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No. 00068
DATE: 1998/09/11 18:35:39
NAME: カルナ
SUBJECT: とんだ引っ越し騒ぎ
婚約者ジョセフがオランに来ている・・・・。
それを知ったカルナは、別荘を売り払うべく手配をはじめた。
別荘を売った後、どこに住むのか、そんなことは関係ない。とりあえず、ここにいては、両親に(そしてジョセフに!)アシがついてしまう。
幸い、別荘を買いたがっている土地成金が見つかり、値段の交渉はチャ=ザ神殿を通して公正に行われた。ここまでの日程、わずかに二日。いかに、カルナがジョセフとの結婚をいやがっているかは一目瞭然である。
そして、次の日。
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「ちょっと、カールさんっ! か弱い乙女にこんな荷物もたせないでよっ!」
ミレディーヌの甲高い声が、夜の空に盛大に響く。カールはといえば、ミレディーヌに押しつけられた大量の荷物に、半ば埋もれかけていた。
「ミレディ、叫んでないでこっち持って」
タンスを抱えたカルナが出てくる。ミレディーヌは渋々カルナに従った。(この時点で、大量に荷物を持たされたカールの存在は忘れられた)
「・・・・・・」
カルナの後から、風呂敷包みを担いだ、まるで家出少年のようなリデルが続く。端から見れば、まるで家財道具をどろぼーしている一行のようにも見えたかもしれない。
荷物の運び先は、セシーリカとリデルの家。今現在留守であるセシーリカの寝室と研究室に、荷物がぎゅーぎゅーに詰め込まれる(帰ってきたら絶対、怒るよなぁセシーリカ)。ちなみにカールさん、荷物に三十分ほどつぶされ、カルナが気がつくまでだれも顧みる人がいませんでした。合掌(←死んでないっ!)
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荷物がすべて片づいた後、四人はお茶を飲みながらくつろいでいた。カルナの荷物が思ったよりも少なかったため(
それでも、セシーリカの部屋、すでに踏み込む余地なし)、予想よりも早く終わったのである。
「お腹空いた和ねー。誰か気ままに亭にでも行って、何か適当に作ってもらってきてよ」
ミレディーヌのその一言は、満場一致で採決された。もちろん、取りに行く人は、厳正なるじゃんけんで決められた。
結果・・・・ミレディーヌが一発で、負けた。
ぶつくさ言いながら、ミレディーヌは家を出、気ままに亭へと向かおうとした。
・・・・その時である。
夜には不釣り合いなほどに豪快な馬車の音がひびく。いやぁな予感と共にミレディーヌは振り返り・・・。
いやぁなモノを、見た。
真っ白に塗られただけならばまだいいものを、その上からさらにごてごての宝石でゴージャスに飾り立てた、四頭立ての趣味の悪い馬車が、華麗な音楽と共に近づいてくるのだ(おそらく、馬車の中に楽団でも乗っているのだろう。近所迷惑なことこの上ない馬車だ)。
「・・・あれは・・・・ジョセフだぁーっ!」
ミレディーヌ、慌てて家の中にダッシュで駆け込む。
「大変よ! ジョセフが、すぐそこまで来てるわ!」
全員の顔色が、一斉に青へと変わった。
「・・・・やばいわ。これは、やばすぎるわ・・・・」
半分壊れたような口調でカルナが呟く。カールは慌てて窓から外を見た。
窓の外で、馬車がぴたりと止まる。
「カルナさん、隠れた方がよくないですか?」
このようなせっぱ詰まったなお無表情にリデルが呟く。カルナはうなずいたが、避難する場所が見つからない。
「どうするの?こっち来ちゃうわよ?」
ミレディーヌが困ったように呟く。
「カールさん、殺されるかもね」
巷で流れまくっている「例の」噂を思い出したリデルが、またもぼそっ、と呟いた。その事を思い出したカールの顔色が、青から、白に変わる。
「・・・・な、何とかしないと!」
「こうなったらカールさん、正々堂々とジョセフと勝負なさいっ!」
ミレディーヌがきっぱりと発言する。
「ま、まてっ! いくら何でも、それは心の準備が・・・・」
「何弱気なこと言ってんのよ! そんなんじゃマイリーさまに笑われるわ!」
「俺はチャ=ザの神官なんだぁぁっ!」
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一方、そのころ。
玄関口でふと、ジョセフは、玄関に(不用意にも)立てかけてあったクレインクィンに目を留めていた。
「これは、まさしくハニーのもの! ということは、カルナは、無事にシシリーとカールの魔の手から逃げ延びて、この家で僕の帰りを待っていてくれているんだね!」
待ってなんかいない。
「なんていじらしくも強い人なんだ。カールとシシリーの極悪兄弟にさらわれて、どんなに心細い思いをしているのだろう
と不安でたまらなかったのだが、ひとりで逃げ延びて、こんなあばら屋でひとり、僕の帰りを待っていてくれていたなんて!」
どうでもいいけど、思いこみ激しすぎ。おまへ。
「さぁ、カルナ! 開けてくれたまえ!」
凄まじい思いこみにより、カールとカルナに、最大のピンチが迫っていた。
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戸口からジョセフの声が聞こえる。
