No. 00064
DATE: 1998/08/24 05:03:19
NAME: シルビア
SUBJECT: エピローグ
プロローグ
・・・・・・私は、嘘は嫌いだよ?傷付く次に(笑)。自分のために生きている事を、認められない嘘付きは嫌い。けれど、陽気な嘘なら好き!だから、私に隠し事を持ってしまったら、一生嘘をつき通して。
・・・・・・何でしょう?(微笑)ファリス信者とは思えない、ですって!?
ですから、それが「正しい」などとは言っておりません。でも、そういう考え方が、好き・・・・・・。
(シルビア)
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気違いの上げる悲鳴のような、ガラスの割れるような音が、館内に響いた。
それでも、彼らは強かったのだ・・・。
その室内には、先刻までの苦闘の残骸。斬り落とされた、剣客の右腕から糸でも引くように散らばった血痕が、まだ鮮やかなまま、てらてら蝋燭を反射しながら家具を伝っている。その血が、古びて乾いた絨毯に染み入るように広がった先、部屋の反対側に、もう一つの血痕。まだ生暖かく、広がり続けるその血液は、古傷が裂けて更に深く大腿筋の束がちぎれたセリカの左脚から、血泡の様に吹き出していた。止血に必死のシェリルの頬を、涙と一緒に返り血が伝い、短い彼女の後れ毛が汗ばみと血でねっとりと頬に張り付いた。それでも、セリカは呪術治療を拒んだ。涙と汗を拭うシェリルの指は真っ赤。吐き気と頭痛をこらえるリヴァースは、目眩を起こしそうに立ち込める血の臭いにうめきを抑え切れず、それでも同じく深手を負った自らを省みずに仲間の治療に奔走するシェリルを、庇おうとする。
あっけらかんと明るい窓の外の空から差す光の逆光で、シルビアの顔が見えなかった。
部屋の外で待機する闇司祭達の顔もまた、覆われて、見えなかった。その中の一人が、黒い装束を持って、部屋に入る。呪いが解け、猫から人の姿に戻ったシルビアに歩み寄り、その男は服を着せはじめる。
何のために私は生きるんですか?・・・リヴァースにはそんなシルビアの声が聞こえた気がした。
「御自分の為、でしょう?」
さも当然、と、いいたげな、どこか笑い出しそうな声使いで、答える男の声が響いた。一方で、もう一人マントの男が入ってくる。良い御友人をお持ちだ、と、シルビアに話し掛けるその足でセリカに向き直り、謝罪を述べる。「仲間の無礼をお許し下さい。そして、何より主人が世話になりました。」。緩慢そうに面を上げたシェリルが男と視線を合わせて、侮辱したように笑った。
誰も、何も言わない時が流れた。
短い契約話が済んで、戻って来たシルビアは、黒い服のせいか、別人に見えた。「・・・・・・。」。彼は、何も言う事が出来なかった。頭痛に顔をしかめるリヴァースに解毒薬を無言で渡し、一人の闇司祭を呼び入れて、皆の手当てをさせようとした。
「・・・・・・いらねえよ・・・・・・。」
それを、セリカが一言で制止した。シルビアは自分の手を差し出し、一人一人の傷を癒そうとした。・・・しかしその光は簡単に霧散し、誰を癒すこともなく消えた。闇司祭はリヴァースに薬を飲ませるための水を運びに、部屋を後にし、残された四人が、埋められない溝の深さにそれでも抵抗を試み、押し黙った。
また、沈黙を破ったのはセリカだった。なんとか自由の効く右腕でしゃがんでいるシルビアの肩をばんばん叩く。「いんや〜。オマエも苦労すんなぁ(笑)。」。ここに辿り着くまでに、10人近い剣客を切り捨て、尚且つ傷を深めたのは彼だった。痛みに荒くなる息を抑えながら、それでもセリカは変わりはしなかった。刹那、血の臭いの立ち込める密室に、どこかの町外れにある、酒場で過ごしたような空気がもどった。血でべたつく髪をかき上げ、ぱっとシェリルが笑顔を作る。「あ、あたしは気にしてないからね。ぜんぜん・・・。」。「人間を殺すためだけ」に、仕掛けられた数々のデス・トラップを解き尽くしたのは、彼女。明るい調子の声が辛くさせた。シルビアは、・・・普段は鉄壁だったはずの・・・、笑顔を作ろうとして、涙を溢れさせた。声にならない声で、事務的な内容を言ってのけた。「今回の依頼の報酬は、傷の手当て、を含め、契約の2000ガメルの他に、思いの外困難な剣客、罠、の処分の特別手当にあたって、8000ガメルを支給致します。」。シェリルが表情を固くした。「・・・あたし、いらない。」。横で、まぁ貰えるモンは貰っとけ、と呟くセリカを小突いて、リヴァースだけ、何も言いはしなかった。その横顔は、怒っているようにも見えた。あるいは、激しい頭痛に耐え兼ねていたのかもしれない。「・・・どうぞ、受け取って下さい。お願い。受け取って・・・・・・。」。そう言って、ただ頭を下げるシルビアは、三人に、礼も謝罪も入れようとはしなかった。いや、言う事が出来なかった。
オランの町外れにあるこの廃屋に、馬車の止まるけたたましい音が響いた。街の外れには不似合いな、装飾的な2台の馬車。一台の馬車の戸が開いて、執事のような老紳士が現れ、黒装束で正装したシルビアに話し掛けている。その様子を、セリカ、シェリル、リヴァースの三人が離れた場所から見届けていた。
馬車に乗り込む瞬間、一瞬、シルビアが足を止めるのに、気付いたのか気がつかなかったのか・・・。
リヴァースはマントを翻すと、歩きはじめた。遠くの方で、馬車の戸が閉まる音を聞いた。僅かにリヴァースの目が伏せられた。
「おい・・・。乗っていかないのか・・・・・・?」
「いや。・・・私は、いい。」
追い風が、馬車の行く音を掻き消した。
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エピローグ
新王国暦510年、九の月。10年以上の歳月に渡る消息不明から帰還したル・シード・エルコリア・ナイトアーク・シリアルビノアーティ、ファンドリア公の座に即位。同時に「第一後継者不在」のながきに公爵を「代行」したラストナ侯、退去。
アレクラスト史に残った、「最も卑劣な」公爵の誕生である。
しかし、空白の十年間。彼、シリアルビノアーティの見たもの、感じた事。
シェリルの優しさ、リヴァースの強さ、カールの細やかさ、セリカの寛大さ、ゼザの純粋さ・・・・・・を、歴史は語らない。
後の殺戮公爵、二つ名を「冷血人形」。シリアルビノアーティの心の奥にしまわれた、最期まで消える事の無かった、楽園。彼が心から笑い、泣き、時に怒りを吐き捨てる事があった場所、・・・・・・本気で愛を注い人々、が、あるいは在ったのかも知れない。
「・・・・・・・彼、行っちゃったわ・・・・・・。」
「なんか、嵐が去っていった感じ、ね。」
――――――――新王国暦510年、六の月も終わり、オラン。冒険者の酒場「きままに亭」の出来事である。
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