No. 00055
DATE: 1998/08/03 13:57:21
NAME: ルフィス
SUBJECT: 途切れた絆
空を見上げるとかなりの速度で雲が流れていく。
強い日差しの中、南から吹き付けてくる風が心地よく感じる。
風にあわせて足元の草達がザワザワと歌っている。
(久しぶりだな。こんな所に来るのは・・・)
つい先日、リヴァースがオランを去った事を知った。
事実として認識はできるが未だ感情では信じられない。
リヴァースのお気に入りの場所であったこの西の高台に来れば
あいつがいるかも知れない。そう思いやって来たが
・・・無論、リヴァースはいる筈もない。
リヴァースに笛の吹き方を教えてもらった事がつい昨日のように
思い出される。
『むやみやたらに息を吹き込むのではなく、下腹に力を込めて
吹き込み口に息を当てるように吹いてみろ』
あの時は悔しかったな。リヴァースには簡単に笛が吹けるのに
オレには全然吹けなかった。こっちも意地になって息を吹き込む
から音なんか出る筈もないし・・・カールとの剣の練習をサボって
笛の練習を続けようかと本気で思いかけたっけな・・・
自然と口元に笑みがこぼれる。
草原に寝転んでそのまま目をつぶってみて
初めて、リヴァースがここを気に入るのもなんとなく解った。
風に揺れる草の音
小鳥達のさえずり
穏やかな木漏れ日
大地の匂い
「・・・ルフィス?」
声を掛けられ目を開ける。いつの間にか頭上にあった筈の太陽が
西に沈みかけていた。
夕日に照らされ、覗き込んでくるその顔はシェリルだった。
(どうやら眠っていたようだな)
ぼんやりと考えながら体を起こす。
ふとシェリルの手元を見ると見慣れない竪琴を持っているのに気づく
「シェリルか・・・どうしたんだ、その竪琴・・・落とし物か?」
「これ?私のだけど?」
シェリルの言葉に少し驚いた。彼女が楽器を扱えるとは思っても見なかった。
「で、ここに練習にでもきたのか?」
もしそうならここから立ち去ったほうがいいだろう。
「ルフィスはなんでこんなとこで寝てたの?」
間髪入れずに問い返される。
「・・・特に理由はないんだが・・・まぁ、なんとなくかな?」
立ち上がりながら答える。
シェリルの顔を横から紅い光が照らしている。
彼女の艶のある茶色の髪が光を反射させてきらめく。
(今まで気がついていなかったが、こうしてみるとシェリルって綺麗だな)
「なに?私の顔になんかついてる?」
「・・・いや・・・別に・・・・・・」
あわてて目を逸らす。逸らした後でそんな事をする必要はないと気付く。
ふと、ここである事に気付いた。
(今までシェリルは自分の事を「あたし」と言っていたが…最近「私」と言っている…)
なんでもないような事だが何か理由があるのかもしれないな・・・
・・・オレには関係ないが・・・
「さて、これから少し買い物に行くが、シェリルも一緒にどうだ?」
オレの言葉にシェリルは驚いたような顔を見せる。
まぁ、突然こんな事をオレが言ったら誰だって驚くだろうが・・・
「いいけど・・・何かあったの?」
シェリルの言葉には何もないと答えて街に下りていった。
商店街をシェリルと並んで歩いていると、いつもは感じられない
視線を向けられているのが解る。
(すごい人気だな・・・)
視線はすべて隣にいるシェリルに向けられた物だった。
オレがあと少し年を取っていたら嫉妬の視線を浴びる事になっただろうが、
今のオレはシェリルより背も低いし、どう見ても兄弟ぐらいにしか見えないのだろう。
シェリルの方は平然として辺りの品物を眺めながら歩いている。
こういうのは慣れたものなのだろう。
ひょっとしたら気づいていないだけかもしれないが・・・・・・
「ところで、何を買うの?」
「・・・今晩のご飯の材料・・・」
「料理なんてできるの!?」
オレの答えにシェリルが驚いたような声を上げる。
「ルフィス!頼む、助けてくれ!」
シェリルに返事を返そうとした時、背後から走って来た少年が
前に回り込み頭を下げながら懇願してきた。
声を掛けて来たのは1ヶ月程前にケンカの加勢をしてやった少年だった。
たしか名前はエディとかいったかな?よく憶えていない。
冒険者だというのに不良のケンカに加わるというのも情けない気もするが、
金を稼がなければ生きていくこともできないのだから手段は選んでられない。
商店街のど真ん中で話をするのは落着かないだろうと思い、
シェリルには待っていてもらい、脇道に入る。
エディの話をまとめると彼の仲間が悪乗りして古代王国の遺跡に潜っていき、
帰ってこないから、助けに行ってほしいという事だった。
「で、どこに何をしに行くの?」
脇道から出てきたオレ達を見て、シェリルが顔に微笑みを張り付かせたまま
問い掛けてくる。まるで自分にも教えるのが当然であるかのように・・・
この顔をしているシェリルには隠そうとしたところで無駄だろう。
オレが事のあらましを説明すると一緒についてくると言い出した。
たしかに遺跡に潜るのに彼女の力は役立つだろうが・・・・・・
「別に報酬いらないし」
