No. 00046
DATE: 1998/07/19 00:14:30
NAME: シェリル
SUBJECT: 幾つかの思惑(後編)
昼下がり街を歩いていると微かに女の人の悲鳴が聞こえてきた。
「行ってみよう!」
そう言って隣を歩いていたはずのセリカに話しかけると、もう既に駆け出した後だった。
「ちょっと、待ってよ!」
悲鳴の聞こえた辺りの路地裏に行ってみると、女の人がいかにもという感がある男達に取り囲まれていた。
「シェリルは、女の人の方頼むな」
あたしの答えも聞かずセリカは割って入った。男達は突然現われたセリカに驚いた様子だった。
「正義感の強いにーちゃんだなぁ。気に入らねぇ。ついでにやっちまえ!」
そう言い、セリカを取り囲んだ。
「怪我、しないようにね」
心配ないと思いつつもセリカに声をかけ、あたしは倒れている女の人の方へ近寄っていった。
「平気ですか?」
「ありがとうございます。でも、足を挫いてしまって・・・」
うずくまっている女の人に肩を貸して立ち上がる。女の人はすまなさそうな顔をしていた。
「どうもすみません・・・・・・シェリルさん」
どうしてあたしの名前を知ってるんだろう、そう聞こうとした瞬間、その女は隠し持っていたダガーをあたしに突き立てた。とっさに体が動き急所は免れたが、ダガーは深々と突き刺さった。
「・・・何を・・・」
どうやらダガーに即効性の毒が塗ってあったらしく意志に反して体の力が抜けていく。あたしの体をその女が支える。
「あ、やっぱり無理ですか。殺せるなら殺してこいって言われたのにな」
女の顔には無邪気な笑みが浮かんでいた。
「まぁいいや。そうそう、ゲイル様から伝言預かってきたんですよ。明日、スラムの方に来い、だそうですよ」
「おい、シェリル!」
セリカがこちらの異変に気が付いて駆けてくる。女はあたしの体をセリカの方に無造作に投げやり、
「それでは、ごきげんよう」
そう言い残し雑踏に紛れていった。そしてあたしはの意識は闇へ沈んでいった。
翌日は久しぶりに雨が降る嫌な天気だった。あの女が言った通りに、あたしとセリカはスラムに足を踏み入れた。先ほどからずっと付けられているが、向こうから何か行動を起こす気配がないのでそのまま放っている。
昨日あの後、セリカが神殿に連れていってくれたので大事には至らなかった。セリカは護衛の役目をきちんと果たせなかったと多少落ち込んでいたみたいだった。
「良くまぁ、こんなに集めたもんだ」
ある程度奥に入ると随分な数に取り囲まれ、前にも後ろにも進めなくなったので仕方なく立ち止まった。
「こんな事する暇があるんだったら、別な事に情熱を燃やせばいいのにね」
「全くだ・・・っと、御代の登場だぜ」
人に護られて安全な位置から、ゲイルがようやく姿を現わした。
「シェリル・・・貴様よくもやってくれたな」
「先に手を出したのはそっちでしょ? 自業自得よ。それにしても、良く広まったみたいね。女装癖のあるゲイルさん」
そういって笑ってみせると、ゲイルは怒りに顔を真っ赤にした。
「もう、許さん。やってしまえ!」
その声と同時に戦闘が始まった。
「セリカ、雑魚よろしく」
自分の前の奴を倒した瞬間あたしはゲイルとの距離を詰めた。
「ちょっとまて!」
同じく駆け出そうとしたセリカの前に昨日の女が、無邪気な笑みを浮かべながら立ちはだかった。
「カッコイイお兄さんこんにちは。昨日はお話出来ませんでしたね」
「悪いな・・お前さんみたいな悪趣味女には興味ないんでね・・」
「死にたい奴だけかかってくれば良いわ。容赦しないから」
小剣を抜き冷たい笑みを浮かべて脅すと、ゲイルの護衛をしていた奴等は一様に身を引いた。
「・・・お前ら、早くコイツを攻撃しろ!」
「あらあら、随分と人望がない事ね。それにしてもこんなことしないで、自分がもっと早く出てくればこんなことにはならなかったのに」
ショート・ソードを構えながらゆっくりとゲイルに近寄る。ゲイルは額に脂汗を浮かべながら後ずさる。
「言ってる事とする事が一致しない奴のいう事を誰が信用するというのだ?」
「・・・どういう事?」
意味が分からず、怪訝な表情で問い掛ける。それを見てゲイルは得意げな表情で言った。
「お前は『裏の仕事はしない』と言っておきながら最近したそうじゃないか」
あたしの足が止まり表情が固まる。その様子を見てさらに得意げに続ける。
「私の事をとやかく言えないのではないのか? いろいろ殺してるみたいだしな」
「・・・・・・そうよ。だったらわかるんじゃない? あんたを殺すのに何の躊躇いもないって事」
冷たい笑みを浮かべ、あたしは残っていた短い距離を一気に詰めた。
