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No. 00039
DATE: 1998/07/09 19:29:16
NAME: セシーリカ
SUBJECT: 絆 (後編)
「終わったでござるな」
キリュウが刀をおさめながら言った。
クレインクィンの一撃は強烈きわまりなく、矢はナターシャの左胸を突き抜けて背後の銀色の木に突き刺さっていた。
もちろん、ナターシャは、生きていられるはずもなかった。
セシーリカはナターシャに歩み寄り、開いたままの目をそっと閉じた。そして、何かに呼ばれたように顔を上げると、すたすたと祠に向かって歩き出した。
「セシーリカ? どこに行くの?」
シェリルが訪ねたが、返答はない。
「セシーリカさん、待ってください。僕たちも行きます」
モヨが言って、セシーリカの後を追った。全員が、そうしてセシーリカの後を追いかけた。
祠には何もなかった。ただ、下りの階段だけが続いていた。セシーリカはためらいもなくその階段を下りる。なぜか、ひどく胸騒ぎがした。
階段は思ったよりも遙かに長かった。モヨが280段目ほどまで数えたが、あまりの長さに数えるのを止めた。
途方もなく長い階段を下りたところは、両開きの扉になっていた。ぐいっと力を込めて押すと、それはあっけなく開いた。
そして・・・・・・目の前に広がった光景に、全員が息を飲んだ。
「・・・これは・・・」
ゼザがつぶやいた。
そこは、周囲すべてを水に囲まれた、水のドームの中であった。
清く澄んだ水が、ぱしゃっと音を立てながら対流している。見上げると、青い光が水と同じようにたゆたっていた。水面は、遙か見えないほど上にあるのだろう、定かではない。
まるで、湖深くに沈められた水晶玉の中から、外を見ようとしているようだった。
「なんと・・・奇っ怪な」
キリュウは、それ以上言うことが無くて辺りを見回す。シェリルとモヨも、同じように辺りを見回していた。
「・・・古代王国の魔法の産物、ですね」
カルナの言葉にうなずいて、セシーリカはゆっくりと歩み出た。ドームの中央、ミスリル銀でできた台座に向かって。
台座の周りには、魔法によって腐敗することを止められた花がいっぱいに敷き詰められている。台座は人が2人ほど横たわることができる広さで、ひとりの女性が横たわっていた。
「・・・まるで、眠っているみたい。でも、死んでるのね」
ラーファがつぶやいた。女性は、古代王国のものであろう衣服に身を包み、木の実をもした赤い宝石の首飾りを握りしめている。
セシーリカはそっと、台座に触れた。すると、台座が鈍く輝き始め、その死体の上に重なるかのように、ひとりの女性の姿が現れた。
「・・・スペクターだわ」
ラーファの言葉にセシーリカは応えることができなかった。その女性が、セシーリカをみてにっこりと微笑んだからだ。
『お帰りなさい、私たちの娘』
「・・・娘?」
ゼザがつぶやく。
『そして、感謝します。蛮族の方々。娘を守り、ここまで導いてくださって』
セシーリカはあわてて叫んだ。
「ま、待って! あたしは、ここにいるのはナターシャのお母さんだって聞いた。なんで、あなたがあたしのことを娘だなんて言うの?」
女性は、うなずいた。
『ナターシャは、確かに私たちの娘です。そして、あなたも・・・』
「・・・どういう、こと?」
シェリルがつぶやく。
『説明いたしましょう。私たちのことを・・・』
女の名はラセルナ。カストゥール王国の住人であり、死霊魔術の一門の娘であった。ラセルナは家を継ぐべく修行に励んでいたのだが、ある日、たまたま迷い込んだ森の中で、ハイ・エルフのリューディスと出会い、恋に落ちる。
2人の恋はもちろん、双方の家族、部族から反対を受けた。若かった2人は手を取り合って、現在のアノスにあたる場所まで逃げ延びた。名を変え姿を変え、市井に紛れ込んでそこで暮らした。
まもなく、2人の間に子供が産まれた。ふたりは、娘にナターシャと名付けた。
だが、程なく蛮族達が放棄し、大反乱が起こった。三人は戦いを避けるように、この遺跡に逃げ延びた。
遺跡の奥には地上へ通じる門があり、その地上には妖精界への「門」があった。リューディスは「門」を開き、家族を妖精界へと導く。
三人は、妖精界で幸せに暮らした。ナターシャが15になったとき、ふたりめの子供が生まれる。その子供にはティナと言う名前が付けられた。
ティナは、よくむずがって泣いた。だが、妖精界を出て、物質界の森の中で、辺りを歩き回ってなだめると、よく泣きやんだ。家族にとって、1日に一度、妖精界を出ることが何時しか日課になっていた。
だがある日、妖精界を出たとたん、四人を待ちかまえていたものがいた。血に飢え、乾ききったバンパイアだ。
バンパイアはもてるすべての力を使って四人を襲った。ラセルナとリューディスは応戦したが、2人の子供を守りながら戦うは難しかった。
バンパイアが、ティナを目標に絞った。ナターシャは視線を受けて麻痺し、ラセルナは、ティナをかばって倒れた。リューディスは激怒し、ありったけの力を込めてシェイドを打ち込んだ。
