No. 00068
DATE: 1998/09/02 13:19:05
NAME: ルフィス
SUBJECT: 明けない夜の蒼色
・・・夢を見ていた。
まだオレが小さな頃の夢だった。目の前に兄と小さな頃のオレがいる。
『ファズ兄ちゃん・・・僕、ファズ兄ちゃんとここに残りたいよぉ』
小さなルフィスは自分の兄に懇願する。邪魔だからという理由で旅のキャラバンに売り払われる前日の事
だった。兄はオレと同じ色の瞳で・・・それでいてオレよりも冷たい色の瞳で小さなルフィスを見下ろして言った。
『オレは生き残りたいんだ。お前のような役立たずなんか邪魔なんだよ。さっさと消えろ』
当時、オレ達の住んでいたレイドはロマールとの戦いで、ボロボロになっていた。両親が死に、家族で生き
残ったのはオレとその兄であるファズだけだった。
『お前みたいなガキでもオレの1週間分の食費で売れるんだ。初めてオレの役に立てるんだ。ありがたく思え』
いつの間にか、ファズの姿は消え、代わりにケインが現れていた。小さなルフィスも今のオレの姿をとっている。
ケインは突然切り掛かってきた。彼の全身から殺気がほとばしっている
(やめてくれ・・・)
オレの声を無視して、目の前で殺し合いが続けられる。ルフィスの剣がケインを切り裂く。ルフィスは倒れた
ケインを呆然と見ている。
(・・・もう・・・やめてくれ・・・・・・)
不意に背後から肩を叩かれる。振り返った先にいたのはリヴァース・・・
「リヴァース・・・お前が苦しむ姿をこれ以上見たくない。だから、いっしょにラーフェスタスの悪夢を断ち切りに
行こう・・・お前は一人じゃないんだぜ・・・」
そう言ってリヴァースを抱きしめる。リヴァースはオレを振り払う。そして何も感情を浮かべずに毒を塗り付けたシミターでオレを切り付けた。
「わたしに近づくな。不愉快だ」
倒れたオレを冷めた瞳で見下ろしながら、言葉を叩き付ける。
リヴァースはカールへと姿を変えた。カールは手を差し伸べ、オレを引き起こす。
「・・・ありがとう・・・カール・・・」
突然カールに殴り飛ばされる。彼は憎しみを込めた瞳でオレを見ている。
「お前を追ったばかりに俺まで殺されかけたんだぞ。お前なんか放っておけばよかったんだ。」
「・・・違う・・・・・・カールは・・・そんな事は・・・・言う筈はない・・・・・・」
「事実を言ってるんだ。これが俺の本心だ」
「・・・違う・・・・・・」
辺りに3人の人影が増える。
「・・・役に立たない弟だな。さっさと消えろ・・・」
(ごめん・・・ファズ・・・)
「お前を拾ったばかりに俺は死んだんだよっ!」
(違う・・・ケインは・・・そんな事は言わない・・・)
「お前の代わりの戦士なんてすぐに見つかるんだ。もう俺にはお前なんか必要ない」
(頼むから・・・やめてくれ・・・・・・)
「わたしにとってお前にどれだけの価値がある。己惚れるのも大概にしろ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声と共に起き上がる。月明かりが顔を照らしている。
オランに帰ってきてからオレは全く働いてはいなかった。おかげで金は底をつき、宿に泊まる事もなく、
こうして西の高台で寝泊まりしていた。草むらの中で目を覚ましたオレの頬には涙の乾いた後があった。
剣を腰に差し、街に下りて行く。当てもなく歩き回り、気がつくと「きままに亭」の前に立っていた。
中を覗くと、給仕の娘・・・確かスノーとか言ったかな・・・が料理を運んでいる姿が、酒などを飲み交わし、
笑いさざめく者達の姿が見える。
何も変わってはいない。
ただ、オレの周りからは大勢の人がいなくなった。
リヴァースはオレを捨てた。
あいつを助ける為、砂漠へと行ったが、ようやく出会えたリヴァースの反応は拒絶だった。
あいつはオレやカールを毒を塗り付けたシミターで切り裂いた。人に嫌われるのには馴れていない事もな
かった。ただ、あいつはオレに「生きる意味」を与えてくれた唯一の人だった。しかし、それをあいつがオレか
ら奪っていった事も間違いない。オレにとってリヴァースがどれほど大きな存在だったか今になってわかる。
・・・・・・わかったところで何もしてやれないのだが・・・・・・
それに、リヴァースは最初からオレなんか必要ないんだろう。信頼も寄せてないんだろう。ラーフェスタスに会ってその事が初めて解った。
『あの人はそんなありきたりな名前ではありませんよ(^^)』
リヴァースは本当の名前すら教えてくれてなかったんだ。
・・・オレが『リヴァース』だと思っている人は・・・誰だったんだろう?
