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No. 00048
DATE: 1998/07/22 14:16:24
NAME: ルフィス
SUBJECT: 白銀の刃
饐えたような匂いが鼻をつく。地面も歩を進める度に糸を引いているような気がする。
薄汚れた街並み、胡散臭そうな濁った目を向けてくる者達、悪意に満ちた空気。
すべてが懐かしかった。まだ数ヶ月しかたっていないのに何年も訪れてない様な気がする。
ここはエレミアのスラム街。オレの第二の故郷といって過言ではない。
「相変わらず熱心だな」
あくびを噛み殺し、いかにも眠たげな見張りに声を掛ける。
「久しいな・・・」
「・・・ルフィスさん?!・・・今までどこに行ってたんですか!みんな心配してたんですよ!!
とにかく、中に入ってください!みんな待ってます!!」
見張りの少年は目を輝かせ、潰れかけた倉庫の奥に案内する。
・・・<白銀の刃>・・・
オレとケインで率いてた不良集団のアジトに向かって歩く。
「ルフィスさんが帰ってきたぞ〜!!」
見張りの声に仲間達があわてて寄ってくる。
「お帰りなさい、リーダー!」
「ついにベストゥリーの野郎を倒されたんですか!!」
「俺達、ルフィスさんのいない間も<白銀の刃>を守り抜きましたよ!」
皆が一様に興奮して手荒い出迎えをしてくれ、髪も服もグシャグシャになる。歓迎されるとは思っていなかった。
理由はどうであれオレはもう一人のリーダー、ケインを殺しているのだから・・・
「ほら、ルフィスさんみんなにあいさつを・・・」
見張りをしていた少年がそう促してくれる。
「静かに!ルフィスさんがあいさつをしてくれるぞ〜!」
見張りの少年の一声で倉庫は水を打ったように静かになる。ここでは見張りもリーダーも・・・新入りさえも
上下関係は存在しない。
突然の成り行きに多少戸惑ったが、いつも通り大声を張り上げる。
「勝手にチームを抜け出し、身勝手な行動をとった事を皆に心から謝りたい!本当にすまなかった!
しかし、それを埋め合わせる朗報もキチンと用意してある!」
倉庫中に声が響き渡り、チームのメンバー全員が固唾をのんで見守る。
「実質上のケインの仇・・・ベストゥリーを討ち取った!」
倉庫自身が叫んでいる錯覚に襲われそうな喚声が倉庫を包み込む。
「ざけんな!ケインを殺したのはてめぇじゃねぇか!」
喚声に混じり罵声が倉庫の隅の方から上がり、・・・再び静けさが訪れる。
「・・・デュークか・・・・・・何が言いたい」
「簡単な事だ!本当のケインの仇を討ちたいってことだよっ!」
デュークと呼ばれた男が小剣を抜きながら立ち上がる。
「・・・・・いいだろう。ただし、それなりの覚悟はしてもらおうか」
剣を抜きながら応える。まだ死ぬわけにはいかないのだ。
(間合いを詰められたなら負ける。一気に畳掛けるか・・・)
デュークとオレを取り囲むように人垣ができる。デュークが構えると同時に飛び込み、小剣を下から掬いあげる
ようにして弾く。身体が開き無防備になった利き腕の肩をめがけ剣を振り下ろす。鎖骨の砕ける感触が
剣から手に伝わる。身体は切り裂かずそこで剣を止める。勝負はついた。オレが剣を収めようとすると別の
男が前に進み出る。
・・・・・・このあと5人と戦わねばならなかった・・・・・・
怪我をしていた事もあり思ったより苦戦した。左肩の傷口が開き、新たな傷もできている。
ある決意が頭の中で固まっていた。
「・・・・・・皆に伝えたい事がある!オレは・・・今日かぎり<白銀の刃>を抜ける!!」
「ルフィスさん!!」
「リーダー!」
不満の声があちこちから上がる。
「どう言い訳をしてもケインを殺したのはこのオレだ!戦えない者にもデューク達のように反感を持っている者も
いるだろう。一つにまとまっていなければ、いずれ<白銀の刃>で内争がおこり、弱ったところを潰される!