「どうしよう? カールさんとカルナさん、危ないですね」
リデルはきょろきょろとあたりを見回しながら呟く。カルナはほとんど壊れ掛けていたし、カールはすでに真っ白であった。普段の彼なら、開き直ってジョセフと立ち向かおうとしたかも知れないが、何しろあまりにも突然なことこの上なかったのである。まさに、青天の霹靂。
「・・・うふ、うふふふふふふ」
その時。
ミレディーヌが不適な笑みと共に、奥の部屋から歩み出てきた。
「心配はいらないわ。・・・・姉さん、これを使うのよっ!」
ミレディーヌが取り出したのは、小さな小瓶に入った、粒状の薬。
カールとリデルは、その正体を知って、目を見開いた。ムーンライト・ドローン・・・・性転換を起こさせる毒薬である。
「さっき、そこの部屋で見つけたのよ」
ミレディーヌが指さしたのはセシーリカの研究室である。殺されるなよ、ミレディーヌ。
「これを飲めばきっとごまかせるわよ。ああ、マイリーさま。このようなすばらしい導きを賜り、感謝いたしますわ」
しかし、カルナは、陶酔しきっているミレディーヌに向かって叫んだ。
「じっ、じょーだんじゃないわよ! 男になるなんていや!」
「んじゃジョセフと結婚する?」
「それは死んでもいやーっ!」
カルナは叫ぶなり、ばん、と床を踏みならして、浮かんだ一角を引っ張り上げ、地下の野菜格納スペースに逃げ込んだ。
「・・・・・・とりあえず、カールさんだけでも飲んだ方が・・・。『噂』が知られていたら、明日の太陽拝めませんよ」
リデルの言葉に、カールのこめかみがピクッ、と震えた。にっこりと笑って振り返り、がし、とリデルの肩をつかむ。
その笑顔は、もちろん、引きっつていた。
「・・・その『噂』を流してくだっさったのはだぁれかなぁ?」
「早く、着なさいよっ!」
そうこうもめている間に、ミレディーヌは(どこにしまってあったのか)ふりふりのスカートとシルクのブラウスをもってきて、カールとリデルに押しつける。
・・・カールはとうとう「キレ」た。
「・・・こうなったら、やってやろーじゃないかぁっ!リデル、きさまも道連れだぁぁぁぁっ!」
豪快に叫んで、半狂乱になって笑いながら、カールはムーンライトドローンを飲んだ。
・・・合掌。
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ばきっ。
同時にドアが壊れ、ジョセフが香水の強烈きわまりない匂いと共に現れた。
「さぁ、カルナ。出ておいで・・・ん?」
テーブルについて、ミレディーヌと、二人の女性が、優雅に紅茶を飲んでいた。
片方は、さらさらの金髪を可愛らしくリボンで束ね、フリルのついたロングスカートとブラウスでお人形のように可愛らしく着飾っている。もう片方は、これまたフリルのついたスカートとブラウスを着た、肩まである黒髪の女性だ。
言わずと知れた、リデルとカールの変わり果てた(?)姿である。
「あら、これはジョセフ様」
ミレディーヌがにこっと笑ってみせる。笑いながら、マイリーに懺悔していた。
(マイリー様、お許し下さい。圧倒的な強敵ゆえ、策略をもちいらせていただきますわっ)
「おお、これは、ハニーの妹君。表にハニーが愛用していた武器があったのだが、こちらにハニーは見えているのかな?」
「いいえ、ジョセフさま。姉は、まだ戻っておりません。あの武器は、私に万が一のことがあったときのためにと、姉がおいていって下さったものですの」
「おお! 自分の身も省みず、妹の身を心配するとは、なんて優しいんだ、ハニー!」
ジョセフは感動したようにうなずくと、再びミレディーヌに向き直った。
「ところで、どうして妹君は、このような薄汚いあばら屋に?」
セシーリカが聞いたら、問答無用で後ろ回し蹴りを炸裂させそうな台詞を吐くと、ジョセフは辺りを見回す。
「御存知の通り、私はマイリー神殿でマイリー様にお仕えしております。こちらの二人とは、それが縁で知り合い、仲良くなったのです。今日は、招待されてお茶会をしておりましたわ」
嘘八百を並べ立て、引きつった顔でミレディーヌは笑う。カルナは、といえば、ジョセフが立っているすぐ床下で、香水の匂いに殺されそうになっていた。
何も知らない(気づけよ)ジョセフは、おお、といちいち大げさなアクションと共に二人に向き直る。
「これはこれは。レディーに向かって自己紹介もしないとは、僕もずいぶんといけない人になってしまったな」
昔からだと思う。
「僕はジョセフ・デュ・ミルディア。以後、お見知り置きを」
言って、ジョセフは、二人の手を取り、口づけをする。
リデルはいつもの無表情でなんとか堪え忍んだが、カールは、気色悪さに思わず卒倒しそうになった。ふらつくカールを、リデルが支える。
「おや? どうしたのかな? どこか具合でも?」
ジョセフは首を傾げる。慌ててカールは取り繕った。
「い、いえ、なんでも・・・」
「姉は、あがり症なもので・・・・男の方に触れられただけでも、倒れそうになってしまうのです」
リデルがしれっ、と付け加える。ジョセフはすっかり信じ込んでしまった。なんて単純なヤツ。
「おお! まるでハニーのように奥ゆかしい人だ。気に入ってしまったよ・・・・。僕にはハニーがいるけれど、ぜひ、側室にお迎えしたいな」
(死んでも嫌だぁぁぁぁーっ!)
