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No. 00057
DATE: 1998/08/07 16:47:31
NAME: ゼザ
SUBJECT: 呪縛
(この話は6月13日以前の話です。キャラクターの心理描写などに今では考えられないようなものを含みますが、ご了承願います)
ドドドドド!!
唸るような音とともに、大地が震えた。
プラサ村まで後僅かというところで、私たちは強烈な地震に遭った。
地震を這い蹲るように耐えていた私たちは、地震がおさまるとともに走り出した。
そしてある丘の上まで来た時に、私たちが見た光景は、想像を絶するものであった。
倒壊している家屋、その側で泣き喚く子供、真実を受け入れられずに笑っている者、そして倒壊した家屋から聞こえてくる声、声、声……
ある家から火の手があがる。
だが誰もその火を止められる術を持たず、ただ呆然としているほかに出来ることなど何もなかった。燃えた家から聞こえていた呻きが絶叫に代わり、そして……消える。
「こんなところで見てる場合じゃねえ!助けに行くぞ!」
レツが叫ぶ。
「その通りです。早く!」
ファウストが私をせかす。
その言葉に、私は我に返り、走り出した。
……村人133人中、23人が帰らぬ者となり、46人が行方不明となった……
積まれた死体の山の前で、私たち3人――私、ファウスト、レツ――はこれからの調査について話し合っていた。
「こんな自然を相手にどうしろってんだ!?」
レツがやり場のない憤りを辺りにわめき散らす。
「自然に因るものではありません」
冷静に言ったのはファウストだった。
「どういうことでしょうか」
聞き返した私に彼はこう言った。
「先程、生き残っていた村人の中に精霊使いの素質を持った者がいたので、精霊の働きがあったかどうかを聞いたのですが、自然な地震としての精霊の働きは感じられなかったそうです」
「そうですか」
私は絞り出すようにそう言うしかなかった。
「こんなことが出来るのは古代魔法王国の魔術師、そして彼らが作った魔法装置以外にはあり得ないと思うのです。その考えでいくと、怪しいのはあの鉱山しかないでしょう。その魔法装置の誤作動か、はたまた誰かが作為的にやったものか……」
「その魔法装置をぶっ壊しゃいいんだな?」
レツの問いにファウストは頷いた。
「ええ。おそらくは……」
「邪魔する奴は粉々に砕いてやる……」
レツが呪詛するような声で誓いを立てていた。
未だ発見出来ない被災者の救助を生き残った村人たちに任せ、私たちは鉱山の調査に向かった。
村人の話では、地震の時に鉱山にいた村人もいるらしい。その人々の救助も兼ねて、私たちは鉱山へと入っていった。
鉱山は何故か、落盤がなかった。
鉱山内で行方不明になっていた村人たちも足が挟まれて動けずにいた者、ショックで気を失っていた者などで、いずれも致命傷ではなかった。
それだけに、魔法装置である可能性が非常に高くなった。
助けた村人に、下の方で何やら怪しげな装置を見つけたと言う者も現れ、私たちはこの鉱山が原因であるとの考えを一層強くした。
そして歩き始めて4時間ほど。よくここまで掘ったと思えるようなところまで来て、私たちはあるものに遭遇した。
「あれは!」
レツが前方を指さして叫ぶ。
その指の先には、屍肉で出来た人型のゴーレムがいた。
そしてその先には大仰なつくりの扉がある。
「合い言葉を答えよ」
屍肉で出来たゴーレム――フレッシュゴーレムは下位古代語でそう聞いてきた。
「え。なん…」
そう聞こうとしたレツの口を塞ぎ、私はファウストの方を振り返った。
「分かりますか?」
私の問いに、ファウストは首を横に振った。
「ならば倒すしかないようですね」
私はそう言って剣を抜いた。
剣を抜いた私に反応して、ゴーレムが話す。
「侵入者と見なす」
と同時にゴーレムが動き出す。
横ではレツがモールを構えていた。
「魔法は温存して下さい」
私はファウストにそう言うと、一人、ゴーレムの前へ出た。
グラムドを青眼に構え、ゴーレムの動きを見る。
緩慢な動きだが、その腕の振りは凄まじい。一撃を食らえばこの薄い鎧では一溜まりもないだろう。
そこまで分析したところで、ゴーレムの腕が真横に振るわれた。
私は上体を少し反らしてその一撃を躱すと、その振るわれた腕に斬りつけた。
その一撃でゴーレムの腕があらぬ方へと曲がる。
ゴーレムに痛覚などあるはずもなく、その曲がった腕で更に踏み込んで新しい一撃を放ってくる。
今度はその一撃を後ろに跳んで躱すと体勢を立て直し、今度は胴を薙ぐ。
確かな手応えがあり、ゴーレムが頽れた。
「もらったぁ!」
とそこへ、いつ回り込んだのか、レツが後ろからモールを振り下ろそうとしていた。
「危ない!」
