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No. 00038
DATE: 1998/07/09 18:39:48
NAME: セシーリカ
SUBJECT: 絆 (中編)
青い回廊を渡りきって、そうしてたどり着いたのは、遺跡と呼ぶにはふさわしくないほどに美しい場所だった。
天井は高く、魔法の力によって自ら光っていた。銀色に光る木があり、湖と呼んでいいほどの大きさの池があり、その木々と池に見守られるように、遠くに祠のような小さな建物があった。
セシーリカは目を見開いて、辺りの光景を目に焼きつけた。
言葉に出せないほどに美しい庭園。
しかし、微かな違和感を感じて、セシーリカは首をかしげる。ややあって、何がおかしいかに気がついた。
静かすぎるのだ。
ここには生きているものは何もいない。ただ支配するのは、静寂だけ。
「あの奥よ」
ナターシャは祠を指さした。「あの奥に、母さんが眠っている」
何も言えずに、ただ静かに自分を見返してくるセシーリカに、ナターシャは少し苛立ちを覚えた。
「どうしたの?やけに静かね」
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか?なんで、あたしがあんたの母さんを殺したことになるんだよ」
そうね、とナターシャが口を開いた。
刹那。
セシーリカの耳は捕らえていた。こちらに向かってくる数人分の足音を。
「・・・何!?」
セシーリカが叫んで振り返ると同時に、ナターシャも近づいてくる足音に気がついた。ナターシャが振り返るのと時を同じくして、六人の冒険者が、青の回廊を抜けて転がり込んでくる。
「客人が来たようね」
ナターシャは不敵に微笑んだ。
「セシーリカ!」
ラーファは叫んで、ヘビーフレイルを構えた。他の五人も、めいめい武器を構える。
「みんな・・・どうしてここに!?」
セシーリカは明らかに狼狽していた。ラーファとカルナが来るのはわかる。しかし、他の四人は・・・?
「・・・キリュウさん・・・ゼザさん・・・モヨさん・・・それに、シェリルさんまで・・・」
誰も、気ままに亭であったことがある人たちだ。だが、それほど深く関わったとはいえない。
茫然としているセシーリカをみて、シェリルが笑った。
「助けにきてあげたわよ」
キリュウも刀を抜いて構える。
「仇討ちの助太刀にまいった、セシーリカ殿!」
ゼザは魔法の剣を抜き、モヨも剣を抜いた。シェリルはショートソードを構え、カルナに至っては既にクレインクィンの弦を張り、いつでも発射できるようにしている。
「・・・みんな・・・」
こんな自分のために、集まってくれた冒険者達。
「これは、みなさんお揃いで」
ナターシャは不敵に微笑んだ。圧倒的多数の冒険者に囲まれていて、しかし、彼女はして余裕ある態度を崩そうとはしなかった。
「だけれど、お前達はいわば招かれざる客。蛮族どもの分際で、この地に足を踏み入れるとは、おろかなことをしてくれたじゃないの」
言いながらナターシャの手がひらひらと動く。その手の動きに合わせて、池の水がゆっくりと波紋を描きだした。その波紋は見る見るうちに広がり、膨れ上がったかと思うと一気にあふれ出した。そして、黒光りする鋼の巨人が、その場にゆっくりと姿を現した。
「・・・アイアン・ゴーレムっ!」
シェリルが驚愕の叫びをあげた。
「さぁ、この不遜な侵入者をやっつけてしまって!」
ナターシャが楽しそうに笑う。
「苦しみなさい! お前達が苦しめば、セシーリカも苦しむ。それは、楽しいことだわ!」
セシーリカは、その言葉に吐き気がするほどの怒りと嫌悪を覚えた。
自分だけならばともかく、他のみんなまで巻き込もうとする。それの責任は少なからず自分にあるが、みんなを傷つけることは、絶対に許さない!
