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No. 00042
DATE: 1998/07/15 13:40:01
NAME: ルフィス
SUBJECT: 永夜黎明
影が東に伸びている。
「・・・この辺りのハズだが・・・・・・」
オレは周りを見回し一人呟いた。辺りにはただ森が広がっているだけだ。
汗が額を流れ落ちる。朝から歩きづめで足が悲鳴をあげているがそんなことを気にしてはいられなかった。
(ベストゥリーが近くに来ている)
そう思うと休んでなどいられない。ケインの仇を討つ機会は今回を逃すともう訪れないかもしれない。
自然と足が早くなり、腰にさげた剣が一歩進むごとにカチャカチャと音をたてる。
(今度こそあいつを殺す)
昏い炎を心に灯し、ルフィスは森の奥に向かい歩き続ける。
一週間ほど前、オレの泊まっている安宿に盗賊ギルドの人間が尋ねて来た。用件はオレが以前頼んでいた
ベストゥリーの情報を手に入れたとの事だった。オレ自身は盗賊ギルドに面識はないが、スラム暮らしの頃の
個人的な友人に頼む事でなんとか情報をつかむ事ができた。幸運だった。普段は大きな屋敷の奥に閉じこ
もっているベストゥリーが数人の護衛だけを引き連れ、近くの森にある別荘にいるという話だ。
カールに頼んで一緒に来てもらおうかとも思ったが、カールの方は「祭り」があるとかで忙しそうだったし、
彼は病み上がりだ。第一これはオレ個人の問題なのだからカールに頼むのは筋違いのようにも思えた。
結局、こうしてたった一人でこの森まで来てしまった。
(無謀かもしれないな。しかし不意をつければ成功の見込みもある。・・・護衛の人数にもよるが・・・・・・)
「ベストゥリー様。お食事の準備が整いました。」
前方から微かに声が聞こえた。とっさに近くの木の後ろに隠れる。若い女性の声のようだ。
できるだけ足音をたてないように注意しながらゆっくりと声のした方に向かう。
姿が視認できる所まで行くと木の影から顔だけを出して声の主を確かめる。
(あいつだ!)
まず目に入ったのが上等な服に身を包み優雅に食事をしているベストゥリー。彼の周りには女性が1人。
ローブを着けて杖を持っているところを見るとソーサラーなのだろう。それに屈強そうな男が2人。
彼らは共にハードレザーアーマーを着け、ロングソードを腰に下げている。彼らの後ろには宿屋ほどもある
別荘が建っていた。
(・・・3人か・・・別荘の中にも何人かいるのだろうか・・・・・・)
目の前にケインの仇がいるのに手が出せないのがもどかしい。
(パキィ!)
「そこにいるのは誰ですか!」
足元の小枝を踏み折った音が以外なほど大きな音となりあたりに響く。
しまった!そう思った時にはすでに遅かった。ソーサラーの女性から誰何の声が飛び、戦士たちは剣を
抜いて近づいてくる。
「出てこねぇなら問答無用で斬るぜ。」
あと3歩ぐらいまで近づくと片方の男がそう声を掛けてきた。
(強襲しかないようだな・・・)
木の後ろから一歩踏み出す。
「なんだぁ〜?なんで子供がこんなとこにいるんだ?」
「俺に聞くなよ。知るわけねぇだろーが。」
目の前の男達がオレを見てそんな会話をしている。さすがに隙は見せないが・・・・・・
「ん・・・?その子供・・・どこかで見たような・・・」
「ベストゥリー様の親戚かなにかですかい?」
男の一人がベストゥリーの言葉に後ろを振り返る。彼はベストゥリーの姿を見たのを最後に生き絶えた。
剣を持つ右手には男の首を断った感触が残っている。そのためらいのない一撃はすでに
少年の域を超えていた。
「そいつを殺せ!」
ベストゥリーの叫びともう一人の男が剣を振りかざすのとオレが次の敵に向かって構えるのは一瞬の時間の狂いもなかった。男はオレより力はありそうだったがスピードがなかった。もっともスピードに関しては
グラスランナーにも負けない自信がオレにはあった。男はオレの剣速に追いつけず、防戦一方だった。
(勝てる!)