そのシェイドでバンパイアは滅びる。だが、リューディスが負った傷は深かった。ナターシャに、遺跡に戻って外界へ通じる門をふさぐように伝え、リューディスはティナを抱えて、近くにあるであろう人間の村へと、助けを求めるために歩き始めた。
だが、とうとうとある廃村で力つき倒れ、ティナはたまたまその廃村を訪れた老魔術師に拾われた・・・。
『再び会うことができるとは思っていませんでした、ティナ。
あなたは、なんという名前をもらったのかしら?』
「・・・セシーリカ」
『セシーリカ・・・それが、今のあなたの名前・・・』
ラセルナは、愛おしそうにはんなりと笑う。そして、次に悲しみにうつむいた。
『私が死んだことにより、ナターシャは闇に落ちてしまった・・・。あなたを殺すために、苦しめるために。私は止めたのだけれど、聞いてはもらえなかったわ。・・・ナターシャは?』
セシーリカには答えることができなかった。だが、それでラセルナはすべてを悟ったかのようにうなずいた。
『・・・言わなくてもいいわ・・・。こちらに残ったのは、あなただけになってしまったのね・・・でも、あなただけでも生きていてくれて良かった。ナターシャを、これ以上悪事を重ねる前に止めてくれて・・・』
セシーリカは、その言葉に、声が震えるのを押さえきれずにつぶやいた。
「・・ねえ、あたしが生まれたから、こうなっちゃったの?」
悲しかった。自分が生まれることがなければ、ナターシャは闇に落ちることもなく、家族がバラバラに引き裂かれることもなく、今でも幸せに暮らしていたはずだ。妖精界のどこかで。
だが、ラセルナは微笑んで首を横に振った。
『・・・誰のせい、という問題ではないの。私は、あの蛮族達の反乱で滅びるべきだった・・・それが生き残ってしまったために引き起こした、誰も責めることができない悲劇なのよ。・・・それに、私は死んだことを悔いてはいない。ティナ・・いいえ、セシーリカがこうして生きていてくれることが、私にとっての幸せ・・・・』
すぅっと、スペクターの姿が消え始める。セシーリカは手を伸ばした。ラセルナは、微笑んでその手に触れる。
『・・・私は行かなければ。リューディスの所へ。もう、未練はないから。ナターシャと共に、行かなければ。・・・セシーリカ、あなたがこれから歩む人生に、安らぎと幸せがありますように・・・』
その言葉を残して、スペクターは完全に消えた。
セシーリカは、腕を伸ばしたまま、茫然と立っていた。
・・・誰も、何も言えなかった。
セシーリカが、腕をおろしてぽつりとつぶやくまでは。
「・・・あたしのせいで」
「やめて」
カルナが言ったが、セシーリカは止めなかった。
「あたしがいなければ、みんな、死なずにすんだのに」
フォール、ラセルナ、リューディス、そして、実は姉だったナターシャまでも、自分は、自分という存在は、殺したのだ。
「あなたのせいじゃないわ」
ラーファの言葉に、セシーリカは首を振ってうつむく。
「あたし、死神だ・・・・」
「違います、それ」
きっぱりと言ったのは、モヨだった。
「セシーリカさんがいなかったら、俺、死んでました。それに、セシーリカさんは、その力で、たくさんの人を救ってきたんじゃないんですか? だったら、死神なんかじゃないです」
「そうでござるな。拙者も、セシーリカ殿の助言がなかったら、あのまま呪いによって死んでいたかも知れぬ」
マスターマミーとの戦いのことを言っているのだろう、キリュウが言った。ゼザも微笑んでうなずく。
セシーリカは、ぎゅっと手を握りしめた。握りしめた手のひらに固い感触があって、首をかしげて手のひらを見つめる。
そこには、死体が握りしめていたはずの、木の実を模した、小さな首飾りが光っていた。
「・・・おかあさん」
初めてそうつぶやいて、同時に視界がぼやけた。堰を切ったように、次から次へと涙があふれてくる。こらえようとしたが、こらえきれなかった。
ぼろぼろと涙を流すセシーリカの頭を、シェリルは依然そうしたように、そっとなでてやった。
涙は、いつまでもいつまでも、止まらなかった。
「よいのでござるか?」
キリュウが訪ねる。セシーリカはうなずいた。
賢者の学院に連絡することはなく、この遺跡を封じてしまうこと。
セシーリカが出した結論だった。
「・・・みんなに、安らかに眠ってもらいたいから」
今までになく、穏やかで静謐な気持ち。
セシーリカは、そっと胸の前で手を組んだ。
たくさんの人が、自分のために命を落とした。そして、たくさんの人が、そんな自分のことを案じてくれている。
絆、とセシーリカはつぶやいた。
今までであった人たちすべてと、別れた人たちすべて。不思議な絆で結ばれて、今までのセシーリカは生きている。
大切にしたい、と思った。
この思い出を、結ばれた絆を、これから結ばれる、すべての絆を。
絶対に、忘れない。
握りしめた首飾りに、そう誓った。
(終わり)
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