よってオレはこのチームを抜ける。!新しいリーダーは・・・・・・」
・・・・・・本当の理由は他にあった。もちろんここで言った言葉は嘘ではない。しかし、本当は違う。
このままでは皆殺しに遭うのは解りきっていた。エレミアの有力貴族を殺したのだ。オレに関係する者は
すべて殺そうとするだろう。<白銀の刃>も何もかも・・・・・・。だからカールのパーティーを抜けたのだ。
カールの命が危険にさらされない為・・・・・・
・・・死ぬのはオレ一人でいい・・・・・・
「終わったよ・・・ケイン・・・・・・」
乾いた風を絡ませ、オレの声が一本の剣に投げかけられる。剣はエレミアを見下ろす丘に突き刺さり、
花が添えられていた。暖かな日差しが辺りに降り注いでいる。心の奥からやりきれない気持ちが沸いてくる。
「・・・チャームなんかで我を失うなんて・・・それでも<白銀の刃>のリーダーか・・・それでもオレの友か・・・・・・
情けないにも程がある・・・面汚し・・・・・・オレは・・・・・・」
言葉の後半は涙で誰も聞き取れないような擦れた・・・そして小さな声しかでなかった。
その場に崩れ落ち地面に両拳を着く。喉に何か詰まり言葉もでなくなる。
突然、背後からエネルギーの塊が飛んできてケインの剣を直撃した。パキィィィンと甲高い音を立てて剣が
砕け散り、破片が拳を傷つける。ゆっくりと後ろを振り返り、立ち上がる。そこには一人女性が立っていた。
ベストゥリーを殺した時、わざと見逃した女性だった。
「ベストゥリー様の仇・・・貴方は許せません」
・・・・・・仇・・・・・・
瞳に涙を浮かべ、スタッフを構えている女性はオレにそう言った。・・・仇と・・・
「私は・・・命にかえても婚約者の仇を討ちます!」
女性はハイ・エンシェントを唱えはじめる。オレは呆然とそれを眺めている。オレンジ色のエネルギーの塊が
胸を打ち据える。
「ベストゥリー様の・・・・・・心の拠り所を失った者の痛みを思い知りなさい!」
再びエネルギーボルトが飛んでくる。棒立ちのオレの胸に当たる。
(この人はオレと同じなんだな・・・だったら討たれてやっても・・・いいかな・・・それでこの人が満足するなら・・・)
この人の生きる理由を自分は奪ったのだ。殺されても文句は言えない。
頭の中をそんな考えがよぎる。・・・だが・・・・・・きままに亭の人達の声が思い出される。
オレより辛い境遇に遭いながら明るい声で喋っていたセシーリカの声を・・・・・・
マリナは言っていた・・・もっと自分の身体を大事にしろと・・・・・・
シェリルは言っていた・・・この世に必要とされない人はいないと・・・・
オレの代わりなんてすぐに見つかる。そう言ったオレにカールはそんなこと二度と口にするなと言っていた。
そして、「私にとってルフィスの生きる理由ができた」そう言ってくれた者もいた。
気づいた時にはすでに剣を構え、女性に走りよっていた。
女性は懐からスクロールを取り出すとハイ・エンシェントを読み上げる。電光が女性の目の前に生じる。
剣からは秘められた魔力が開放され、蒼白い炎が溢れ出す。
剣が女性に突き刺さり、電光がオレを貫く。
かつては名も知らぬ一人の女性だった真っ白な灰は風に飛ばされ雪のようにエレミアに降り注いでいった。
(ベストゥリーと同じ所に行けよ・・・)
そう願わずにいられなかった。
ケインを振り返り、泣き笑いの顔で剣を抜く。
「墓石ぐらい、ちゃんとしたの置いてやりたいんだが・・・・・・貧乏でな・・・これで勘弁してくれ」
そう言って自分の剣を突き立ててやる。
カールに貰った魔剣ではない。昔、自分が愛用していた・・・ケインを殺した剣を。
「さて、帰ったらまたセシーリカやマリナに治療してもらわないとな・・・」
その時一陣の風がエレミアから吹いた。
「わかってるよ・・・約束する。」
声にオレは応える。
聞こえた筈はないのだ。その声の主は死んでいるのだから
しかし、確かにオレの耳には聞こえた。ケインの声で
「俺の分までしっかり生きろよ」
柔らかな声だった。
南から吹いてくる微かに潮の香りがする風が優しく頬を撫でる。
誰もいなくなった丘には刃のみになった剣と磨きぬかれたばかりの様な剣が寄り添いながら突き刺さっていた。
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