唯一の救いはリヴァースがオランにいた頃より、心も身体も回復しているという事だけだった。
オレを殺したくて・・・血に飢えていた男、<鮮血の>ゴシュゴラテも姿をくらませている。
そして、ゴシュゴラテがオレに殺意を持つきっかけとなったラーフェスタスもここにはいない。
オランに戻ってきた時、もしゴシュゴラテがオレを殺しに来たなら、殺されてやってもいいと思っていた。
ラーフェスタスに会う事もなかった。圧倒的な力を持ったあのエルフにも・・・・・・
誰も彼に戦いを挑まなかった。薄情だと思った。口ではなんとでも言えるが、リヴァースを苦しめているのが
彼だとわかっても誰も手出しをしなかった。
「どうせ勝てない」
「命を無駄にするだけ」
誰もがそう思っていたのだろう。
シェリルでさえラーフェスタスに戦いを挑もうとはしていなかった。皆がリヴァースを見捨てていた。
世界中の人がリヴァースの敵になってもオレだけはリヴァースを守ろうと思っていた。
・・・・・・でも・・・リヴァースは・・・・・・・・・・・・
シェリルもオランを旅立っている。彼女にはエレミアで出会った。その時、初めてシェリルの恋人である
セリカにも出会った。一目見て彼が類まれな剣の腕を持っているのがわかった。
剣士の勘とでもいってもいい。だが、おそらく彼は何度ラーフェスタスと戦ったとしても勝てないだろうという気
がした。
『なら、リヴァースにキスをしてリヴァースが止まったらどうするつもりだったんだ?』
セリカは止めるつもりでしたのだと言った。どうやら質問の意味がわからなかった様だ。
『止まったらリヴァースと付き合ったのか?それとも、 シェリルと付き合ったのか?』
『そんな事を聞くから「坊や」ってよばれるんだよ。分かったかい?』
・・・答えになっていない・・・・・・ただ、答から逃げているだけだ。
『過ぎた事を聞いてもしかたあるまい?』
『女性の気持ちを「過ぎた事」ですますつもりか? 体は大人でも心はオレよりガキだな』
『ほぅ?どうしてそんな事が言える?純愛に生きる少年? ま、俺にとっての『最善』の方法を取ったと思え。
俺は俺、お前はお前だ。そんなのだから「お子さま」なのさ』
なぜ、都合が悪いからといって年齢に逃げる?年齢の問題ではないだろう?
『やれよ・・・やってみろ!』
砂漠の太陽に体力を奪われ、昏睡状態に陥っているシェリルの首筋にダガーを突きつけたオレに彼が言った
言葉。
なぜだ・・・?シェリルは恋人ではないのか?シェリルが死んでもいいのか?目的のためなら自分の大切な者
も犠牲にしていいというのか?
