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No. 00037
DATE: 1998/07/09 17:44:30
NAME: セシーリカ
SUBJECT: 絆 (前編)
辺りが暗やみに包まれ始めた時刻、賢者の学院前に集まり、なにやら話をしている冒険者達がいた。
「下水道?」
凝った作りの剣を持った黒い髪の剣士、ゼザが首をひねった。
「レックスだったんじゃないんですか?」
「それが、事情が変わったのでござる」
妙に言葉の訛りが強い、イーストエンド出身の剣士キリュウが答えた。その言葉に、「死の踊り手」の二つ名で呼ばれている少女ラーファが続ける。
「セシーリカは、あたし達の目をレックスに向けたのよ。レックスなら、暗黒神のアジトがあってもおかしくはないでしょ? それに、レックスを根城にするほどの女を敵に回していると言えば、たいていの冒険者は後を追ってこない。あたしは、もちろん追いかけるし、セシーリカもそれを予想したんでしょうね。あたしの腕ならレックスでも大丈夫だって踏んだのよ」
「つまり、レックスに行くって言うのは、セシーリカの付いた嘘だってことね?」
ショートヘアの盗賊、シェリルの言葉にラーファはうなずいた。
「ええ。そして、こんな手紙が、ショウの首輪にくっついてたわ」
ラーファが差し出した手紙を、ゼザは受け取った。そして、顔色を変える。
「・・・これは」
そこには、血文字でこう書かれてあった。
『たばかられた、魔術師が内通者、へるぷみぃ。あたしはオランの下』
「オランの下って言われても、あたし達には下水道しか思いつかなかったのよ。それに、オランの地下には、古代王国の遺跡もあるって言うし」
「なるほど・・・」
シェリルの言葉に、ゼザがうなずいた。
「というわけで、今、カルナに頼んでめぼしい下水道入り口を捜しているところだから、彼女に案内してもらいましょう」
カルナとは、プリシス出身の貴族の娘である。本職は吟遊詩人なのだが、いつも持ち歩いている大量の武器のせいで、とてもそうと見てもらえない。
「ところで、モヨ殿の姿が見あたらぬでござるが・・・」
「モヨさんですか? さあ・・・」
ゼザは、自分には分からない、と言いたげに首を横に振った。
「ま、彼には彼なりの理由があるんじゃないの?」
シェリルの言葉に、一行はうなずくしかなかった。
ここで、事件について説明しておこう。
セシーリカは捨て子で、ライナス郊外に居を構える老魔術師フォールによって育てられた。セシーリカは幼い頃から古代語魔法と神聖魔法に抜群の才能を示し、13歳になる頃には、すでに導師級の魔法に手を出すほどだった。
13歳のある日、セシーリカはナターシャという暗黒司祭に命を狙われる。激闘の末何とか彼女を下したが、その後も命を狙われる危険があったために、養父フォールを残してオランへとやってきたのだ。
だが、オランで過ごしていたセシーリカの元に、フォールがナターシャによって殺されたという連絡が入った。セシーリカは怒りのあまり、友人であるラーファとカルナを小細工を弄して攪乱し、単身ナターシャの元に乗り込もうとしたが、内通者である魔術師にとらえられてナターシャに引き渡されてしまったのである。セシーリカは隙を見て救援を求める手紙を書き、使い魔のショウに持たせた。
そして、その手紙を読んだラーファとカルナ、そしてセシーリカの身を案じて自ら救出に行くことを望んだ五人の冒険者達が、下水道に乗り込もうとしていたのであった。
「そう固くなることはないわ」
両手を縛られて、床に転がされているセシーリカを見て、ナターシャはくすりと笑った。
「しばらくは殺さないわ。あなたが苦しむのをじっくり楽しんでから、殺してあげる」
「・・・悪趣味」
セシーリカの言葉に、ナターシャは高らかに笑う。
「今頃気が付いたの?」
残念ながらね、と呟いて、セシーリカはよっこらせっと体を起こした。
「・・・なんで、おじいちゃんを殺したんだよ」
ナターシャは、面白くもなさそうにセシーリカを一瞥した。つかつかと歩み寄り、そしていきなりセシーリカの腹を蹴り飛ばす。
「・・・ふぐっ・・・!」
鈍い音と共にセシーリカの体が吹っ飛ばされる。再び倒れ込んだセシーリカは、喉をせり上がってくる物を必死にこらえながら、ナターシャを睨み上げた。
「・・・決まってるじゃない。あんたを苦しめたかったからよ」
「何で・・・そんなにあたしを憎むんだよっ!」
必死に吐き出した言葉に、ナターシャはまたもや笑って見せた。
「知りたいの? なら教えて上げる。冥土の土産に・・・ね」
