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No. 00040
DATE: 1998/07/13 02:32:27
NAME: ハースニール
SUBJECT: 狩人の休息
静かだ……
森の中に男が一人たたずむ。
男の名はハースニール。冒険者を営んでいる。
だが、ここには何も無い。ただ森が広がっているだけだった。
「やれやれ、変わらんな。森と言うのは……」
彼が冒険者になった事件。
いまだ、割れきれぬ悪夢。
彼の父は7年目のこの日、森の中に消えた。
「親父」
ハースニールと言うなの少年が父と思しき者を呼ぶ。
「早く来い。置いていくぞ」
「待ってくれよ。狩りに行くったって、まだはええよ」
ハースニールの嘆願は届かなかった。
彼の父は無口で無愛想だった。それは子に対しても変わらずそうであった。
今までハースニールも狩りはやった事はある。
しかし、それも兎などの小動物だけである。
だが、今回は違った。今まで首をたてに振らなかった父が始めて本格的な狩りに同行する事を許したのだ。
「で、今日は何を狩るんだ、親父」
「……鹿だ」
ちぇっ、とハースニールは思う。どうせなら熊なんかがよかった……
「今、熊かなにかがいいと思っただろう」
いきなりそう言い当てられる。
「狩りをなめるな!お前ごとき小童が熊を相手にするなど10年早いわ!」
身を縮める。
「…ん?いたぞ」
急に声を潜める。その視線の先には、小さいながら確かに鹿らしき影があった。
「来い」
ハースニールは父の後を追う。だが、その時功名心がわきあがっていた。
10年早い…はっ、俺なら今からでも十分だ。
数十分後
鹿は簡単に捕まった。
殺したのではない。それはあまりに鮮やかだった。
「すげえ……」
「こんなものは序の口だ」
そんな言葉を交わしていた時、ハースニールの視界に影が過ぎった。
「どうした?」
すかさず、父が尋ねる。
「いや、兎が……俺、ちょっと狩ってくるよ」
兎なんかじゃない。あれは熊だ!親父を見返してやる。確かに今はまだ叶わないけれど、これが出来れば少なくとも一人前ぐらいには……
「兎か……それぐらいならかまわんが…」
言葉は最後まで聞こえなかった。ハースニールはすかさず影の後を追う。
しばらく追ううちにやはりその影が自分の推測どうりだとわかった。
「……熊…」
熊をじっくり追いつめる。
「もう逃げ場はないぞ」
笑みが零れる。そして弓を引いた。
「グオオオオ!!」
叫びが上がる。
「やったか!」
そう思った瞬間。体が凍り付いた。熊がものすごい速さで襲いかかってきたのだ。
動けない。避けれない。甘く見過ぎた。殺られる。
そう思った時、彼は吹き飛ばされた。熊がぶつかったほど強い衝撃ではない。
「ん…んん」
一瞬の衝撃から目が覚めた後に、彼が見たのは……
「親父!」
熊に締め上げられている父の姿……
「親父!」
駆け寄ろうとする。しかし、止められた。
「来るな!お前も捕まるぞ!それより速く撃て!」
はっとする。弓があるんだ。速く撃たなければ。父を助けなければ。
だが、焦れば焦るほどうまくつがえられない。
「クソックソッ!」
「…お…落ち着け…、いつも通りに…やればいい…グアア…狩りに…おいて…焦る事は…」
「でも親父!こんな時に焦るなってほうが…」
泣き顔が広がる。父はもう虫の息だった。
「おまえは…俺を越えるんだろう…」
にやっと笑みを浮かべる。
「うあああ!」
その瞬間、ハースニールは矢を放った。その矢は熊の頭部に命中し、後頭部まで貫いた。
「親父!親父!」
駆け寄る。だが、もう助からないのは明白だった。
わずかに口が開く。
「……よく…やった…」
そして動かなくなった。
「……親父…お…おや…親父ー!!」
それからどうしたのか覚えていない。
ただ、冒険者になろう。そう思っただけだった。父はもう越えられない壁になってしまった。死んだ人間を越える事は出来ないのだ。たとえそれが妄想だとしても。
だから冒険者の道を選んだ。父に認めてもらうために。父を越えるために。
夜の闇が広がる。
少し開けた場所で、極々小さな火を真ん中に、ハースニールは座っていた。
周りの木々は、神秘的にたたずんでいる。
そして、ハースニールの前には木製のカップが置かれ、火を介してもう一つ置かれている。
「すまねえな、親父。本当は故郷の森でやりたかったんだが遠くてな」
カップにワインをつぐ。ワインは父の好物だった。
「今日は命日だ。まあ、一杯やれ」
一人呟く。
そして乾杯とカップを鳴らし。一気に飲みほした。
「親父…俺はいい所見つけた。久しぶりだ、離れたくないと思った場所は。でもな、いつかは去っていく事になるだろうな。それがいつか…そして、どうやってかは知らないが」
ワインをつぐ。
「こんな仕事だ。俺もいつそっちに向かうかわからんしな」
ニヤッと笑みを浮かべた瞬間。ハースニールの目に信じられぬ光景が浮かんだ。
父の姿が現れたのだ。
「何を驚いてる。飲め」
そういうとワインを一気に飲み干す。
「いい場所を見つけたのはいいが、すぐに別れを考えるのは良くない」
「……」
「お前も、まだ若い。眠るにははやすぎるしな。そんな事を考えるには10年速い」
ニヤっと、笑みを浮かべたかと思うと、そこには何も無かった。
「……幻覚か…」
そう思った時、父のカップの中に何も入ってない事に気づく。
しばらくそれを見つめた後、ふと笑った。
「安心しろ、親父。俺は悪ガキだからな。夜更かしはおてのもんだ。しばらく、寝床を一人で占領しておくんだな」
ハースニールはワインを飲み干した。
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