私が叫ぶのと同時に、レツが吹き飛ばされていた。
ゴーレムが頽れていたのは痛みの為ではない。バランスを失っていたからだ。バランスを失っていても攻撃は出来る。そのまま、曲がった反対の腕で攻撃され、レツは吹き飛んだ。
私は駆け寄るファウストにレツを任せ、ゴーレムに一歩踏み込んだ。
頽れたゴーレムを五体バラバラにするのに、1分とかからなかった。
ゴーレムを片づけた後、レツの方を見ると、少し辛そうではあったが、まるで何もなかったかのように動いていた。
「大丈夫ですか」
私の問いに彼は平然とした顔で答えた。
「俺は丈夫さがとりえですぜ、旦那」
「自分の出来る範囲のことをしてください。私たちに重傷を負った者の治療は出来ません。無茶は迷惑にもなります」
私はそう言った。
「面目ねえ」
彼は本当に申し訳なさそうに、そう答えた。
「扉は……開いています」
私はファウストの言葉に振り向いた。
ファウストが開けた扉の向こうには石で出来た通路が続いていた。
通路は一本道で、脇道は一つもなかった。
1時間ほど歩くと、そこにまた扉が現れた。
今度の扉も前のように魔法がかかっているかのような大仰な紋が描いてあったが、鍵はかかっていなかった。
「んじゃ、開けるぜ」
レツの言葉に頷き、剣に手を掛ける。
ギギィという音と共に開いた扉の向こうにはローブを着た数人の男が居た。男たちの奥には数個の巨大な魔法装置が見える。
扉を開けると、男たちは一斉に振り向いた。
「何用だ?」
抑揚のない声で男の中の一人が言った。
「あんたらこそ何用でこんなトコに居るんでぇ?」
レツがそう言う。
「私たちはこの魔法装置を止めるためにここに居る」
先程とは別の男が答える。
「あなたたちはどこかの組織に属しているのですか?」
ファウストの問いに、また別の男が頷く。
「だがそれを答えることは出来ん」
「止めるんだったら壊しゃいいじゃねぇか」
レツの問いにまた別の男が答える。
「そんなことは出来ぬ。」
その時、ファウストが驚愕した顔で言った。
「あなたは……?」
その声に振り向くと、彼はローブ姿の男の一人を指さしていた。
そのローブ姿の男も驚いた顔でこちらを見ていた。
「ファウストか…?」
男の言葉にファウストは頷き、そして言った。
「あなたが居るということは、あなた方はまさか賢者の学院に属しているのでは……?」
「知り合いか?」
レツの問いにファウストは絞り出すような声で答えた。
「兄弟子です……」
そこへまた別の男が話しかけてきた。
「学院に属する者か。ならば話は早い。ここは専門家の私たちに任せてもらおうか」
「ファウスト……ここは任せてもらえないか」
「いやだね」
レツが即答した。
「お前ら、あの大きな地震が起きたときには既にここ来てたんだろ。その装置壊してればあんだけの人は死なずに済んだんじゃねえのか?」
「逆だ。もっと多くの者が死んでいた」
最初に話しかけてきた男が答えた。
「これが動く燃料を知っているか?」
同じ男が続ける。
「いいえ」
私の答えに頷くと、男は得意そうに言った。
「死霊だよ。古代王国期の死霊魔術の中でも最悪の部類に入るな。近くの死んだ魂をとってくる。そしてその魂を破滅させて力を得る。後には何も残らない。魔力の塔ほど使いやすくはないが、その魔力の塔が破壊されたときには、何の代償も払わなくていい、こちらの方が役に立ったらしい」
男の、自分の知識をひけらかすその様子に私は不快感を覚えた。
男が続ける。
「奇妙な地鳴りはこれが周りの死霊を久方ぶりに吸っていた証拠。そして地震はその吸った力を解放した証拠だ。この装置の欠点は、破壊にしか能力が使われないことと、吸った死霊の中の大きな怨念に左右されやすいことだ。そして今も一つの怨念によって力を使っている。話が出来るのはここまでだな」
男はそこで話を区切った。
そのとき、魔法装置を向いていた一人の男が悲鳴をあげた。
視線をそちらにずらすと、男が大きな鎌を持った人型のゴーレムのようなものに襲われているところであった。
「予想外の事態だな。あの扉の向こうには、この魔法装置が盗難されそうになった場合に、この装置を守るための人形が置いてあったらしい」
仲間が一撃で殺されたことを気にも留めず、至極当然といった風に男が話す。
「まあ、よい。儀式は終わった。運び出すとしよう」
最初は何のことだか分からなかった。しかし、次の瞬間、魔法装置と男たちが消えて、全てはっきりした。男たちは言葉通りに運び出したのだ。瞬間移動の呪文を使って。
私たちは取り残されたのだ。
しかしそのことを嘆いている暇などなく、既にゴーレム――あの男は人形と呼んだ――は動きだして、獲物を探していた。
素早く数を数える。全部で8体。1体だけ形が違う物がある。
「レツ!雑魚は頼みました!私はあの形の違うのを狙う!