こっちの事情を知っているシェリルはそう言ってにっこりと笑う。
「この前の怪我の事もあるし何か報酬は払うよ」
「う〜ん・・・それじゃあ遺跡で手に入れた物の半分でいい」
「・・・わかった・・・」
3人はそのままの足でエディを先頭に歩きはじめる。
オレもシェリルも普段から武器を携帯しているし、本格的に遺跡を探索
するわけではないのでわざわざ鎧を着る為に宿に戻る
必要はないと思った。
夜はまだ始まったばかりだった。
オランを出て半刻ほどの所にその遺跡はあった。
しばらくの間、オレは初めて見る遺跡に圧倒される。
冒険者といっても今まで遺跡探索などはしたことがなかった。
遺跡は洞窟型らしく、入り口の扉がなければ遺跡だとわからないだろう。
もっとも、扉は完全に開け放たれていて、中は磨かれた石で
作られているのがわかる。
「あれ?この扉・・・」
遺跡に足を踏み入れようとしたシェリルが何かに気づき立ち止まる。
彼女の声は先ほどまでは弾むような感じだったのに、
今は少し声が固くなっている。そういえば表情も少し変わったようだ。
彼女が腕利きのシーフだという事をこれだけの事で再認識させられる。
「どうしたんだ?シェリル・・・」
「うん・・・この扉・・・たぶん鉄だと思うけど錆一つ付いてないなって思って・・・」
「・・・そういえば、そうだな・・・」
言われてみて初めて気が付いた。確かに最近作られた扉のように見える。
「魔法でも施されてるんだろ」
エディが2人の疑問に答える。
「俺はここで待ってるから早く仲間を見つけて来てくれ。頼む・・・」
悲痛な顔をしてエディが懇願する。
「わかった・・・待っていろ」
シェリルが扉に木を銜えさせる。こうしておけば風などで扉が閉まる
心配はないという。オレにはこんな鉄の扉を風の力だけで閉じさせようなんて
風の精霊王が力を振るわない限り無理なように思えるが、
慎重なのにこしたことはない。
オレは左手のたいまつに火を灯すとシェリルの少し後ろを付いていく。
中はじっとりと湿った空気がこもっていた。
床にはうっすらと埃が積もっている。
不意に背後から扉が閉められる重々しい音が響き、静寂が訪れる。
慌てて扉の前まで戻ると外から大勢の男達の声が聞こえる。
その中にエディの声も混ざっていた。
「わりーなルフィス。あんたを殺せばデュークとかいう奴から
かなりの賞金がでるんだ。まぁそっちの譲ちゃんも
運がなかったと諦めてくれ。」
それきり外からは声がしなくなった。
「どういうこと?」
シェリルが笑顔で聞いてくる。別に怒った感じは受けないが、
巻き込んでしまった以上説明しないわけにはいかないだろう。
ケインの事、ベストゥリーの事、そしてオレのしてきた事。
すべてをシェリルに告げたが彼女は特に動揺は見せない。
ただ黙って聞いていただけだった。
「すまない・・・こんな事に巻き込んで・・・」
「いいよ、気にしなくても。さっ、出口を捜そ」
耳を疑うような言葉がシェリルから発せられる。
「出口は閉じられてるだろ?」
「扉の隙間に耳を近づけてみて」
言われた通り耳を近づけるが、何も聞こえない。
ただ、外から入ってくる風が冷たく感じた。
!!!
ある事に思い当たりシェリルの顔を見てみる。
「そ。風が流れるってことはほかに出口があるって事。」
「ここも違うようだな・・・」
部屋を見回し呟く。
「う〜ん・・・やっぱさっきのとこ右かな?」
すでに時間の感覚がなくなる程歩いていた。外ではどれだけ
時間がたっているだろう。
「・・・少し休憩しよう」
長く歩き回っただけでなく、数回の戦闘もあった事もあり
かなり疲労していた。オレもシェリルも力はそんなに強くないというのに
ゴーレム相手に戦うのはかなり骨の折れる戦いだった。
「でも驚いた。動きの速さだけならルフィスってセリカと同じ位速いんだね。」
セリカという名前は以前リヴァースの事を教えてくれた時に
聞いた事があった。
「セリカって・・・シェリルの恋人のセリカか?」
「・・・は?」
シェリルが洞窟に入って初めて間の抜けた声を出す。
「違うのか・・・?」
「・・・多分・・・違わないよ・・・」
それっきりお互い、しばらくは口を開かなかった。
「・・・結局、たいした物は手に入らなかったな・・・」
正面を見据えたままシェリルに話し掛ける。
「そうね・・・でも別に報酬はいらないよ。本当にね」
シェリルも正面を見たまま応える。
正面からは蒼い月明かりが投げかけられている。
もう一つの出口だ・・・
そして出口の前に2つの人影のようなものが見える。
しかし人ではありえない。人は骨のみになって動く事はできない。
「・・・・・・ドラゴン・トゥース・ウォリアーだったかな・・・」
「スケルトン・ウォリアーでしょ?でも何でロードス風の呼び方を知ってるの?」
まだスケルトン・ウォリアー達は動かない。もう少し近づくと動き出すだろう。
「オレの母は呪われた島から来たハーフエルフだ・・・」
剣の力を開放して近づく。骸骨どももシミターを持ち上げ、
ラウンド・シールドを胸元に構える。
虚ろな眼下にオレ達はどう写っているのだろう?
