No. 00041
DATE: 1998/07/13 23:56:21
NAME: リヴァース
SUBJECT: かくも平凡なりし日
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高台を吹きぬける初夏の風の中でシルフが踊る。午前の早い時間,強い陽射しを避けて椚の木陰の乾いた草の上に寝転がり,うとうととまどろんでいると,至高の眠りをさえぎる不届き者が現れた。
「おい! リヴァース!」
覗きこんでくる顔は,まだ幼さが残っている。それでいてきつさを装おうとする目。
「なんぴとたりともわたしの眠りをさえぎる奴はゆるさん…」
頭を掻きながら起き上がる。上から覗きこんでいたのはルフィスだった。
「何をばかなこと言っている。 お前がここに来いっていったんだろうが。」
そういえば,先日,笛を教えてやると約束したっけ。
魔法のポーションと引き換えに,草原で手に入れた、シルフの力が封じられた笛をあげたら,吹き方を教えてくれと言われた。それで,風の通りの良いこの西の高台を,練習場所に指定したのだった。
ここは,オランの中でもお気に入りの場所で,天気のいい日などは、よくここに来て,新しい唄を歌ったり,昼寝したりして過ごしている。機嫌の良いシルフの集う場所で,風の精霊達と対話するには絶好の場所だった。
「それにしても,お前があんな無防備になるとは思わなかったな。フフッ。」
ルフィスがからかうように言う。
「こっちも,お前がそういう風に笑うようになるとは思わなかったな。」
といいかえすと,ルフィスは憮然とした表情を向けるのだった。
もともと、度を越したひねくれ方をしている少年だった。そういう奴を見ると、どうも一言いってみたくなる性格なので、いろいろとつついてみたら、その度に激怒してくれた。剣に手を描けて(フォントサイズ7で)ぶっ殺すぞ、と叫ばれたこともある。
それが今、かくもほのぼのと会話しているのだから不思議なものだ。が、この少年の態度が豹変する原因に思い当たらないでもなかったので、苦笑するより他はない。
まずは,音の吹き方を教えた後,基本的な音階の吹いてみる。
簡単そうだと、ルフィスは自分も真似して吹いてみる。しかし、同じ音を出すどころか、吹き込んだ息しか出てこない。
むやみやたらと吹くのではなく、下腹に力を込めて削った吹き込み口に息を当てるように吹け、と助言する。
しばらくは、ヒュウ、ヒュウ、というかすれた音が続いたが、次第に高い笛の音が混じるようになってきた。
しかし、なかなか音楽を吹くまでは至らない。
「焦ることはないさ。吹いているうちにコツをつかんでくる。」
そういって、午後からカールと練習するというルフィスとはその場で別れた。
高台からの帰りに、剣を頼んでいた鍛冶屋の工房に寄る。
魔術師ギルドの斜め向かいにあるその工房は,規模は大きくは無いが,仕事が丁寧で品質がよいと評判である、とウィルに教えてもらった。
先日,すでに新しい小剣がほしいというシェリルとともに、一度来ていた。
自分の紹介だと言うと良い,とウィルは言ったが,彼が職人に対して善行をなしたとも思えなかったので,ウィルの名は出さなかった。後から聞いた話によると,銀の特注のダガーを買うのにひどい値切り方をしたうえ,それと同じ値段で5本も頼んだと言う。名を出さなかったのは賢明な判断だった。(それにしても,ギルド幹部ともあろう者が、せこい・・・)
シェリルは気に入った物をすぐに見つけたようだったが,自分の探すもので目を引く品は無かった。戦士がよく使っている長剣類や打撃武器は種類も多く、質の良い物もふんだんに見つかったが,以前所有していた曲刀の類は,需要が少ないのか数も少なかった。気まぐれに,アジハルの野郎に渡したあの剣が,今更ながら惜しまれる。