その時、男の体勢が大きく崩れた。首筋を狙い、剣を一閃させる。男の首が地面に転がる。オレはその光景を
見たと思った。しかし剣が男に届く前にオレの脇腹に衝撃が走る。その痛みを感じる間もなく熱い塊が左肩を
突き抜ける。オレの剣は男に届いてはいなかった。ベストゥリーの側にいたソーサラーがいつの間にかオレ
の右側に回り込んでいる。おそらく今の衝撃は「エネルギーボルト」でも使ったのだろう。ベストゥリーの姿も見
えない。建物の中に応援を呼びに行ったか、それとも武器を取りに行ったかどちらかだろう。あるいは両方か
もしれない。だが今は目の前の男を倒すことが先決だ。左肩の筋肉を収縮させ剣を抜かせないようにする。
男が剣を抜こうとする度に激痛が全身を走り抜けるが痛みを無視してもう一度剣を一閃させる。今度は狙い
違わず男の首を落とす。全身が血に塗れる。そのままソーサラーに向かい駆ける。左肩に剣は刺さったまま
だ。途中もう一度エネルギーボルトがオレの胸を打ち据えるがスピードを落とさず突っ込む。杖を構えた女性の
顔が恐怖に歪んだ。剣が狙い通りの所を切り落とす。女性には傷1つなく、杖が2つに別れていた。
「女性には傷をつけるなよ」
ケインがよくそう言っていた。
「・・・杖がなければ・・・・・・魔法は・・・・・・使えないのだろう?」
喋るだけで妙に身体が疲れる。恐怖に歪んだ顔のまま女性は逃げ出した。
左肩の剣を抜き、破った袖を巻き付け応急処置をする。心臓の鼓動にあわせて肩が疼く。
「なかなかの腕前じゃないか。<親友殺し>のルフィス君。」
ベストゥリーが建物の中から現れる。右手に剣を持っていることを除けば食事をしていた時となんら
変わらなかった。
「君とは一騎打ちで勝負を着けてあげよう。」
地面に唾を吐く。血が混じって真っ赤になっていた。エネルギーボルトで内臓も痛めたらしい。
「・・・手負いになってから出てくるようじゃ器は知れてるな。」
剣に封じられた魔法の力を発動させる。オレの持つ剣が蒼白い炎に包まれる。
「よほど死にたいらしいな!」
ベストゥリーが顔を真っ赤にさせて切りかかってくる。騎士としての訓練でも受けたことがあるのだろう。
それなりに鋭い切り込みだった。しかし十分に勝てる相手に思えた。隙を見てベストゥリーの胸を袈裟懸けに
斬る。致命傷のはずだった。勝ったという思い込みがオレに隙を作った。右肩から左の脇腹に向かって切り
裂かれ、膝から崩れ落ちる。
「残念だったな」
頭上で勝ち誇ったような声が聞こえる。顔だけを擡げてベストゥリーを睨み付けようとしたが焦点が定まらない。
「このペンダントには<バルキリー>を封じていてね。・・・なんでもバルキリーブレッシングとかいう魔法が
掛かるようになっているらしい。便利なものだ。あぁ・・・それからこの剣にも魔法は掛かっていてね。私では
完全には使いこなせないのだけれどね。なんの魔法だと思う?」
ベストゥリーが微笑む。
「<ロッツ>というらしい。さすがに私では暗黒魔法はうまく働かせることはできないようだ。まぁ完全に腐るまで
1週間というところか。でも心配はいらない。今すぐ殺してやるよ。」
ベストゥリーが剣を振り上げ、力任せに振り下ろす。かろうじて受け流す。
1発、2発、3発。剣で受け流すたびに全身に激痛が走る。何度か反撃を試みるが当たったところで魔法で
守られているベストゥリーには傷1つ付けられない。
ついには地面に転がされる。
「さあ、お前もケインの所に送ってやるよ。・・・そうそう良いことを教えてあげよう。ケインはお前を裏切って
はないんだ。私が<ドライアード>の魅了の力を封じた物を使って操っただけだ。だから安心しなよ。」
!!!!!!!!!!!!
(ならオレはただ操られていただけのケインを殺してしまったのか?助ける事ができたかもしれなかったのに)
絶望に身体を支配される。もうすべてがどうでもよくなってきた。こいつを殺したとしてもケインは帰っては
来ないのだ。全身の血が抜けたように力が入らない。
ベストゥリーが剣を振り上げる。
不意に脳裏にあるハーフエルフの女性の顔が浮んだ。『すくなくとも私にとってルフィスが生きる理由はできた』
彼女はオレに存在意義を与えてくれた。
(まだ死ねない!)
想いが剣を持つ手を動かした。ベストゥリーの足を切り払う。・・・・・・傷がついた。
「・・・打ち止め・・・らしいな・・・・・・」
立ち上がりながら呟く。
「・・・勇気の・・・・・・精霊に・・・見捨てられたな・・・・・・」
ベストゥリーが剣を無茶苦茶に振り回しながら近づいてくる。
オレはその剣を掻い潜りベストゥリーの胸に剣を突き立てる。刃が肉を切り裂いていく感触が、手に伝わる。
剣は根元まで突き刺さり、ベストゥリーの背中まで貫きとおした。
その途中に彼の心臓があった。蒼白い炎がベストゥリーの全身を包み込み焼き尽くす。
オレは灰となったベストゥリーをしばらく眺めていたが、やがて視線を外し、地面に座り込むと横笛を取り出し
吸い口に唇を寄せる。それと同時に笛から澄んだ音が流れ出る。音はたどたどしいメロディーを持っていた。
しかしどこか物悲しい想いにさせるようなメロディーだった。この笛は強く念じながら吹くと念じた相手まで
音が届くとリヴァースは言っていた。『深夜に吹いたら迷惑だな』とその時は茶化したりしたが
本当は有り難かった。
オレは自分が殺した親友を想い笛を一心不乱に吹いた。
(安らかに眠ってくれ・・・)
この笛の音が彼の眠る地まで届くことを願いながら吹いた。
友に送る最初で最後になるであろうレクイエムを・・・・・・
辺りは完全な闇に包まれた。オレは身体を引きずるようにしてオランに向かい歩いた。
カール達の待つ、「きままに亭」に向かって・・・・・・
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