行って、ナターシャはセシーリカのお下げをつかんで引きずり上げた。痛みで悲鳴を上げたセシーリカを、楽しそうに見やる。
「立ちなさい。連れて行ってあげるから」
下水道をぐるぐると歩き回り、どこにいるのか分からなくなるくらい歩き回らされて、大きくうがたれた横穴をくぐった。
ふと見上げると、天井の作りが下水道のそれとは変わっていることに気が付いた。すばらしく繊細で華麗なレリーフが幾重にもわたって彫られ、さらに微妙な色づけがされていて、遠目には落ち着いた青を醸し出しているのだ。
古代王国時代のものだ、とセシーリカは納得した。下水の不快な匂いも、いつの間にかなくなってている。
そのころになって、セシーリカはようやく冷静に物事を考えることができるようになっていた。
この女は強すぎる。あたしごときがかっとなって飛び込んでいって、どうにかできる相手じゃないことくらい分かっていたはずなのに。
あたしはキレるとよくよく後先考えなくなるな、と、セシーリカは自分にため息を付いた。
「もうすぐ、母の墓に付くわ。あんたが殺した、あたしの母の」
セシーリカは叫んだ。自分が殺した、という言葉に、思いあたることは一つもない。
「あたしがあんたのお母さんを殺したとでもいうのか!」
ナターシャは歩みを止めた。そうして振り返る。その顔にありありと、嫌悪と怒りの表情が浮かんでいた。
「そうよ! あんたなんかのために、父さんも母さんも死んだわ! あんたのせいよ! あんたが殺したのよ!」
セシーリカはその凄まじい形相に、一歩も引かずに叫び返す。
「だからって、あたしのおじいちゃんを殺していいわけないじゃないか!」
ナターシャは、ふと黙り込んだ。そして、その唇を嘲笑の形にゆがめる。
「いいことじゃないの? だって、あたしはあんたが苦しむ姿を見ることができれば、それで満足なんだもの」
「そのためには誰を殺してもかまわないのかよ。ふざけるな! おじいちゃんがお前に何したってんだよ。あたしを苦しめたいんなら、あたしだけを相手にしてればよかったんだ!」
「だって、それじゃあんたが苦しむ姿が、そんなに見られないんだもん」
ナターシャは残酷な笑みを浮かべて、さらに続けた。
「あんたは大地母神を信仰しているそうね。あんたがあたしを殺しに来たってことは、自分自身の恨みだけで人を殺しに来たってことよ。それは、大地の法に反してはいないの?」
セシーリカは、思わず言葉に詰まった。
自分は、ナターシャと全く同じことをしようとしたのだ。自らの恨みだけで人を殺そうとした。それでは、暗黒司祭と何が違うというのか。
(あたしは・・・・馬鹿だ)
ナターシャは許せない。許されるべきではない。だけど。
信じられないくらい自分が悔しくて、悲しかった。
(恨みで人を殺して、その人のゆかりの人がまた人を殺す・・・なんて愚かなんだろう)
再び歩き出すナターシャに従って歩きながら、セシーリカは、ぼろぼろと涙がこぼれるのを止めることができなかった。
「・・・何の穴でござるか、これは」
下水道ののかなり東のはずれの一角に、人ひとりが通れるほどの思いっきり怪しそうな横穴を見つけて、キリュウが首をひねった。シェリルが穴の具合を丹念に調べる。
「・・・ずいぶん前に、人工的に開けられたんじゃないかしら。腐食なんかで自然に穴があいたわけじゃなさそうよ」
「ふむ・・・」
ゼザがランタンを掲げて、穴をのぞき込んだ。
と、彼らの後ろから、おお〜い、という呼び声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声と、見えてきた金髪の青年に見覚えがあって、ラーファは叫んだ。
「モヨさん!」
「お、遅くなってすいません。店に戻って伝言板を見たら、下水道に適地が変更になっていて、探し回ってたんです。そしたら、皆さんの声が聞こえてきたから・・・・」
「・・・まあ、何にせよ来てくれて良かった。無事で何よりね」
カルナの声に、モヨは笑ってうなずいた。
「・・・皆さん!」
穴の仲を調べていたゼザが、少し緊張したような声を上げた。
「この奥は、どうやら古代王国の遺跡のようですね」
一行がのぞき込んでみると、なるほど、繊細で華麗なレリーフが幾重にも彫り込まれ、遠目に落ち着いた青を表現している。よく見れば、その青い色は、レリーフ自体が光って、回廊内を淡く照らし出している色だった。
「・・・にゃあ!」
ショウが鳴いて、ラーファの腕の中をするりと抜け出した。回廊を奥へと走っていく。
「どうやら、あの奥らしいわね・・・行きましょう」
六人は、意を決して、遺跡へと踊りこんだ。
(続く)
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