「なんだい,あたしらの作った物が気にいらないってのかい?」と不機嫌そうに声をかけてきた者がいた。皮の手袋とエプロンをして,防護眼鏡をかけている大柄な女だ.ついさっきまで鍛冶場に居たらしく,タオルで汗をぬぐっている。気に入った物がみあたらん,と素直に言うと,女はにやっとわらって,
「なら,どんなのがいいんだい? いってみな! あたしがつくってやるよ!」
と言った。どんな形状の物でも使用者に合った品質の良い物を,というのがこの店の信条らしい。 オーダーメイドにすると値段も張ったが,ノルカディアという名のその女は,こちらの細かな要求をいやな顔一つせず,むしろ感心したように聞き入れてくれた。
「こりゃ,ガキを育てるより,面倒なこといってくれるねぇ。ま,期待のモノはちゃんと作ってやるよ!安心して待ってな!」と威勢良く笑った。
そんなわけで,出来あがるという期日が今日だった。
「長さや材質はともかく,曲率や部分厚まで指定してきた客はあんたぐらいだよ」
とノカルディアは笑いながら,できあがった物を渡してくれる。
軽く振ってみる。やはり,以前の曲刀ほどの軽さは感じられないし,違和感もある。明るい顔をしないわたしに「よっぽど前はいい剣を使ってたんだねぇ」とノカルディアは首を振った。
重心を変えてみてくれ、と言うと挑戦的な顔つきになって,「ああいいさ,あんたの要望に合うまで,職人魂に賭けて,何度でもやってやらあ!」と,笑った。
奥の方で,けたたましい子供の泣き声がした。「あっと,またそそうしたんかね!悪ガキめ!ちょっとまってな!」といって,奥に去ってしまった。
技術に男も女も無い,いい職人だ,と思った。子育てと仕事を両立させるというのも大変だろうのにな、と感心した。。
剣を再び預けて,次の目的地…賢者の学院に向かう前に、いったん宿の自室に戻る。都合の良いことに、シェリルは出かけているらしい。
賢者の学院で、調べたいことがあった。エレミアの北,すなわち砂漠周辺についての気候や風習、地理,地形などだ。せっかく学問の都,オランに着ているのだから,当てにならない賢者の伝え聞きではなく,自分で文献をあたって少しでも正確な情報が欲しかった。
先日すでに一回訪れていたが,そのときは,図書館にいた老人に,学院に所属しない部外者には容易に見せられんと、けんもほろろに扱われた。他の係りの者にあたろうとしたが,その老人は気まぐれなくせに,権限が大きいらしく,だれもとりなしてくれなかった。
そのまま引き下がるのも悔しかったので,何とか方法はないものかと考えていた。
シェリルの昔の仲間が学院に所属しているとかで,そのツテを頼ろうかとも思ったが,第三者に無用な借りを作るのは避けたかった。
「そういえば,このあいだ,気ままに亭に,魔術師のおじいさんがきたわよ。」
シェリルが宿で何気なく言った。単なる話題の提供だったのだろうが,詳しく聞いてみると,その受付にいたじいさんと特徴が一致していた。ロスタムという名のその老人は,なんでも枯れた年にかかわらず無類の女好きで,「美女は国の宝,大陸の命」とまで明言してたらしい。そこで…一つの考えが浮かんだ。
髪を解き,ウィルからもらってきたリボンで,ふだんは流している前髪をたくし上げ,留める。(なぜウィルがこんなフリルのついた乙女らしいリボンを所有していたのかは謎であるが。)市場で手に入れた,足首まであるフレアのおとなしい臙脂色のスカートを穿き,半そでの短衣を上に羽織る。頬にうすく紅を差し,唇に薔薇色の口紅を塗る。耳を髪でおおい,鏡を覗きこむと…なんとなく悲しくなった。自分で己の外見を表現するのも虚しいものであるので、あえて形容は避ける。しばしうなだれていたが、気を取りなおして,そのまま,誰にも見られないように注意しながら宿から出る。入り口に居たおかみが,あんな客が居たものか、と首を傾げた。
