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No. 00070
DATE: 1998/09/13 18:26:20
NAME: ルルゥ
SUBJECT: 光の御手(前編)
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若き神官戦士の手にしたメイスが、暗黒司祭の頭部に振り下ろされた。
鈍い音が響き、邪悪な女司祭は額を割られてその場に崩れ落ちた。
「おのれ・・・・・・」
虫の息の下、ファラリスをあがめる邪神教団の幹部であった女司祭は、呪いの言葉を吐いた。
「よくもわたしの教団を・・・・・・よくもわたしの子供達を・・・・・・」
遠くではまだ、戦いの音がしている。だが、幹部達を倒した今、ファリスの討伐部隊の勝利は確実だった。
若き神官戦士は、黙って女司祭を見下ろした。
「ふふふ・・・・・・おまえ達の勝ちだ・・・・・・だが、子供のかたきはとらせてもらうよ」
女司祭の邪悪な笑みに、神官戦士の背筋が寒くなった。
「わたしには見える・・・・・・おまえにも子供がいるねぇ・・・・・・ふふふ、かわいい子だ・・・・・・双子だね、男と女の」
「何!?」
「ふふ、ふふふ・・・・・・殺されたわたしの子供達の代わりに、この子達をもらうよ・・・・・・!」
神官戦士は再びメイスを振り上げた。
「6のつく歳になったら、むかえにゆくよ!!」
最後の哄笑は、いつまでも神官戦士の耳に残った。
***
人気の無い夜道で壁によりかかったまま、僕は動けなくなっていた。
きままに亭で皆と話しているうちに、なぜか気分が悪くなった僕は、重い体を引きずって帰ることにしたが、今は宿に泊めてもらえば良かったと後悔していた。
体が火のように熱くなっている。わんわんと耳鳴りもする。そしてなにより、背中が刺されたように激しく痛んだ。
(・・・・・・の・・・・・・・・・・・・が・・・い)
風邪でもひいたのだろうか?
ウィントさんやシーナさん、それにアーディさん達と、僕の賞金1000ガメルをめぐって、なれない大騒ぎをしたせいだろうか?
(・・・・・・じの・・・ように・・・・がいい)
僕はてのひらで耳をふさいだ。
耳鳴りが人のささやきのように、歌のように頭の中をめぐっている。
「・・・・・・いかなくちゃ」
僕はつぶやいた。
だけど、どこに行こうとしているのかは、自分にもわからない。
(おいで、ぼうや)
「誰・・・?」
とうとう僕は耐え切れずに、冷たい石畳の上にひざをついた。
(こわいことは、なにもしなくていいのよ)
鼻先に、ふわりと甘い香りがした。帰り際にファリスの司教様が貸して下さった、だぶだぶの上着からだ。
(ふふふ・・・いらっしゃい・・・あなたは自由・・・・・・わたしのかわいいルレタビュ坊や・・・)
いかなくちゃ。
ぺたりと頬に硬い感触があたった。背中が痛い。そこから熱が、体中にひろがってゆく。
(なんじのしたいように、なすがいい)
・・・・・・いかなく・・・ちゃ・・・。
「失せろ、邪悪な亡霊め」
静かな男の声が、一瞬だけ僕の意識を呼び覚ました。
ぱぁっ、と目の前に神々しい光が満ちた。同時に背中の痛みがすっ、とひいていく。
・・・・・・?
僕はまだ重い頭を少しだけ動かした。視界の隅に、誰かの足が見える。
と、それきり僕の意識は闇の中に沈んでしまった。
**
若き神官戦士は、家の中で呆然と立ち尽くしてた。
暗黒教団壊滅後、帰宅した彼を待っていたものは、高熱にうなされるまだ幼い二人の子供達の姿だった。
妻はただ泣き崩れ、どの医者の煎じた薬も効果が無いのだと嘆いた。
神官戦士の脳裏に、女司祭の末期の言葉がよみがえる。
あわてて彼は双子の体を調べ、そして、見つけた。
二人の赤子の背に、浮かび上がった焼印のような醜いあざ・・・・・・。
それは確かに、ファラリスの印だった。
***
目を覚ますと、そこは見慣れた部屋だった。
清潔なシーツに、頭にあった羽枕。机の上の青い花瓶には、やさしい香りの白い花。
そして、いくつかの四角形に切り取られた空。
「・・・・・・かえってきちゃった」
僕はゆっくりと体を起こした。気分はそんなに悪くなかった。
誰が僕をここに運んだのだろう?
もしかしたら、あの張り紙を見た冒険者が、神殿に運んだのかもしれない。
・・・・・・張り紙!!
僕は忘れていた事を思い出した。
ちょうどいい、父様にはどうしてもひとこと物申さなくては!
僕は寝間着のまま廊下に出た。
ふと、客間の方から話し声が聞こえた。
「事情はわかりましたが、やはり御子息にはすべて話されるのが良いでしょう」
聞き覚えのある声だった。確か、あれは・・・・・・。
「どう話せとおっしゃるのですか!?」
母のヒステリックな声に、僕は驚いた。
「あの子は、敬謙なファリスの信者です。背の刻印のことを知ればきっと傷つくでしょう」
父様の声は、対照的に静かだった。
・・・・・・刻印?
「ならば大丈夫。彼は大丈夫。そうですね?」
最後の言葉は、盗み聞きしている僕に向けられたものだった。
扉が開き、長身の男性が現れた。
「ルルゥ!!」
母の悲鳴が聞こえた。僕は客間に入ると、無言で奥の壁にかかっている大鏡のまえに立ち、寝間着を脱ぎ捨てた。
「やめて!!」
鏡に背を向けようとすると、母が僕に抱きついて来た。
「失礼」
身動きできない僕に代わって、先の男性が母の両手をつかんだ。たいして力を入れてない様に見えたのに、母の腕はあっさりと僕の体を離れた。
僕は一つ深呼吸をして、ゆっくりと背中を鏡にうつした。
肩甲骨の間に、何か赤黒い、あざのようなものが見えた。
その形を見とめた僕は、自分の目を疑った。
それは間違いなく、暗黒神ファラリスのシンボルだった。
「ファリスよ・・・・・・」
僕はうめいた。
ファリスよ、これはいったい何の冗談ですか?
めまいをおこして床に倒れかけた僕の体を、さっと男性客が抱き留めた。
思い出した。彼は昨夜の・・・・・・。
「私の名はエーリッヒ・フォン・アイゼンバッハ。アノスの聖騎士だ」
彼の声は静かだが、威厳に満ちた力強いものだった。
「ファリスの啓示を受け、やって来た。捕らわれし者を、縛めより解き放つために・・・・・・」
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