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No. 00067
DATE: 1998/09/04 19:41:43
NAME: ラーファ
SUBJECT: とりあえずの始まり
砂漠に戻ってきてから、殺伐とした日々が続いていた。
隣の部族との抗争の日々。
堅苦しい砂漠の儀礼。増えていく入れ墨の数。
そんな中で、わたしの寿命を、軽く10年は縮めてくれる出来事が起こった。
セシーリカが・・・わたしの部族に、やってきたのだ。
久しぶりにあったセシーリカは砂まみれで、極度の疲労で倒れそうになっていた。
とりあえず天幕に招き入れ(誰にも見つからないようにするのにどれほど苦労したことか!)、体を洗わせた。一息ついて、セシーリカはぽつぽつと、自分がなぜここにやってきたのかを、話し始めた。
そして、わたしは耳を疑った。
セシーリカは女神の啓示に従い、リヴァースとアジハルを追いかけてきた、というのだ。
わたしはこの砂漠にリヴァースという男が入り込んでいるのを、この時初めて知った。急いで間者を放ち、隣の部族の動向を確かめさせる。同時にわたしの「影」にセシーリカの世話を任せた。彼女の疲労は激しく、ここまで誰にも見つからずにたどり着いていたのが不思議に思われるほどであった。
いくつもの作業を部下に命じながら、わたしは彼女と初めてであったときのことを、思い出していた。
エレミアでごろつき連中にセシーリカが絡まれていたのを、助けたのがそもそものきっかけだ。
もっとも、わたしが助けたのは結果的にごろつきだったのかも知れない。彼女は武器すら構えずに彼らを叩きのめしていた。わたしが止めに入らなければ半殺し、と呼ばれる状態にまで陥っていたのかもしれない。
そのころのセシーリカはすさんでいた。わたしはそのころ別の部族の暗殺者に狙われている身であり、あまり彼女にかまうわけにはいかないはずだったが、放ってはおけないほどに彼女の心は暗かった。
あたしに構うな。死にたくないんだろ。
そうつぶやいた時の、彼女の暗い瞳が、今も忘れられない。
あとで聞いたのだが、この時、セシーリカはラクレインという親友を殺されていたのだという。
自分に関わったものはすべて死んでしまう・・・この時、セシーリカはそう思いこんでいた。そうして、他人との接触を嫌悪していたのだ。
その後、いろいろな事件が起こり、わたしたちはお互いを信頼しあうようになっていった。特にセシーリカがわたしのことを「ラーファ姉さん」と呼んでくれるのは、何より嬉しかった。
わたしは砂漠の民だ。砂漠の外の者に、自分の部族の秘密を話すわけにはいかない。だが、わたしと関わることでセシーリカもその命を狙われるようになった。わたしは意を決して、こうきり出した。
「わたしと関わってしまったばかりに、あなたを戦いに巻き込んでしまった。このままでは、あなたも命を狙われ続けることになる。わたしをいくら責めてくれても、それはわたしの責だから申し開きのしようがない。このままわたしと離れ、オランへと逃げなさい。ほとぼりが冷めるのは何十年後かも知れないけれど、わたしといるよりは安全だわ」
だが、セシーリカは穏やかな笑みと共に首を振り、こう言ったのだ。
「あたしたちは信じあってきた仲間じゃないか。あたしは、仲間を見捨てる気はないよ。さしあたっては、砂漠の民についての、必要最低限の知識は欲しいな。もちろん、話せる範囲のことだけでいいから。敵を知り己を知れば、百回戦っても負けることはない・・・ってね」
わたしは彼女に負けて、自分は「揺らめく炎」という部族の族長の娘であること、自分を狙ってくるのは、以前から自分の部族と抗争状態にある部族よりの暗殺者であるということを話した。そして、わたしが旅に出たいきさつを話した。
砂漠の民は閉鎖的だ。砂漠に入り、秘密を暴いた余所者には必ず制裁・・・「死」が待っている。皆は、それを、「掟だから仕方がない」という名目だけで済ませていた。だがわたしには理解できなかった。部族の者であろうと、部族の者でなかろうと、命の重さに何の変わりがあるのだろう、と幼い頃から疑問に思い、ある日、修行の名目で部族を出たのだ。
これらの話を、セシーリカは興味深そうにうなずきながら、熱心に聞いてくれたことを覚えている。
間者が持ち帰ってきた報告によると、あの部族には確かにハーフエルフが滞在しているという。
そして、その名前がリヴァースであること、彼が部族の一員として迎えられることを、長が賛同したということだった。
まだ体力が回復しきっていないセシーリカにそのことを話すと、ほんのちょっとだけ、悲しそうな顔でうなずいていた。
「あなたが受けた女神の啓示って、何なの?」
尋ねた言葉にセシーリカの頬が、ほんの少しだけ赤く染まる。体を預けていたクッションから起きあがると、胸の前で手を組み、静かに口を開いた。
「・・・・・・悪意の砂漠に赴き、黒髪の半妖精とまみえよ。閉ざされた心を救い、逃げ場を失った魂を救い、淀んだ風に解放と安息を」
つぶやいた言葉は、マーファを信仰していないわたしにも、気高く神々しいと感じられた。
「その啓示に従って、ここに来たのね? あのリヴァースという男に会うために」
セシーリカはうなずいた。そうして、ばつが悪そうに付け加える。
「・・・・・・あたしは、本当は奴を一発ぶん殴ってやろうって思ってここまで来た。あいつは他人を拒絶することでしか他人を守れない。他人と深く関わることで、その他人を傷つけるのを恐れてる・・・・少なくとも奴自身はそう思ってる。あたしやリデルが昔、そうだったように。それを乗り越えようとしているのか、受け止めようとしているのか・・・・・。それは、任せるつもり。だけど、あたしは少なくともむかついてるぞって、それを伝えるために、ぶん殴ろうと思ったの」
あんた、本当にマーファの神官なの?
「だけど、この啓示の意味が分からない。『閉ざされた心』を持ってる人って誰? 『逃げ場を失った魂』って何? あたしのことかも知れないし、リヴァースのことかも知れない。ひょっとしたら、アジハルという男かも知れないし、ラーファ姉さんかも。ううん、ラーフェスタスのドちくしょうのことかも知れない。・・・だけど、「黒髪の半妖精」は、少なくともリヴァースのことだってのはわかる。奴に会えば、すべての謎が解けるかも知れない・・・」
そうつぶやいて、再び目を閉じ、セシーリカは祈りを捧げた。
わたしはその言葉で、セシーリカの心の中の想いを・・・少しだけ、かいま見ることができたような気がした。
わたしはセシーリカに全面的に協力することに決めた。神託がどのようなことを指し示しているのかにも興味があるし、なにより、仲間を助けるのは、当然のつとめだった。
わたしは天幕を出、父の・・・族長の天幕へと向かった。
セシーリカがこの地に滞在することの許可を得るためだ。
きっと、この件は難航するだろう。だがわたしは、きっと父を承諾させることができる、という確信を得ていた。
なぜかはわからないが、そんな気がした。
<ひとまずの終わり>
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