『自分の目的のために自分が大切にしているものを見殺しにしようとするなんてラーフェスタスと同じ
一人よがりなんだな』
『ふん、甘いな・・・。俺を誰だと思ってる?死線を越えてきた戦士だぜ? その程度の甘い考えなぞ、お見通
しさ』
『なら、死線を越えてきた戦士様。その立派な戦士様はラーフェスタスにリヴァースが苦しめられるのを
指をくわえて見ていたんですね・・・くすくす・・・頼もしい事です』
初めて使った・・・オレが最も嫌悪している者の口調・・・・・・彼には普通に話してやるにも値しない
人物に思えた。仲間を守り抜く事さえ出来ないのに・・・・・・己を誇る者などには・・・・・・
『あ?何いってるんだてめぇ。最初に気付いたのは俺様だろーが』
最初に気付いたのは俺様・・・そんな事は重大な事ではないだろう?
それに最初にラーフェスタスに気がついておきながら何もしなかったのか?リヴァースが追いつめられ、オラ
ンにいられなくなるまで・・・戦おうともしなかったのか?
オレには彼は自分自身が見つめられない程、弱く、そして・・・小さな人間にしか思えない。
そんな人間にあのラーフェスタスが倒せるとは思えない。・・・・・・いくら剣の腕がたっても・・・・・・
ただ、彼の言った言葉でたった一つ言い返せない事があった。
『お前砂漠まで行って、「はい、そーですか」で帰ってきたのかい? 坊やだねぇ・・・』
薄ら笑いを浮かべながら、そう言い放つセリカに何も反論できなかった。
(カールが死ぬかもしれなかったから・・・しかたなかったんだ)
言い訳はいくらでもできる。だが、事実は変わらない。オレはリヴァースに会っておきながらのこのこ帰ってき
たのだ。
きままに亭にいた客の一人が席を立った。知り合いではないが、今は誰にも会いたくない。その気持ちがオレ
をここから逃げさせた。
本当はオランにいたくなかった。ここは暖かな思い出が詰まり過ぎた街だ。きままに亭を見る度にリヴァースを
思い出す。そして、オレを殺そうとしたリヴァースも・・・・・・
カールの優しさが今は辛く感じる。彼はその優しさのためにオレについて来て砂漠で命を落としかけた。
だがオランを出る事もできない。シェリルに借りを返す為、彼女と約束したのだ。逃げる事すら今は出来ない。
オレはなんて無力なんだ・・・
以前の・・・エレミアで<白銀の刃>を率いていた頃のオレは向かうところ敵なしだった。
『天才剣士』
『凄絶無比な・・・それでいてどうしようもなく美しい技を持つ者』
『電光の速度で動く戦士』
『知略にも長けた奴』
そう呼ばれた事もあった。
しかし、親友だったケインを救えず、ケインの仇を討ったため一人の女性を死に追いやり、
リヴァースを殺そうとするラーフェスタスは倒せず、リヴァースを傷付けようとしていた者も止めれず、
友であったはずのシェリルを傷つけ、カールまでもを危険な目に逢わせてしまった・・・
オレはこんなにも無力でちっぽけな存在だったんだろうか?
オレに生きる意味はあるんだろうか?毎日、人は『肉』という動物の死骸や、『サラダ』という植物の死骸を
貪りながら生きている。オレはそんな多くの『命』を啜ってまで生きている価値があるんだろうか?
オレがリヴァースに与えられた『生きている意味』はリヴァース自身の手で粉々に粉砕された。
だが、シェリルによって『死』という最も簡単な逃げ道は封じられている。
・・・・・・オレはどうしたらいいんだろう・・・・・・
気が付くと西の高台に戻ってきていた。頭上には蒼い月が浮かんでいる。
砂漠でリヴァースに出会った時と同じ色の光・・・蒼い光に照らされながら懐から横笛を取り出す。
リヴァースとオレを繋ぐ唯一の物だ。唇に横笛を寄せる。
逡巡した後、息を吹き込まずに横笛を唇から引き剥がす。
(・・・何を想い・・・誰に吹いたらいいんだ・・・)
しばらく考えてみたが答は見つからない。
やがて睡魔が襲ってきて、木々に抱かれ、気を失うように眠りに落ちて行った。
空の上から月がただ静かに蒼い光を投げかける中で・・・・・・
 |