カールの絶叫は、かろうじて、心の中だけに留まった。
「い、いえ・・・。お気持ちは大変ありがたく存じますが、わたくしにはすでに、心に決めた方が・・・・」
絞り出した言葉に、ジョセフはいちいち感動する。
「なんと! なんと今時珍しく、貞淑で奥ゆかしい方なのだ。
ますます、僕のハニーにそっくりだよ。・・・・しかし、気を付けてくれたまえ。僕のハニーは、カールとシシリーという二人の男にたぶらかされて、ひどい目に遭っているらしいんだ。彼女が住んでいた別荘も、その二人によってすでに売り飛ばされた後で・・・・。ああ、ハニー。君は一体、どこでどんなつらい目にあっているんだろう・・・・」
と自分の両肩をしっかりと抱いて、陶酔しているジョセフの下で、カルナは香水の匂いに七転八倒していた。
(あんたが苦しめてんのよっ!)
「君も、カールとシシリーという名の男には十分注意してくれたまえ。そうだ、せめて名前だけでも聞かせてくれないか?」
カールは、一瞬言葉に詰まる。それを見破って、ミレディーヌが助け船を出した。
「カーラ、ですわ。ジョセフさま。カーラさんはあまり体が丈夫ではないので、そろそろ休ませて差し上げようと思うのですけれども」
ジョセフは、その言葉にうんうんと頷いた。
「十分に休んで、早く元気になってくれたまえ」
(お前の香水の匂いがきつすぎるんだよっ)
「女性には、子供を産むという大切な仕事があるから、体は大切にね」
(死んでも産めんわいっ)
「名残惜しいが、そろそろ行かなければ」
(とっとと行ってくれ、とっとと)
内心の凄まじい葛藤を、表に出さず、カールははかなげな笑顔(引きつった笑み、とも言う)で通して見せた。
ジョセフが名残惜しそうに振り返りながら去り、馬車に乗り込む。その馬車の音が遠ざかり、聞こえなくなった頃・・・・。
カールは、やっぱり、壊れた。
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カールがなんとか正気に戻ったとき、夜は白々と明けかかっていた。
壊れたドアを修理し、塩をまき、居間を消毒して、きちんと掃き清め、きれいに床を吹き上げてから、遅い夜食をとった。
「さ、そろそろ元の姿に戻ろうか・・・・」
疲れた顔を隠そうともせずに、カールが呟く。ミレディーヌは頷いて、小瓶を取り出し・・・
ふたが外れていた小瓶をみて、目が点になった。
「あああああーっ! 中身、全部なくなってるぅぅーっ!」
「な、なにぃーっ!?」
カールは、ミレディーヌのもっている小瓶を見つめる。確かに、その中にあるはずのムーンライトドローンが、きれいさっぱりなくなっている。
「どうしちゃったのよ!」
カルナが問いつめる。リデルは、半ばぼーぜんとした顔で、呟いた。
「・・・・・ふたが開いてて、掃除している間にこぼれて、全部捨てちゃった・・・とか」
四人は顔を見合わせた。
「ミレディーヌのばかぁーっ!」
「あたしのせいじゃないわよーっ!」
「どうするんだ、俺はこんな格好で仕事に行くのかぁーっ!」
白々と明けかかった空に、三人の絶叫がこだました。
オランは、今日も平和である。
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ちなみにカールとリデルは、その後すぐにチャ=ザ神殿に駆け込み、無事に解毒してもらったそうです。
カールさんが、自分もムーンライトドローンをもっていたことに気がついたのは、その少し後だとか。
<めでたし、めでたし>
カール:どこがめでたいんだぁぁぁぁぁーっ!
(*原案:リデルp)
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