理性が反応するよりも早く、セシーリカは感情のままに行動した。
「・・・このっ!」
ゴーレムに目がいっていたナターシャに、手加減も何もないけりを見舞ったのだ。
「きゃっ!」
ナターシャはたまらずに転がった。その隙にモヨがセシーリカに駆け寄り、両腕の戒めを解く。セシーリカは素早く腰のレイピアを抜いた。
キリュウがアイアン・ゴーレムに駆け寄り、手にした刀で斬りつけた。しかし、がぃん、という音と共に刀ははじき返される。そこにはわずかなへこみしかない。
「な、なんて人形でござるか、こいつは!」
ラーファも同じようにヘビーフレイルをたたきつけた。腕力だけなら、ラーファの方がキリュウよりも勝っている。だが、持っている武器の重さは根本的に違っていた。彼女はシーフなのだ。同じように、わずかなくぼみを作ったにとどまった。
「なんて固いの!」
ラーファの叫びと同時に、鋼鉄の腕が恐るべき勢いで繰り出される。キリュウは後ろに下がってかわし、ラーファはひらりと跳躍してかわす。大きく体勢が崩れたゴーレムに向かってゼザが魔剣を叩きつけたが、結果は前者2人とたいして変わらなかった。
「ぬう、動きがとろいわりに、当たったら痛そうな攻撃でござる!」
「痛いより前に、当たったら死ぬわよ、アレ」
シェリルがつぶやいた。彼女のショートソードでは、ゴーレムをへこませることすらできないであろう。
そして、もうひとりの強敵、ナターシャが立ち上がった。
「よくも・・・やってくれたわね!」
怒りに震えながら剣を抜き、最も手近にいたモヨめがけて大きく振りかぶったのだ。
モヨはよけようとしたが、間に合わない。
「モヨっ!」
ゼザが叫んだ。ナターシャの剣は、モヨの右肩から胸にかけてを切り裂いた。
シェリルとセシーリカが動いた。倒れたモヨの体を、セシーリカは抱えて後退する。入れ替わるように飛び出したシェリルはナターシャに斬りかかった。ナターシャは驚きながらも、余裕を持ってシェリルの攻撃を受け流す。
セシーリカは、気絶したモヨの傷口に手を当て、女神に癒しの奇跡を願った。女神はそれに答え、大いなる力がセシーリカの体を通してモヨに流れ込む。モヨはうめいて、目を開けた。
キリュウは、懐から指輪を取り出した。教えられたとおりに言葉を唱える。カルナのクレインクィンに、魔法の炎がともった。
ゴーレムとキリュウ達三人の戦いは決着が付こうとしていた。いかに強靱な生命力を誇るゴーレムと言えど、動きが鈍重な故に、熟練した三人の敵ではなかった。
ゼザは、何度も何度も執拗に右腕だけをねらって攻撃を加えていた。そうして、もろくなった右腕に斬りつけた。その一撃で、あえなく鋼鉄の腕が吹き飛ぶ。左腕での反撃も、動きを呼んで、巧みに回避した。
ラーファは、「死の踊り手」の二つ名にふさわしく、巧みな動きとフレイルさばきでゴーレムを攪乱していた。舞うように美しく、しかし隙がない動きで、首の連結部分に何度もヘビーフレイルを叩きつける。
たとえ一撃一撃が対したダメージではなくても、ちりが積もれば山になるものである。ラーファの攻撃で、ゴーレムが
ぐらり、とよろめいた。そこをついて、キリュウが飛びかかる。
「これで、とどめでござるっ!」
立て続けのラーファの攻撃でもろくなっていた首の連結部分を、高速の勢いで突き出された刀が貫く。その一撃がとどめとなって、ゴーレムは地響きと共に地面に倒れた。
「ふー、固い雑魚だった」
それはあんまりだろう、ラーファ。
一方、シェリルは苦戦していた。ナターシャの剣の腕は一流の剣士もかくや、と思わせるほどの腕前だったからだ。持ち前の敏捷さで致命傷を負うことは避けていたが、すでに全身にいくつもの小さな傷が走っていた。
「さぁ、そろそろ最後よ。あたしのシルフ、この女をずたずたに引き裂いてしまいなさい!」
ナターシャが高らかに精霊語で命ずる。シルフが現れて、シェリルにかまいたちの刃をぶつけようとした。
「・・・させるかぁっ!」
魔法の発動体であるレイピアが光る。セシーリカがサプレス・エレメンタルを唱えたのだ。シルフが、魔法によってすっと姿を消す。自らの精霊界に戻っていったのだ。
「・・・な!?」
ナターシャが目を見開いてセシーリカを見た。その一瞬の隙を、じっと狙っていたものがいた。・・・・・・クレインクィンを構えた、カルナだ。
びぃん、と弓がたわむ音が響き、炎をまとった矢が、ナターシャの左胸を正確に貫いた。
(続く)
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