ファウスト!支援魔法してください!」
私は指示をとばすと、自分は1体の人形に走りより、袈裟懸けに斬りつけてそのまま走り抜けた。
背後で爆発が起こる。
まず1体。
目の前に形が違う1体――これは鎌の代わりに剣を持っている――が現れる。
それは予想外に疾く、洗練された動きで打ち込んできた。
その瞬間に身体が軽くなる。支援魔法がとんできたのだろう。
後ろに跳んで一撃目を躱し、改めて対峙する。
後方ではレツが1体目を倒したらしい。
ファウストも確実に1体を葬ったようだ。
これで3体。
私は形が違う物に向き直ると、剣を青眼に構え、相手の出方を見る。
すると相手はしっかり構えたあと、鋭い突きを放ってきた。
剣先で相手の剣の切っ先を変え、反撃に転じようとする。
しかし、相手の力は想像以上で、完全には軌道を変えられずに、浅い傷を負う。
痛みに顔をしかめながらも、そのときに崩れた相手の胴を薙ぐ。
先程の物とは全く違い、硬さがある。浅く傷を負わせることしか出来ない。
相手は容赦のない攻撃を放ってくる。一つ一つが洗練された鋭いもの、食らうことは許されない。
確実に躱しながら体勢を立て直して斬りつけるも、浅い傷しか負わせられない。
決定打がない。そんな状況が続いていた。
何合斬り結んだだろうか。
そろそろ疲れから相手の攻撃を完璧には避けられなくなっている。
相手にはこれといった傷はない。確実に弱ってはいるだろうが、疲れがない分、あちらの方が断然有利といえた。
更に数合斬り結んだ時、レツから声がとんできた。
「旦那!跳べ!」
その言葉に従い跳んだ後を電撃が走る。
見るとファウストが呪文をこちらへと放ってくれていた。
しかし、ファウストはその一撃で精神力を使い果たしたようだった。
その呪文の為に人形が動きを一瞬止める。
その好機を見逃さず、渾身の力でもって斬りつける。
相手の反応は間に合わず、斬りつけた数秒のちに爆発が起こる。
その爆発に巻き込まれて、飛ばされ、地面に身体を叩きつけられる。
そのとき、視界いっぱいに大きな鎌が見えた。
体勢を立て直すことが出来ず、死を覚悟したとき、その鎌を構えていた人形が横に飛ばされる。
そして視界に入ってきたのは、モールを振り払ったあとのレツだった。
「大丈夫ですかい?旦那」
「ああ、ありがとう」
横で最後の1体が爆発する。
私たちは辛くも勝利したらしかった。
全ての人形を倒したあと、周りを見回しても何も見つからなかった。
あの男たちが全てを運び去ったらしい。
私たちは何とか地上へと出ると、村人たちにもうこれ以上地震が起きないことを話した。
報酬は払うと言ってきたが、辞退させてもらった。この村を復興させるのか、生き残った村人全員が他の地へと行くのかは知らないが、金はいくらあっても足りないだろう。
魔法装置のことを話したとき、私たちはまだ古代王国の呪縛から離れられないのでしょうか、といった村長の言葉と、表情が忘れられない。
結局はそういうことなのだろうと思った。
私たちは未だに古代王国の者たちに翻弄されているのだろう。
帰ってから賢者の学院に赴き、調べたが、あの時見た男たちのことは公式記録に一切載っていなかった。
ファウストもあれから兄弟子の姿を見ないという。
あの魔法装置のことも一切載っていなかった。
疑問を残しながらも、これはこれで終わるのだろう、そう……思った。
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