次の瞬間、セリカがあたしとゲイルの間に割って入った。いつのまにか雑魚はすべて片づけたらしい。けれど周りが見えていなかったあたしは、セリカが割って入った事に気が付かなかった。だから剣を止める事が出来なかった。
「お前が手を汚す事は無い・・・」
自分のショート・ソードがセリカの左腕を傷つけている・・・そのことにやっと気が付き、呆然とした。
「・・・セリ・・・カ・・・ごめん・・・あたし・・・」
「あんな奴だぜ?」
そう言って明らかな侮蔑の表情でゲイルを見下ろした。あたしもそれにつられるように視線をゲイルに移した。ゲイルは腰を抜かして路地に無様に転がり命乞いをしていた。
「・・・ひぃぃ・・・命だけはお助けを・・・」
あたしは妙に冷めた気持ちでゲイルを見下ろした。こんな奴と同類なんだろうか、そう思うと悲しくなる。
一方セリカはゲイルに無言で近寄り、血が止まっていない左腕でゲイルを持ち上げて剣を突きつけた。その時のセリカの表情は、普段からは想像できないほど冷たい笑みだった。セリカの表情にあたしまでのまれて何も言えなくなった。
「貴様等・・・俺の名前を教えてやろうか・・・・。元ラムリアース騎士団親衛隊隊長、セリカ・カストロールだ・・・。貴様等みたいなクズには俺様には敵う訳がないのだ・・・。もし、もう一回ちょっかいを出して見ろ・・・その時は全力で叩きつぶしてやる・・・」
ゲイルはこくこくとうなずき、慌てて逃げていった。残された部下たちは怪我を負ったものを連れて何処かへ帰っていった。
結局ゲイルはその日のうちにオランから逃げ出したという事を、あたしは後日ウィルから聞いた。
その夜。きままに亭で偶然セリカにあった。あの後怪我を治してもらった後、少し考え事をしたいから、そう言って別れたきりだった。一応包帯はしていたけど大事はなさそうで安心した。
しばらくして、あたしが帰ると言ったらセリカもついでがあるとかで送ってくると言う。特に断る理由もなかったので、送ってもらう事にした。しばらくの間無言で歩いていたが、聞かなくちゃいけない事があったのを思い出した。
「そうそう、何であたしの事いろいろ知ってるの?」
見上げたセリカは驚くほど真面目な表情で答えた。
「聞きたいか?」
「うん。気になる」
「・・・どーしてもか?」
妙に何度も確認するセリカに苦笑してしまった。
「・・・もったいぶるわねぇ・・・言いたくないなら別に良いよ」
「俺の出身は・・・どこだと思う?」
「ラムリアースでしょ?」
最近知った事だけど、セリカもラムリアースの出身だったんだそうだ。
「そう・・・そしてお前の出身は・・・?」
しばらくの沈黙。そして行き当たった一つの答えに苦笑いが浮かんだ。
「・・・同じ街出身だったの?」
「まぁ・・・そーゆこったな」
そう言っていつもの様に笑った。
「・・・知らなかった・・・ってことはセフィーも知ってるんだ? ガルバーニと知り合いなのも納得・・・」
それだけを何とか絞り出すと、セリカから顔を背けた。
「アイツ等とは・・同期なんだよ。もっとも、俺は直ぐ騎士団に配属され、戦闘で死んだ、と言う事になっていたがな・・・」
あたしは何も言えず、ただ変わらぬ歩調で歩くしか出来なかった。ガルバーニとの戦いでついた傷痕が疼く。無意識のうちに傷痕を押さえると、セリカが心配そうに声をかけてくれた。
「どうした?・・・まぁ、詳しい話はヤツから聞いてるが・・・・ 文句言いたいなら俺が受け付けるぜ・・・。」
「・・・・・・・・・別に・・・何も・・・・・・」
文句を言いたいのはセリカの方だろうに、あたしの事を気にかけてくれるなんてお人好しだと思う。
「まぁ・・・辛かっただろうな・・・俺が知っているのは俺達3人が平和だった頃だからな・・・」
昔を懐かしむような口調でセリカが言った。その平和を壊したのはあたし・・・そう思うとセリカの顔を見れない。しばらくの間沈黙が降りた。
「強がっていても・・・仕方ないぜ・・・・・」
「・・・じゃぁ、どうしろと?」
自然とあたしの足が止まった。それを見てセリカも立ち止まる。
「泣けば・・多少辛さも紛れるさ・・・・。俺の胸なら幾らでもかしてやるぜ・・・」
その時あたしは無意識のうちにセリカに手を伸ばしかけた。慌てて手を引っ込め、内心の驚きを取り繕うのに苦労した。
「・・・泣かない・・・もう、この事で泣くのはやめるって決めたから」
「そっか・・・辛くなったらまた言うんだぞ・・・・」
不意に肩に手が乗ったかと思うと頬にキスをされた。突然の事に驚き、あたしはセリカの顔を見上げた。
「んじゃな♪」
セリカは笑みを浮かべ、背を向けて歩き出した。何だか胸の奥にもやもやとしたものが広がるのを感じながら、あたしはセリカの後ろ姿を見送った。
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