて、自分がつけていたペンダントを眺めていた。
その姿を見て、俺は自分の考えの甘さにようやく気づいた。
そりゃそうだよな...
自分が何者かわからないなど...平気なわけないよな。
クリスにだって、大切な人や大切に思ってくれてる人がいるよな...
本当の家族だって...そりゃいるよな...
(...俺が必ず見つけてやるよ。)
俺はそのまま街へ向かった。
冒険者を雇うほど俺は金を持ってない。
それどころか、現金は1ガメルとして持ちあわせてない。
さてどうする?
そうだ、家族だってクリスのことを探しているだろう。
もしかしたら、たずね人の依頼が来てるかもしれない...
俺は、オラン中の酒場をまわることにした。
1日目は手がかりをつかむことはできなかったが、
2日目、俺は「きままに亭」という店を見つけた。
ここのマスターがいい人で、俺の話にとても協力的だった。
残念ながら依頼はなかったようだが、
マスターは一度クリスを連れて来たらどうだと提案してくれた。
...確かに、口で説明するよりも本人を連れてきた方が話は早いな。
そう、ここで気になる名前を耳にした。
「ウィル」という名前...出会った時にクリスが口にした名前だ。
俺は、そのウィルと呼ばれた男を見た。
クリスとは似ても似つかん悪党面...しかもハーフエルフだ。
こんな危険そうなやつが関係あるわけがない。
俺はそう思い込もうとした。
しかし、そのウィルという男も人を探しているようだった。
彼が探しているのは「スノー」という、彼にとっては妹のような存在のやつらしい。
話を聞いていると、いなくなった日が丁度俺がクリスを見つけた日と一致していた。
(...まさか...な。)
俺は嫌な予感がした。
その「スノー」とやらの特徴をもう少し聞いてみようかとも思ったが、
もしクリス一致していたら...と思うと恐かった。
(まあ、明日クリスを連れてきたらはっきりするさ...)
俺はきままに亭を後にした。
「なあクリス...もし、家族が見つかって、
記憶も元に戻ったら...やはり帰ってしまうよな?」
「うん・・・多分っ☆ でもっ♪
もしそうなっても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよーーーっ♪
毎日のように遊びに来ちゃうよっ☆」
「そうだな。また一緒に狩りに行こうな!」
「うんーーーっ♪」
クリスを連れてきままに亭へ行くと、
その場にいたやつらがみな口をそろえてクリスのことを「スノー」と呼んだ。
(...やっぱりな...)
俺の予感は的中していた。
無駄とは思いつつもクリスの持っていたペンダントをウィルに確認させると、
やはり間違いなかった。クリスはスノーだった...
クリス...いや、スノーの記憶が戻る気配はなかったが、
俺はこれ以上ここにいるのが辛かった。
記憶が戻らなければ俺が引き取ってもいいか?...と、
本当はそうもちかけたかったのだが...。
しかし、ウィルやみんなの様子を見ていると、
とてもそんな事は言えなかった。
特にウィルの錯乱ようは酷かった...
昨日会った時は、冷静沈着で冷たそうなやつだと思ったが、
本気でスノーのことを心配してたのがわかった。
スノーを見た時のウィルの顔...まるで昨日とは別人だった。
「おじさん」と呼ばれてかなりショックを受けてたようだ...
そりゃそうだろうな、これまで妹のように可愛がってたのに
自分のことを覚えてないなんて...やりきれないだろうな。
俺は、近くにいた気立ての良さそうなシェリルという女性に
一言あずけると、足早に気ままに亭を出ていった。
俺を呼ぶクリスの声が聞こえたような気がしたが、
振り返ることはしなかった。
その後、何度かきままに亭に足を運んだが、
しばらくスノーの姿を見ることはなかった。
しかし先日やっと会うことができた。
あのシェリルという女性もいた。
スノーが厨房にはいってしまっていたので、
シェリルにスノーの様子をたずねた。
どうやら記憶は戻ったらしい。
(そうか...記憶戻ったのか...良かった。)
正直寂しいとも思ったが、俺はそれを素直に喜ぶことができた。
「・・・ただ、その代わりに・・・」
とても言いにくそうにシェリルが言葉をつづけた。
「...代わりに何だ?」
気になって先を急かしたところに、スノーが厨房から出てきて
俺にこう言った。
「あっ☆ いらっしゃいませーーーっ♪
私はスノーだよっ♪ ここでアルバイトしてるの〜っ☆ ・・・お兄さんは?」
(...嘘だろ?)
俺は言葉を無くしてぼーぜんと立ち尽くしてしまった。
そんな...まさか、俺のことを忘れちまった...なんてことは...
この間のウィルじゃあないが、俺の頭の中は錯乱状態に陥った。
「・・・そーいうこと・・・」
シェリルがぽつりとそう言った。
俺が固まったままでいると、スノーは不思議そうに首をかしげた後、
エルフ女性の連れていたリスと遊び始めた。
俺はその無邪気な姿をしばらく見つめていた...
心中を察して、シェリルが声をかけてくれる。
ほんの2度ほど顔を合わせただけの俺に...
世の中にはこんなやつもいるんだな。
「スノーが幸せなら、それが一番だ。」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
スノーが注文を取りに来たが、それを制して俺は店を出た。
(...あのひとときは夢だったのさ...)
帰り道、俺はそう何度も頭の中で繰り返していた...。
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