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No. 00054
DATE: 1998/07/29 11:21:18
NAME: リデル
SUBJECT: Wheel of Fortune
「今年もだめだ・・・・・全滅だ」
まどろみの中で、少年はその言葉を聞いた。
少年の父と母が、彼が眠っている部屋の隣で、深刻そうに話をしていた。
「どうして、この村だけ、こんなに麦の育ちが」
両隣に感じる兄と姉の体温が暖かい。その暖かさの中で、少年は半分眠りながら声を聞いていた。
少年はまだ6歳だった。しかし、近所でも評判の聡明な少年だった。だから、父母が深刻な話をしていることは理解できた。
「ガーシュの家も・・・・・・・・たらしい」
言葉がうまく聞こえない。だが、隣のガーシュおじさんの家の娘の姿が最近見えないことは知っていた。
「やっぱり、うちも・・・・・・しかないのかしら」
なんの話だろう。少年は首をかしげた。だが、それ以上起きていることができずに眠りに落ちた。
次の日の朝、少年は両親に腕をひかれて家を出た。
どこに行くのかわからなかったが、それでも少年は父母のあとをついて歩いた。
入ってはいけないよ、といわれ続けていた森の中に入り、ぐるぐると辺りを回って、南も西もわからなくなって、そこでようやく両親は歩みを止めた。
そこは崖の上だった。両親はしゃがみ込んで彼と目線を同じにすると、泣きながら少年の頭をなで、抱きしめた。少年はぽかんとして2人を見つめていたが、ややあって父親の大きい手が背中に触れるのを感じて彼を見上げた。
ごめんな、と父親の唇がそう動くのが見えた。
刹那、少年の体は、崖から放り出された。
その年、少年の村は大不作だった。
毎年、実りがほとんど期待できない万年不作の村であったが、その年は特にひどかった。
少年の家は貧しかった。その村の中でも特に貧しかった。少年には兄が三人と姉が二人いて、彼が一番年下だった。
だから、彼が捨てられた。
それを少年が知ったのは、捨てられてまもなくしてからだった。
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気がつくと、少年は暖かい家の中にいた。
崖から落とされたはずなのに、傷一つなかった。
自分が暖かいベッドの中にいて、こうして生きていられることは不思議だった。
両手を見ても、体を見ても、衣服は鉤裂きだらけなのに、どこにも痛みはなかった。
暖炉の火がぱちぱちと燃えていて、そこにかけられた鍋から、おいしそうなスープの香りが漂ってくる。
少年は驚いて、辺りをきょろきょろと見回した。ここは自分の家ではない。
ふと、ドアの所から視線を感じてそちらを見ると、4つかそこらの小さな女の子が、ドアから顔だけ出してこちらを伺っているのが見て取れた。緑の大きな瞳と、淡い栗色の髪のハーフエルフの女の子だった。
女の子は少年と視線が合うと、あわてて首を引っ込めてぱたぱたと奥の方に駆けていった。
「おじーちゃん! おじーちゃぁん!」
ややあって、白い髭をたっぷりと蓄えて濃紫のローブを着た老人が、ハーフエルフの女の子に手を引かれながらやってきた。
「気がついたかね?」
耳に残る優しい響きの声だった。
「見かけん子だが・・・・どこの子かね?」
少年は素直に村の名前を答えた。老人は眉をひそめてうなずいた。
「万年不作で有名な村じゃな・・・。口減らしか・・・」
なら崖の下にいたのもわかるな、とつぶやいて、そうして老人はにこりと笑った。
なんにせよ、無事じゃったのは幸いじゃな。しばらくここにいていいから、ゆっくり体を休めるといい。そうしたら、両親の所に送ってやろうの」
老人の言葉に、しかし少年は首を振った。
もう、帰れないことはわかっていた。
自分は捨てられたのだ。口減らし、という言葉がどういうものか、少年は既に理解していた。
戻れば、両親は困るだろう。兄たちや姉たちの食べる分が少しでも多くなるように、一番手がかかり、一番働けない自分が捨てられたのだ。
「・・・・・・戻らない」
つぶやいて、少年は膝を抱えた。涙があふれて止まらなかった。
「帰ったら、父さんや母さんが困るもの」
その言葉に、老人はうなずいた。少年の頭をなでながら、優しく声を掛ける。
「ならここにおるといい。なに、どうせ手の掛かるのがひとりおるんじゃ。二人も三人もかわらんわい」
言いながら、老人は自分の後ろに隠れてじーっと少年を見ていた女の子の頭をぽんぽんとたたいた。
「センカ、仲良くしてやるんじゃよ」
「はぁーい」
返事は威勢がいいが、センカと呼ばれた少女は、それでも老人の後ろから出てこない。人見知りするこのようだった。
「わしはフォール。この子はセシーリカじゃ。わしはセンカ、とよんどるがの。お前さんは?」
少年はうつむいて、ややあって答えた。
「・・・・・・リデル」
その言葉に、セシーリカがじーっと上目遣いに彼を見上げながら、すっと手をつきだした。
「・・・・・・よろしくね、リデル」
少年はうなずいてその手を握り返した。
それが、彼にとってすべての始まりだった。
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