戦いが始まった。
シェリルとオレはそれぞれ一体ずつ引き受け戦い始める。
小剣を扱うシェリルは相手の攻撃を紙一重で避け続け、
細い首の骨に何度も小剣を滑り込ませる。
蒼い光に彩られ、流麗な動きを見せるシェリルは
まるでダンスを踊っているように見える。
オレは目の前の骸骨と互角の戦いを演じていた。
持ち前の素早さとカールに貰った魔剣のおかげで何とか動きについていけた。
本当ならもう倒せていた筈なのに、骸骨に切り付ける際、剣先が微かに鈍る。
骸骨はシミターを扱っていた。
斬り付けようとする度、リヴァースの顔が脳裏に浮かび上がる。
・・・悪夢がリヴァースを苛んでいた時、
リヴァースはオレがリヴァースを裏切る光景を見ていた。
オレはリヴァースを裏切る事はできない。
「ルフィス!!」
誰かの声が遠くから聞こえる。・・・いや、案外近くだ・・・この声は・・・
意識が現実に戻り、反射的にバックステップを踏む。
一瞬前にオレの首があった所をシミターがなぎ払う。
「しっかりしなさい!こいつはリヴァースじゃないのよ!!」
いつの間にか受け持ちのスケルトン・ウォリアーを倒していたシェリルが
オレの前のスケルトン・ウォリアーにもとどめを刺した。
・・・・・・オレはそれをただ呆然と見ていた。
オランに戻ってからオレは宿に戻るといってシェリルと別れた。
オレは宿には戻らず、そのまま裏通りに向かい、一軒の廃屋に入る。
「・・・エディ・・・仲間はいなかったが・・・・・・」
オレの声に廃屋にいたすべての人間が振り返る。
(・・・ざっと10人ってとこか・・・)
「オレ以外の人に迷惑を掛けた事を後悔するんだな・・・」
剣を抜き集団に向かって突っ込む。
以前の傷はカールによって完治しており、動きの鋭さは復活していた。
電光を思わせる動きで間合いを詰め、通り過ぎざまに敵を斬り倒していく。
ほとんどの奴は凶器に怯え、逃げ惑うだけだったが、容赦なく斬りつける。
「全員、生きてはいる・・・さっさとオレの前から姿を消せ・・・」
目の前にただ一人残ったデュークに言い放つ。
背後からは呻き声しか聞こえてこない。
「わ、わかった・・・た、頼むから、見逃してくれ・・・」
デュークが怯えた声をあげ後退る。
急速に自分の中で何かが冷えていくのを感じ、デュークに背を
向けて歩き出す。
「お前らしくもねぇな!」
声に振り返ると同時に何か水の様な物を掛けられた。
とたんに身体が痺れ地面に倒れる。
「どうしちまったんだぁ?こんな手に簡単に引っかかるなんてよぉ!」
デュークがにやけ笑いを浮かべながら小剣を逆手に持ち振り上げる。
「せいぜいあの世でケインに詫びをいれるんだな!」
小剣がが振り下ろされる。そう思った時、デュークの肩にダガー
が突き刺さる。
「あら、ごめんなさい」
入り口の方からシェリルの声が聞こえる。オレの後をつけてきたのだろう。
シェリルのこんなに冷たい声は初めて聞いた。
「女ぁ〜!」
デュークは怒りの声をあげシェリルを切り付けに行く。
デュークの小剣はシェリルに届く前に空中に跳ね上げられていた。
シェリルはショートソードをデュークの喉に突きつけ冷たく微笑んだ。
「今度こんな事したらこの続き・・・実行してあげる。」
耳元で優しく囁かれたデュークは怯えた表情のまま逃げて行った。
残った仲間も見捨てて・・・
その後、シェリルはオレを宿まで連れて行き、
無理矢理オレに解毒剤を飲ませた。そして何も言わずに立ち去った。
今までなら、何か説教して帰って行っただろう・・・
シェリルの態度がここの所少しよそよそしく感じる。
よそよそしい理由はわかっている。
彼女に言ってはならない事を、オレは数週間前に言ってしまったのだ。
おそらく彼女はオレには二度と心を開かないだろう・・・
オレはシェリルの消えたドアを見つめていたが、
急に疲れが襲ってきてそのまま気を失った・・・
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