学院に向かうと,効果は覿面だった。呼びもしないのに,先日の爺が現れて,どこに行く,何の用だ,いろいろと世話を焼いてきた。
「お主ほど美しくに麗しい娘さんは、はじめてみたのう。お嬢ちゃんのためなら,この老人,少ない余生を振り絞って,なんでもしてやるぞい♪」
とのたまう。砂漠に関する文献を調べたいと言うと,お安いご用とばかりにはりきって,一般に開放されている図書室ではなく、院生以外は立ち入り禁止とおぼしき区域にはいっていった。
「これはご老体…また,そのような者と…」と,あきれた顔でロスタムに呼びかけた者が居た。片眼鏡をかけ,ステッキを持っていて、見知った顔だった。たしかファウストといったか。知り合いにばれたらかなわん,とあわてて顔を伏せるが,幸いこちらに気がついた様子は無かった。
学内専用の図書室は,流石,賢者の都とささやかれるだけあって,すばらしいものであった。貴重な文献や写本が,ところ狭しと,広大な空間に整然と並べられているのは,いっそ壮観であった。目的の文献は,程なくして良い物が数冊見つかった。
この爺は,人が調べ物をしている間もうるさくまとわりついてきた。質問は無いか,わからん文字は無いか,と助けてくれるのは良いが、そのたびに人の髪や腰を触ったりしてくる。何度静まり返った閲覧室で叫び声をあげそうになったことか。他人との接触を嫌う自分にとっては拷問に等しかった。
しかも,あとで、夕食でも御一緒しないか、と誘ってきた。何でも雰囲気の言い酒場を見つけた,とのこと。その名を聞いてみると,
「気ままに亭」。
冗談じゃないっ!と,至極丁寧にご遠慮申し上げた。
苦労をした甲斐があって,収穫は上々だった。
追いすがる老人を振りきって,さっさとこのうっとうしい格好をやめようとばかりに宿に急ぐと…正面から走ってきた男にぶつかった。普段ならさっと避けられたものであるが,足首にまとわりつく忌々しいスカートを踏んでしまい,そのままバランスを崩して倒れこんでしまった。
「おい,大丈夫か」と覗きこんだその男は,こともあろうに,よりもによって…
セリカだった!
彼の顔が驚愕に凍りついている。
自分が耳まで紅潮するのが感じられた。
最低だ。最悪だ! この状態で最も顔を合わせたくない奴に見つかってしまうなんて!
己の不運を嘆く。
その場に居られなくなって,差し伸べられた手を振り払って,駆け出していく。奴の様子を振りかえっている余裕は,もはやどこにも無かった。
そのまま宿に戻って,化粧を落とし,髪を縛りなおしていつもの服に着替える。
いつもは,最も騒がしいであろう時間を避けて,夜半を過ぎてから気ままに亭に足を向ける。しかし、先にセリカがきてあること無いこと言いふらされたらたまらないので,釘をさす意味もあって,早々に酒場に向かい,奴を待ち伏せすることにした。
案の定,飄々とした足取りでやってくるが, いつもとは違って考え込んでいる風だった。
「おい,セリカ!」
と,冷やかされるのがイヤだったので,先手を討とうと呼びかけるが,奴は返事がない。
「・・・?どうした?」
ぼんやりしている彼に尋ねる。
「いや,な。さっきすげー美女にぶつかったんだ。ずいぶん急いでたみたいだから,チラッとしか見えなかったが…いや〜,さすがは大都市オランだなぁ。あそこまで奇麗な女がいるなんてな…。また会えないかな〜。」
うつろな目でのたまう。
「気づいてなかったのか!おまえはーーーっ!!」
安堵より先に,怒りが迸った。
次の瞬間,渾身の力での奴の後頭部に脚蹴りを食らわしている自分が居た。
「な,なじぇ…!?」
這いつくばるセリカ。
「知るかっっ!」
そのまま,無視して,いつものように気ままに亭のドアを開け,中に入っていった。
おしまい。
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